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よ、汚されちゃった……。

 『絹の道』のオフィスを出た私たちは、笑顔で先導するメリエールさんに連れられてプレイヤーでごった返す生産者通りを進んでいた。


 露店を出す商人たちの勇ましい声が無数に飛び交っているのを見ると、何度来ても流石と驚嘆してしまう。しかも、露店を出している大概の商人たちがメリエールさんに声をかけたり頭を下げたりしているのだ。


 普段はおっとりしているメリエールさんも、やっぱりこの町の商業を仕切っている人なのだと実感させられる。


 そんな感じで生産者通りを進んでいくと、人でごった返した場所から少し開けた場所に出た。


 開けた場所には一軒の小さなお店を挟んで左右に道が分かれており、挟まれたお店は築50年ぐらい年期の入った建物だった。その建物の玄関らしき扉の上には服の形をした看板が飾られている。


 『仕立て屋工房 オリーヴ』


 名前から見るに、メリエールさんが言っていたお店に着いたみたい。外見の雰囲気的にいかにもファンタジーのお店って感じで個人的に好きだな。もしお店を持つならこんな風にしたい。


「ほい、到着だよ~」


 ほんわかした笑顔のメリエールさんがこちらを振り返りながらそう言う。隣のランカは興味津津みたいで尻尾が激しく揺れている。なんか可愛い。


 てか、私の尻尾もこんな感じになるのだろうか。メリエールさんに聞いてみたら「たまにゆらゆら揺れているときがあるよ~」と言われた。今後気を付けることにしよう。


「それじゃ、入っちゃおうか!!」


 メリエールさんはそう言いながら『仕立て屋工房 オリーヴ』の扉を開ける。


 開けた瞬間、フワリと埃っぽい匂いが鼻をくすぐり、視界は辺り一面に敷き詰められた服によって埋め尽くされる。あれだ、無理やり押し込んだ衣類でパンパンの衣装ダンスみたいだ。


「このお店、ちょっと特殊だから……ここから入るんだよ~」


 洋服ダンス状態の入り口に苦笑いのメリエールさんはそう言いながらその場で屈み、中を指さす。それに従って屈んでみると、下の方に奥へと続く穴みたいなのがぽっかり開いていた。大きさからして、屈んだら何とか進めそうだ。


「それじゃあ、入るよ~」


 私たちが穴の存在を確認したのを見て、メリエールさんはそう言いながら四つん這いで穴に入っていく。それに続くように、私たちも穴に潜り込むように入った。


 洋服ダンスの中へ潜っていくような感じで穴をズンズン奥に突き進む。敷き詰められたよう洋服で埃っぽい空気がたまってるのか、進む度に鼻や耳、尻尾を含め全身が非常にムズムズする。掻きたい、思う存分掻き毟りたい。


 そんな地味な苦行に耐えながら進んでいると、狭い穴から一変して開けた場所に出た。


 埃っぽい空気が若干薄れ、まともな空気を深呼吸で胸いっぱいに吸い込む。鼻のムズムズが若干弱まった。上体を起こしながら耳や尻尾を掻きむしり(無意識の内に舐めそうになったのを必死に押し止めて)、改めて店内を見回してみる。


 随分年期の入った木目調のフローリングと壁。側にはこれまた年期の入った樫の椅子と机、その上に無造作に積まれたカラフルな糸や針山が転がっている。傍にはモデル用なのか、様々なスタイルの着せ替え人形が置かれていた。


 しかし、私がその中でも一番目を引かれたのが、ハンガーで掛けられた壁一面の洋服たちだ。


 西洋風のドレスから和風の着物、チャイナドレスにターバン、サリーみたいな現実(リアル)っぽい服装に加え、頭から爪先まで鎖帷子で覆われたものや何故か古き良き日本の伝統割烹着、やけに露出の高い忍び装束、挙句の果てには某有名ゲームの女戦士が着るビ〇ニアーマーもびっくりの露出度を誇る野蛮人(バーバリアン)風の鎧など、明らかにネタに走ったであろうものも見受けられる。


 と、言うか、これお店って言うのかな? 明らかに趣味専用の家って感じだけど……。


「オリーヴ? 連れてきたよ~?」


 メリエールさんがそう声をかけるが、応えるものはいない。おっかしいな~?と首を傾げるメリエールさん。ん~……見た感じ誰もいないのかな?


「ここにおるぞい」

「ひやぁぁあああ!?」


 突然聞こえてきた声とメリエールさんの絶叫が響く。何事かと振り向くと、真っ赤な顔で屈みこむメリエールさん、そしてメリエールさんの声に目を白黒させるランカが居るだけだった。と、取り敢えずメリエールさんが心配だ。


「来ちゃダメ!!」


 メリエールさんの鋭い声に動き出そうとした身体が強張る。動きが止まった私を確認した彼女は真っ赤の顔を不満げに歪ませ、背中の方に手を回した。ん? よく見るとメリエールさんのたわわな双丘が激しく揺れている―――――いや、小さな二つの手によってもみくちゃにされている!!


「いい加減にしなさい!!」


 怒気を孕んだ声色でそう叫んだメリエールさんが背中に回した手を高々と掲げる。私やランカの視線は掲げられた手、正確にはその手に首根っこを掴まれてプラーンとなっている小さいプレイヤーに注がれた。


 見た目小学生ぐらいの体躯に異常と言えるほどの白い肌、長い睫毛から垣間見える赤い瞳が白すぎる肌の中で良く生えている。全身黒と赤のゴスロリ衣装に身を包み、その端正な顔は何処か人を小馬鹿にしたような薄ら笑いが浮かんでいた。


「なんじゃい、そんなに声を荒げてどうしたのじゃ?」

「『どうした』なんてどの口が言ってるのよ!! 毎度のごとく後ろから抱き付くの止めて!!」

「抱き付くんじゃなくて、そちの胸を揉みしだいておるんじゃがの……」

「分かってるなら余計止めてよ!!」


 真っ赤な顔を更に高揚させて叫ぶメリエールさんに、オリーヴと呼ばれた少女は指で耳栓をして鬱陶しそうにメリエールさんから目をそらす。まるで、口うるさい母親が子供をしかるときみたいな、そんな雰囲気が辺りを包んだ。


「そして、そこの妾たちは誰なのじゃ?」

「……前に話した子達よ」

「おおっ、そうかそうか~」


 一通り説教が終わった、と言うよりかオリーヴが無理矢理話題を変えたとメリエールさんは渋々といった顔で私たちを紹介する。それを受けたオリーヴは見た目相応の笑顔を見せてこちらに歩み寄ってきた。


「はじめまして、この『仕立て屋工房 オリーヴ』の店主、オリーヴだ。此度は依頼を引き受けてくれたこと、嬉しく思うぞ」

「は、はい! ニタと申しますニャ。こちらこそ、よろしくお願いしますニャ」


 見た目に反して随分と落ち着いた対応に自然と背筋が伸ばされて、失礼のないように頭を下げる。傍らのランカも「ら、ランカと申しましゅわふ!!」と全力で噛んで勢いよく頭を下げた。


「こちらが頼んだのだ、そう畏まらなくてもいい。さて、仕事の説明はメリから聞いてると思うから、早速用意しよう」


 そんな姿に苦笑いを浮かべたオリーヴはそう言うとメニューから所持アイテム一覧――――所謂インベントリと言うものを開いて何かを探し始めた。


「あそこに掛かっている服じゃないわふか?」

「いや、あれは暇潰しに遊びで作った代物じゃ。見た目だけはご立派だが、性能は初期装備にも劣るぞ」


 うそ、これだけ凝られた装飾が施されているのに初期装備にも劣るって……。


「このゲームは、対象となるアイテムにその性能を上げるに有効な構造や装飾じゃないと補整されない仕様でな。あれらみたいにいくら見た目の装飾に凝ろうがその性能が上がることはないんじゃ。運営も変なところでリアル志向じゃからな~」


 そう言いながらオリーヴは面白くなさそうに頬を膨らませる。行程を増やせばその効能が上がる料理と違って、ちゃんと考えて作らないと見合った性能を得られないのか。でも、これって料理にも共通するのかもしれない。時間があるときに調べてみよう。


 そんな会話をしながらしばらくインベントリを引っ掻き回していたオリーヴは、目的のものを見つけるとすぐにそれを実体化した。


「メ、メジャー……ニャ?」

「そう、メジャーじゃ」


 オリーヴが取り出したのは、リアルでもよく目にするモノの長さを測るメジャーだ。でも、何故メジャーを取り出したんだろ? ってか、いつの間にかメリエールさんが少し離れたところに居て、何故か哀れむような目をこちらに向けている。


「さて、ならば早速始めようかの……」


 そう呟きながらオリーヴはメジャーを宙に投げる。宙に投げ出されたメジャーは重力に従い床にペシャリと落ちる。


 と、思ったらいきなりメジャーがクネクネと動きだし、次の瞬間私に飛び掛かってきた!!


「ひにゃぁぁぁあああ!?」


「ニタわふ!?」


 いきなり飛び掛かってきたメジャーに驚いて足を滑らせ、メジャーに押し倒される形で後ろにひっくり返る。それにビックリしたイヅナは私を置いていち早く脱出してしまう。主人を守ろうっていう気はないの!!


 イヅナに悪態をつく暇もなく、飛び掛かってきたメジャーは私に触れるやいなや、触手のごとく私の身体の色んなところをまさぐってきた。一応防具に身を固めてはいるものの、所詮は初期装備。隙間なんて無数に存在するわけで、メジャーを阻むものは無いに等しい。


「ひゃあ!? へ、へんなっ…!? へんなところ入ってくるニャァ……ひっ!? ダメ! 、そこはぁ……だめニャぁ……」


 防具で固めていようが関係ないぜ!! と言いたげにメジャーは隙間を狙って内部に侵入。首を、胸を、お腹を、お尻を、太股を、足を、と様々な場所をほしいままに蹂躙してくる。


 突然のことに頭がついていかず、そんな状態でメジャーの蹂躙に抵抗する余力もあるはずがない私はそんな声出せるの? ってぐらい恥ずかしい声を上げながら身体をくねらせて悶絶するしかない。


 そんな地獄のような所業は、満足(?)したメジャーが私の身体を離れて床を這い、オリーヴの手の中に収まることで終わりを告げた。


 メジャーの蹂躙から逃れた(実際は存分に堪能された)私は息も絶え絶えになりながら、この所業を行った奴に敵意剥き出しの視線を向ける。


「オリィィィィィィヴニャァァァァァ?」


「ふむ、見た目相応の結果じゃな。しかし、あの艶っぽい声はなかなかじゃったの~……」


 そんな視線を向けられた当の本人はそんなこと気にする様子もなく、目の前に表示されたウィンドゥを見ながらなにやらブツブツ呟いている。その様子を唖然とした表情のランカと、こちらに手を合わせて何度も頭を下げるメリエールさんの姿があった。


 これはあれか……調教(おしおき)が必要か……?


 そう頭の中で結論付けた私は無意識の内に鞭を手に取り、ゆっくりとオリーヴに近づいていく。その時、遠くの方で呆けた顔でいたランカがブルッと震える。多分、あのときの記憶がフラッシュバックしたのだろう。


「何じゃニタ、手に鞭なんか持って」


 私の様子に気付いたオリーヴは悪びれた様子もなく首を傾げながら聞いてきた。本当に何とも思ってないのかしら。


「いいのいいの、気にしないでニャ。それよりも、さっきの出来事は一体何ニャ?」


「あれか? なに、服をこさえるためにちぃとばかしお主の体型を計らせてもらっただけじゃよ。大丈夫、服を仕立てる以外に使わないからそう心配するな」


 手をヒラヒラさせながらそう笑いかけてくるオリーヴ。いや、ちぃとばかしどころか身体の隅々までご丁寧に採寸されたんだけど。と言うかその発言何なの。服を作る以外にスリーサイズを使う時が分からない。他に使う場合を考えた瞬間、兄貴の顔が浮かんだのは何かの間違いだろう。


「さっきのメジャーは何ニャ?」


「あれか? 裁縫師のクエストをこなしていたら報酬として貰ったものじゃ。服を採寸する以外でも何かと重宝するぞ。お主も試してみたらどうじゃ?」


 『裁縫師』ってのは、オリーヴの本業(オキュ)副業(サイド)のことだろうか。オリーヴの物言いを見るに、HLOにはそれぞれの職業に応じた専用クエストがあるようだ。これはギルド会館で聞いてみようか。


 とまぁ、前置き(・・・)はこんな感じでいいだろう。


「……オリーヴ、あんたに言いたいことがあるニャ」


「なんじゃ? 遠慮なく申してみよ」


 ユラリユラリと近づいてくる私に軽い感じで応えるオリーヴ。これは、ちぃとばかり(・・・・・・)キツイ調教(おしおき)をしないといけないね。


「……あのね、オリ―――」


「ああ、言い忘れておった」


 私の言葉を遮って、オリーヴが思い出したようにそう言うとクルリとこちらを向いた。その行動にびっくりしていると、目の前に彼女の手が差し出される。そこには先ほどのメジャーがあった。



「このメジャー、主人の危機を感じると勝手に動き出す()があってな」


 オリーヴがそう言った瞬間、ムクリとメジャーが独りでに立ち上がる。そして、その先が私を捉える。その瞬間、背筋に寒気が走ったのは言うまでもない。


「しかも、外敵を無力化するまで止まらないと言う困ったものじゃ」


 そう残念そうに言うオリーヴの目に厄介なものを持って困ったと言う感情は無かった。その次に、彼女の目尻が下がり、口角が吊り上がって意地悪っぽい笑みに変わる。


 まるで、次に起こる惨劇を分かっている上で、それを楽しもう(・・・・)としているかのように。その瞬間、私は悟った。


 『ハメられた!!』、と。


 それが口に出るよりも先に主を守ろうと飛び掛かってきたメジャーにより、私の意識は悶絶の中へと引きずり込まれるのであった。

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