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彼方からの呼び声  作者: ごおるど
第一章
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5 夢のあとさき


 目が覚めたとき、()は真っ白な世界にいた。寝転がったまま胸のあたりをまさぐると、ぬるぬるした赤い血がべっとりとつく。痛みはないが、なるほど死んだか。

「いや、君はまだ死んではいない」

「──なぜ?ここは死後の国だろう」

 敵には恨まれ味方には裏切られ、最後の最後に希望の光が見えたと思ったが、所詮は道具扱い。使い勝手のいい道具ゆえに、他国(よそ)に奪われるくらいならと攻撃されて……胸と腹に受けた傷は致命傷だったはずだ。

「君の作ったその腕輪が、君を生に押しとどめている。物理攻撃と魔法攻撃を自動反射、不可能な場合は空間移転し安全を確保、残存魔力で治癒魔法を発動。今のままでも、生存確率は六割というところかな」

誰にも明かしていない腕輪の能力を淡々と告げられる。確かにこの腕輪は、常に命を狙われていた()の生命線だった。不意打ちに自動発動した障壁を破られたとき、腕輪も壊れたと思ったが、予想よりも魔力が蓄積されていたのか。

 ようやく()は声の主を見やった。

「お前は」

 金色の髪に金色の瞳をした青年は、ひどく重い気配を放っていた。あふれるのは神気。震えが来るほどの重圧。人ではありえない冷たく整った造作よりもなお、その存在が重く感じられる。

「──神か」

 青年は私の問いには答えずに言った。

「実は君に願いがある。──このまま死んでくれないか」

青年の静かな声音に、()は笑い出した。意識はしていなかったが、きっと怨嗟にあふれていただろう。

「利用され、搾取され、世界中が敵に回ったかと思った。裏切られた末に命はあったが、迎えに来たものは救いの神ではなく死に神か!」

「私が望むのは、この世界での君の死。君がいなくなったほうがよりよい方向へ世界は動く。このままここにいても、君には良くないことだらけだろう。命ある限り、君の力に魅せられた者たち、利用しようとした者たちに、君はずっと追いかけられる。私はいくつかの世界を管理するもの。界を渡ったその先で、ゆったりと暮らせるように取り計らいたいのだ」

 金色の神は、淡々と告げる。

「君はこの世界最高峰の魔導師だ。魔法の腕もさることながら、魔道具生成、調合、錬金と卓越した技術を()って……結果的に身を賭して成したことはディールの歴史に刻まれることになる。その報酬とでも思えばいい」

「………条件がある」

「なにかな?」

「魔法も争いも無い世界。宗教や民族のしがらみのない国。両親や友人に囲まれて、平凡に生きたい。今の自分を……覚えていたくはない」

「それはある意味、君という存在の『死』でもある。それでも構わないのか?」

「構わない」

 正直……もうどうでもいい。

「………分かった。最も条件に即した国が異世界にある。地球という星にある、日本という国だ。そこにしよう」

「あと、()が持っていたもの、国に残してきたものを、全て処分してくれ。これ以上利用されるのはごめんだ」

「了承した」

 私は青年の金色の瞳を見上げた。

「ユークレース」

「?」

「硬いゆえにもろい宝石の名だ。それなりに価値は高い。通常は青いが、稀に黄色いものが見つかることがある。魔力を通すと金色に輝く。……瞳の色と同じだ」

首を傾げた青年が、笑った。総毛立つような笑み。

「──死に行くひとが、私を繋ぐか」

 相手を支配するために必要なのは、本人の真名。こちらの力が強ければ、名付けることで強制的に上書きし、支配下におくこともできる。

「そんなつもりは……」

 ───あった。自覚はしていなかったが、自分を陥れ、利用し、搾取した相手はことごとく外見が整っていた。それはもう見事に黒く醜い内面を悟らせないためとしか思えないほどに、性格の悪い者はより秀麗な外面をしていたのだ。八つ当たりだと分かっていたが、報復も何もできずにこうして『死ぬ』のだ。怨嗟にまみれた一生で、少しぐらい留飲を下げたとしてもいいだろう?そんな一瞬の思いが、声に魔力を宿らせていた。支配したとも言えない、蜘蛛の糸のような神とのわずかな繋がり。

「……なるほど、この姿は君が『どうにもならなかった』象徴のようなものか。それは確かに出来ないことなど殆どない君にとって、神と同義になるだろう。ユークレース……ああこんな宝石か」

 神の目をもってすれば、心のうちなど簡単に見えてしまうのだろう。

「そう思えばいっそ面白い。これから私はユークレースと名乗ろうか」

 うっすらと口元に笑みを浮かべた。




 見ていたテレビの電源が切れたように、ぶつっと唐突に途切れた夢に雫は飛び起きた。ばくばくと心臓が音を立てていて、耳に煩い。流れおちる脂汗をぬぐう前に、思わず胸のあたりを確かめた。血は付いていない。──怪我も、なかった。

「……………夢、だよね。………そうだよね~」

 深い安堵の溜息をついた。何そんなに焦ってんのーと自分で突っ込んでしまうほど、リアルな夢だったから。

 痛みは感じなかったが、息をするだけでむせ返るような鉄錆の──濃密な血の匂いがして、浅く息をしていたせいで酸素不足になっている。白い世界の中で、自分が流す血がやたら赤くて。

 いや、自分じゃない。彼女と私はぜんぜん違う、と雫は首を振った。

 本当にお腹と胸に穴が空いたら、動脈は当然切れているだろうし、真っ赤な血は出るけど。あの人は大人の女の人だったし、見える範囲では胸も腰も立派で、ぼんきゅぼんの体型がうらやましいくらいだった。片や私は高校生にあるまじき、つるぺたの幼児体型。

 あんな……絶望と悲憤と怨嗟と悔恨に彩られた感情なんて、知らない。知りたくもない。

 口の中が粘ついている気がするけど、それは朝だから。歯を磨けばすぐになくなる。肺を傷つけて血が気管を逆流した、なんてことは決してない。ほら、自分の名前もちゃんと覚えてる。篠原雫、高校二年になったばかりの十六歳、血管が透けそうな真っ白の肌なんてしてないし、目にも鮮やかな緋色の髪じゃないし、黒髪黒目の黄色人種、純粋日本人だもの。

「朝からいやな汗かいちゃったよ~」

 あはははーと笑った自分の顔を、さわやかな風がなぶっていく。

 あれ、窓を開けて寝たっけ?とふと見れば、山の端に上りかけた太陽、反対には猫の爪のように細くとがった白い月と、赤味がかった少し太った月が見えた。

「え……?」

 月が二つある。赤い月の方が大きい。

 現状把握ができなくて、ついそんなことに思考が流れた。

 目覚めたら、地平線がかすんで見える大草原の真ん中で寝転がっていましたって、どこのファンタジー小説のオープニング?……ああ、夢が覚めたらまだ夢の中でしたっていう、アレかぁ。風を感じて、匂いを感じて、日差しの暖かさも感じるなんて、すごいリアルな夢だなぁ。

 悪夢から抜け出したら違う場所にいたなんて、絶対にありえない。夢オチだと決めつけて、思考がさらに空回りした。

 日本には見渡す限りの草原なんてないよねー。国土狭いしねー。ついでに国土の殆どが山だしねー。白い()白月(リン・ディル)、赤い()魔月(カン・ディル)っていうんだったよ、確か。

「─────は?」

 思考停止して、再び自分で自分に突っ込みを入れる。なぜ、そんなことを知っているのか、と。

 一度収まった心臓がばくんと音を立てた。息が苦しくて、苦しくて、喘ぐように空を見上げた。二つの月を。

 世界(ディール)と名前が似ているのは、太陽(ソル・ディア)と二つの月は世界の子等とされているからであり、体を育む太陽を兄、魂を育む白月と魔月は双子の妹ではあるが、魔月の方が魔素を多く地上に降り注ぐために、姉と位置付けられている。


 なぜ、なぜ、そんなことが分かるのか──?


 自分が今どこにいるか分からない。なぜこんな所にいるのかも。──でも。

 暖かな春を思わせる日差し、土の匂い。草の香りを運ぶ風はやわらかい。上を見上げれば青い空と少したなびいた雲が見えて。

 のどかだがいくら見回しても全く見覚えがない景色なのに、心のどこかで懐かしい風景だと感じる自分がいた。





「鳥が鳴いてる、風が気持ちいい~」

 寝転がって空を見ると、ぴゅるぴゅーるりと聞いたことのない鳴き声を上げて、白い鳥が飛んでいった。

 ここは安全だと聞いたような気がするので、分からないことは考えない、夢だったら時間が経てば覚める、と雫はただいま絶賛現実逃避中だった。

 どうにもならなかったのが、先ほどから顕著になってきた空腹の訴えだ。ただでさえ我慢の効かない雫の腹の虫は、何かよこせと盛大に抗議の音を上げている。当然だ、東の端にあった太陽はもう直ぐ南中にさしかかろうとしている。朝ご飯を抜いたことのない自分が、今回初体験。全くうれしくない。

「あーもう我慢の限界!」

 空腹が苛立つほどになって、草野原でも何か食べるものくらいあるだろうと、がばっと起き上がった。野イチゴの類でも見つかれば上等、この際食べられるものなら何でもいい、とあたりを見回したところ、

「……あれ?なにこの不吉なミステリーサークルは」

 目が覚めた時は普通の草原だったと思うのだが、自分の寝ていたところを中心に、円を描いて草が枯れていた。おまけに土がどす黒い。半径十メートル、結構な大きさだ。

「なんか変なの」

 まあ夢だし、と深く考えないことにして、ふっと目に入ったのがウエストポーチだ。

「えーと、誰かから貰った………?ちがう、これは私が作ったもの……火竜の皮を使用、対物理攻撃無効……魔力波長識別機能付加……」

 呪文のような自分の言葉に、再びなぜそんなことを知っているのかと突っ込んだ。けれど、ポーチを自分で作ったという、奇妙な実感はなくならない。

「いやいや、とにかくお腹を満たすことが先だ。何か入ってるかもしれないし」

 ポーチを開けて中を覗くが、真っ黒で何も見えなかった。

「え、何も入っていないの?お腹すいたのに!今すぐ食べられるもの~」

 半泣きで叫んだと同時に、ぽぽぽぽんといくつもの塊がポーチから飛び出してきて、勢いで顔にぶつかる。甘い匂いが鼻を掠め、ぼとっと膝に落ちたのは、形も大きさもラグビーボールにそっくりな、紅く色づいた美味しそうな果物だった。数にして五つ、たしかマンライという名前だった。

「そうそう、昔住んでた『狂気の森』に、いっぱい生えてたたんだよ、この木。腐らせるくらいだったら食べたほうがいいと思って、食べまくって採りまくったねー」

 森に住んでいた生き物は、すごく美味しいのになぜかこの実には手を出さなくて。腐って実が落ちた後は異臭が立ち上るから、せっかくだから実を結ぶたびに採ったんだった。

「千個単位で入ってるから、だいぶ飢えをしのげるよね……って、そうじゃなくて」

 何を語っているんだという思いもあるが、先にポーチだ。

 中はやはり光も吸い込んでいるように真っ黒で何も見えない。

「どういう作り……?ああ、ユークレースが欲しいものを思い浮かべながら手を入れれば、入れたものが出てくるって言ってた……」

 ユークレース?それは夢に出てきた人物ではなかったか。いや、アレは時と運命を司る神だといっていた──?

「あ──────」

 途端に、怒涛のように記憶が戻ってきた。誰と会話を交わし、なぜここにいるのかも。目覚める前に見た夢は、前世の自分と金色の神との最後の会話であること。その意味も。……即ち。

「………ふ、ふふふふふふ。よーくも馬鹿にしてくれたわねぇぇえぇ!」

 ユークレースの言う、「特別」の意味。それは、無謀にも神を支配しようとして無様に失敗した、とても珍しい存在だからだ。支配などされていないが、初めての経験の記念に付けられた名前を名乗ることにした。完全な嫌がらせ、もしくは玩具認定されたかのどちらか。

「なーにが『君の声は私に届きやすい』だ!当たり前でしょー、名付け親なんだからっ。名づけただけ、だけど」

 支配が失敗した場合、当然のことながら隷属されようとした側が反撃に出る。物理的な攻撃の場合もあるし、力量がかけ離れていた場合は、つながりを逆手にとって逆支配を仕掛けてくる時もあるのだが、分不相応なのにつながりをそのままにしておくなんて、利用しますといっているようなものだ。

「そもそもここに来る羽目になったのは、約束破ったからでしょ。契約違反で訴えてやるー。くやしかったら、私の願いを全部叶えてみろー!地球じゃできなかったくせにー!」



 雫は知らない。この叫びはもちろんユークレースの元にも届いていて。面白がった彼の神が、願いをかなえようと動き出したことを。

 最初は確かに気まぐれだった。名前のことも、つながりができたことで少女の生活を時折観察していたことも。世界(ディール)を巻き込むほど運命を動かした存在なのだ。異世界へ移住、転生させ、その力の殆どを封じた形になったとはいえ、観察対象としては面白い存在だと思っていた。

 蜘蛛の糸のようであっても、名前(ユークレース)に込められたつながりは確かなもので、運命を見極める存在である自分の予測した未来の、常に斜め上を行く少女に更なる興味を持ってもおかしくはないではないか。

「大丈夫、君は私の特別だから」

 ちゃんと約束は守るし、幸せにしてあげるからね。


 神の寵愛は時に不幸を呼ぶ。

 雫の場合はどうなるのか、(ユークレース)のみぞ知る。

 

  

ユークレースという青色の宝石は実際にありますが、黄色のものはありません。創作です。

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