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彼方からの呼び声  作者: ごおるど
第二章
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3 変わるものと変わらぬもの

評価していただいた方、ありがとうございます。お気に入り登録をしていただいた方も、励みになります。そして、書くのが遅くてすみません。

「お譲ちゃんが魔素中毒じゃなきゃ、素直に学校に入学するように勧めるんだけどね」

気の毒そうに山羊の獣人は言った。

 ユークレースが記憶のない雫に「こちらでは魔法が使えないものはいない」と断言していたのは、ここに最大の理由がある。

 日本では、掃除や洗濯に家電を使用しても、基本的には手作業だ。ところが、こちらでは殆ど魔法で行われているため、魔法が使えないとほぼ生活ができない。下水はあるが上水はなく、水は魔法で取り出し、掃除も体の汚れも浄化魔法で済ませるようなお国柄なのだ。

 風呂に入る習慣がないわけではないが、雫が知る限り、貴族階級や豪商など、一定以上の財力を持つ者に限られていた。使用人にあえて手作業で掃除をさせる好事家もいるという話だったが、単なる成金趣味か、雇用を生み出すための高貴なる義務ノブレス・オブリージュなのかは知らない。

 貴族の子女だったら、浄化魔法を「使ったことがない」から「出来ない」ものもいるかもしれないが、学校となれば話は別だろう。学校は集団生活の場でもある。どんな身分だろうと一人の生徒を特別扱いにはし難いだろうし、「できない」と「やったことがない」の差は大きい。

 雫の場合、下手をするとトイレへ行きたくなった時点でアウトだ。

 以前は乾燥させて水に流すのが主流だったけど、千年前以上経ってるからなー。もっと魔法が発達して、便利な使い方をしているようになっているだろうし。

 それぐらいの魔法は使えると切に願いたい。

「随分詳しいんですね」

「そりゃあ、今は外で仕事をしているけど、生まれ育った国だからね。私だって子供の頃は学校に通ったんだよ。さすがに傭兵組合(ギルド)のことは詳しくないから、あとは行ってみることだね」

「ありがとうございます」

 商人なのだ、知っている事柄はどうしても商売よりになるのだろう。一人から情報をもらうと偏りがあるかもしれないから、他の人からも話を聞こう。

「そうだ、入都税はいくらかご存知ですか?」

「えーっと、身分証のない場合だよね。確か半銀貨一枚くらいだったかな?従属獣の登録はやったばかりだから覚えているよ。銀貨一枚だった」

 訊いておいてアレだが、それがどの程度の金額なのかさっぱり分からないうえに、お金は結構持っていたはずだが、全部が昔の通貨だ。そんなものを使ったら目立って仕方ない。どこかで両替ができればいいが、ボられるのが必定な予感がするので、素材を先に売って現金化した方がいいだろう。

「さすがに、物納はだめですよね。滞在費にしなさいって師匠から渡された素材はあるんですけど、現金は……」

 言葉を濁しておく。

「うーん、物納は聞いたことがないな。例えば素材を売ってくる間に、よっぽど価値のある物を保険として残しておけば許してくれるかもしれないけど、やってくれる保証もないし」

「まあ、そうですよね」

「どれ、ちょっと見せてごらん。大体の予想はつくから。いいものだったら私が引き取ってもいいよ」

 信用しすぎるのもいけないとは分かっているが、親切に無料で馬車に乗せてくれた人だし、一つだけ見せることにした。

 納得できなかったら、金額だけ参考にさせてもらおう。そう思って、ポーチに手を突っ込んで一番安い素材、と念じたら、雫の腕の長さくらいの黒光りする牙が出てきた。

 これは……ブラッドボアの牙、かな?

「そのポーチ……」

 商人の顔色が変わった。ポーチの容量以上の品が出てきたので、魔道具だと見当をつけたのだろう。 眼がきらきらと輝いている。

「そ、そのポーチに使われている皮は……もしかして、火竜かい……?」

「そうですよ。でも、脱皮した皮を使っているので、大した物じゃないです。……と師匠が言ってました」

 これも『狂気の森』産の物だ。森の主だった火竜と仲良くなって、脱皮した皮を譲り受けたのだ。生きている竜から剥ぎ取ったわけではないから、素材としては格段に落ちる。それでも素で火魔法と物理攻撃にかなりの耐性があるが、ベルトを切って持っていかれないように、物理攻撃無効を付与して作ったものだ。

「これ、作ったのはお嬢ちゃんのお師匠さんなのかな?」

「さあ?詳しくは知りませんけど、貰い物みたいですよ」

 適当にごまかして、さらに先回りして言った。

「師匠は人嫌いなので、紹介はできません。お金や権力にも全く興味がないので、そちら方面で釣ろうとしてもだめです。あと、前見てください。危ないですよ」

 こちらを見るあまり、手綱を片方に引っ張りすぎている。御者が仕事をしなくてもちゃんと馬車は走っているが、街道からはずれて草原に突っ込みそうだ。

 商人は慌てて元に戻すと、目に見えて肩を落とした。

「それって、持ち主の魔力量に合わせて容量が変わる魔道具だろう?他にもあるようだったらぜひ譲って欲しかったんだけど、すごく残念だよ。ずっと探してるんだけど、とにかく出回らなくてねぇ」

「出回らない?」

 ポーチに使われている魔法は、素養とそれなりの魔力量が必要になるが、やり方さえ分かっていればさほど難しいものではなかったはずだ。あえて言うなら、複数の魔法を浸透させても壊れない素材を見つけるのが厄介かもしれない。素材が良くなれば、形成に更に魔力が必要になる。そのあたりが腕の見せ所だったが、このポーチに関しては、本当に丸々一匹分の抜け殻──ヘビみたくべろっと綺麗に剥けるのではなく、トカゲと同じくぼろぼろと細切れになって落ちた物──の使い道があまり見当たらなくて、一片の大きさがちょうどいいから作ったものだった。

 因みに、ポーチ一つしか作らなかったので、まだいっぱい残っている。

「その魔道具にかけられている魔法って、特殊なんだってね。使い手がほとんどいない上に、現物を見ても再現が出来ないって聞いたことがあるよ」

「……そうなんですか?」

「建国の時に戦争してたって言っただろう?その時に優秀な魔術師……当時だと魔導師って言うんだっけ?……そう呼ばれてた人達が軒並み死んだらしくてね。魔導師って自分が開発した魔法とか、研究結果とかを秘匿する傾向にあるから、死んだらみんな色々なことが分からなくなっちゃって、戦争が終わった後、世界規模でいろんなものが一気に衰退したんだってさ。初めから……じゃないかもしれないけど、かなり前の方からやり直しになったんで、戦後処理が大変だったって学校で教えられたよ」

 その戦争は、多分前世の自分も参加していたものだ。漠然とした記憶に一致する。

 非業の死を遂げたのが自分ばかりではないのだと思えば、多少なりとも浮かばれるような気がする。それにしても、使える道具を全て出して挑んだ挙句が、使えないものばかり残ったのか。それは皮肉だ。もっとずっと魔法の研究が進んでずっと便利になっているのかと思ったが、そうでもないのかもしれない。

「餞別に持って行けと軽く渡されたので、そんなに珍しい品だとは思わなかったんですが、もしかして持っているだけで目立ちますか?」

「そうだねぇ。人の多い場所で大きな物を出し入れはしない方がいいと思うよ。火竜の皮を使ってあるし、他にも能力付加してあるみたいだから……ポーチだけで白金貨一枚くらいするんじゃないかな」

 昔も今も変わらなければ、白金貨は金貨百枚の価値があったはず。今の価値は正確にはわからないが、それは高い。ものすごく高い。顔が引きつるのがわかった。

 そんな雫に気づかなかったのか、商人はにっこり笑って牙を手に取った。

「話がそれちゃったね。えーと、これはブラッドボアの牙か!傷なし、形も大きくてすばらしい。そうだね……金貨一枚でどうだろう」

「………」

 正直言えば、足元を見られるかもしれないと思った。不当に安い値段で買い取ろうとしているのではないのか、と。人間不信は前世のせいだが、その知識が逆に否定する。というかだまされてもいいような気すらしている。

 ブラッドボアは日本で言うところの猪の魔獣で、少しの魔力があれば狩れるどちらかといえば弱い魔獣の部類に入る。肉はおいしいのでそれなりの値が付くが、牙や皮は素材としては下の中くらい。つまり、安い。何かの役に立つかもしれないからといった程度の認識で入れておいた品が、金貨一枚とは。

 インフレなのか?と聞きたくなるくらいの値段だった。

「安いかい?こんなに大きくて綺麗なのは中々見かけないから、結構色をつけたつもりなんだけど」

「いいぇ、思ったより高かったので、びっくりしただけです。是非お願いします。両替して細かな金額で支払っていただけると、なお良いのですが」

「ああ、構わないよ。もうすぐ王都だ。入都待ちでちょっと並ぶから、その時に支払ってあげるよ。……私はグノーという。私自身はいつもあちこち飛び回ってるけど、兄が王都南の商業地区で商売をやってるんだ。ラジルマ商会って言うんだけど、もしまた何か良い素材が手に入ったら、持ってきてくれるかな?組合に買い取ってもらうよりはいい値段を付けさせてもらうよ」

 多分、雫が他にも素材を持っていると確信しての言葉なのだろう。こちらの警戒も感じ取っての台詞なのかは分からないが、雫はありがたく礼を言った。

「私はティアです。何かあったら寄らせてもらいますね」



 

 


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