自分の汚い性根はどうしようもない
燃料弾薬を補給して、中央部隊と合流するために向かう。すでに敵の最終防衛ラインを抜け、味方が敵本体とぶつかり合っているころだろう。
『こちら第15部隊。敵部隊と遭遇。亀が十二、これより殲滅する』
『第42部隊より敵の抵抗が激しく、援護を要請』
『こちら31部隊後方支援担当。42部隊に支援を開始する』
『了解』
通信がひっきりなしに流れてくる。作戦は順調といったところなのだろう。
おそらく、自分が行くころには大勢は決していることだろう。負ける可能性は低い。だが疲弊した31部隊。おそらく先陣を切ったこと疲弊していることだろう親友や部下たちを援護することぐらいはできる。それだけしかできない事が悔しく、そして情けないと思ってしまう。
そんな思いは馬鹿でかい音とともに砕け散った。
轟音が、響きわたり、スピーカーが震える。
『緊急!!敵部隊後方に猪型を発見!砲撃により42部隊一機撃破されました。生存の可能性なし!猪の数は六以上!』
『こちら第51部隊!猪の数を確認7体・・・・繰り返す!猪の数は七!くりかえ・・・』
轟音が響き渡り遠くにいるのにでかい土埃を確認して、機体を止める。
『51部隊味方三機撃破!四機小破ないし中破、弾薬残りわずか、一時撤退を開始します。指揮官に退却を具申!』
『こちら第15部隊!損害無しなれど弾薬、燃料ともにわずか、攻勢に出るか退却するか決定を!』
『33部隊。退却する燃料あれど攻撃後帰還は不可能!後退を具申』
『第10部隊四機小破、戦闘継続可能!猪を撃破の可能性有り、攻撃を具申』
戦闘も佳境。撤退を視野に入れ始める時間に突如の砲撃。味方部隊の損害はほとんどなかったが、燃料と弾薬が圧倒的に足りない状況。
だが、猪が全部そろっているという好機。
なんとなく嫌な予感がする。
『こちら中央部隊指揮官!作戦はほぼ成功!猪は諦めて撤退する。繰り返す。全軍撤退。一気に後退する!』
『了解!』
『!・・・ですが・・・いえ、了解!』
土煙が上がる中、前方から味方が後退してくるのを。黙って立ち尽くす。
それは違うだろう?
そこは多少味方を犠牲にしても猪を倒すべきだ。猪がいないのなら航空機で一気に住民の避難ができ、生き残った軍人も本土に帰れる正念場で、撤退。絶対に親友はその選択はしない。
勝てない?いや、全軍でかかれば対空攻撃は優れているが対地攻撃はそれほどではないといわれる猪なら倒せるだろう。勝てる。だが、それは悪手となる状況を考える。
そうか、東と西の敵がそろそろ救援に来る。そうなったら退路を断たれて、猪を討ったとしても部隊は帰還できずに壊滅する。
中央の部隊のほとんどを失う。それは防衛力の弱体化だ。それは避けたい。
撤退の理由は推察できた。
だが、思う。それでも、撤退を選ぶとは思えないと。
ならどうする?親友ならば、あのバカならばどんなバカなことをしでかすか?
答えはなんとなくだが出てしまう。それは余りにも馬鹿げた行動、付き合ってられないような考えだ。
ああ、狩る気か、たった一機で・・・
本当に愛想が尽きるほど馬鹿だと思う。味方を逃がして自分は死んで、みんな救ってハッピーエンド、反吐が出る。
助けるか、機体を動かそうとして、手が震えていることに気づく。
助けることなんかできない。
行ったところで躯が二つになるだけだ。自分のような弱い奴なんかが加勢してなんになるというのか?
それよりも、残されたあいつはどうなる?
親友が死んで、俺が死んだら、あいつは・・・・
「・・・・・・馬鹿野郎だな本当に、お互いに・・・・・」
おそらく、親友も俺が来ることは望んでいないだろう。
そして、俺も確実に無駄死にすることはしたくないのだ。
親友の為に戦うといっておいて、こんな風に損得で考えてしまう。
胸糞悪い物が心からあふれ出る。吐き気がする。
「行ったって、親友が死ぬのは変わらない・・・・・・なら」
見捨てちまえばいいじゃねぇか
その言葉は、いつものように胸底深くから響くように聞こえてきた。
「・・・・・・・」
吐き気がこみ上げてくる。とっさに胸を押さえてどろどろとしたものがあふれないように強く握りしめる。
あいつの言葉の裏がわかるのは俺ぐらいだ。そして、親友は一人でも突撃して猪を狩るだろう。その先が死であっても、ひるむことなく戦う。俺が知っている親友は、間違いなくそうするだろう。それがわかるからこそ・・・・・
親友のことが妬ましいんだろ?なんでその思いを抑え込んで親友と共に戦う?それは、守るほどの価値があるのか?
いつも無視していた問いかけが、こんな時に限ってはっきりと聞こえてしまう。
見捨てちまえ、そうすれば、あいつの隣があくだろう?
悪意が、奥にしまったはずのものがあふれ出してくる。
気づかなかったのはしょうがないだろう?向こうだって一人で戦うことを決めてるんだ。俺がすることは出しゃばらないで仲間と一緒に撤退することだろう?
機体を南に向ける。あとは走り出せば基地まで一直線だ。吐き気と悪意でむせ返るような肺の空気を吐き出して、それでもどろどろと身体を覆いいつくすようにたまった悪意に従って、身体が動く。
俺は悪くないだろう?気づかなかっただけだ。そのまま行けば確実に親友は死んで、俺はあいつの隣に立て・・・・・
一瞬、帰ってこない親友に泣いているあの子と、その後ろで醜い笑みを浮かべる自分の顔が浮かんだ。
「・・・・・・・・・」
立ち止まる。どろどろとしたものが一瞬で氷のような寒気と痛みをあたえるものに変わる。
「・・・・・それは・・・・違う・・・・だろ」
機体を180度回転させてまっすぐ進む。悪意と吐き気は絶えず溢れ続けているが、そんなことは関係ない。突き動かすのはわずかにある友情か?羨望か?たぶん、俺は親友のいない世界を抱えることができない恐怖心だろう。
汚い自分の性根はどうしようもない。
だが、見たくない未来を避けるために笑って進むことはできるのだ。
そして、こんな汚い心をもって、親友に何食わぬ顔で立つことができる時点で、
俺は自分が大嫌いなのだ。