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でらストーリー

作者: きくぞう

 一冊の本が人生を変えることもある。

 私の場合、あの本との出会いが人生を変えるきっかけだった。

 放課後、図書室で調べ物をしていた私は、とある本棚で一冊の本を見つけた。

 他の本に比べて薄くサイズの大きいその異質な本は、まるで私に見つけて欲しいかのように存在をアピールしている。

 なんだろう、この本は……。

 誘われるように本を手にとった私は、タイトルを読み上げた。

「でらべっぴん」

 エロ本じゃないのよおおおおおっ!

 思わず叫びそうになりそうなのを必死にこらえ、私はその本を投げ捨てた。

 なんで?! なんでエロ本が図書室にあるのよっ!

 エロ本など一度も読んだことが無い私は、突然の出来事に軽いパニックに陥った。

 落ち着け。落ち着くのよ玲子。そう、ここは図書室。古今東西の本が集まる場所じゃない。ならば、エロ本があっても全然おかしくない……。

 そんなわけないじゃないのよおおっ!

 思わず一人ツッコミをしてしまいそうになるところを必死で抑え、私はチラリと床に転がるエロ本を見つめた。

 表紙には、おっきな胸をあらわにした綺麗な女性がニコッと微笑んでる姿があった。ああ、なんてふしだらな格好なの。あんな格好して恥ずかしくないのかしら。全く、親の顔が見てみたいものだわっ。

 チラチラと横目でエロ本を見ながら、私は息を整える。

 そうよ、何をエロ本の一つや二つで動揺しているの玲子。あなたは、学年でもトップの成績を誇る優等生なのよ。当然保健体育の分野だって得意じゃない。そうだわ、あれはその為の参考書なのよ。そう考えると図書室に置いてあるのも不思議じゃないわ。

 辺りをキョロキョロと見渡し、誰も見ていないことを確認した私は、エロ本をサッと手にとった。

 そうよ、これは保健体育の勉強なの。決して、エッチなことに興味あるとか、そんな邪な考えじゃないの。そう、これは社会勉強なのよ。(;´Д`)ハァハァ

 そう自分に言い聞かせながら、私は恐る恐るページをめくった。そこには、私の知らない世界が広がっていた。

 めくるめく甘美の世界へようこそ。

「うわっ。なにこれ、こんな大きいものを……え、これを挟むの? えっ?! そ、そんな! こんなポーズで?! これが噂の、M字開脚!!」

「清水、そろそろ図書室を閉めるぞ」

 田中先生に呼びかけられ、私は心臓が飛び出しそうになる。

「は、はい、今すぐ行きます!」

 とっさに自分の鞄へエロ本をしまいこんだ私は、足早にその場を後にした。


「ああっ。どうしよう、思わず図書室から持ってきてしまったけど、こんなの見つかったら身の破滅だわ。明日学校に来たら、見つかる前にすぐに図書室に返しておかないと……」

 女子トイレの鏡の前で、私は鏡に映る自分に向かって自問自答していた。

 はぁ。なんでこんなもの持ってきてしまったのかしら……。清水玲子、一生の不覚だわ。

 とっさのこととはいえ、自分のあまりの馬鹿さ加減に、私は大きなため息をつく。だが、本当はわかっていたのだ。私が何故、この本を持ってきてしまったのか。だが、もう一人の私、玲子Aがそれを必死に否定する。彼女の主張はこうだ。

 生成優秀、品行方正、優等生を絵に描いたようなあなたが、エロ本が見たいだなんてある訳がないでしょ。さっきのは気の迷い、若気の至りってやつよ。さ、途中で参考書でも買って帰りましょ。そんな本のことなんてもう忘れてしまいなさい。

 だが、もう一人の玲子Bが玲子Aを否定する。

 いやいや、玲子だって年頃の女の子なのよ。エッチなことに興味があっても、全然不思議じゃないわ。むしろ、健全なことなのよ。将来の旦那様と結ばれる時に慌てないためにも、性の知識は必要不可欠! さぁ玲子、今こそ勇気を持って未知なる世界へ踏み出すのよ!

 二人の玲子に挟まれ私は葛藤する。

 ああっ! どうしたらいいの?! 私はエロ本を読むの? 読まないの? 誰か、私に答えを!

 頭を抱えながら、私は女子トイレを飛び出した。その時だった。

――ドンッ!

 勢い余り、私は廊下を歩いていた男子生徒に思いっきりぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい!」

 そう言って、見上げた先にいる顔を見て私は驚いた。そこには、校内でも札付きの悪で有名な毒島タケルが倒れていたからだ。

「ひっ」

 思わず息を飲んで驚いた私は、その場にへたりこんでしまった。

 ノソリと立ち上がった毒島は、鬼のような表情で私を見下ろす。

 ソリコミの入った坊主頭に、凶悪につり上がってギョロギョロと動く一重の瞳。ぶっといタラコのような唇は、私を一飲みにできそうなほど大きい。

 その迫力に私は、カタカタと歯を鳴らし震える。さっきトイレに行っていなければ、間違いなく失禁していたに違いない。

 と、その時、毒島が私の足元に視線を移した。私も釣られて視線を移動させる。そこにあったのは。

 でらべっぴん。

「ヒイイイイイイッ!」

 私は、ムンクの叫びもびっくりする程の声で思わず叫んでしまった。

 どうやら、さっき毒島とぶつかった衝撃で鞄から飛び出してしまったらしい。

「なんだ清水、まだ帰ってなかったのか」

 一難去ってまた一難。今度は、田中先生までやってきた。ひいいっ。

「ん? なんだこの本は?」

 足元に転がるでらべっぴんを拾い上げ、田中先生が訝しげな表情を浮かべる。

 私は、学校に飾られている二宮金次郎像のように全身を硬直させた。もっとも、読んでいる本はエロ本なんだけれども。って、誰が上手いことを言えと!

「学校にこんな本を持ってきていいと思ってるのか!」

 田中先生の怒声が廊下に響き渡る。

 もうこうなったら言い逃れなんてできない。きっと、私は『図書室からエロ本を持ちだした女子高生』として全校に晒されてしまうんだわ。そして、男子生徒たちの慰み者にされてしまうのね……。ああっ、私の人生オワタ\(^o^)/

「すんません」

 その一言に、私はハッとする。見ると、すまなそうにして、田中先生に頭を下げる毒島の姿があった。

「ったく。こんなものを学校にきてまで見るなよ。見るなら家に帰ってから見ろ。毒島、ちょっと職員室までこい。反省文だぞ」

「ウス」

 そう言って二人はその場を後にする。

 ぽかんと口を開け、呆気にとられた私はしばらくその場を動けなかった。


 いったい、どういうことなの?

 家に戻り、ベッドに身投げした私は、天井を見つめながら今日あった出来事を思い出す。

 起・図書室からエロ本を持ちだした私。

 承・トイレを飛び出したところで、毒島にぶつかりエロ本をぶちまける。

 転・田中先生がやってきて絶体絶命。

 結・しかし、毒島が自分のだと名乗りでてくれて一件落着。めでたしめでたし。

 これって普通に考えて、私のことをかばってくれたってことよね……。

 そこまで考えたところで、私はブンブンと首を振る。

 そんな訳ないわ! だって相手はあの毒島よ? 何かあるに決まってるじゃない! そう、例えばこのことを理由に脅迫してくるとか……。

「へっへっへ! このことをバラされたくなけりゃ、大人しくしなあああ!」

「あ~れ~! お許しを~!」

 そして、ひん剥かれた私は、あんなことやこんなことを強要され……ひいっ!

 妄想MAXになった私は、あれこれ想像し身悶える。

 だが、この妄想も杞憂に終わることとなる。何故なら、次の日も、そのまた次の日も、毒島から何もアクションは無く、日々平穏無事に過ごせたからだ。


 おかしい。

 放課後、私は一人教室に残り、何もしてこない毒島に対してあれこれと考えていた。

 もしかして、本当に私を助けるために……。

 そう考えたところで、私の顔が真っ赤に染まった。

 私ったら、とんでもない誤解をしていたのかもしれない……。

 頭の中に毒島の顔が浮かぶ。

 キリッとした凛々しい瞳に、たくましい唇。なんてチャーミングなの、毒島くん!

 私の胸の鼓動が早くなり、息が荒くなる。

 これって……もしかして、恋?! 私は今、恋に落ちたのだわ! ああっ毒島くん! 毒島くんに会いたい!

 教室を飛び出した私は、一心不乱に毒島くんを探しまわった。

 毒島くん、毒島くん! どこなの毒島くん!

 そして、校舎裏で一人ヒンズースクワットをしていた毒島くんを見つけた時、私はそのまま彼の胸に飛び込んでいた。


 そして数年後。

 俺と玲子の間には、可愛い娘が生まれた。

 娘はすくすく育ち、今は六歳にもなる。

「ねぇ、ママ。ママはどうしてパパとけっこんしたの?」

 玲子がクスリと微笑む。

「そうねぇ。パパとの出会いは、一冊の本がきっかけだったの。ママはね、それまで凄く引っ込み思案な子だったんだけど、その本に勇気をもらったのよ」

「へぇ~どんな本なんだろ。あやかも見ていた~い(・∀・)」

「はっはっは。あやかにはまだ早いかな。大人になったらいつか見ることもできるさ」

 美しい妻、可愛い娘に囲まれ、俺は幸せだった。

 俺は本棚をチラリと見る。娘の届かない一番上の段に、あの思い出の本はあった。

 まさか、あのエロ本を図書室に忘れたことで、こんなことになるとはな……。

 でらべっぴん。

 一冊の本が人生を変えることもあるのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです! [一言] 初めまして、田崎史乃と申します。 読んでいて、にやにやしてしまいました。
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