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彼方からの呼び声  作者: ごおるど
第二章
23/26

番外編 世界の果てで ─前篇─

登録一周年記念の番外編です。 !R15 残酷な表現あり!


犯罪被害者の心情に言及している箇所がありますが、報復を是とする訳ではありません。ただ、犯罪抑制のための死刑制度は必要だと思っています。

 




 身内にもう二度と会えないというのと、身内が殺されたというのは、どちらがマシだろう?

 事件から半年経っても過去にならない出来ごとに、溜息をつきながら恭介は考える。


 遠いどこかの空の下で、元気に暮らしているとポジティブに思う方が心情的には楽だが、二度と会えない、声も聞けない、こちらの感情などお構いなしに関係を断ち切られたという点では、まったく同じだ。

 明日も同じごく普通の日常が来ると信じていた……そもそもそんなことが起きるなんてこと自体、全く考えていなかった自分たちに突如襲って来た凶事に、いつまでも乗り越えられない思いを抱えている。



 運命はかく扉を叩くと言ったのは交響曲第五番を作曲したベートーベンだったが、妹に降りかかった運命は音もなくやって来た。

 いや、本当は微かに響いていたのだ。自分達には聞こえなかった、感じ取れなかっただけで。



 自分が法科大学院に合格した辺りで、友人の一人から、犯人となったあの男が逆恨みをしているようだと聞いたのが一つ目。

 妹達の通っている学校に、女子高生ばかりに声をかけている不審者が目撃されていたのが二つ目。

 声を掛けられたのは軒並み小柄な髪の長い女子高生で、知り合いのように馴れ馴れしく誰かの苗字を呼んでいたというのが、三つ目。


 ……あの日、空手部に入っている静が雫と一緒に帰ったのは、部活動禁止してなるべく固まって帰るように学校側からの指示だった。

 連日目撃される不審者の情報に、警察に通報して巡回を強化してもらい、職員たちも監視の応援に回っていたが、保護者に連絡して迎えに来てもらうほどの事ではないと判断された。声を掛けられた女子高生は皆、部活帰りであったから、明るくて人気の多いうちは安全であると思われたからだ。


 後にマスコミがその対応のまずさを指摘していたが、被害者(こちら)側の個人情報を垂れ流しながらの批判に、随分と辟易したものだ。後からなら誰でも文句を言える。

 誰が一番悪いと言って、それは犯人に決まっている。雫が家族の元から去らなければいけなくなった直接の原因は違うかもしれないが、きっかけを作ったのは犯人なのだ。行動したことには結果と責任が求められる。

 罪は、消えない。


 一つだけ良かったと言っていい点は、心神耗弱状態にあったという訴えが却下された事だ。

 襲撃時に使った包丁は、自宅にあった物ではなくわざわざ買い求めた物であったし、捕まった後、犯人の自宅から押収されたパソコンには、静が空手の大会で優勝した時の写真データといくつかの個人情報が見つかった。

 雫に関しては恭介が待ち受けにしていた写真をちらっと見た程度の手がかりしかなかった為、幼馴染の噂を聞きつけて静の方を目印に襲ったと思われる……つまりは、周到に準備した事が分かったためだ。

 心神耗弱状態の人間は保身に走らない、計画性があまりないことが多い。

 故に、何回も周辺に現れては特定の人物を探し、犯行用の凶器をわざわざ購入したことは、善悪の判断があったことに他ならない。



 静の隣にいたからこそ狙われたと知って、本人の嘆きは本当に深かった。


「手首を砕いたくらいで済ませた事を、つくづく後悔してる。どうせならもっと大きな障害がのこる所にしておけば良かった。両膝とか、股間をつぶすとか、肝臓を狙うとか」

「正当防衛がせっかく成立したんだ、誰かがいる所でそんな事を言うなよ」

「分かってる。でも、雫が今もちゃんとどっかで生きているとしても、目の前で車にひかれた時のあの絶望感を忘れることは絶対にできない。繰り返し繰り返し、同じシーンを夢に見るんだよ。俺はいつも碌に動けない。たまに動ける時も、俺は雫を助けることができない。その後あいつをぐしゃぐしゃにしてやるんだけど、起きると現実の事じゃないって分かって、もっと絶望するんだよな」

 一見まともそうに見えるが、酷く物騒なことを平坦な声で言う静。精神的に切迫していると分かっているが、これでもだいぶマシになったのだ。


 事件のあった日。

 何が起きたか訳も分からずに病院に呼び出された時、物も言わないで……否、言えないで震えている静に、病院側のスタッフから事情を訊くことになった。

 妹が……雫が殺された事、犯人は静が捕まえて、その時に怪我をさせたのでこことは別の病院で治療中である事、治療が済み次第警察に連れて行かれる事、身元などはまだよく分かっていないが、若い男性だった事などを聞き、物言わぬ雫と対面してから、やって来た刑事と一緒に、静の証言が取れるようになるまでゆっくりと時間をかけてから話を聞いた。


 その時に初めて犯人が誰であるか分かったのだが……目の前が真っ暗になり、腹の中に黒くて苦くてどろどろした物が満ちていくあの感覚は、筆舌に尽くしがたいものがあった。

 動機に思い当たる節がなかった訳ではないが、それだけのことで人殺しまでするのか?それも、自分の方ではなく関係のない雫の方を狙うなんて、卑怯極まりない。 


 やりきれない思いを抱えたまま司法解剖に回される雫を見送って、疲れ果てて帰宅した時に、リビングの机の上に置かれていた手紙に気が付いた。

 宛て名書きは「お父さん、お母さん、恭兄へ」で、間違いなく雫自身の字だった。

 こんなもの、出かける時にはなかったのは確かで、いたずらにしては仕込みが出来すぎている。

 内容を確かめると、実に荒唐無稽なことが書いてあった。


 雫が異世界出身で?前世で成した功績でこちらに転生したのだが、このままだと病気による余命一年で死ぬために治療法のある元いた世界に移住する?

 何寝言ほざいているんだと思ったが、とにかく最後まで目を通すと、今回の事件は不可避な出来事であるし、犯人が自分に向けていた殺意は本物であるので、それを利用させてもらった、とある。なかなか内容が飲み込めなかったが、今、雫がいなくならないと起きる事や、四人の幼なじみと恭介の内、誰かが世界的に影響を及ぼす偉業を成す事ができなくなってしまう事が淡々と綴られていて、それが妙にリアリティがある。

 身を立てる算段は、今回の依頼を持って来たユークレースという名の神様が全面的に見てくれるし、今後、良い運気が回ってくるから、後は任せたという事が書いてあった。

 最後に、

「私の裁判にかかりきりになりすぎないように。ここで司法試験に一発合格して、ざまあって見下してやればいいよ。幸せになってくれる事が何よりも見返す事でもあるから、全部終わったらなるべくそうやって暮らしてね」

 としめられていた。


 手紙は幼なじみ四人のところにもほぼ同じ内容の物が置いてあり、静のところは「部活は辞めなくてよくなる筈だけど、しばらくはゆっくり休んで英気を養ってね」と書いてあった。

 藤見菫子には、「犯人の両親も同様の腐れ具合らしいので、動向に気をつけて一人で行動しないように。防犯グッズを身につけてね」

 三上遼司には、「裁判を心配してくれても、結果は変わらない。留学するのなら、早い方がいいと思うよ」

 と書かれていたのを、それぞれ本人達から了承を貰って読ませてもらった。

「ちゃんとご飯を食べて、眠って、幸せになって。会えないけど元気でいて欲しい。皆が幸せに生きていると思えば、私もこれからの生活頑張れるから。世界の果てで、皆の無事を祈っている」

 と結ばれていた。


 どれも手書きで、それこそ神が介入したのでなければ不可能なタイミングと場所に置かれていることから、これは本当の事らしいと思ったのだが──そう、最初に戻る。二度と会えないのは変わらない。兄として妹を守れなかった。それどころか自分の処世術の一つとして利用さえして、いたずらに写真を見せて回ったのがこの結果を呼び込んだ。

 ……別れの言葉を伝えることさえ、できなかった。





暗い話なので書くのに予想外に時間がかかりました。遅くなりましてすみません。

更に予想よりも長くなりましたので、前後編に分けました。後編は明日更新します。少し未来の話ですので、掲載場所を変更するかもしれません。

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