2 王都グランフィリアへの道
青に案内されて少し歩いただけで、ちゃんと整備された街道に出た。
インフラ整備は、まともなトップがまともな政治をしている証拠なので、ちょっと安心する。馬車二台がすれ違えるだけの幅がある道だ。
他国との交易も盛んなのかな?戦争の時、攻められ易いような気もするけど、そんなに政情不安な国ではないのかな。
心の底からそうだったらいいな、と思う。平和ボケした日本人を十六年やっていたのもあるが、以前の自分の主な利用価値が、戦闘用だったのは憶えているので。
「さて、どっちに行けば街に出るんだろう」
さほど考える暇もなく馬車の音が聞こえた。幌つきの馬車。轍の跡が深いので、沢山の荷物を載せていると思われる。ちょうどいい、納品に行くのだろうから、乗せてもらおう。
手を振ると、人のよさそうなおじいさんが馬車を止めてくれた。
「どうかしたかね」
言葉が通じるか心配だったが、発音が微妙に違うようでも言っていることはちゃんと分かる。怪しまれないように、精一杯の愛想笑いを浮かべた。
「すみません、街まで行くなら乗せてもらえませんか?お礼はしますので」
「お礼なんていらないよ。お嬢ちゃんみたいな小さな子が気を使うんじゃない」
雫は自分が一体何歳に見えているのか聞いてみたい気がしたが、とりあえず曖昧な笑みを浮かべてお礼を言うと、おじいさんの隣に座らせてもらった。青は雫の肩におとなしく留まっている。
「おじいさんは、どこまで行くんですか?」
再び出発してからおじいさんのほうを見ると、皺がさほどないことに気付いた。髪が真っ白で顎ひげも白くて長いので年寄りだと思ったのだが、実はもっと若いのかもしれない。ふと目に入ったのは瞳孔が横長の瞳。羊とか牛とかの目だ。
「もしかしておじいさんはそんなお年じゃないですか?……えーっと、失礼かもしれないですけど、獣人の方でしょうか?」
「ああ、私は山羊の獣人だよ。そのせいで年寄りに見られるけど、そこそこの年齢だから、気にもならんさ」
「すみません、失礼なことを」
「いやいや、気にしなくていいよ。……そういうお嬢ちゃんは魔族かい?」
「は!?……私はそんな風に見えるんですか?」
今はもちろん、前世も人間だったと思うけど。びっくりして問うと、相手の顔に苦笑がにじんだ。
「いや、言葉遣いがね……。こう、古い感じだから、見かけ通りの年齢じゃないのかと思って」
「あー……」
普通に丁寧にしゃべっているつもりだが、発音の違いでそんな風に聞こえるんだ。そうか、思ったよりも死んでからかなり経っているんだな。そう実感する。
「孤児だったので、正確なところは分からないんですよ。人の血が入っているのは確かなんですけど」
ということにしておく。他の種族の血も入っているようにも取れるのは、わざとだ。魔族に見えるというのも、嫌悪も畏怖もなさそうだったし、一般的な感覚からそう見えているのなら否定も肯定もしないほうがいいと思ったのだ。
「言いにくいことを聞いてしまって、すまなかったね」
「いえ、師匠に拾ってもらったので、苦労はなかったんですが……」
道すがら考えておいた設定はこうだ。
前世の自分を棚上げして、師匠にしておく。引きこもりの魔術師。本当は魔導師だが。
師匠は人嫌いで、長い間の隠遁生活で一般常識が少々あやしい。師匠に拾われて育ててもらったので、自分も知識が一昔前のものしか分からない。魔素中毒に罹ったために転地療養を勧められ、転移魔法でここまで連れてこられたので、元の住んでいた場所は分からない。近くに街があるとだけ聞いていたので、いろいろ教えてもられると助かる、というものだ。
一通り説明すると、
「そうかい、魔素中毒じゃあ大変だね」
命にかかわる病気なので、大変同情的な目を向けられた。
「まあ、時間がかかっても治る見込みがあるから、転地療養を勧められたんですけど。……目的地はなんていう街なんですか?」
「グランフィリアっていう王国だよ。大陸の中では一番大きな国の首都になる。私は商人でね。もうすぐ建国千年のお祭りがあるんで、売り物を納めに来たんだ」
グランフィリアという国の名前は記憶になかった。とすると、最低でも死んでから千年以上経っていることになる。これには安堵の念を隠し切れない。ちゃんと確認しないといけないが、前世を知っている者はほぼ死んでいるだろう。
「建国千年ですか。平和な国なんですね。それとも、富国強兵政策をとっている国なんでしょうか?」
ユークレースがわざわざここに転移させたのだったら、この国で暮らせばいいというお達しなのだと思うが、戦争しまくりの常勝国だとしたら、すぐに他の国に移ろうと思って聞いてみると、おじさんは笑って否定した。
「戦争を起こさないことを、建国の碑に刻んでいるような国だよ。もちろん治安維持のための軍隊はあるけどね。この国は戦争を仕掛けたことがない、安全な国さ。だから私も安心して商売をしている」
掲げる思想は立派だが、獣人が安心して商売ができるということは、獣人が支配する国なのだろうか。それならば、やはり長くは住んでいられない。
憶えている限り、人と獣人の間には明確な差別があった。人は獣人を汚らわしいと蔑んでおり、獣人は人が自分たちをしゃべる獣扱いしているのを分かっていたので、身体能力が低いくせに口ばかり回るとやはり嫌っていた。国を跨いで旅をして見識を広げた者や、儲かるならば種族は問わない商人はともかく、まずまともな扱いをされないのが普通だった。
「……あの、獣人の国なんですか?」
「いいや、違うよ。……ああ、お譲ちゃんのお師匠さんは、昔を知っている人なのかな?そりゃあひどい差別があったんだってね」
過去形だ。差別がなくなったとでも言うのだろうか?
「ええ、まあ。……そう聞いています」
「昔はともかく、今そんなことを言うような国はほとんどないよ。特にグランフィリアは多民族国家でね。多分、住んでいない種族の方が少ない。獣人もいるしエルフもいる。人も竜人もドワーフも住んでるさ」
「へー。随分開放的なんですね。王族の方はどんな方なんですか?」
正確に言うなら、どんな種族なんだろうか。同種族が優遇されるのはごく普通にあることなので、他種族に寛容な種が統治しているなら、かなり生活がしやすい。少しばかり毛色の変わったのが入っても目立たないので、多民族国家なのだったらなおいい。
「いや、それがね。国王はいないんだよ。建国の時、立役者となった人を王にするって決まってたんだけど、戦時中で行方不明になったらしく、建国以来、国王代理の宰相様を筆頭に、大臣の方たちが代わりに統治してるんだ。……変わってるだろう?」
「ものすごく。それに、建国千年なら普通に寿命で亡くなってるんじゃ?」
「種族は知らないけど、長命種だったようだよ。筆頭侯爵の宰相様は、建国以来ずっと勤めていらっしゃるから、あながち作り話でもないしね。まだどこかで生きてるって思っていらっしゃるんだろう」
千年一人って、普通に宰相が国王で良いのではないだろうか。
「宰相様はどんな種族の方なんですか?」
「竜人族。でも、周りの大臣は別種族の方が一通りそろっているから、均衡が取れているんだろう」
長命で戦闘能力に長けるが、社交性が低く少人数の群れしか作らないで、ベドウィンのように常に旅をしている種族では、確かに一国の王に納まるには少々難ありだ。本能には勝てないだろうから、おそらく頻繁に職務を投げ出して旅に明け暮れているのが、簡単に想像できてしまう。
トップ不在でもちゃんと回っていく国。戦争をしないと決めた国。
ここに滞在するのは面白そうだ。素直にそう思った。
袋の中にお金も入っているが、千年前の硬貨では悪目立ちするだけなので、加工するつもりの素材を売ってお金に換え、滞在費に充てればいい。
「お嬢ちゃんは、もしかして王都で療養しようと思っているのかい?」
「ええ、できれば」
だが、思いがけないことを商人は口にした。
「身元引受人はいるのかな?」
「居ないとだめなんですか」
「そうなんだよ。治安維持のための新しい法律がいくつか施行されたんだ」
まず一つ目が、身分証明を持たない人に入都税がかかること、同じく、従属獣にもかかること。
人の出入りを管理する仮証明の発行のためで、他にも身分証明ができるようになれば、かかった費用は手数料を差し引いて返してくれるのだそうだ。
同様に従属獣の方も、王都の中で暴れて人を怪我させることがあったり、他人の従属獣を無理やり奪ったりする事件が起きたので、持ち主を明確にする為の証明登録にかかるお金で、一度登録してしまえば二度目以降にはかからない。
これらは納得できる税金なので構わないが、もう一つ、不法移民を取り締まる法律が問題だった。
王都に長期滞在できるのは、身元引受人が王都に居る者、王都に職がある者に限る、というものだ。
観光目的の滞在を拒否しているわけではないので、その二つに当てはまらないものは、最長一ヶ月以内に王都から出ること。一度出たら、少なくとも一ヶ月は再入都不可なのだそうだ。もちろん、商人の場合はこの法律には当てはまらない。
「一応、抜け道はあるんだよ。王国に暮らす子供……居住権のある子供だね。六歳から十三歳までは全員学校に通う義務を課せられる。居住権のない子供でも、一定の能力を認められたら奨学金を貰う形で学校への入学が認められるんだ。十四歳からはさらに試験に合格すれば、専門的な知識を勉強する様々な学校へ入学ができる。一番手っ取り早いのは、傭兵組合に登録して傭兵になることだね。傭兵といってもお使いみたいな仕事もあるから。登録したことが仕事に就いたことになって、長期滞在ができるようになる」
違反しているのがわかった段階で、基本的には強制退去処分。子供ならば孤児院へ強制的に入れられるが、それを狙って捨てに来る親もいるので、入都時の取り締まりは厳しいようだ。
「つまり、私は傭兵組合に行って傭兵になるしか滞在できる道はないんですね」




