5 門前にて
知らないうちにお気に入りが増えていました。
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街に近づくにつれて、王都に向かう人影が多く見え始めた。
明らかに獣人と分かる犬科や猫科の耳や尻尾がある者、馬車に乗ったおそらくはグノーと同じ商人……一見して獣相がないのは人間だろうか。背に羽のある翼族や、顔や腕の見える範囲にうっすらと鱗が浮かぶ蜥蜴か蛇の獣人もいる。
大陸で一番大きな多民族国家の王都の名は伊達ではないようだ。老若男女、種族を問わない雑多な人々の多くが剣を佩いて鎧などの防具を身につけているので、それこそ組合に属している者たちなのかもしれない。
商人が馬車を入都する人の列に付けたので、
「身分証明なしの入都受付と、証明ありの入都受付は一緒なんですか?」
と聞いてみると、
「もちろん違うけど、列を増やすと門前を塞いじゃうからね。途中で分かれるよ」
商人の場合は積荷の検分もあるので、証明書があってもそれなりに時間がかかるのだと教えられた。入都待ちでちょっと並ぶと言っていたが、確かに数十人と馬車が並ぶ列は分けたら門前をふさいでしまいそうだった。
街の東西南北と港に続く道に門があるが、他国に通じる街道があるこの南門と東門はどうしても混雑するらしい。
「さて、約束通りに待っている間に牙の支払いをするから、一度馬車の中に入ってくれるかい」
お金のやり取りは人目のあるところでやらない方がいいし、それだけのお金を確実に持っているとなれば、欲に目が眩んだ輩も出てくる。商人であるグノーは当然自衛の手段をいくつも持っているだろうが、こちらもわざわざ隙を見せることはしたくない。
それは当然のことなのだが、列にちゃんと並んでいなくて大丈夫なのだろうか。
「多少なら大丈夫だよ。それに法律が新しくなったついでに、ちょっと検査が厳しくなってね。これだけ並んでいたら、結構待つことになるだろうよ。移動しているうちに払ってやれなくて悪かったけど、少しは時間が潰れるだろう?」
日の入りと共に門は閉められるが、並んだ者は全員受けてくれるそうだ。当たり前だが、問題ありとなった場合は街に入れない。
ただ、日の入りを過ぎると宿がすぐ一杯になるので、街に居るのに野宿になる可能性があるらしい。
それはものすごくいやだ。
「そうですね。時は金なりですし」
「おお、いい言葉だねぇ」
そんな雑談を交わしながら馬車の中に入った。
牙を渡すと、じゃらじゃらと渡されたのは半金貨一枚、銀貨四十九枚、半銀貨一枚、銅貨五十枚。今後の商売に色気があるのか、両替の手数料も取らずにきっちり金貨一枚分を払ってくれた。
「ちゃんと数えておくれよ」
「はーい」
数える間にこっそり確認したところ、予想通り見覚えのない硬貨で、手持ちのお金を出さなくて良かったと内心で胸を下ろした。
貨幣価値が分からないので、これだけで何日暮らせるか確認してから他の素材を処分するか考えようと思いながら、銀貨二枚を残して全てポーチにお金を入れた。整理するのはどこかに落ち着いてからでいい。
そんな雫を見ていたグノーが、気遣わしげに言った。
「荷物の中にポーチを隠せるようなものが入っているかな?今のうちに隠しておいた方がいいと思うんだ」
「目立ちます?」
「目立つ……というか、それが火竜の皮を使ってるって、見る目のある者ならすぐに気付くと思うんだよ。魔法仕掛けってことを差し引いても、結構な値打ち物に見える。さすがに門前だから馬鹿な気を起こす奴はいないだろうけど、街中に入ったらどうなるか分からないよ。紐を切って持っていこうと考える輩は居そうだ」
雫は苦笑を浮かべた。
「うーん、一応その手の防御はしているんですけどね」
「備えは当然だけど、厄介ごとに巻き込まれないように、なるべく自衛しておいた方が面倒が少ないだろう」
「そうですね。忠告感謝します。確か入っていたので、探してみます」
目立ちたくない雫は、素直にお礼を言って馬車を降りた。
列が少しはけていたので、出来ていた空白を前に詰めて並びなおし、グノーの言葉に従って、ポーチを隠すものがないか手を突っ込んだ。
手に触れたのは、黒い毛糸で編まれたストール。手編みらしい複雑な花模様のそれに見覚えはなかったが、ポーチに入っている物全てを憶えている訳でもないので、気にしないでポーチを隠すように腰に巻きつけた。隠すにはちょうどいいが、このままだとポーチから品物が出しにくいので、これももう少し何とかしようと思っていると、
「ティアちゃん、なんか落ちたよ」
「はい?」
「それを出した時に一緒に出てきたみたいだったけど」
そこそこ、とグノーが馬車の手綱を持ったまま指差す。
封筒が落ちていた。洋形と呼ばれる大きさの封筒は、本来こちらでは使われていないはずのものだし、何よりポーチにかかっている魔法は、本来は望んだもの以外出てこないはずなのに。
そこまで制御ができなくなったのかと少し落ち込みながら封筒を拾うと、表に、日本語で『雫へ。プレゼントその一』と書いてあった。
そういえば、ユークレースがプレゼントがあると言っていたっけ。とすると、これも仕込みかと思いながら封筒を開いてみると、さらに一回り小さな封筒と、カードが入っていた。
『君の見た目が余りに幼いので、魔素中毒に罹っていることを差し引いても年齢
詐称の疑いを掛けられる可能性がある。封筒の中身は、日本でいう医者の診断
書のようなものだ。必要に応じて使ってくれ。あと、そのストールは藤見董子君か
らの誕生日プレゼントだよ。手作りだそうだ』
「え?」
どうしてストールを必要したのが分かったのかとか、そのタイミングが今だと分かったのかとかは、無理やり納得すれば時と運命を司る神だからで説明が付いてしまうのだろうけれど。
このストールが本当に幼馴染からのプレゼントなのだとしたらものすごくうれしいし、というか汚れそうなので今すぐ仕舞いたいし、魔素中毒が治ったら状態保存の魔法を絶対にかけようと思うが……雫は早生まれなので、誕生日は事故にあった日からは程遠い、来年の話の筈だった。
このストールはいつ入れられた?
「前、空いているよ」
きゅるきゅると青からも声がかかって、列が進んで大きな空間ができているのを慌てて詰める。
かなりの間、考え込んでいたようだ。
だめだ、ちゃんと落ち着いたところで考えないと、まとまらない。
一度棚上げする事にしようと頭を切り替えたところで、身分証明なしの入都受付と、証明ありの入都受付に列が分かれ始めた。
門扉が近い。
慌ててグノーに今までの親切に礼を言うと、「お礼だったらうちの店で買い物をしてくれればいいよ」と、どこまでも商人の台詞を言われて笑った。
「生活が落ち着いたら、遊びに行かせて貰います」
本気でそう言って、分かれた列に並びなおした。
祭りが近いせいなのか、王都はいつもこんなものなのかは知らないが、思ったよりも身分証明なしの入都希望の列は長い。
机に向かって書類に記入して、書類を見ながら質問をされているようだが、それでも検査する人数が多く振り分けられているので、思ったよりも早く順番が回ってきた。
「お前、一人だけか」
雫の担当は年齢の若い獣人だった。黒い大きな三角の耳。じろりと睨んで来た目は瞳孔が丸いので、おそらくは犬科。さすがに犬なのか、狼なのかは分からない。
「そうです」
「まずこれ書け。字が書けなければ、口頭で答えてもいい」
仮証明書発行申請書と書かれた用紙を渡された。微妙に文字が簡略化されているようだったが、何とか読める。
文字同様、ものすごく変わったわけじゃないんだと思いながら年齢や名前を記入していると、ばん、と机をたたいた獣人に、いきなり申請書を取り上げられた。
「お前、文字が書けないからって、何デタラメ書いてるんだ!お前いくつだ。どこから来たのか言ってみろ」
うっかり日本語で書いてしまった?いや、確かにこちらの文字で書いていたはずだ。
威嚇して鋭い犬歯を見せる相手が、何故そんなに怒ったのか分からないまま口を開いた。
「私は十六歳で……」
「は?ふざけんな!お前が十六歳ってあるわけねえだろ。この紙は高いんだよ。お前らみたいのに付き合うこっちの身にもなれ!」
お前らってなんで複数形。
びっくりしすぎて何も言えない雫に、獣人はぐしゃっと紙を握りつぶすと、雫の顔めがけて投げつけた。
「もう一枚申請書が欲しい場合は、金貨一枚だ。先に払ってもらおうか」




