初めてのパントマイム
青い空。白い雲。美しい海。まさに海水浴日和というのに相応しい日。
俺は日光除けの怪しげな仮面と全身を覆う漆黒のマントを装備し、パントマイムを行っていた。
ちゃらちゃっちゃらちゃー
ちゃらちゃっちゃらちゃー
街でひっぺかしたスピーカーから流れる音楽に合わせてパントマイムを行っていく。まずは基本の見えない壁から重くて持ち上がらない箱へ。
観客から歓声が上がった。
俺が行うパントマイムは職業スキルだけあって、完成度がそこらの似非パントマイムとは大きく違う。ゲーム内の俺に比べたら、プロのパントマイマーもまるで相手にならない。
何せ俺がパントマイムをする際に、どんなものをイメージしても「俺がイメージしたものが何か」を観客が理解できるのだ。
たとえば、俺が「パパラッチに盗撮されるマリリンモンロー」を思い浮かべてマイムをおこなったとする。普通どんなパントマイマーがそれをしても精々、女の人が誰かに盗撮されているというくらいのことしか表現出来ないだろう。
しかし、俺のパントマイムは違う。
たとえどんなものでも形があれば、観客に何を表現しているか伝えることが出来るのだ。
何故そんなことが出来るのかは俺にも分からない。おそらく設定的には魔法の力で、技術的には俺の脳内の映像を半透明にして他人にも見せているとかそういったところだろう。
「時速60kmのトラックに轢かれる相撲取り」をマイムしながら、こっそり観客の反応を窺ってみる。観客は30人ほどしかいないが、皆が楽しんでくれているように感じられる。
思えば人に善意で何かしてあげるのも久しぶりかもしれない。
合計12個、約30分のマイムを終えた俺は深くお辞儀をしてマイムの終わりを観客に告げた。声は決して出さない。
パントマイマーは演技中は声を出さないというのが不文律だからだ。
決して人としゃべるのが苦手だからとかいう情けない理由からではない。
......ないったらない。
観客から割れんばかりの歓声が響く。俺を素直に称賛する声。俺の正体を訝しむ声。アンコールを求める声。俺を囃し立てる声は様々だが、つまらなそうな人は一人もいない。
正直少し、いや、かなり気持ちが良い。
些細な善意で人に喜んで貰うのがこんなにも清々しいことだとは。
善意で隣の真希たんの消しゴムを拾ってあげただけなのに、「キモい」って言われてそのままティッシュで摘まんでゴミ箱に捨てられた高校時代とは大きな違いだ。
あのときはテンパって「真希たん。消しゴヌ落としたましたでござるよ。コポォ」って言ってしまったのが問題だったのかもしれないが。
それにしても...
この空気。この歓声。今が勝機!!
的確にその場の空気を読み取った俺は、未だ鳴り止まない歓声の中、サッとさっき盗んだシルクハットを差し出した。
そこにはでかでかと貼られているのは「見学料金貨1枚」の文字。
しかしシルクハットを出した瞬間、観客の歓声がピタッと鳴り止んだ。
一瞬の静寂。
程良く弛んでいた糸が再びピンと張る感覚。
一瞬唖然とした観客の顔が凍りついく。
まるで酷いジョークを見たというような顔。
いやそんな生温いものではない。彼らの顔に浮かんでいるのは軽蔑。侮蔑。あのときの真希たんと同じものを感じる。
どうしてこうなった。俺のエアリーディングは完璧だったはずだ。しかも「善意で」パントマイムを見せ、「善意の金貨一枚」を要求しただけだ。これのどこがいけないのか。
まさに善意と善意の等価交換ではないのか。鋼の錬金術師に謝ったらどうなのか。それに金貨一枚など、第二の人生オンラインでは大したことがない金額のはずだ。
こっちは今夜宿に泊まる金だって無いんだ。それくらい融通してくれてもいいんじゃないのか。
状況がイマイチ掴めず、心の中に立ち込めた暗雲も晴れない。
そんな俺に笑いながら近付いてくる男が1人。
衛兵の姿をしたおっさんだ。
おぉ。おっさんだけだよ。俺を分かってくれるのは。
俺は金貨を受け取ろうとおっさんに近付いて手を差し出した。
一枚でも低級の宿なら何とかなるだろう。
一瞬訝しむような表情を浮かべるおっさん。しかしハッとしたようにポケットから光るものを取り出すと、俺の手に載せた。
俺はお礼に頭を下げようとして気付く。
ーー俺の手に手錠が嵌められているということに
「お前をスピーカー兼シルクハット窃盗容疑で逮捕する」
なん...だと!?