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彼方からの呼び声  作者: ごおるど
第一章
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4 異世界へ

「でも、さすがにこのまま移住するのはなし。静や恭兄にはフォローをしたいし、思い出の品の一つや二つ、持っていきたい」

 目の前で大事な人間が死んだとしたら、自分だったら耐えられない。

 静の場合は、自分がその場にいてなぜ何もできなかったのか、無力感に苛まれるだろうし、兄は、性格上、原因を作ったのは自分だと、絶対に自分を責める。

 雫は兄が自分とのツーショット写真を携帯の待ち受けに設定して、女避けに使っているのを知っていた。シスコンでロリコンのレッテルをつけた男には、余程勇気のある者か事情を知っている者しか寄ってこないから、あえて見せていたはず。犯人が雫の顔を知っていたのは、多分そのせいだ。

 そんな状態で事情も告げずに「死にました、おしまい」は、後味が悪すぎる。せめて、ちゃんとした生活ができそうだ、くらいは伝えたいではないか。

 そう思ったとき、移住した後の身の立て方が全くないのにはたと気づいた。

「それに、一文なしでどうやって生活したらいいの?」

 言葉は通じるのか?文字は読めるのか、書けるのか。お金がないから嫌でも働かなければならないが、この年齢での働き口はあるのか。住むところは?一般常識が分からなくて異世界出身とばれた後に、実験動物なんて流れが凄くありそうで嫌だ。知識はどうやって得たらいいのか。

 上げだしたら切りがなくなってきた。

「知識と身の立て方、お金に関しては問題ないよ。ディールに行く前に、君の記憶を一部開放する。前世の君は、自分の記憶を覚えていたくないと言ったから、細かな記憶は思い出せないままにしておくけど、君が以前の知識を思い出せば生活に困らないし、言葉と一般常識は自分の記憶に聞けばいい。あとは……」

 ユークレースはひらりと手を宙に上げて。

「君が混乱している間に、体を回収しておいた。救急隊員に君の体に傷がないと確認されたら終わりだったからね」

 雫が事故現場から消えてしまったことになるのかといえば、全く同じように見える人形──全身打撲、内臓破裂したもの──を置いてあるのだそうだ。

 ふわふわした頼りない感覚がなくなって、少し体が重くなる。先ほどまでは制服だったが、今は厚手の布でできた長袖のワンピースを着ていた。色はワインレッド、丈は膝を過ぎるくらいで下はレギンスのような薄手の黒いパンツ。靴も黒革のブーツに変わっている。

「制服はあちらでは目立つから、一足先に変更させてもらったよ。次は、右手を出して」

 言われた通りに右手を出すと、知らないうちに腕輪がはまっていた。ころりとした丸いデザインの、陶器を思わせるなめらかな肌触りだが、素材は見てもよくわからない。宝石こそ使われていないが、精緻(せいち)な彫り物が施された漆黒の腕輪は、知らないはずなのに、ひどく腕に馴染んでいた。

「それは以前、君が魔導師として持てる力を全てつぎ込んで作った魔道具だ。各種能力向上とか、物理攻撃と魔法攻撃を自動反射とか、様々な能力が付加されている。服や靴にも色々な付加がされているから、当面、それだけで防具は必要ないだろう」

 防具、デスか。そんなものが必要な世界なのね、やっぱり。

 雫は早くも後悔し始めた。

 さらにユークレースは、鱗の模様が綺麗な朱色のウエストポーチを差し出した。横長長方形で、ちょっとレトロな感じがかわいい。

「それも君のお手製だ。中には前世の君に処分をお願いされた、君の私物と君が貰ってしかるべきもの全部(・・)が入っている」

「へー。魔法のポーチってことかー」

 所持者の魔力量によって入る量が増えるポーチで、入れるときはそのまま突っ込めばいいが、欲しいものを出すときは具体的なイメージを浮かべながら手を入れると、欲しいものがでてくる。ポーチの中は時間が止まっているので、生き物は入れられない。泥棒避けに、ポーチを開けられるのも、持てるのも、雫限定に登録してあるのだそうだ。

「お金とか、食糧とか、着替えなんかもその中に入っているけど、間違っても口を開けて逆さに振って、全部出ろとか思わないように。まず間違いなく、押しつぶされるから」

 中に何が入っているか分からないから、一度全部外に出して整理しようかと思っていた雫は、あえなく断念した。そんなに沢山入っているのか。

「何を入れていたのかも記憶の中にあるはずだから、向こうに行ったら思い出せばいい。あと、私からのプレゼントも入れておいた」

「それはどうもありがとう」

 受け取ってポーチを装着する。

「……で、私がお願いしたことは叶えてもらえるの?」

 思い出の品を持っていきたいこと、事情説明のチャンスは?正直なところ、殺されるのだから、それぐらいは多めに見て欲しい。

 ユークレースは、またあの眼差しを向けてきた。雫の中の何かを見る目つきを。

「……こちらから持っていく物は、一つだけなら許可しよう。ただし、電気製品は不可」

「ケータイはやっぱだめか。じゃあ、私の部屋にある写真立てにする」

 充電が切れなければ一番沢山写真を撮り溜めてあったのだが、データから一番のお気に入りをプリントしておいたのが、その写真立てだった。家族の写真と、自分と幼馴染三人の写真の二枚が収められている。

「分かった。じゃあサービスで、永続保存の魔法を掛けてあげよう。劣化が止まって、傷つけることができなくなる」

 写真は紫外線で劣化する。ポーチの中に入れておくにしても、ありがたい申し出なので、お願いした。

「説明するのは、手紙を書くならいいだろう」

 何度目かになる、直接逢わせると流れが変わるからという説明を受けて、雫はユークレースに家族全員と、幼馴染三人へ当てた手紙をしたためて託すことにした。

 体と入れ替わった雫そっくりの人形は、静と共に病院に運ばれたあと、見事ニセモノと気づかれずに死亡認定された。神が創ったものならば当たり前と言えば当たり前なのだが、身内の嘆きようが想像できるだけ、複雑な気持ちになる。

 犯人は既に留置場に入れられ、現行犯逮捕した形の静は、病院にやって来た刑事達に事情聴取されたが、衝撃が強すぎてろくにしゃべれず、雫の家族、母の友人でもある静の両親、二人の幼馴染が立ち会っての異例の聴取となった。事情が知りたかったのはその場にいた全員だったので、繰り返し説明しなくて良いように、事件を目撃した静に配慮した形だったのだ。

 犯人は兄の知り合いということでやはり聴取をされ、その後の手続きを終えて、夜半過ぎにようやく帰宅。その時に、分かりやすく置いてくれるのだという。

 手紙を託した後、ユークレースから、いくつかの注意事項を受けた。

「ディールには様々な組合(ギルド)があるから、思い出した知識を使って職を求めるのもいい。けれど、とにかく最初は病を治すことを優先するんだ」

 魔素中毒の治療法は、とにかく魔素を積極的に体に取り入れること。魔法を沢山使うこと。

「こちらで言うデトックスだよ。体内の淀んだ魔力を排出するために、魔素を体に取り入れ、魔力に変換、使用することで循環させる」

「病気はどれくらいで治るの?」

「君の努力次第だね。何もしなければ数年はかかる。中毒が解消されない限り、魔法は制御しにくいままだ。不便がいやなら、がんばることだ」

 不便というくらいなのだから、日常生活に普通に魔法が使用されているのだろうと推測して、へらっと笑った。不精気味の性格を見透かされたようだ。

「最後に、君の記憶を戻すにあたって伝えておくことがある」

記憶は古いものが深層に、新しいものが表層に蓄積されているため、古いものを掘り起こすと、一緒に余計な記憶まで引っ張り上げてしまうことがある、というものだ。

「可能性として高いのは、私と前世の君が最後に会話したときの記憶が戻ること。さらに、古い記憶を引き出した影響で、一時的に新しい記憶が思い出せなくなること。具体的に言うと、ここ数日の記憶が抜け落ちる」

「一時的ってどれくらいの間なの?」

「短い場合は数十分、長くても数時間」

「……今、言われても思い出せないから、気をつけようもないんじゃない?」

 数日の記憶がなくなるということは、異世界に飛ばされた挙句に、なぜそこに居るか分からない状態な訳だ。起きてみたら違う場所にいましたとなれば、当然混乱するだろう。最悪の場合、事情が分からないまま、やってはいけないことをやらかすか、何かにに見つかって襲われるか。

「安全な場所を選んで転移させるから、外敵に関しては安心してほしい。別の意味で心配なのは、もう一つのほうだ。精神の不安定な時に魔法が発動すると、君の場合、周りにかなりの被害が出ると予測される」

「それは、こちらも困る」

 下手すると、自分にまで被害が及びそうだ。

「だから、精神を安定させる魔法も掛けておくから。感情の波がネガティブになった時だけ発動する。最初の頃は世界に慣れるまで色々あるだろうし、三ヶ月ほどは魔法の効果は続くと思ってくれ。あと、私に何か言いたいことが出てくるかもしれないけど、一度その世界に入ってしまうと、直接の干渉は難しくなるが、他に聞きたいことはあるかな?」

「うーん、今は思い浮かばないけど、後から何か思いつく可能性は高そうだなぁ」

 知識が戻ればまた変わるだろうし、実際に生活を始めたら、地元の人には聞けないことも出てくるかもしれない。

「君の声は私に届きやすい。私が本当に必要だと感じたら、何らかの形で接触することもある。それでいいか?」

「いいの?」

「もちろん。不始末のお詫びだ」

 ユークレースは雫の額をつついた。体に力が入らなくなる。

「おやすみ。目が覚めたら、ディールだよ」

 その言葉が、この世界で聞いた最後の音だった。



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