反吐が出る。
トンネルを超えるとそこは雪国だったとは何の言葉だったか、なんかの小説の一文だった気がするがよく知らない。そもそも入る前から雪国、ではなくただの雪山である。
少なくともこういう気持ちではないとは思う。
全身が冷えている。体力ももう限界で、意地でトンネルを超えてみたその景色は、
雪の反射が目に痛い、温度は地下よりはましなのかもしれないが風が強くて体温を余計に奪っていく。
「・・・あーもう限界だわ、ここで死ぬか」
言葉とは裏腹に体を引きずるように歩き続ける。悪態を履いても反応がないことぐらいが心地よく感じる。
「あー・・・・・・・ほんっとうに・・・俺はさぁ」
歩く。ひたすらに歩く。
かすかに戦闘の音が響く。弾丸の音、地面を揺らす振動。
さて、どうなることやら
「・・・みんなさ、わかってんだよ・・・」
一般人を巻き込んで、自分たちが有利に戦うことの罪も、軍人として生き残りたいがためにつく自分自身の罪を・・・
だから刺さるんだろう。
「心の隅っこにある良心に、正直に従う馬鹿たちに、みんな馬鹿みたいに従って、逃げた自分を忘れて。動き出すんだろう」
光にひかれて集まるように群がるように。流れが変わっていくんだろう。
良い方に、キレイごとに、すべての思いを塗り替えて、みんなで死地にまっすぐと。
「・・・ああ、きもちわりぃ・・・」
本当に人間は気持ち悪い。逃げたなら逃げたまま消えてくれ、立ち上がれるならそもそも転ばないで突き進んで死んでくれ。
「・・・・・・ああ、本当に、きもちわるい」
戦闘の音が激しくなる。明らかに戦闘の規模が大きくなっていく。
「そうだよなぁ、そうなるよなぁ。英雄が帰還して、英雄が立ち上がれっていえばそうなるさ。止まらないだろうさ」
どうせ歯の浮くような言葉で駆り立てるのだ。共に戦おうだの、守りたいものを守るために頑張ろうだの、たったそれだけで、動かせてしまうのだ。
爆発が少し離れた地面をえぐる。それた弾丸の風がほほを撫でる。
「おしかったねぇ・・・あとちょっとで死ねたのに」
死ねないのなら、立って進むしかない。
逃げたなら、膝を折ったなら。
たぶん今の自分は死ぬのだろう。
その通信が入ったとき、空気が変わる音が聞こえたような気がした。
『まったく、命令を無視して戦うなら・・・・死にに行くなら私がその先陣をきる。そうしないと、私の立つ瀬がないだろうに・・・』
その通信が、戦い続ける仲間から目をそらし、迎撃のために市街地を要塞化する兵士たちに、つながったとき、全員の動きが止まる。
『この通信を聞くすべての兵士に、すまないといわせてもらう。帰るのに遅れたが、この通り、私はここにいる』
その声、その言葉、ある者は顔を青くし、ある者は顔をゆがめ、ある者は歓喜にふるえ、ある者は血の色が戻っただろう。
『・・・諸君らの行動に、私自身は否定できないだろう。ただ。君たちの行動は正しいと。私は思っている』
その言葉に、震えるのは自分の身体か、機体の振動か、
『だから、君たちがそうすることを私は責めない。むしろ、それでいいと思っている・・・だから、これは私の個人的な言い分だと思ってくれていい』
ふざけるなと、つづけるなと言いたいのを飲み込む。否定などできないのだ。流れを変えるこの声に、逆らったところで何も変わらないのはわかりきっている。
『もう少し頑張れば、俺たちは胸を張って、帰れると思うんだ』
その言葉だけ、それが、全体の流れを否が応でも変えていく。
『諸君らの行動に、諸君らの答えがあることを祈って、私は戦おう。通信は終わる。さようなら。いや、また会おう』
通信が切れる。すでにいくつかの機体が敵に向かって移動してるのがモニターに映っている。
「・・・本部から通信っと、早いねぇ」
通信をつける
『どうするつもりかだけ答えてほしい』
単刀直入の言葉にこちらも要点だけをこたえる。
「部隊を統率し効率よく前線に、逐次投入して犠牲を増やすのは本意じゃない。たとえ、この流れが不本意だとしても、これでいいか?」
『了解した。こちらは指示を大佐に戻す。私は先にいくが、貴殿は?』
その言葉に、馬鹿だなぁと思いつつ答える。
「やめとけやめとけ、責任取るならこめかみよか身柄の方が大佐の為になるぞ?責任ってのは逃げてとれるもんじゃないっての」
それに、別に悪いことをしてるつもりもない。私は状況に応じて正しい判断をしているのだから。
『・・・・・・・だが、わたしは』
通信先の男は貧乏くじ引いててかわいそうだが、まあ、俺の所為だが気にするつもりもない。
「本土に逃げるも冥土に逃げるもどっちもさほどの違いはないぞ。情けない死に方するぐらいなら胸を張って銃殺された方がいいんじゃないか?」
通信を切る。これ以上こいつの話に付き合う時間はない。
「こちら36の隊長、全軍に告ぐ。行軍を開始する。今までの全作戦を取りやめ、集結地点に各部隊集結、集結後に救援に向かう。戦力を逐次投入を避ける。すでに集結地点より先に言ってる31の分隊と42部隊は先に向かって31の隊長の命令に従え、戻るよりそっちの方がいい」
逐次投入は避けたいが思ったより進軍が早いのでどうしようもないものは時間稼ぎのために送りこむ。全部隊が進撃の為に終結を開始する。
「まったくもって度し難い」
通信を切ってひとり呟く。
「さっきまでより全然動きがいいでやんの」
なんでそうやって死にたがるのか。先ほどまで死に怯えてたのに。
「馬鹿みたいだなぁ俺たちは」
死なせたくないと思ってる俺たちが信頼されず。ただ死なせる男を信頼して武器を取る。
「まったく度し難い」
それを光とは反吐が出る。