彼女と彼は携帯です
ちょっと息抜きと思って書いたお話なので、いつも以上にグダグダです。
でも書いてて一番楽しかった←
安定のネーミングセンスの無さと残念なオチですが少しでも楽しんで頂けたらなと思います
3/6 ちょっと加筆しました
こんなはずじゃなかった。
そうオレはたまに高々と叫びたい気分になる。
そして今が丁度その時なんだけど。
部屋に響き渡る小さいすすり泣きにオレは俯いて静かに息を吐いた。
「――なあ、そろそろ機嫌直してくれよケイ」
「私に話しかけないでよ……部屋から出てって。あなたなんて大っ嫌い!」
ヒステリックに叫んだ彼女はまた、抱え込んだ両膝に自分の顔を埋めた。
――出て行けって、ここオレの部屋なんだけど。
ベッドにいる彼女を置いて、オレは部屋の隅で胡坐をかいて壁にもたれかかった。
ここからじゃ、彼女の顔は窺えない。
だけど、絶えず耳から伝わる振動からして相変わらず泣いているようだ。
彼女に聞こえないように、オレはまた溜まった息を吐き捨てた。
「またやってるの? 裕也」
「……好きでやってるわけじゃねえよ。オレも、ケイも」
オレ達のやり取りが聞くに堪えないのか、双子の姉である卓美が真っ黒な携帯電話を片手に握り締めて心配そうに薄く開かれたドアの隙間から顔を覗かせていた。
オレが思わず零した言葉に、くぐもった低い男の笑い声が聞こえてほぼ反射的に顔を顰める。
「――んだよ。何かおかしいか? タイ」
「いやァ? 相変わらず仲睦まじいなって思っただけだぜ、裕也」
「お前こそ相変わらずだな。お前の立場らしくその無駄によく周るうるせえ口を閉じて、静かにしたらどうなんだ」
「……ちょっと、二人共。喧嘩しないで。タイはこんなときにちょっかいださない、裕也はちょっかいだって分かってるくせにのっかからないの」
姉の言葉に一応弟のオレは勿論、絶対的に従わなければならないタイは口を閉ざした。
それがほぼ同時だったからか卓美に笑われてもう一度顔を顰めるとほぼ同じタイミングだったのかまた卓美が笑った。
「で、裕也の相棒はどこにいるんだァ?」
「ベッドの上」
「ちなみに、喧嘩の理由はどうしたの?」
「いつものアレ」
「ああ……」
二人から矢継ぎ早にされる質問に簡潔に答えていくと、少し引きぎみに卓美が頷いた。
角度的にタイは見えないけど、声からして卓美と似通った反応をしてるんだろう。
「だからさ、いつものよろしく。卓美」
居酒屋の常連みたいな発言だなと自分で思いながらも、躊躇う卓美の手を引いてオレの部屋へ招き入れる。
タイをオレに預けて、卓美はベッドにいるケイへ歩み寄って行った。
その足取りがやや重く見えるのは、多分オレの気のせいじゃないだろう。
卓美がケイに触れた瞬間、ケイは驚いたのかずっと鳴り響いていた鼻を啜る音が止んだ。
「やっほーケイ。どうしたの? そんなに泣いちゃって」
「卓美……裕也が、裕也が」
「裕也がどうかした?」
出来る限り優しく、語りかける卓美と縋りつくような声をあげるケイを見て目を細める。
もう、何度目だよこの光景。
またあの発言を聞く羽目になるのだろうかと気が遠くなる。
タイに至っては面倒なのかそれとも関わりたくないのか、さっきの皮肉っぷりはどこへやら。
オレの元ですっかり大人しくなっている。
「裕也があたしを捨てて他の女――スマホに乗り換えたいって! ガラケーなんか古いって言ったのっ」
「……えーっと、裕也さん。このことに関して何か弁明は」
「話盛りすぎだろケイ。オレはただ単に周りがスマホばっかりになってきたなー最近はゲームとかなんでもかんでもタッチパネル系だしなーって言っただけだ」
「そ、そうよね。確かに最近はタッチ系多くなったよ、うん。そういうわけだから、別に裕也はケイから乗り換えるわけじゃなくて世間話をしようとしただけなのケイ」
「でもその話題をわざわざあたしにしたってことは、タッチパネル形式じゃないガラケーのあたしは時代遅れって言いたいことでしょ!? だから、最先端の娘に……」
「被害妄想激しすぎだろ」
これで大体は分かっただろうが、声を荒げる彼女――ケイは生身の女の子ではなく、小さい携帯電話の液晶画面にいる女の子だ。
タイも同じ。
卓美から手渡された真っ黒な携帯電話の中にいる携帯の色と同じく腹の中が真っ黒な男だ。
アイコンシェルの最終形態と言って過言ではない彼女達は、数年前に生まれて爆発的に大ヒットされた携帯の機能。
今じゃどの携帯電話にも必ず誰かいるほどアイコンシェル達は普及しており、いるのが当たり前となっている。
彼女達がこれほど大人気となった理由は、とある外国が発明した人類の夢が実現したからである。
「被害妄想なんて言わないでよ! 裕也のお母さんや一番上のお姉さんだってもうスマホに乗り換えたわ。この順番できたら普通は次はあなた達双子ねってことになるじゃない」
「残念ながらうちの親は新聞とかの記事の所為でスマホ反対派だから、当分は機種変更はねえよ」
「残念ながらってことはやっぱりスマホにしたいんじゃない!」
キーキー甲高い声で喚くケイで充分すぎるほど分かるように、彼女達は意思や感情をもっている。
どのようにプログラミングされた等はいまだに明らかになっていないが、この機能のお陰でここまで携帯電話は進化を遂げた。
初めはオレも本当に普通の人間みたいに対話できるケイに驚いて、楽しくて常に携帯電話を持ち歩く立派なケータイ依存者だったのだが。
とある寒い冬の日に起きた事件で明るかった彼女の性格は暗くなり、そしてオレは携帯電話を持ち歩くことはどんどん少なくなった。
オレが携帯電話を持ち歩くことが少なくなったからか、暗く後ろ向きな考えをするようになった彼女は考え込みすぎてヒステリック気味にまでなってしまった。
他にも、オレと卓美はケータイ依存の時にそれを見かねた両親がネット規制をかけたという理由もあって今じゃほとんど触れ合いもない。
その時くらいからだったか。
ケイが定期的に
「どうせすぐに他の娘(機種)に乗り換えるんでしょ!?」
と叫ぶようになったのは。
初めこそオレは泣きじゃくる彼女を必死で宥めたり、空っぽな頭をフル回転させて出来る限り優しい言葉を投げかけたりしていたのだが、余りに回数が多いので最近ではケイと同姓である双子の姉に任せるようになった。
まあ、もうケイとは四年目だからガラケー自体の電池パックがそろそろ変え時らしくそれと比例するようにケイの体力も目に見えて落ちたのでこの騒ぎもすぐ終わる。
「もうこのやり取りも恒例になったねェ」
「他人事かよ」
「他人事だぜ?」
いちいち腹立つなこいつは。
何で卓美がこいつと良好な関係を続けていけているのかが疑問だ。
オレだったら一日ともたない。
オレが睨みつけているのを他所にタイは気だるそうに目を細めてジャラジャラと派手な音を立てるピアスを触っていた。
「というか、またお前アクセサリー増えてないか。チャラさが増してるぞ」
「あ、気付いた? ご主人がストラップを新しいやつに代えたんだよねェ」
似合ってるでしょと、オレの皮肉をあっさり返したタイに返す言葉も無く。
無言でオレは卓美の携帯電話を閉じた。
「寝たよ、ケイ」
「……意外と早かったな」
「充電するの忘れてただけでしょ」
「四日くらい」
メールなんて連絡しかしないから、毎朝のアラームくらいで充電は減らない。
だからつい、充電をするのを忘れてしまうのだ。
結果的にこうなったから別にいいけど。
「裕也も、もう少しデリカシーってものを身につけた方がいいよ。後、タイとも仲良くして」
「デリカシーくらいあるし、あいつとは仲良くできない」
「強情だなあ」
「うるさい」
笑いを含んだ声を出す卓美を目で諌めると、卓美は肩を竦ませて画面が真っ暗になった水色の携帯電話を差し出したので素直に受け取って卓美の携帯電話も返しておく。
さて、ほとぼりが冷めた頃にでも充電しておくか。
「それじゃ、邪魔者は退散しようか。ねェ? ご主人サマ」
「――それもそうね。後は裕也がどうにかしてよ」
「分かってる。また何かあったらそっち行くから」
「来るな」
息ピッタリだなお前等。
声をそろえて無情にもオレを見捨てる言葉を言い放つと、そのまま二人は仲良さそうに喋りながら部屋から出て行った。
その姿を見送った後、真っ暗な画面で充電しろという意味の電子音すらならなくなったケイがいるオレの携帯電話を、なんとなく手の中でもてあそんだ。
……充電し終わったら、一応一言謝っておくかな。
高校の間は、オレの携帯電話はお前だけだって。
まあ、それを言った結果ケイに
「高校過ぎたら代えるってことじゃない!」
と、また泣き叫ばれ、卓美とタイには
「だからデリカシーを身につけてって言ったのに」
「裕也って馬鹿だよねェ」
呆れられ、馬鹿にされることになったのだが。
女の扱いって難しいと、オレは自分の携帯電話で学ぶことになった。
これは卓美が裕也の部屋に行くまでのほんの数分前のお話。
あ、まただ。
イヤホンを外すとクリアに聞こえてくる真向かいの部屋の恒例のやり取りに自然と頬が引き攣る。
このままあっちで場を収めて欲しいけど、おそらくあの子――双子の片割れである裕也はこの部屋に来るのが簡単に予想出来て頭を抱えたくなる。
「どうしてあの子達って仲良くできないんだろ……」
「お互いに頑固で根暗で馬鹿だからじゃナイ?」
「随分ズバズバ言うねタイ。一応双子なんですけど私達」
「全然似てないケドね」
「そう?」
思わず零れた独り言を救い上げたタイを画面越しに見つめる。
開口して第一声が中々きついことを言う子だ。
そういえば、この子も裕也と仲が悪かったっけ。
本人達は否定するけどタイと裕也は似ているところが多いから仲が悪いかもしれない。
――ケイのすすり泣きが激しくなってきた。
どうせ、また裕也が慰めるつもりで余計なことを言ったんだろうな。
いつものことだし。
基本的にはそこまで仲が悪いわけじゃないし、そこそこ楽しそうにしてる。
でも裕也がデリカシーがないというか、女性に対する扱いがなってないというか。
詳しくは知らないけどとある事件で暗くて少し後ろ向きな考えをするようになったケイにとっての爆弾発言を次々間髪いれずに投下していくせいで、今聞こえてきているみたいにケイが泣いてしまう。
「裕也も確かに悪いケド、ケイもすぐ泣きすぎだよネー。うざい」
「お願いだからそれ本人には言わないでね」
「りょうかぁい」
間延びした返事にちょっと不安になる。
タイは見た目こそアクセサリーをジャラジャラつけたチャラ男だけど、ホントはよく気が利くいい子だ。
私を『ご主人』って呼んで慕ってくれてるし、結構仲良くできてると思う。
アクセサリーが多いのだって、今まで私がケータイにつけたストラップを全部アクセサリー化してつけていてくれてるからだし。
だけど、どうもタイは人をからかうのが好きらしく言うだけ言って大騒ぎになった場を静かに傍観するっていう余りよくない趣向を持っているからケイと裕也の場に行ったとき余計なことを言いやしないかとハラハラしてしまう。
……泣き声が本格的になってきたな。
仕方ない。
かけていた音楽を止めて、さっきまで読んでいた雑誌をしまうと、小さい画面の中でタイが苦笑した。
「アレ、結局行くの?」
「この様子じゃあ、あっちから来るのも時間の問題だしね。さっさと終わらせようかと思って。タイも行く?」
「モチロン」
「分かった。行こ」
部屋に入った途端に、救世主を見るかのような目をした裕也に内心笑ってしまったのは……私とタイだけの秘密だ。
ご精読ありがとうございました!