本当に
「すいません、ちょっと用事を思い出し――」
「させませんわ」
ぬるっと抜け出そうとしたら、男性プレイヤーたちに速攻で囲まれたでござる。これ2回目だね。とまぁ、今はこの状況を抜け出すことを考えよう。
「あの……用事があるので帰りた――」
「エカチェリーナ様、この者如何様に致しますか?」
おい、ガン無視かよ。取り囲んでおいて無視は酷くない?
「前みたいに勝手に逃げ出さないよう、周りをしっかり固めなさい。あと、ついでに野次馬も追っ払って」
取り巻きの言葉にエカチェリーナはそう言いながら鋭い視線を向けてくる。てか、勝手に逃げ出さないようにって何? 私はあんたの飼い猫か? 猫耳着けてる時点で猫扱いは否定できないけど……。
「何見てやがる!! 見せ物じゃねぇぞ!!」
私を囲む輪から外れた取り巻きが吠える。いや、完全に見せ物だろ。
それに驚いて動けないプレイヤーに痺れを切らした取り巻きは、今度は武器を振り回し始める始末。それを受けて我に返ったプレイヤーたちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
1分もしないうちに、残ったのは私とエカチェリーナ、そしてその取り巻きだけになってしまった。あぁ……顧客が……。
「さて、これでゆっくり話が出来るわね」
周りが静かになったことに満足したのか、そんなことを言いながらエカチェリーナは笑顔を向けてくる。いや、こちらとしては今すぐにでも帰りたいのですが駄目なんですかね。
「……で、一体何の用ニャ?」
「何、簡単なことですわ」
エカチェリーナはそう言って指をパチンと鳴らした。その瞬間、腕や肩を掴まれると同時に視界が大きく揺れる。
「っ!?」
突然のことに抵抗するも屈強な男達の腕力に勝てるはずもなく、無理矢理地面に押さえ付けられる。その際に顎を強打した。
「は、はにゃすニャ!!」
「うるせぇ!! いいから黙ってろ!!」
顎の痛みで舌足らずになりながらも犬歯を剥き出しで吠える。しかし、それ以上の大声で怒鳴られて勢いが削がれてしまった。
「大人しくしたほうが身のためですわよ?」
頭上から声が聞こえ見上げると、不潔なものでもみるような目で見下してくるエカチェリーナ。
「……これはいったいどういうことニャ?」
「凄んでもその語尾じゃ絞まりませんわね」
人が一番気にしてること的確に突いてくるんじゃよ!! 泣くぞ!!
「それに、このような待遇にむしろ感謝してほしいくらいですわ」
「はぁ?」
マジかコイツ、って言いかけたけど、これ以上めんどくさくなったら嫌だから言わないでおこう。
それに、口振りからして何か失礼なことでもしちゃったのかもしれない。そんなことをした記憶は一切ないけど、何か勘違いしてる可能性もある。
取り敢えず、今はあっちの言い分を聞いてみるか。
「私に口答えした事を懺悔する機会を、私自らが用意してあげたのですから!!」
前 言 撤 回。
おとなしくした私がバカだったよ。
「全てにおいて正しい私に、貴女は言葉を交わした、更には口答えをしたのよ? それは聖書を編纂したキリストの前で、彼を貶しながら聖書を燃やすに等しい罪深いことなのよ!! この意味が分かって?」
……何言ってんだこの人。取り敢えず、この人知ったかぶりだってことは分かったよ。
「まず、口答えするってのは面と向かって文句を言うことを指すニャ。あの時、私が貴女の行いにビックリしたのが地獄耳に聞こえただけで、私は面と向かって貴女に口答えをした覚えはないニャ。それと、聖書を編纂したのはキリストじゃなくてその弟子たちだから聖書を燃やされてもケロッとしてたんじゃないかニャ? いや、むしろ喜びそうニャ」
最後のは私のイメージだ。ほら、だって宗教の偉い人って本に書かずに言葉で教えを説いてるじゃん? だから本が嫌いだったのかな~って。あ、コーランあったわ。
「そそ、そんなことはどうでもいいですわ!!」
指導者は本嫌いか、なんて変な思考は突然大声を出したエカチェリーナによって強制終了させられる。見ると、耳まで真っ赤になった彼女がリアル地団駄を踏んでいた。初めて見たわ。
「そ・れ・は!! 例え話であって……ようするに!! それだけ罪深いことをしたって言いたかっただけですわ!! べ、別にキリストが編纂していないことぐらい知っていましたわよ!! 貴女の知識か足りないかと思って分かりやすく噛み砕いただけですわ!!」
いや、口答えにキリストのことも噛み砕く以前に間違った知識だったから。少しも噛み砕いてないからね。
「もう、そんなことはどうでもいいですわ!! さ、さぁ!! せっかく私が用意したのだから早く懺悔しなさい!! さぁ!! 早く!!」
エカチェリーナはそう声を荒げながらビシッと指を指す。それにあわせて、周りの男たちも「謝れ!!」と吠えたり罵られる始末。コイツらは常識というものが存在しないのかな。
「残念だけど、あんたらに謝る義理はないニャ」
そんな奴等を睨み付けながら、割りと低い声でそう吐き捨てる。語尾がどうのこうのとかはこの際気にしないでおこう。
ただ驚いただけで勝手に口答えしたと勘違いされ、更に自分は正義というアホらしい設定を押し付けられて謝罪を強要されているのだ。何処に非がある?
それに、ここで謝ったらあの時必死に庇ってくれたランカの面子を潰してしまうことになる。私がどうなろうが構わないけど、あの子の名誉を傷付けるのは不本意だ。
だから、何されようが謝るつもりはない。
予想だにしなかった返答だったのか、私の言葉を聞いたエカチェリーナの顔がみるみる顔を真っ赤に染まり始める。
「貴女!! 自分が今何言ってるのか分かっているの!?」
「何度も言わせるニャ。私が言っているのは『非がないから謝るつもりはない』、それだけニャ」
ぶつけるように言葉を吐き出すエカチェリーナに、なるべく冷静を装いながらも容赦ない言葉を浴びせる。語気が強くなるのは私も頭に血が上っている証拠だな。こんなに感情的になりやすかったっけ。
「あぁ、もう何で口答えするのよ!! 貴女はただ黙って私の言うことを聞けばいいのよ!!」
「ゲームをどう進めていくかはその人それぞれがが決めることで、他人がズカズカと入ってきていいところじゃないニャ。だからあんたの進め方に文句を言うつもりはないけど、勝手に考えた良く分からない設定を他人に押し付けるのは限度が過ぎるニャ。ゲームはやるものであって、他人に強制されてやらされるものじゃないニャ。だから、謝らないニャ」
ゲーム初心者が何言ってるんだ? って話になるけど、私だって好きなことをしている時に他人がズカズカ入ってきたら不愉快に思うもん。これはゲームだって一緒だと思うし、その人にはその人なりのプレイスタイルがあるわけだし。
そして、私が頑として謝らないのも、ある意味彼女のプレイスタイルに干渉していると同じことをしているようなものだ。これをされて嫌なら、周りの人も同じ感情を抱いてるって気付いてくれないかなぁ……。
あと、他人からの干渉をシャットダウンして自分は何しても許される、なんて幻想を抱いているなら、早急にぶち壊さなくてはいけないからね。
……あれ? これ何かと似てるな。
「はい、狂っちゃった!! ぜーんぶ、何もかも狂っちゃった!! あーあ、冷めた、本当冷めたわ……」
いきなり大声で叫んだエカチェリーナは疲れたように肩を落とし、腕を組ながら見下してきた。
「あんた何? たかだか謝ればする話じゃない? それを勝手に熱くなって、頑なに頭を下げないでさぁー? バカじゃないの? 勝手に熱くなってウケるんですけど、むしろゲームの中でそこまで熱くなられるのはこっちとしても迷惑でさぁ~? ハッキリいって超ウザいのよ。早くアカウント消すかソフトぶっ壊すかしてよね。つーか今すぐログアウトしてぶっ壊してこいや。さぁ!!」
口調が素に戻ってますよー。てか、熱くなってるのはどっちだよ。『迷惑かけてる』とかどの口が言ってるんだよって話だよね。全てが全て、ブーメランとして君に帰ってきてるからね。分かってるのかな?
おー、口調が変わったから周りの男たち若干引いてるわね。今まで守ってきたお嬢様像がキャラ付けでした、なんて真実をぶつけられればそうなるわ。
と言うか、わりと悪い方に予想はしていたけど『姫』ってここまで性格が歪むものなのかなぁ。人間、限度を知らなければ底無し沼のようにズブズブと嵌まっていくって言うけど、当にこの事を言うんだね。
「……ん、あんたいいもの持ってんじゃない」
一頻り喚き散らしたエカチェリーナは何かに気付いたようにそう漏らすと私の頭に手を伸ばしてくる。頭から何かを引き抜かれる感覚と纏められていた筈の髪が視界に写った。
エカチェリーナの手を見ると、オリーヴから貰った髪飾りが日の光を浴びてキラッと光る。
……いや、待って。それ傷付けたら自腹買い取りじゃん!! やべぇ!!
「か、返すニャ!!」
「ど、どうしたのよ? そんなに大事なもので……」
突然大声を出したことで驚いたエカチェリーナはそう漏らすも、途中で何かを思い付いたのかそこで言葉を切って、不適な笑みを向けてきた。
「そうね……これをくれたら今までのことは全部チャラにしてあげるわ」
「ニャ!?」
「いいじゃないですか、モデルの貴女が身に付けてるようなものって試供品みたいなものでしょ? それに、私がつけた方がもっと宣伝効果になるかも知れなくてよ?」
モデルが身に付けているものは試供品、つまり無料で配られているものだから奪っても問題なし……何でそうもまた都合のいい解釈をしちゃうのかなこの人は……。んで今さら口調を戻しても遅いぞ。
それにオリーヴは試供品としてくれたわけではないので、もしあげようものなら料金を請求してくるに違いない。
無料で渡してそのツケを私が払う。只でさえ借金じみたものをしているのに更にそこに圧迫される――――何処のドMプレイじゃあ!!
何故自分の首を絞めてまでそんなことをせにゃならんのじゃ!? ふざけるな!!
「んなわけないニャ!! さっさと返すニャ!!」
「だったらさっさと謝りなさい!! さぁ早くしな――」
そこでエカチェリーナの言葉は途切れた。いや、正確には彼女の顔に影かかかり、上を見つめたその顔が強張ったためだ。
「妹よォォォォオオオオオオオオ!!!!」
頭上から何処か聞き覚えのある絶叫が聞こえ、その瞬間目の前に何かが降ってきた。
「さっさと離れやがれェェェェエエエエエエ!!!!」
降ってきたそれは着地と同時に声を張り上げて剣を振り回し、私の身体を押さえ付けていた取り巻きたちは悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
その後ろ姿は、いつも家で踏みつけているのにそっくりだったので、すぐに名前が分かった。
「あニャき!!」
「人様の妹に何してくれとんじゃコラァ!!」
私とエカチェリーナの間に割って入った(むしろ降ってきた)のは兄貴だった。
声をかけるも、それよりも大きな声をあげてエカチェリーナに吠える。それに、エカチェリーナはおろか後ろの取り巻きたちも後退りしている。たぶん、ものすごい形相で睨み付けているんだろうな。
装備も最後に会ったときに着ていた初期装備ではなく、顔以外を鉄でできた全身鎧――フルプレートメイルって言うのかな? まぁ、それを身に纏っている。
剣もただの長剣ではなく、長剣よりも刃渡りの広い大剣を構えている。リアルじゃ持てっこない大きさの剣を構えるその姿に、やっぱりゲームなんだなと場違いに思ってしまった。
「あ、貴方は何者ですの!? いきなり上から降ってくるなんて……危うく踏まれるところでしたわ!!」
「当たり前だ、貴様を踏み潰す気満々で飛んだんだからな。んなことどうでもいい!!」
エカチェリーナの言葉を噛みつく勢いで怒鳴り返した兄貴は、私の方を向き直ると手を伸ばしてくる。それに掴まって立ち上がると、いきなり肩に腕を回して抱き締めてきた。
「妹に手を出した貴様らの罪!! その深きは山よりも高く海よりも深きモノと心得よ!! そんな罪深き貴様らは、我が手によって今ここで断罪してくれるわ!!」
大剣を向けながらそう豪語する兄貴。その鬼神のごとき形相と怒号はエカチェリーナ達を更に萎縮させる。てか、さりげに腰を撫でられているんですけど!! どさくさに紛れてへんなとこ触ってんじゃねぇよ!!
「雪花、いい加減それくらいにしておけ」
荒ぶる兄貴の後ろから呆れたような男性の声が聞こえた。その声の方を見ると、一人の男性プレイヤーが苦笑いを浮かべながら歩み寄ってきていた。
「うるさいぞマクベル!! お前には妹を何処ぞの訳の分からない馬の骨に良いようにされる苦しみが分からんのか!!」
「残念、俺一人っ子だから何も分かんねぇわ。まぁ、それよりも……」
噛み付いてくる兄貴を適当にあしらったマクベルと言うプレイヤーは、エカチェリーナの方を向き直って柔和な笑みを浮かべた。無論、彼の得物であろう短剣を抜きながらだが。
「エカチェ……いや、『お姫』さん。今回の件、俺の顔に免じてどうか見逃してやってくれねぇかな?」
「な、何で貴方のような人があの子を庇うわけ……?」
マクベルさんの言葉にエカチェリーナは何故か顔を青くさせながらそう問いかける。彼女の様子を見るに、この人、ゲームの中では結構名の知れた人なのかな?
「俺はこのバカと古い付き合いでな。たまに暴走するのを抑え込むのが俺の仕事みたいなもんでね? それに、俺としてもあんたらと闘りあうつもりはないし、あんたらだって俺らと闘りあうのも面倒だろ?」
彼はそう言いながら不意に手を上げる。その瞬間、周りの路地からゾロゾロと大勢のプレイヤー達が現れた。
数にして20人。彼らは全員得物を抜き払い、殺気染みた視線をエカチェリーナ達に向けている。いつでも闘える、と言う雰囲気を醸し出していた。
「見逃してくれねぇか? なぁ?」
もう一度、マクベルさんはエカチェリーナに問いかける。最後の念押しとばかりに放たれた彼の一言は、『お願い』と言うよりも『最後通告』に近い。
多分、『闘りあうのなら、容赦はしないぞ』と言う言葉が裏に隠れていたと思う。
「わ、分かりましたわ……。今日のところはマクベルさんの顔に免じて許してあげます。さ、さぁ!! 早く行くわよ!!」
マクベルさんの最後通告、そして現れたプレイヤー達の殺気に気圧されたエカチェリーナは青い顔のままそう言うと、取り巻き達を引き連れ逃げるように何処かへ去ってしまった。
「……行ったか」
その後ろ姿が見えなくなってからマクベルさんがポツリとこぼした一言により、周りのプレイヤー達の殆どが安堵の息を漏らして得物をしまい始める。
「大丈夫だった?」
「え、あ、あぁ……あ、ありがとうございますニャ」
兄貴に抱き締められたまま固まっていると、心配そうな顔でマクベルさんが声をかけてきた。それに我に返り、速攻で兄貴の拘束を抜け出して彼にペコリと頭を下げる。
「別に気にしないでよ。俺はただコイツの暴走を止めただけだからね」
そう言いながら側でブスッとした顔で大剣をしまう兄貴に振る。振られた兄貴は不満げに腕を組んで彼を睨む。
「何故止めたのだ。あそこで奴等を叩きのめせば、当分懲りて大人しくなるだろうに」
「その危なっかしい解決策は止めろっていつも言ってるだろうが。それに『アレ』は叩きのめしたところで良くなるハズがねぇよ。善くて直ぐに復活、悪くてヒステリックになるだけだ」
マクベルさんが嗜めると兄貴は「それもそうだが……」と不満げなからも彼の意見に賛同する。何だろ、ここまで大人しい兄貴を見るのは初めてで何か新鮮だ。
って、それよりも髪飾り!!
「髪飾り? すまんが見てな――」
「これのことか? 妹よ」
マクベルさんが言い終わらない内に割り込んできた兄貴が手を差し出してくる。
その瞬間、目の前が真っ白になった。
「いやー、さっき踏み潰そうとしたときに踏んづけてしまったらしくてなぁ。なぁーに!! さっき絡んできたあやつの持ち物だろ? 良かったではないか!!」
暢気な声でそう宣う兄貴はボリボリと頭を掻くも、何故か自信たっぷりの表情で興奮気味に差し出した手を近づけてくる。
まるで、取ってこいと言われたものをちゃんと取ってきて誉められたい犬のように、だ。
「安心しろ妹よ!! 次あやつが近づいてきた時は直ぐ様助けに来てやるからな!! 大船に乗ったつもりで任せてもよいぞ!!」
「あニャき」
自慢げに喋る兄貴の肩を掴む。掴まれた兄貴は嬉しそうな顔を向けてきて、頭を下げてきた。なでなででもしてもらいたいのかな。
ふと、遠くで哀れむような表情でこちらに向けて合掌しているマクベルさんがいた。初めて会った人に察されるほど、顔に出ているのかしら。いや、オーラかもね。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
「どうした妹よ? 何故いつものように頭を撫でてくれないのか?」
あんたの頭を撫でた覚えはねぇよ。勝手に捏造するなし。でも、一応兄貴のお陰で助かったようなものか。撫でてあげよう。
頭差し出された頭を撫でると、兄貴は幸せじゃあ~とばかりのトロンとした表情になる。こんな顔でも整ってるやつは絵になるな畜生。
いやー本当に助かったわ。ありがとねー……本当に―――
「何してくれとるんニャァァァァァアアアア!!!!!!」
そんな悲痛の叫びが、通りはおろか“パーク”中に響き渡ったのだと言うのは後から聞いた話。




