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彼方からの呼び声  作者: ごおるど
第二章
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8 狼の巣穴

 



 酷い目に遭った。

 門をくぐって王都に入ってから空を見上げれば、もう宵闇が迫ってきている時分で、本来ならば野宿コース。こんなに長く拘束されるとは思っていなかったので、もうぐったりだ。

 溜息をつくと、何か違うものが棲みついてでもいそうな、ぐぎゅーぅるるるなんていうお腹の音が鳴り響いた。


「ティアちゃん、そんなでかい溜息ついたって現状変わんないぞ。疲れてるなら余計、歩いた方がいいだろ」


 腹の虫の音には触れないでくれたらしい。軽い口調で話しているのは、詮議の最中ずっと騎士団長の背後で置物になっていた騎士の内の一人で、レイランドという一見何の獣相もない青年だった。

 人なのか、また違う種族なのか、自分が魔族と思われたことからも判断がしづらいが、茶色の髪と目をしたごくごく平凡な容姿の青年は「長引いた詮議のおかげで野宿する羽目にならないよう、便宜の図れる宿に案内する」という目的から「案内人」の役を騎士団長から仰せつかった、事実上の監視人だった。


 こんな事になったのは、一応「入都を拒否する明確な理由なし」と許可が出た後、引き続き従属獣の登録をした時に、また問題が降って湧いたせいだった。

 従属獣の個体情報を告げなければならないのだが、(ジョウ)は元々そこらを飛んでいた、ただの白い小鳥だ。それ以外なにも分からないのに、最初に聞かれたのが種族。次に年齢、名前に属性。


 仕方なしに青に聞くだけ聞いてみたら、怖いことを可憐な鳴き声と共に口にしたのである。



『とかげととりとこうもりとへびとりゅうがまざってるー。としはーおぼえてない。風と火がとくいー?』 



 トカゲと鳥とコウモリと蛇と竜が混ざってる?それってもう鳥って言えないんじゃ?と思ったのは一瞬。


「……ちょっと待て。ソレは……混合種(キメラ)の上に、変異種なのか?」

「えーっと、私も今聞いて驚いているので……」


 なまじアークトゥルスがエルフで、小鳥の言葉が分かるのがまずかった。

 分からないことを聞かれても困る、と思いながらなんとかごまかそうとしたが、時、既に遅し。師匠からの贈り物で詳細分からず、で押し切ったが、爆弾が一つだったのがおまけにもう一つ大きなのが増えてしまったような、超危険人物扱いとなった。


 混合種(キメラ)は言わずもがな、複数の種類が混ざった種族だ。青の場合、どちらかと言えば爬虫類寄りの外見をしていないとおかしいのに、外見(みてくれ)が違う上に複数属性持ちで変異種に特定され、さらに竜が混ざっているのに一見して影響が出ていないことから……たとえ下位種であっても、竜は優性遺伝持ちなので、数代を経ていても影響が出る……現在の姿を決定づけている鳥の種類が、余程上位種だったのではないかと思われた為に、危険第一種という大型従属獣と同等の扱いとなった。因みに、人が従えられる上限とされている階級だ。


 従属獣の登録の目的は責任逃れをなくす為だろうに、青が問題を起こした時はティア責任を持つ事を念押しされ、また、現在王都内には人攫いの他に、従属獣を目当てに狩りをする輩がいるので気を付ける様に忠告された。もし巻き込まれた際には、くれぐれも必要以上に周りを傷付けないように、とも。

 危ない目にあったら抵抗はするけど、周りに被害が出ること前提なの?とこっそり突っ込んだが、騎士団長は大まじめだった。


 最終的には従属獣の登録は出来たし、ちゃんと証明用の銀色の輪っかも青に着けたので、入都はできた。

 国の方針として、力があると言う理由だけで罪も犯していない相手の入都を拒めないそうだが、こちらでなるべく安全な宿を紹介するのでそこに滞在してほしいことを言われ……つまりは「監視下に入れ」と言われたも同然で。


 地味に、目立たないようになんて事は、どこかに吹っ飛んでしまった。

 師匠に繋ぎを取れと言われても無理な事を伝えておいたので、自分をダシに何かしらのアクションを起こしてくるような馬鹿ではないことを切に願うが、本当にあの受付担当の獣人のせいで散々だ。


 で、今現在。騎士団の息のかかった宿まで連行(・・)されているところだが、

「お腹が空きすぎて力が出ない」

 今日食べたのが果物だけというティアは、もう我慢の限界を超えていた。おまけに食物テロと言ってもいいくらい、すぐ近くにある屋台から何かの肉が焼ける匂いがしているのに、レイランドは無情だった。


「そうか。もう結構いい時間だもんな。だけど、宿に着けば食事が出るから、もうちっとの我慢だ」

「……アレは?」

「入ったばっかの所にある屋台(ヤツ)は、一概に味がイマイチのが多いぞ。金出すならうまい方がいいだろうが」

「いやもう本当に限界。私の場合、空腹は命に係わるから。歩きながら食べれば時間もそんなにかからないでしょう」


 レイランドの返事を聞かないで屋台に近づくと、猫っぽい外見の獣人が、焼き鳥よりも一回り位大きな肉を串に刺したものを焼いて売っていた。

「お兄さん、これ、何の肉で1本いくら?」

「兎の肉で、1本銅貨2枚だよー」

 兎か。食べたことないけど、焼き鳥が1本200円はしなかったと思うから、大きさも大きいし大体銅貨1枚100円ってとこかな?

 地球産日本人としてはこんなものか、というところだが、前世では引きこもり生活で買い食いなんてしたことがなかったので、高いのか安いのかよく分からない。

「じゃあ、10本買うから、銅貨15枚にしてくれない?」

「そうだなぁ、お譲ちゃんがまた買ってくれるっていうんなら構わないよ。……お嬢ちゃんでいいんだよな?」

「おいしかったら嫌でも押しかけるから。……じゃあ15枚ね」

 別にしておいた財布から銅貨15枚を出すと、10本の串を渡されるが、さすがに全部は持てないのでとりあえず5本をレイランドに持たせ、残りの串を自分で持つ。さっそく食いつくと、少し肉が硬くてぱさ付いているが、味はほとんど鶏肉と変わらなかった。塩の焼き鳥に、少しハーブがまぶしてある感じ。


「俺の分まで買わなくたっていいのに」

 申し訳なさそうにレイランドが言うが、もとよりそんなつもりは更々ない。

「何言ってるの、全部私が食べるに決まってるでしょ。あ、青が食べたいなら一本あげるけど、どうする?」

『ほしいー』

 きゅるりーと鳴く青に串から肉を外して与えると、喉に詰まりそうな大きなさの肉だったが、ほぼ丸飲みしてあっという間に食べきってしまった。

 消化悪そうだなぁと思いながら肉を食べるティアだが、自身がレイランドから全く同じように思われていることなど分かりはしない。あっという間に四本の串を食べきると、青年から残りを取り上げた。

 若干恨みがましい視線を感じるが、気にしないで残りを食べ始める。


「仕事中に買い食いをする人のことは、なんて言うんだっけ?」

「さすがに目の前で食われれば、こっちだって欲しくなるだろう」

「……騎士団て、本当に綱紀が弛んでるんだねー」

 これには流石に二の句が継げなかったようで、がっくりと肩落とすのを見ないふりして聞いた。


「で、宿屋はどこ?」

 食べつくしても兎肉の串は空腹を紛らわすどころか、さらなる呼び水になっただけだ。もっと寄越せと腹の虫が催促をしている。地球産の食べ物に比べればずっとマシだが、根本的に魔素が薄い食べ物では腹が膨れないのだ。


「ああ、もうすぐだ。ほら、あそこ」


 レイランドが指差した方には、石造りの立派な建物があった。比較的小さな建物が並んでいたのに、そこだけは縦にも横にも大きい。


「傭兵組合、グランフィリア王国本部と書いてあるけど?」

「その隣だよ。入り口がふたつあるだろ?」

「えーと、狼の巣穴亭?建物がつながっているみたいだけど、組合は宿屋もやっているの?」

「傭兵組合が併設している宿だよ。ティアちゃんが傭兵になるなら、初心者は全員あそこに泊まることになるんだ」

「……なんで?」

 王都の入り口に近くて組合の併設となれば、仕事はやりやすいだろう。ベテランになればなるほどここに泊まらせるなら分かるのだが、なぜ初心者?


「上級者の優遇措置でここに泊まれるのは元からあったんだが、その他に、初心者育成のための優遇措置もあるんだよ。一見普通の宿に見えていても、裏の方で闇稼業につながってる宿もある。安いからって、そんな所に泊まってみろ。あっという間に身ぐるみ剥がされて奴隷落ちだ。気心の知れない相手と組んだら、相手に騙されて以下同文ってこともある」

「ああ……」

 奴隷が解放されたとはいえ、抜け道はいくらでもあるものだ。傭兵になりたいなんて言っても、初心者ならば素人に毛が生えたようなものだから、騙しやすいのだろう。

 初心者なら、寝込みを襲われれば一発だもんね。


「組合に登録すれば、宿賃の補助もある。ここの飯はうまくて量もある。ちっと宿のご主人が怖いけど、慣れりゃいいところだ」

「……怖い?」

「まあ、行ってみればわかるよ」


 宿に入ると思ったよりも広い。一階は食堂兼酒場、上が宿という典型的な造りだが、食事をしたり酒を飲んでいる者たちは、やはり傭兵らしく立派な体つきをしている。ざっと見まわした限り、男性七割、女性三割と言ったところか。予想より女性が多い。種族的にはやはり獣人が多いようだ。

 

「おやっさんいますか?」

「あ、はい、呼んできますのでちょっと待ってくださいね」

 左側が厨房になっていて、そこから料理を持って出てきた従業員にレイランドは慣れた様子で声をかけていたが、ティアの視線は運ばれていく食事に釘付けだ。パンとスープに焼いた肉山盛りというなんとも豪快な料理だったが、ものすごくいい匂いがしている。


 食べたい。ものすごく食べたい。

 ごぅるるるる、とまた腹の虫の催促の音がする。

 運ばれた先で料理が食べられているところをじぃぃーーっと見つめていると、「なんだ、嬢ちゃん。腹が減ってんのか」と背中から声がかかった。


「なんでも、息子が世話になったらしいから、大盛りにしてやるぞ」

「息子?」

 いったい誰のことよ、と思いながら振り返ると、真っ黒くて巨大な直立二足歩行の狼がいた。


 なぜ狼だと分かったかと言えば、完全獣化の一歩手前といった感じの、全身毛むくじゃら姿だったからだ。

 黒くてつやつやした毛並みは長く、首元辺りはさらに長くなっているのでこの辺りが髪の毛なのかもしれない。特筆すべきは、額の上から左目にかけて走る刀傷だ。隻眼の狼の目つきは大層悪いので、悪い狼を地で行くような凶悪な面構えだった。おまけに、獣化の影響なのか体が二周りくらい大きい。顔を見ようとすると首が痛くなるほどだ。

 

「息子は騎士団に所属している。今日は入都の受付係って聞いたな」

 

 ───つまり、あの馬鹿やらかした入都受付担当の父親か。


 答えに行きついたティアは、その顔を冷たい目つきで見やるのだった。







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