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ありふれた昔語り(紹介3)

まあ、悪い子ではないのよ。

いつの間にかまた不自然な笑みに代わった彼を残念に感じつつ。不意に会話が途切れる。黙り込んでしまったその顔を見つつ、不意に出会った頃を思い出す。最初に会った時は本当に怖い人だった。後々思えば、馬鹿らしくなるほど目の前の男は優しかったのに、それに気づかなかった頃の自分を笑ってしまうぐらい。


彼と私とあの人は不器用だったのだ。




それは、この世界ではよくある話で、かわいそうだとか、悲劇だとか、そういって責任者をせめる奴そのものが、幸福の中で生きてきた甘ちゃんの考えだというのがわからない子供みたいな大人の妄言ですんでしまうような世界。


両親が目の前で死んだ。狼の口に咥えられてかみ砕かれるのを燃える家の横でぼんやりと膝をついてみていることしかできなかった。


友達の家が燃えていた。学校は砕け散っていた。


狼は市街を我が物顔で歩き、逃げ惑う人を食らう。


それはわずか30分程度の時間だったらしい。ゆうに五時間は暴れているような長い時間のように感じる地獄の時間。


市街地に突如生まれたガラスによってもたらされた悲劇。その後軍が動員した多脚騎士が狼どもを虐殺し。私は保護されて、そのまま軍の施設に送られた。


そこは軍が設立した孤児院だった。自分はその時小学生だったし、身寄りも家も全部失った自分が生きていけたのだから、幸運だったのだろう。それを代価に、軍人としての将来が決められたとしても、それは不幸ではなく、生きていける糧がある分、間違いなく路地裏で死ぬ浮浪者や、ストリートチルドレンになった者たちよりは幸運であった。


「我々は国を守るために生かされてきたのだ」


壇上で語る男、かなり年上の、孤児院の仲間の言葉にその通りだと思った。


「この命の限り戦い続け、軍の為に血路を開く剣の切っ先となり、砕けようとも敵を貫く。それが義務であり、我々の為に餓えた市民や・・・・・・我々のように生かされなかった・・・・道端で飢えて死んだ者たちの手向けとなるのだ!」


そう、そうなってほしいから国は、軍は私たちを助け、私たちは生かされ、今日この日、それを履行するために、軍として編入される。向かう先は死地であることはわかっている。目の前のこの男と同年齢の者など、おそらく元の十分の一もいないだろう。


「・・・・・・・」


それが道理なら従おう。それに、自分の家族を・・・・あの記憶の中にしかない穏やかな時間を奪った化け物たちを倒しつくす。それだけを考えればいい。


「諸君!死を恐れるな。われらの命はあの日あの時、軍に拾われたときに自分の手から離れたのだ!この身この意思、すべてはこの日から死するときまで軍の為に、それこそが・・・・・・・」


演説は佳境に入り、言葉の熱意がさらに上がる。周囲の仲間たちの心に火がともるのを感じる反面、自分の心は冷たいほどに冷え切っている。


何を目の前の男は当然のことを、語るのかと。



送られた戦場は、今一番の激戦地であり、最も苦戦しているという北利の、その中心に位置する都市「葉木」の防衛軍の主力部隊として配属された。


そして、あの日あの時、全てが変わった。


最前線の崩壊による上官たちの遁走。指揮を取る者が僅かな上官と、圧倒的に足りない下士官程度しか残っておらず。まともな軍事行動すらとれないと、防衛軍のほとんどが退却し、住民もそれを知って町を捨て南に逃げる。それによって道が車で埋まり、兵士が無理やり道なき道を戦車や多脚騎士で逃げ回る中、唯一指揮系統も何もかもそろっていた私たちは冷静に命令に従うことを選んだ。


国を守れ、敵を倒せ、たったそれだけの、命令ではなく、ただの信念として与えられた言葉に従い。住民が逃げ切るための時間を稼ぐ。


それは、死ぬことが定められた戦場。


守るために死ぬのが責務だといった上官は嘘をつき逃げた。だからどうしたと。私はスコープに入った狼に引き金を引く。


頭を砕かれた狼が血に伏せる時にはその照準は隣の狼をとらえている。


腹を撃ち抜かれた狼が倒れる。連続で撃ったために、照準に自信がなかったので当たりやすい腹を撃ち抜いたのだが、どうやら当たり所がよかったらしくのたうち回る狼は、もう問題ないだろう。理解するかしないかのうちに体と目は別の敵を捕らえている。


撃つ。撃つ。後方の山から放たれる弾丸は、町の防壁前に即席で仲間が作った防衛柵から放たれるマシンガンの雨によって動きを鈍らせた化け物たちを容赦なく貫く。


防衛柵を破られそうになったのを仲間の多脚騎士が死を覚悟して突撃して敵を追い立て、狼に噛みつかれて足を失い、動きを鈍らせたところを亀の砲撃が集中してばらばらに砕け散る。むろん後方の山にもいくたびの弾丸が放たれるが、場所が特定されていない攻撃など運が悪くない限り問題ない。


『くそがぁああああああ』


通信機からの悲壮な声、それと同時に味方の識別が一つ消える。


「西が破られる。対応!」


 通信機に叫ぶ。だが、対応に動ける兵士などいない。すでに防衛線は崩壊をはじめ、味方が狩られる側に回っているのをこちらの攻撃が何とか防いでいるような状況。


撃つ。味方の多脚騎士の首に噛みつこうとした狼の顎を砕く弾丸。その後続の狼たちに助けた味方が飲まれる。すでに前線に残ってる味方はほとんどいない。ほぼやられてしまった。


すでに8匹の狼がこちらの山に向かっている。機動力のない木楼型では逃げられるわけがない。恐らく、射撃速度からみて。倒せるのは4か5、付近にいた仲間はほぼ砲撃にやられているか、すでに後退に入っていて射撃体勢に入っていない。


どうせ逃げても間に合わないなら、一つでも多く化け物を倒す。


心は冷え切っている。どうせここで死ぬのなら命を惜しむ理由などない。この一撃一撃で少しでも時間を稼いで国を守る。それだけを考えればいい。



撃つ。遠く離れた狼の頭を砕く。

撃つ。離れた狼の右前脚に当たってバランスを崩して倒れる。

撃つ。もはや敵でも視認できる距離で狼の胴体を貫く。

撃つ。目の前まで来ていた狼の頭を砕く。



頭を砕かれた狼の背後から別の狼がとびかかる。もはや、何もできない。


「・・・・・・・・これでおわり」


それは笑みに近かった。やっと終わるのだと、ほっと一息はいたような。それでわかる。


たぶん。あの日あの時、軍に拾われてから、たぶん私は辛かったんだと。息をつめ続けていたんだと。


わかったところで遅かったんだろう。


顎が画面いっぱいに・・・・



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