あの人はそうするだろう
その命令に感じたことは違和感だった。
「どういうこと?」
その問いに、射攻の隊長。臨時31部隊隊長になった男は答える。
『防衛指揮官から後退するようにと全軍に伝達があった』
違和感が強くなる
「全軍?なんで?」
前線を後退させる?そんなことしたら市街地に敵を近づけることになる。
そんな選択をあの大佐がするのだろうか?
特に詳しく知っているわけではない。だけど、あの時あったあの人はそんなことを命じるような人だろうか?
『さあ、上の命令は確かにそうなんだからしょうがない』
違和感が消えない。
「ほかの部隊は?」
『早速後退してるが・・・・早いな、後方警戒してるのか、まるで敗走してるようだな』
レーダーで味方の動きを確認する。確かに動きが早い。本当に敗走してるかのようだ。
戦う気力がない兵士の動き。
「味方の士気ってこんなに低かった?」
『・・・まあ、隊長たちがいなくなって動揺してる部隊は多かったと思う』
それはそうだろう。自分は特例だろうが、動揺するなというのが酷というものだろう。
あれは、あの人は、それだけ、人を引き付ける力があったから。
「・・・・」
自分は何も知らない。指揮官になった36の隊長のことも、大佐のことも、だけど。
背後には守るべき人たちがいる。
それだけであの人がどうするか、自分は良く知っている。
「そうだよね」
あの人なら、これを是としない。
『どうした?』
「・・・隊長、自分はここに残りたい」
その言葉に、息をのむ声がする。
『死ぬ気か?』
その通信機からの問いに見えていないだろうが小さく首を振る。
死ぬつもりはない。でも、生きて帰れるとは思えない。それでも。
「ここで退いたら、あの人が生きていても、死んでいても、まっすぐあの人を見ることができないから、自分は、退けない」
多くの守るべき人を、多くの仲間を見捨ててここまで来た。
全てを受け止めても歩みを止めないあの人の背中を頼ってきた。
見捨ててでも私たちを守ろうとした彼を見てきた。
せめて、守り続けるためにここに来たのだ。あの人達とともに
「・・・こんなバカげた事に付き合わなくていい。隊長たちは後退して味方とともに退却を」
初めて会った時、あの人が言った言葉と同じことを言う自分がちょっとおかしく、ちょっとだけ誇らしかった。
『まてまて、上に確認するからちょっと待て、司令部につなげるよう頼んでみる。何か理由があるかもしれない。とにかく、自棄になるな』
誤解している隊長、それに従う仲間、上の返事でどうこうという話ではないのに、だけど、その選択が普通なのはわかってる。それが正しいこと。何も間違っていない。
だけど、自分は知っている。
こんなバカな私やあの人の為に、怒りながらもついてきた彼がいたことを・・・
地下鉄道の線路をできる限り急ぐ。
電気も止まり、雪の降る大地の下、凍り付くように冷え切った道路を歩く。
メンテもされず、戦闘の流れ弾の衝撃やらなんやらで天井にひびが入り、ところどころ水が染み出して氷の柱を作っている。
本来なら明かりもないのだが、非常用の電灯が生きていたので何とか薄暗いながらもある程度の視界は確保できている。
「・・・・さすがに無理じゃね?・・・ていうか寒冷地用の軍服来ててもこれって、マイナス10いってるって」
軍服の暖防装置の使用限界の数値を言いながら手袋のなかで冷えた手を握ったり閉じたりして血流が止まらないようにする。
「・・・・確かに、ここまで凍ってるとは思わなかったな」
親友も少し辛そうに白い息を小さく吐く。
「だが、いけないほどではない・・・とは思うが、無理か?」
親友の言葉。無理かと言われてもやってみないとわからない。しかし今更別ルートで帰還することになれば時間がかかりすぎる。
「・・・無理って言ったら?」
俺の問いに
「二手に分かれよう、私は戻らないといけない。できる限り早くな」
その言葉には迷いがない。
「んじゃ、行きますかね」
俺の答えに少し困った顔をする親友。
「大丈夫か?無駄死には嫌だぞ」
「・・・まあ、大丈夫だろうって感じ、リスクあるけど」
笑みを浮かべる。親友も小さくうなづく。
「んじゃ、急ごう」
「おう」