雪の降るクリスマス(夢・風魔版)
中学三年の冬といえば、受験勉強と相場は決まっている。クラスメイトのほとんどは塾に通って、猛勉強しているらしぃ。
私は……家が貧乏なので塾に通う余裕なんて無いし、私立の受験にも行かず、県立一本に絞り込んでいる。といっても、まだどこの高校に行くかは決めてない。決めてないというか……ある人と同じ高校に行きたくて、その人が受験する高校を知らないから決められない状況。
そういえば、その人と出会ったのも今ぐらいの時期だっけ?
雪が積もった田んぼ道を歩いていると、田んぼの方に積もった雪に埋まってる人を見つけた。そう、あれは私が小学校四年生の頃。
「ねぇ、大丈夫?」
そういって声を掛けてから、その人の服を力いっぱい引っ張った。
雪から出てきたのは、私と同じ歳ぐらいの男の子。赤い服を着て、赤い帽子を被って、赤い手袋をはめている子だった。しかも、手には大きな白い袋を握っている。
(サンタルック?)
第一印象はこうだ。
「助けてくれてありがとう」
そう言って男の子は、すっごい爽やかな笑顔で私に手を差し伸べてきた。握手を求められたんだけど、私は手袋をはめてなかったし、冷え切った手で触るのは忍びなかったのでそれを断っちゃった。
「手袋……持ってないから手冷たいの。雪に埋まってて寒かったでしょ? 私の手触って、もっと寒くなるといけないから」
そう言うと、男の子は真っ赤な手袋をはずして、私に渡そうとした。断ったけど「助けて貰ったお礼だから」といって強引に渡してそのまま走っていっちゃった。
その後、男の子の名前が「冬風 雪也」だという事がわかった。っというのも、彼が私の通う学校に転入してきたから。
明るくて人見知りのしない雪也くん。あっという間にクラスの人気者に。
雪也くんは優しい男の子で、女子が重いプリントを運んでると、いつも手伝ってくれたりして、だから女子にもモテたんだよね。そして律儀な事に、五年生のクリスマスの時には「去年助けて貰ったお礼」といってマフラーをプレゼントしてくれた。
雪也くんは、翌年もその次の年もクリスマスプレゼントを私にだけくれた。
「あの時手に持ってた袋には、とっても大事な物が入ってたんだ。木葉さんが直ぐに僕を助けてくれたから、荷物は無事だったんだよ。だからその数だけ君にお礼をしたいんだ」
つまり、あと二つ……あと二年、私は雪也くんからプレゼントを貰えるって事なのか、な?
プレゼントがほしい訳じゃない。
でも……雪也くんが私に何かしてくれる。
それが、凄く嬉しかった。
だって――
私は、彼の事を好きになってしまっていたから。
雪也くんが私にだけクリスマスプレゼントをくれる。その事で調子にのってしまった私は、ある事を尋ねてしまった。
「ねぇ、雪也くん。あの時のサンタルックって何か意味あったの? 白い袋の中身って何だったの?」
私の質問に対する彼の答えは――
「僕のおじいちゃんは、サンタクロースなんだ」
もちろん、信じる訳もないし、冗談で言った事は私にも解ってる。
でも年明けの三学期が始まると、何故かクラスメイト全員が雪也くんの事を笑い者にするようになってた。もちろん内容は「サンタクロースの孫」という事で。
人気者だったけど、その人気を妬む子もいっぱいいたみたい。
結局、雪也くんはそれが原因かどうかは解らないけど、三学期が終わる前に引っ越して行ってしまった……
私が、あの時あんな事を聞かなければ……一緒に受験勉強、頑張れたのかなぁ。
「うぅ、寒い。ぐだぐだしたって仕方ないんだから、さっさと帰ろう」
雪也くんを始めて見つけた場所で、自然と足が止まってたようで、体が芯のほうからさむーくなってしまってる。
彼から貰ったクリスマスプレゼントのマフラーと帽子、赤いポンチョがある分、あの時よりは随分暖かいけどね。
――ドサッ――
ん? 今、誰か田んぼに落ちたみたいな?
「大丈夫……ですか?」
「むーむー」
あぁーあ。顔面から突っ込んでるなぁ。
それにしても、真っ白い雪の中に真っ赤な服は冴えるね。まるであの時の雪也くんみたいに。
え? まさか?
「と、とりあえず服ひっぱりますよ?」
相手の返事を待たずに、私は思いっきり服を引っ張った。
「っぷはぁぁぁ」
思いっきり深呼吸するように雪から出てきた男の子は――
「雪也くん!?」
まさか!? 嘘ぉ!?
赤い上下の服。真っ赤なマフラーと真っ赤な手袋。そして大きな白い袋を手に持っている。
あの時と同じ雪也くんが、あの時のように田んぼに積もった雪から出てきた。
「や、やぁ木葉さん」
「何してるの!? 何でここにいるの!? 引っ越したんじゃなかったの!?」
私は突然の事にびっくりして、矢継ぎ早に質問攻めにしてしまった。
そんな私の質問に、彼は苦笑いでこう答えた。
「えっと、プレゼントを届けに来たんだ。去年の分と今年の分。そろそろ小さくなって入らないだろうと思って――」
そう言って雪也くんは、袋の中から可愛くラッピングされた包み紙を取り出した。きっと中身は手袋ね。
「こっちは今年の……あれ? 今年の分が無い。あれ? おっかしーな……どうしよう」
真っ白な田んぼの中で、雪也くんは必死に白い袋の中をがさごそと探してる。
そこへ、更に白く染めようと、空から雪が降り出してきた。
あぁ、やっぱり降ってきたなぁ。
「ねぇ、サンタさん。いつまでも雪の中に居たら風邪ひいちゃうよ?」
「え? あ、うん。そうだね」
ようやく雪也くんは袋から手を引っ込めて、田んぼから上がろうと顔を上げた。その時になってはじめて雪に気づく。
「あ、雪だ。降りだしてたんだね」
「うん。つい今だけどね」
道の上から私が手を差し伸べた。小さくなった、はじめに貰った雪也くんの手袋をしていたから、私の手は冷たくない。
その手を掴んで、雪也くんが田んぼから這い上がる。
「暖かいね、木葉さんの手」
「手袋のお陰ですから」
雪也くんは、まだ今年の分を諦めていないようで、今度は私に直接ほしい物を聞いてきた。私としては雪也くんに会いえただけで十分なんだけどね……
「でもなぁ。あの時五人分のクリスマスプレゼント運んでて、五人分のお礼しなきゃダメだって、祖父に言われてるからさ」
そう言って、自分で何か良いものがないかとポケットの中や服の中を探し始めた。
これは、何か見つけるか私がほしい物を何か言うまで動かないな。
うーん。どうしようかなぁ。お金を使わせるのは嫌だし……
あ、そうだ!
「サンタさん。形の無いものでもいい?」
「え? 木葉さんのほしい物?」
コクリと頷いてみせる。
「うん。いいよ、何でも。僕に出来るものなら……だけど」
「大丈夫。えっと、ある人の……受験する……学校を、教えてほしい……の」
「え? 誰の? えっと、調べられそうな相手なら、頑張って調べてくるよ」
「ありがとう。えっとね……雪也くん……なの」
「え?」
「冬風雪也くんの、受験する学校……あ、県立ね!」
このときの私は、握りこぶしを作って必死な顔だったと思う。
そして雪也くんと視線が合ってしまった。
ヤバイ。恥ずかしい。
必死な上に真っ赤になってしまった私の顔。
でも良く見ると雪也くんの顔も赤かった。
「えと――」
雪也くんが俯いてしまう。
頭をぽりぽり掻きながら、やっと口を開いた答えは――
「僕も、木葉紅葉さんが受験する学校……知りたかったんだ」
雪の降る田んぼ道。
私は始めて、雪也くんにプレゼントを渡す事が出来るかも知れないと、そう思った。