一旦離れて、お願いだから!!
「あぁ~ダルい……ニャ」
うん、休日のおっさんみたいなこと言っちゃった。なんてことを思いながら、素足を水の中でバシャバシャとさせてボケーっと上を向いてみる。
多分これあれだよね? 死んじゃったんだよね。HLO的に言えば『死に戻り』っていうんだっけ。
確か、巨人の一撃を喰らい吹き飛ばされたんだよね。んで、ランカが何か叫んでるところでいきなり目の前が真っ暗になったのは覚えている。そして気が付いたら、祭壇の上に横たわっていたんだ。
ド〇クエの、全滅したら教会の神父に『おおっ、ニタよ。死んでしまうとは情けない!!』って罵られるのかと思っていたけど、そんなことはなかった。もしそうだったら、神父にドロップキックを叩き込もうと思っていたのだけどなぁ……まぁ、そんなことはどうでもいいか。
にしても、この死に戻って復活する場所――――聖堂……で合ってるのかな? 何か……スゴイ。
前チラッと見掛けた聖堂は外装だけだったけど、物静かでなんか神秘的な感じだった。でも、内装は以外にも豪華な作りをしていて、外装よりも更に神聖な雰囲気を醸し出していた。
入り口から入ると、大理石の道が伸びる先にまず中央の水瓶を傾ける女神の像がお出迎え、その水瓶から澄んだ水が流れ出ている。その象を中心に3つに分かれた道が続き、それぞれに祭壇が置かれている。そして何より、入り口から像、祭壇へと続く道以外を、水瓶から流れ出した水で満たされているのだ。
水瓶から流れ出れる水が音を立てて水面に注がれ、その度に水面はユラユラとその表情を変える。更に吹きさらしの窓からは柔らかい光が射し込み、ユラユラと揺れる水面を反射してキラキラと光り、羽根休めにやって来た小鳥が騒がしく舞い降りてきて、満たされた水を飲んでいる。
こんな神秘的な光景、現実じゃなかなか見れないよね。そんな神秘的な光景に見入っている私を尻目に、見知らぬプレイヤーが祭壇から現れて、わき目も振らずに聖堂を出ていくのを何度も見たけど。
この光景、ゲームでは当たり前なのかもしれないね。でも、初心者の私には初体験に近いものだよ。
ボケっとしていると、膝の上で丸まっているイヅナが眠そうに欠伸を零した。その首元をくすぐると、気持ち良さそうに目を細める。こんな光景にも思わず和んでしまうよね。
というか本気でダルい。神秘的な光景に見入っているとか、イヅナに和んでいたとかそれらしい理由を言ったけど、本当はダルすぎて動きたくないだけなんだよね。うん、序盤のいい感じがぶち壊しだ。
それに、外に出ないんじゃなくて本当は出れないんだよね……。
確かに、装備には『耐久値』があるのは兄貴に教えてもらった。そして、それが0になると装備はポリゴンとなって消えていってしまうのも知っている。でも、耐久値が減るにつれて装備の見た目が変わるなんて聞いてないよ、この野郎。
と、言うのも、今私の格好はお世辞にも防具とはいえない、と言うかボロボロの布きれを体に巻き付けたほうがまだマシじゃね? ってぐらい酷い格好をしているのだ。
革で作られた服と胸部を覆う胸当てがセットのやつなんか、服の下半分が千切れてしまってへそがまる見えだし、胸当てはあちこちがボロボロで下着がチラチラと見えてしまっている。腰巻なんかはもっと酷い。裾の殆どが破かれて太ももは愚か下着、と言うかパンツがまる出し状態なのだ。籠手やブーツがまだ原形を留めている分余計みすぼらしく見える。だから、気休め程度に籠手もブーツも脱いでしまった。
てか、こんな状況を人に見られるなんて死んでもいやだ。それすらいやなのに、外を出歩くなんて出来るわけがない。もし出歩こうものなら、私の中で何か大切なものが色々と壊れてしまうだろう。
イヅナの『陽炎』で透明になって宿屋に走るっていう手もあるけど、聖堂から宿屋までの道のりは把握してないし、途中でMP切れになることもある。最悪、この前みたいな『陽炎』を見抜くやつもいるかもしれない。それにこのダルさだ。動きたくないのが本音だよ。
でも、聖堂には私以外にもプレイヤーが利用する。さっきも言った通り、いろんなプレイヤーが祭壇から現れているのだ。ぶっちゃけその人たちにもこんな恰好見せたくない。
一応、今はイヅナの『陽炎』で見えなくしてもらっている。さっきMP切れがいやだとか言ってたけど、MPって動かなければ自然に回復するんだよね。それに、これを使うとイヅナのテスである『狐火』のレベルが上がるのだ。せっかくのいい機会だし、ここでレベルを上げるのもいいかなって適当な理由を付けている。でも、何かMPの回復がいつもより遅いんだよね。
とまぁそんなわけで、こうしてイヅナに『陽炎』をかけてもらいながらボケーっとしているのだ。
でも、本当にダルい。何なのこの倦怠感。また運営の嫌がらせか何かか? 責任転嫁をしてみるが、取り敢えずヘルプを出して確認してみる。
やっぱり、この倦怠感は死に戻ったとをプレイヤーに実感させるってことで設定された感覚みたいね。ヘルプには『デスぺナルティ』って書かれてる。この倦怠感は3時間で消えるらしく、ログアウトしている時間も加算されるみたい。てか、デスペナルティってこれの他にもあるみたいね。
先ず、『負傷』っていう状態異常が付いてしまう。これは死に戻った際に受ける状態異常で、HPやMPが2割ほど、そしてプレイヤーのステータスが半減しちゃうみたいね。
てか、ステータスに半減するような項目あったっけ? 確認のためにステータスを開いたら、名前のところに閉じられたタブがあった。これのことかな。
【~ステータス~】
《PL》
ニタ
《literacy》
HP:210/210
MP:32/150
STR:18
VIT:12
DEX:28
AGI:32
INT:20
CHR:23
《Job》
調教師:Lv2/弓使い:Lv8
《taste》
鞭捌き:Lv8/梟の眼光:Lv5/体術:Lv6/鑑定:Lv4/毛繕い:Lv1/曲芸:Lv1/錬金:Lv1/製薬:Lv8/料理:Lv7/猫の気持ち:Lv9
《weapon》
新人調教師の鞭/新人弓使いの弓
《armor》
頭:なし
身体:新人調教師の胸当て (自動修復中)
腕:新人調教師の籠手(自動修復中)
腰:新人調教師の腰巻き(自動修復中)
足:新人調教師のブーツ(自動修復中)
タブを開いたら何か良く分からない項目と単語、そして数値が出てきた。ゲーム初心者の私でもわかるように説明してください。と、そんな文句に誰も答えてくれるわけないので、渋々ヘルプで探すと『ステータスについて』との項目があった。そこを開くと謎の項目について事細かに書かれていた。
《literacy》とは、英語で『基礎能力』と言う意味で、HLOではプレイヤー自身の身体的な能力のことを指す。ここで表された数値は、オキュやサイドのレベル、習得したテス、及びそのレベルによって変動するみたい。また、装備中のテスを控えに回した場合、装備時の半分の数値を《litercy》に反映されるらしい。
つまり、テスを習得すればするほど、プレイヤーの身体的なステータスが底上げされるみたいね。でも、テスのレベルを上げる方が数値の変動は大きいらしいから、テスばかり取りまくってもあまり意味はないみたい。
そして、次は《literacy》の単語たちだ。
先ず、『STR』というのは物理攻撃で与えるダメージなどに影響するステータスで、『VIT』は生命力や受けるダメージなどに影響する、簡単に言えばHPと防御力に関係するステータスってことね。 戦闘職なら先ずこれを上げるのが基本らしい。
次に、『DEX』は、命中率、クリティカルヒット率、回避率、生産成功率などに影響を与えるステータスで、『AGI』は、回避率や命中率などに影響するステータス。これが他のよりも抜きんでているのは、弓使いのオキュと生産系のテスを持っているお蔭かな。
最後に、『INT』は、主に魔法の効果などに影響するステータスで、『CHR』は、調教系、吟遊系のテスや魔法の効果に影響を与えるほか、NPCの対応(クエスト、売買価格など)に関わるステータスらしい。
これで半減しているってことは、いつもならこれの2倍ってことか。『STR』と『VIT』の数値が低いのは予想通りだったけど、個人的には『CHR』の数値が意外に高いことに驚いた。オキュの調教師と調教系のテスがあまり育ってなかったから低いと思っていたけど、本業ってことで補正が大きかったのかな。
そして、この『負傷』は結構長くて8時間。しかも、倦怠感と違ってログアウトしている時間は加算されないみたい。戦闘によって生活する戦闘職のプレイヤーにはなかなか痛いペナルティね。
そして、最後は所持金及び所持アイテムがランダムで消えてしまう。しかもいやらしいことに、レア度が高いモノが優先的に消えてしまうらしい。ポーチを確認したら、やはりいくつかのアイテムが消えてしまっていた。主に換金用に残しておいたドロップ品が。死にたい。
でも、料理や調薬の素材などの自分で生産したアイテムは減っていなかった。これに関してはヘルプにも載っていなかったので、ただの偶然だとしておこう。
デスペナルティに関してはこんな感じか。今後はこれのことも考えて行動しないとね。
あ、あとさっきステータスを見た時、装備の項目に『自動修復中』っていうのがあったよね。これって何なのかしら?
胸当ての詳細を見ると、効果のところに『自動修復機能』というのがあった。それの詳細を開いてみる。
どうやら、これを持っている防具は装備者が非戦闘状態の時、装備者のMPを消費して自動で耐久値を回復してくれるらしい。しかも、これを持っている装備は耐久値を削り切るダメージを受けた際、一定量のMPを消費して耐久値が『1』だけ残る様にもしてくれるみたいだ。
ってことは、今私の装備は耐久値が回復していってるってこと?
改めて自分の格好を確認してみると、さっきよりも微妙に防具が修繕されていた。胸当ては相変わらずへそが見えていたが、さっきよりも服の部分が長くなっていたり、下着が見えていた胸当ては大分隠れるまで治っている。一番ひどかった腰巻に至っては、太ももが丸見えではあるがパンツは完全に隠れるぐらいまではなっていた。普通に歩けば、まず見えないだろう。
これくらいなら、外に出ても大丈夫かな? まぁこのままでもすっごく恥ずかしいけど、さっきの状態を考えるとまだマシと言うか、感覚が麻痺してきたのかな。
というか、ランカとの連絡が取れないんだよね。一応、死に戻ってから何回かコールを飛ばしているけど、出ないし。まだ街に帰ってきてないのなら、それが一番心配だ。
一回、外に出てみようか。そう思い、膝の上で眠るイヅナを起こし、なかなか動かないイヅナを抱えながら水から足を上げて立ち上がる。上げた瞬間に乾いてしまうのは、ゲームっぽいところだね。
脱いでいたブーツを装備し直して、のろのろと出口へと向かう。籠手はまだいっか。てかまだダルさがあるのを忘れていたよ。
重い身体を引きずって、聖堂の入り口をくぐる。すると、さきほど窓から降り注いでいた太陽がじんわりと身体を包み込んでくる。ヤバい、このダルさと温かさで寝てしまいそうだ。
と、やっぱり私の格好を見るプレイヤーはちょっと変な顔をしてるな。まぁ恰好が格好だし、しかたがないか。取り敢えずもう一回コールしよ――――
「ニタぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」
突然自分の名前を呼ばれて思わずウィンドゥを閉じてしまう。いや、それよりもこの声って、と思う前に、私の身体は声の方向を向いていた。
そして、真っ平らなチャイナ服のまな板が目前に迫っていた。
「ニギャァァァァアアアアアアアアア!!!!!」
「やっと会えたわふぅぅぅぅぅぅううううううううう!!!!!!」
突然現れたまな板に顔面を強打、と言うかもの凄いタックルを顔のみにブチかまされる。思わず絶叫を上げながら、タックルしてきた物体の勢いに負けて仰向けにひっくり返った。その際、後頭部を思いっきり強打、顔面と後頭部の二重の激痛に襲われる。
「無事でぇぇ……無事でよかったわふぅぅぅぅうううううう」
二つの激痛にもがき苦しむ間もなく顔面に固いまな板が押し付けられ、頭上では聞いたことのある涙声が聞こえる。やっぱりマシュマロが良かったな……って、そんなことはどうでもいい!!
「ラ、ランカ!! お、お願いだからいったん離れてニャ!!」
「ニタぁぁぁわふぅぅぅぅ~」
私の顔面にまな板をぐりぐり押し付けてくるランカは、ただ泣きじゃくるばかりだ。しかも、拳闘士の彼女にガッチリ掴まれているため、引き剥がすことが適わない。でも、早急に引き剥がさなければならない理由がある。
「パ、パンツが見えちゃうから離してニャ!!」
今、私は仰向けに倒れて上にランカが乗っかっている状態だ。そして、ひっくり返った拍子に腰巻きがお腹の方まで捲れ上がってしまっている。つまり、白昼堂々公衆の前でパンツを御開帳しているのだ。
「お願いニャ!! マジで一回離して、お願いニャから!! このままじゃ社会的に死んじゃうニャ!! それ以前に私の中の何かが壊れるニャ!! お願いだからパンツを隠させてくれニャァァァァアアアアア!!!!!」
その後、聖堂前の広場にはひたすら鳴き声を上げる声と、ひたすら「パンツパンツ!!」と連呼する絶叫がしばらく止むことはなかった。




