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応援?

 新年会の翌朝。

 研究所の最寄り駅でピックアップした今井さんたちと、バレンタインの相談をしながら出勤をした。


 研究所の男性職員には休憩時に摘めるような個包装のチョコを多めに準備して。

 仲間の男性には、四人で割り勘。

 一緒に仕事をするチームの人たちには、それぞれで……と。


 個人的に渡す勇気がなかった私には、義理に紛らせたチョコレートが精一杯だった。



 そんなバレンタインも過ぎて、ホワイデーのお返しは仲間の男性たちの奢りで飲み会を……なんて言っている頃。

 私のしていた実験が、考えていた以上の結果をだした。


 新年会の日に丹羽さんが残業でしていた実験から派生させたものが、最近のチームテーマになっていた。

 その一端を任されていたのだけど、暮れに失敗した方法を再試行してみたのが、いい方向へと進んだ。

 それを足掛かりにして新たな実験計画が立てられて。

 ゛ワーカホリック゛な丹羽さんや島野リーダーはもちろん、他の人も状況によっては、泊まりこみをしていた。

 私だけは、やっぱり゛残業゛の範囲で帰らされたけど。



「徹夜で実験をしている訳じゃないって」

 今年も行われたお花見の夜、丹羽さんはそう言って笑った。

「遅くなったら運転するのも危ないから、って不精しているだけだよ。タイムカードもちゃんと打っているし」

「だから、不精で泊まらないでって、水田さんも言ってるじゃない。ちゃんと家に帰ろうよ」

 私の隣でいなり寿司を食べていた小野さんの苦情に、首を竦めた丹羽さん。

 そんな彼にビールを注ごうとしたところで、携帯のアラームが鳴る。


 実験に戻ろうと靴を履く私に、小野さんの隣で飲んでいた水田さんが、どこかから取り出した柿ピーの小袋をくれて。

「お疲れ」 

 そう言ってヒラヒラと手を振る彼に、軽く手を振り返してから玄関口へと向かう。


 この研究も、そろそろ大詰め。

 島野チームの手を離れて、次の段階を担当するチームへと引き継ぐ日も近い。



 ある種の興奮状態をもたらした一連の実験にも、一段落がついて。

 この先、商品化まではまだまだ長い時間がかかることは、十分知っているから、チームの雰囲気も仕事の内容も憑き物が落ちたように平常へと戻った。



 そうしているうちに、季節は夏を迎える。


 土曜日のその夜は、北隣の杜涼(もりすず)市で花火大会が行われた。

 いつもの仲間で花火見物をして、ついでに飲み会、と計画を立てたのは、仲間内で企画係のような立ち位置にいる今井さんと水田さん。

 言いだしっぺは、市の広報で花火があることを知った私だったけど。『一緒に行こう』と誘ってみた丹羽さんは、『どうせなら、皆で』と水田さんたちに話を振った。


 私がスカートを穿くことに慣れた頃から、二人で出かけるような”お誘い”をしてみてはいるのだけど。

 ”姫”の貞操観念は、相変わらず強固で。

 たかが花火でも、二人きりで出かけるようなお誘いに乗ってくれたことは無い。

 辛うじて……休憩室で一緒にお昼ご飯を食べるくらい、だろうか。彼の許容範囲は。

 そのお昼ご飯だって、誰か仲間が通りかかったら、『一緒に食べよう』と誘うような人だし。

 なかなか、前途は多難だ。



 花火会場の最寄り駅で待ち合わせて、鈴森川の河川敷をぞろぞろと歩く。

 さっきまで、隣で世間話をしていたはずの丹羽さんは、ひょこっと振り返った大沢さんに話し掛けられて、そのまま前を歩くグループへと合流してしまった。

 『最近買ったMacが……』『それは、次を待たなきゃ』『そういえば、”二千年 問題ってさ……』なんて会話を聞くともなく聞きながら歩いていると、横からふわりと風がきた。



「暑さ負け、してない?」

 そう言う水田さんに、駅前で配っていた簡易ウチワで扇がれた。

 年明けから伸ばし始めた髪を緩く束ねた首筋に、風が通る。心地良さに目を細めていると、

「小早川さんてさ」

 声を潜めた水田さんが、内緒話をするようにウチワで口許を隠す。続きを聞こうとして、必然的に近付いた私の耳元。

「丹羽のこと、好き?」

 と、爆弾発言が投げ掛けられて。


 思わず両手で耳を押さえて、辺りを見回す。


 エコーがかかったように響いた言葉は、誰にも聞こえていなかったらしく、私達に注意を払っている人はいなかった。


「好き、だよね?」

「え、あ、う、げ?」

 追い討ちをかける水田さんの言葉に、意味不明の声が口をつく。

 寒天培地をいきなり渡された中学生のように動揺して、どう返事をするのが正しいのか……わからない。


「……どうして?」

 やっと単語になったのは、問い詰める言葉。

「うーん、小早川さん、最近きれいになったなーって」

「それだけ?」

 カマ、掛けられたの?

「だけ、でも無いけど。見てたら、なんとなく?」

 そう言いながら、ちらりと、前を歩く丹羽さんに視線を送った水田さん。


「やっぱり丹羽って、かっこいいよな?」

「……」

 『好きか?』と訊かれた後に、そんなことを言われても、返事に困る。

「背は高いし、院卒だし。仕事もできるしさ」

「……うん」

 私にとっては、そんな”外見”は、どうだっていい。

 彼の魂が、私を呼ぶのだから。


 私の心のうちを知らず、水田さんは話し続ける。

「ワーカホリックで、とっつきにくい所もあるのに、周りが放っておかないっていうか。気づけば、こうやって人の輪の中にいる奴なんだよな」

「うん」

 それは、”姫”のカリスマ性。

「なんで、あんな奴と同性の同期だったりするんだろうなぁ。本当だったら、二期先輩なのに」

「確かにね。私の方が先輩だったりするんだから」

 二年の修士課程を経た丹羽さんは、年齢と就職年度が微妙に食い違っている。

「だろ? おとなしく大卒で就職してくれるか、そのまま博士課程まで行ってたら同期じゃなかったのに」

 うん?

 なんか、愚痴が混じりだした?



「どうしたの? 水田さん?」

「うーん。なんていうかさ。ちょっと落ち込みモードの時に、あいつがいるとさ。同じ男として……、って余計に自分がダメな気がしてくるんだよな」

 そう言って、ため息をついた水田さん。

 なんだか知らないけど、落ち込みモードらしい。 

「いっそ、あいつが女性だったら、気楽だったかも」

「……サリエリの気分?」

「って、モーツアルトだっけ?」

「ちょっと前のミュージカルで、あったよね。モーツアルトが女性だった、ってやつ」

「ミュージカル? 俺はマンガで読んだけど」

「あれ?」

 数年前に一世を風靡した音楽プロデューサーが音楽を担当してて……、とか、話はいつの間にか脱線していって。



「水田さん」

 花火のあとの飲み会に行く道すがら、彼に口止めをする。

 丹羽さんに、私の気持ちを言わないで、と。

「言わない、言わない」 

 軽く笑って、頷いた水田さんにほっとしたけど。


 その夜の飲み会で座敷に入った私は、丹羽さんの隣と正面が空いているのを見て、一瞬立ち止まってしまった。

 いつもなら、何のためらいも無く丹羽さんの隣に座っていた。ほかの誰かにとられないうちにと、特等席をキープしていたけど。

 水田さんに気持ちを知られてしまった、今夜は、なんとなく照れくさくて。

 携帯にメールが入っていたようなふりをして、一度廊下に出た。


 座敷に戻った時には、丹羽さんから少し離れた場所が空けてあった。

 小野さんの隣であるその席に座ろうとして、水田さんと目が合う。


 生ぬるい微笑みを見せた水田さんに、なんとなく会釈をして席に着く。



 その日以来、仲間同士の飲み会がほんの少しだけ増えた気がする。

 二割……ではないな。一割五分増しか。

 私の”お誘い”には乗ってくれない丹羽さんも来てくれるから、企画を立てる水田さんを影で拝んでおく。

 あからさまではないけど、応援してくれているらしい。


 そんな応援を受けつつ、仕事にも精を出す。

 春のように大きな成果を出す実験は無かったけど。

 一進一退を繰り返しながら、小刻みに研究を進めていくうちに、その年も暮れた。



 そして、年が明けると、あっという間にバレンタイン。


 今年も、去年と同じ感じでチョコを配って……と、今井さんたちと話し合って準備をする。

 ただ少しだけ。

 水田さんに応援してもらっている分、がんばってみようと思って、島野チームへと用意した物のうち、丹羽さんに渡す分だけ違うものを買った。

 甘いものをあまり好まない丹羽さんには、ちょっと高級なビターチョコを。


 チームの皆と差をつけたことが分からないようにと、わざわざお揃いの紙袋に入れ替えて。

 小さな努力をした”気持ち”を、ドキドキしながら渡す。


 もしも、『おいしかった』とか、言ってもらえたらその時は。

 想いを伝えてみようと、十五センチ四方の包みに願を掛ける。



 その日の、終業後。

 ロッカールームから出た私は、前を歩く丹羽さんに気づいた。

 その隣を歩いている水田さんが、丹羽さんの持っている紙袋を覗き込んでいた。

「お、お前、いいの貰ったなぁ。俺のとは違うって、ことはチーム宛か」

「あー、こっちの方? いいのか?」

「この包みって、確かブランド物だぞ?」

「ふぅん」

 そんな会話を聞きながら、追い越すのはなかなか難しい。

 息を殺すように後ろをついていく。


「水田、やる」

 は?

 信じられない光景が、目の前で繰り広げられる。


 私が渡した紙袋がそのまま、丹羽さんの手から水田さんの手へと渡る。


 立ち尽くす私を知らず


 彼らは、玄関から出て行った。

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