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彼方からの呼び声  作者: ごおるど
第二章
7/26

1 道連れ

 お腹もすいていたが、叫んだせいで喉も大分渇いていたようだ。甘く熟したマンライがやたらおいしく感じる。

 赤い果肉に齧りつきながら、雫は空を見上げた。

 二つの月は地平線に沈んで、もう見えない。

 ユークレースの掛けた精神を安定させる魔法が効いているのか、帰ってきてしまったのだと実感するだけで、先ほどのような妙な息苦しさに苛まれることもなかった。

 それにしても見事なものだと感心する。変な言い方になるが、ちゃんと記憶が戻っていることと、戻っていないことだ。

 目覚める前に見た夢が、前世の自分の記憶なのは間違いがない。夢の通りに殺された漠然とした実感があるから。

 だが、誰に何をされて胸に穴を開ける羽目になったのかは、全く分からない。自分の名前も覚えていない有様で、そのくせ『狂気の森』に住んでいた頃に、この果物を採ったことは覚えているのだ。

 知識のほうは、腕輪もポーチも着ているワンピースやブーツに至るまで、確かに自分で作ったものだと覚えているし、作り方もちゃんと分かる。ただ、頭の中に膨大な書籍が並んでいて、その中から該当する本を選び出し、所定のページを広げて読む位のタイムラグがある。これが魔素中毒によるものなのか、ユークレースの手に因るものなのかが分からないが、状況によって的確な魔法を使えないのは、魔導師としては致命的だった。

 その魔素中毒も、ユークレースは直そうとしなかったが、考えてみればおかしな話なのだ。

 魔素中毒は、例えるなら心臓の働きが弱くなったようなもの。移植は難しいから、心臓の調子を見ながら普通の暮らしができるようになるまで、少しずつ体を鍛えるという道を選ぶのが一般的な治し方だ。前世の自分であっても、もし治してくれと言われたら、地道な治療をする方法を選んだだろう。

 だがユークレースだったら、移植どころか心臓そのものを一瞬で直すこともできたはずだ。

 訊いてみなければ分からないし「訊かれなかったし、頼まれなかったから」と性格の悪いことを言いそうだが、実際のところ、あえてやらなかったのだと思う。

 ここに来る前に魔素中毒が治っていたら、雫は誰とも関わらずに生活する体制を真っ先に整えただろう。それだけの力がかつての自分にはあった。

 『狂気の森』と呼ばれた住処があった森は、地下から高濃度の魔素が噴出する穴があり、入ったものは純粋で濃密な魔素に曝されて発狂するという魔境だった。そこに住まう生き物は一癖も二癖もあるものばかりだったが、付き合い方は知っていたから危険はなかった。

 天然の結界に守られて何年もそこで一人暮らしをしていたはずで、過程は全く覚えていないが、何らかの事情で森を出た時に捕まって、真名を知られて隷属させられたのだと思う。

 自由を奪われ、カラカラになるまで搾取され続けた毎日。「誰も信じるな」と前世の自分が言っている。

 今現在が、前世の自分が死んでから何年経ったか分からないが、少なくとも見た目が完全に違うのだから、同一人物に思われることはないだろう。けれど、人はそう簡単には変わらない。便利なものがあれば、手に入れたくなるはずだ。目立たないよう能力や知識をさらけ出さずに、暮らす算段を立てなければいけない。

 同じ轍は踏みたくはないが、とにかく魔法の制御がうまくできないのはとても痛かった。

 不吉なミステリーサークル改め、背の丈ほど伸びた草ぼうぼうの草原に雫は巨大な溜息をついた。



 枯死の原因が、腕輪が魔素を吸い込んでいるせいと分かったため、植物の生長を促進させる魔法と水を掛ける魔法を連続で唱えてみたのだが、魔力の込めすぎでにょきにょきと生えてきてしまい、やってしまったものは仕方がない、今はちょっとばかり不自然に茂った草原も、一月も経てば落ち着くだろうと開き直ったのは、つい先ほどのこと。

 ユークレースが病気を治さなかったのは、雫を人と関わらせたいからなのだろう。見える範囲は全て草野原で、道も人も見えないが、そう遠くないところに人の住む場所があるはずだと、雫が次に使ったのは探索魔法だったが、 魔力がうまく働かずに今度は術が不発。何度か同じことを繰り返してみたが、魔力が大きすぎたり小さすぎたりで制御ができず、やはりうまく使えない。

 杖の有無で術の制御がかなり変化するので、袋の中から適当な杖を取り出して使ってみたが、それでもだめだった。

「あー、もうどうしよう~」

 ぐずぐずしていると日が暮れてくる。ぼーっと空を見ていた後ではアレなのだが、この世界は野生の魔獣が多く生息するので、野宿をするにしても結界の一つや二つ張らなければおちおち眠っていられない。

 ユークレースは安全な場所を選んだと言っていたが、「安全」がどの程度なのか分からないので、腕輪を過信することもできない。街までの距離も見当がつかないので、早めに移動するに越したことはないのだ。

 ふと、つんつんと手のひらをつつかれる感触に下を見ると、スズメより少し大きいくらいの白い小鳥が、つぶらな瞳でこちらを見上げていた。マンライを食べてから手を洗っていないので、匂いに惹かれてきたのだろうか、よく見れば真っ白ではなく、翼の先端がうっすら青く染まったきれいな小鳥だった。それにしても、都会のハト並に警戒心のない鳥だ。

「逃げないの?」

 首をかしげると、その鳥もなに?というように首を傾げる。手のひらを差し出すと、その上にちょんと乗ってきた。本当に人に慣れている。

「そうだ、お願いを聞いてくれたら餌をあげる。どう?やってくれる?」

 話しかけてみると、かわいらしい声でぴゅるぴゅると鳴いたので、了承と受け取ってそっと指を小さな頭の上に乗せた。嫌がらないのを確認してから魔法を唱える。

 思い出したのは、小動物の視界を媒介として遠くを探る方法だった。これならば探索魔法よりも難度が低いから成功するだろう。……その認識はすぐに甘かったと証明されるのだが。

「あ!」

 魔法自体は成功した。だが、媒介を作るにはほんの一滴程度の魔力で済むところを、濁流のように大量に流し込んでしまったのである。最早(もはや)体を作り変えるといっても過言ではない魔力の奔流は、小さな体には猛毒に等しい。

 こてん、と力なく横たわった小鳥に、殺してしまったと青くなった時、白い小さな体がブレ始めた。

「───え?」

 手のひらの上で横になったまま伸びをするように両の羽を広げた小鳥の、スズメより少し大きかった体はカラス位の大きさに膨らむ。羽の先には、空色から濃紺へのグラデーションが美しい斑紋の飾り羽が三本ずつ生えた。爪は猛禽のように鋭く変化し、頭にも群青の小さな飾り羽ができる。

 完全にもとの小鳥とはかけ離れた、優美な姿に変わっていた。上位種、もしくは変異種への変換。

 本来は長い年月、魔力を溜め込んでの果てに姿が変わるのだが、見かけによらず大量の魔力を受け取るだけの器と素質があったようだ。

「あ゛ー、やっちゃったよ~。どうしよう」

 変化を完全に終えた鳥は、起き上がると雫の方をまっすぐに見上げ、声だけは変わらずかわいらしく鳴いた。耳とは違う言葉が聞こえる。

『あるじ、ありがと。おきく、なれた』

「あるじって、私だよね」

 うんうんと頷く鳥は、雫が与えた魔力で変化した為か、完全に雫を自分の上位認定していた。半分隷属契約を結んだようなものだ。

 思いがけず魔力を与えてしまった手前、このまま放置する方が危険かとあきらめた。気持ちは、野生の獣にうっかり餌をあげたら、思いがけず懐かれてしまったようなものだったが。

「……一緒に来る?」

『いく』

「そっか。じゃあ名前をつけてあげるね。えーっと瑠璃色の翼が綺麗だから……」

『るりはるり?』

「え?いやそれは色の名前であって、君の名前じゃないよ。だって君、オスでしょう?」

 鳥の世界では、美しい羽を持つほうがオスだ。孔雀にも似たこの飾り羽は、間違いなくメスの気を引くためのものだろう。オスが瑠璃ではかわいすぎる。

『るりはおとこ』

「あー、もういいや、真名が瑠璃で。宝石の名前でもあるし、色の名前でもある。どっちかっていうと女の子用の名前だけど、君の翼の色にはぴったりだもの。呼び名は男の子っぽいのにするね。えーと、同じく青から、(ジョウ)でどう?」

『るりはじょう?』

「そうそう。瑠璃は真名だから、私以外、誰にも言っちゃだめだよ。一緒にいられなくなるからね。普段はジョウって呼ぶから」

『わかた。るりはじょうだけど、るりはひみつ』 

 なんとか納得させて契約を結ぶと──真名のない生き物は、名前を受け入れることで契約が完了する──早速、青に近くに人の住む所がないか訊いてみた。やはり野宿は嫌だ。

『あるよ。みちあっち』

 ぱっと飛び立ってついてこいとでも言うように空を旋回する鳥に、これはこれで良かったかも、と雫は思い始めた。


 事実、青とは、とてもとても長いつきあいとなる。






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