16 高騰
随行員の選定に物申したいが、それよりも。
「お腹すいた……」
ティアがそう呟くと同時に、腹の虫が盛大に空腹を訴えた。ごうるるる、と唸る音に男たち二人と青が思わずといった様子で少女のお腹を見る。
「朝めしを食べてこなかった……訳ないか。魔素中毒だっていっても時間的に朝食を食ったばかりだろ。いくらなんでも早すぎないか」
レイランドは昨日の食欲を思い出したのか、自分で自分の言葉に訂正を入れているが、常に遠慮しながら食べているティアにとって、あの程度の朝食の量なぞ慣用句ではなく現実としての意味で朝飯前だ。毎日おやつやらお握りやらを持って学校に行っていたのだから、あれで足りるわけがない。それに、誰のせいで食事を早々に切り上げたのか分かっているのか、と突っ込みを入れたくなる。
「私の魔素中毒を甘く見ないでくれない?余命一年宣告はだてじゃないんだから」
「思ったよりも早く試験が終わったから、もう少しこの部屋を使っていてもかまわない。とりあえず何か持ってきているなら、食べてもいいよ」
胸を張って言った内容が内容だったせいか、ゼインノールがそう勧めてくれたので、遠慮なくバッグからお弁当を二つ出した。飲み物は、昨夜水を取り出す練習をした時に入れておいた水筒を取り出す。
微調整が出来なくて、水差し一杯の水を得るのにも苦労したので、こういったこまごまとした生活魔法には開き直ってすべて魔石を使用する事にしたのだ。水筒の中に水を生み出す効果を刻んだ魔石を入れているので、使った分だけ増えるというなかなか便利な道具に仕上がった。
やはり細かな調整がうまくいかずに刻むのにも一苦労だったが、消耗した魔石に魔力を込める様にすれば何時までも使えるし、病気の解消への一助にもなる。……魔力を込めすぎて魔石を壊さないか心配ではあるが、まあ、その時はその時だ。
パンに肉や野菜が挟んである、かなりボリュームのあるサンドイッチをぱくぱくと食べながら、一応青にもいるかどうか聞いてみると、食事をしたばかりの青は、きゅるきゅる鳴きながらいらないと伝えてきた。野鳥モドキだったころなら食べれるだけ食べるのだろうが、今はティアから漏れる魔力を食べているから余程飢えない限りどうとでもなるようで、体の割に食べる量は少ない。
一つ目のお弁当を食べ終えたところで、
「仕事をしたいというなら、出来そうなのを見繕ってくるけど、どうする?」
とゼインノールに訊かれた。
「試験が受けられなくても、決まりは決まりだから。その間でも限定的ではあるけど仕事を受けられるから、期間の延長などは認められないんだよ」
「……とりあえず今は止めておきます。試験の準備のために買い物をするにしても、どこに何が売っているのかとか、相場もよく分からないから」
何より、一般常識がだいぶ怪しい自覚がある。千年分の差を埋めるのには大分時間がかかるだろう。
試験は、画像を映し出す魔道具に対して口頭で答えるというやり方だったから問題なかったが、これで紙に書かれた問題が読めなかったというオチだったら笑えなかった。
「それは確かに重大な問題だよな。買い物に行くなら、見回りついでに案内してやるぞ。うまい屋台の店もな」
言ったのはレイランドだ。突っ込みたくはないが、一応不本意であると言うことは伝えておく。
「……そうね。どうせ私に付いて来るんだから、堂々とできた方がいいものね」
「失礼な。親切心で言っているのに」
「打算にまみれた親切ですこと。……まあ、役に立ってくれるなら利用させてもらうことにするけど」
「素直じゃないな。……じゃあ、食ったら行くか?」
「今は行かない」
にべもなく言いきって、ティアは改めてゼインノールの方を向いた。
「ここで買い取ってくれる品の相場マニュアル……じゃなくて、手引書みたいなものがあれば、見せてもらう事は出来ませんか?」
買い取り価格からおおよその物価を推測できないだろうかという考えだったが、ダークエルフの青年は首を横に振った。
「悪いけど、そういった類のものはないんだ。相場のふり幅が大きいし、持ち込まれる素材の状態にも買い取り価格は左右されるからね。何か売りたいものでもあるのかな?」
「滞在費の足しにするようにいくつかの素材を渡されているんですけど、現金化するにも適正価格なのかよく分からなくて。王都に入る時にお金がかかるとは思わなくて、慌てて手持ちの素材を商人さんに買ってもらってお金を用意したんですけど、それも良かったのか悪かったのか分からないままなんです」
本気でこちらの事を調べているのなら、ティアが王都まで馬車に乗せてもらって来た事を調べ上げているだろう。それに関しては疾しいことはないのであえて告げると、注意事項としていくつかの事を教えてくれた。
組合として仕入れた素材は、買い取った後にさらにその先に売り払うので、高くは買い取れない。欲しいという商人がいれば、そちらに高く買ってもらえる事があるだろう。ただし、足元を見られる可能性もある。
素材が欲しいという依頼があった場合は、当たり前だが組合の買い取り価格よりもそちらの方が高く設定されているので、一度確認してからの方がいいだろうと言う事だった。
「鑑定をするだけしてみるかい?それに、今ある依頼に該当する物があったら、依頼として処理できるかもしれないし」
それが最低金額と分かれば、売りやすいかもしれない。
「……そうですね」
……本当は依頼そのもののリストがあればよかったのだが──依頼内容と報酬金額で物価と者の価値がある程度推察できるから。
実は、先ほど見せてもらった教本に、読める文字と読めない文字があったのだ。魔力は微弱ながら感じたので、比較的弱い翻訳魔法がかけられているのではと推察したが、依頼書は遠目で見る限り、メモ書きしただけの紙切れだ。そんなものに一々魔法を掛けている訳がないから、読めない確率が高い。
いずれ図書館の様な場所があればそこへ行きたいと思っているが、庶民に解放された場所ほど高度の魔法がかかっている本はないだろうから、まずは現在使われている言葉を覚えないといけない。つくづく、座学試験が口頭試問で良かった。
そうじゃなかったら、一発合格は無理だったもの。
そう安堵していたら、ふっと思いついた。
──ああ、そうか。教本を借りて読めばいいのか。図鑑の類は名前を一致させるのにちょうど良い。分からないなりに絵や解説から類推できる部分もあるだろう。
「では、素材の買い取りをお願いします。それから、先ほど見せてもらった教本が他にもあるなら見せてもらえませんか?お金がかかるのなら、支払います」
少なくとも昔は製本された本がとても高価なもので、貸し出しは基本的に有料だった筈なのでそう言ったが、ゼインノールは「費用は掛からないよ」とあっさり言った。
「わざわざ宣伝することもないので知らない人も多いけど、教本は無償で貸している」
ただし、持ち出しはできないので下の待合室で読むことになると注意を受けた。
「どうする?今見る?」
考えたのは一瞬。
「鑑定にどれくらいの時間が掛かりますか?品数は魔石二つと素材一つです」
「それなら、さほど時間はかからない」
目の前で鑑定してくれると言うので、ポーチからブラッドボアの牙と、二種類のごく小さな魔石を取り出した。一つは魔物の核となったもの、一つは自然蓄積した物。魔石は何にでも流用が効くので、昔から価格は大幅に変動していないはずだ。
ポーチの機能に関してはレイランドに既にばれているだろうから、あえて隠すつもりもなく堂々と取り出した。
「じゃあ、お願いします」
「…………そのポーチ……」
お弁当二つと水筒だけならば辛うじて入るくらいの大きさだったので、ゼインノールはこのポーチが魔道具である事に気が付いていなかったようだ。
「師匠からの餞別なので、色々聞かれても困ります。譲渡不可品でもあるし、盗難防止の仕掛けもたくさんしてありますから、心配は不要です。売る気もありません」
「……そうだね。それでも、貴族が多い近衛騎士団なんかに見られたら、強制徴収されるかもしれないから気を付けて」
そんな全く安心できない情報を貰って心底うんざりした後、気を取り直したゼインノールから鑑定結果を告げられた。
「魔物の核は半金貨一枚、もう一つは銀貨二十枚、ブラッドボアの牙は半金貨一枚と銀貨四十枚だ」
「…………」
やはり、高い。予想していたよりも遥かに高い。魔石は日本で言うところの電池みたいな物だから、用途が広く沢山必要だから価格は下がらないし、どちらかと言えば上がる傾向なのは分かるが、なんでこんなに高いんだろうか。
魔石ならば大小合わせて数千単位で入っているはずなので、換金するタイミングさえ間違えなければ、食費の事も気にしないで良さそうだ。
「悪いけど、価格の交渉は受け付けられないんだ」
商人に売った時と同様、黙っていたことが価格に不服を持ったからと勘違いされたようで、ティアは慌てて首を振った。
「いえ、価格に不満はありませんから、清算してください」
「じゃあ、なんでそんな難しそうな顔をしたんだ?」
レイランドが不思議そうな顔をして訊いてきた。
「想像よりも高かったので、びっくりしただけ」
「価格が高い……って、どれが?」
「全般的に?魔石は汎用性があるから多少高くても分かるけど、ブラッドボアの牙は……」
剣の柄にするか、槍の穂先にするかと言ったところだろうが、致命的に硬度が足りない上に、火にも酸にも弱い下級素材では碌な品にならない。下級は手間暇かけても所詮下級だ。それとも、知らぬ間に効果的な加工法などが見つかったのだろうか?
そんな表情を読んだのだろうか、レイランドは疲れたような相槌を打った。
「ティアちゃんさぁ。世間知らずな自覚はあるのかもしれないが、もうちょっと広い範囲で自覚した方がいいぞ」
「は?意味が分からない」
「いや、レイランドの言うことは当たっているよ」
怪訝な顔をしたティアに、ゼインノールも頷いた。
「前住んでいたところがどこだか知らないけど、相当辺境……というか、大型魔獣が跋扈する魔境だったんだろうね」
「はぁ」
「だから、さっきも言ったけど、身につけている物が高級品すぎなんだよ。ここいらでそんな素材をそろえようと思ったら、どれだけ金が掛かるか分からんくらい」
「そもそも、王都近辺は騎士団がいるから大型魔獣なんてものは出ないから」
高級品は辺境から輸送されてくるから、送料と人件費でとんでもない価格になると言うことか。と聞くと、レイランドは頷いた。
「その他に、魔石は魔道具の他にいろんなことに使われてるから、値段の下がりようがない」
「特に今は、国の方針で魔石を集めていて、高騰傾向にあるよ。魔物から取れる方の魔石は、この辺りでは狩りつくされる勢いだから、余計にね」
魔石の採取は階級に関わらず常時依頼になっているから、後半分で上に上がれるねとゼインノールから言われて、あまりの容易さと昔との事情の差に、何とも言えない気分になったのだった。




