6. 読み書きは重要
「この内容で間違いはない?」
「はい」
目の前に置かれた2枚の鉄のプレートに書かれた内容を確認し、ラールは頷いた。
「これが登録証よ。これは依頼を受けるときに必要になるわ。無くした場合は再発行できるけど、銀貨5枚かかるから気をつけて。登録解除するときは返してもらうわ」
「分かりました」
「あと、この登録証は身分証の代わりにも使えるから、他の都市に入るための手続きが要らなくなるの。覚えておいて損はないわよ」
「はい」
「あとは、この組合の仕組みについてね。依頼はそこの掲示板に貼ってあるから、好きなのを選んで受付に持ってきて。基本的に依頼は一人につき1つ、誰かがやっている依頼は他の人はできないのがルールよ」
「二人で一緒の依頼は受けられないんですか?」
困った顔をするラールに、女性はクスっと笑った。
「依頼を受けるのは一人でも、協力して1つの依頼をすることは認められてるわ。但し、依頼を受けた人にしか報酬は出ないから、どう分けるかは事前に決めておいたほうが良いわよ。それで揉めることもあるし。あと、数人で受ける必要のある依頼もあるから、それなら一緒にできるわ」
「そうですか。なら安心です」
暫くは世間に疎いディルアドラスを単独で行動させたくないと思っていたため、一緒に依頼ができるのはありがたい。ラールは安堵の息をついた。
「話を進めるわね。依頼には達成の困難さに応じてランクがつけられているわ。どのランクの依頼も受けられるけど、失敗した場合は違約金が取られるから、無理はしないことを奨めるわ」
「違約金?」
「ええ。期限を過ぎてしまうか、途中で放棄した場合は違約金が発生するの。期限内に放棄の意志を組合に伝えた場合は報酬の半額、期限を過ぎた場合は報酬と同額もらうことになっているわ。これは次にその依頼を受ける人のための措置よ」
「ええと・・・急いで依頼をこなさないといけなくて、他の依頼よりランクが上がるから、ですか?」
「その通り! 良く分かったわね。それだけ大変な依頼なのに、金額が安いと誰も受けないでしょう? そのための措置なの。一度誰かが受けた依頼は、依頼主に取り下げしてもらえないからね」
「なるほど」
しっかりとした仕組みが出来ているらしい。ラールは再び感心した。
「冒険者側にもランクはあるわ。ランクが上がれば名指しで依頼が入ることもあるし、信頼できる冒険者として報酬が少し上がることもあるわ。冒険者のランクはどのランクの依頼を何回達成したかによって決まるの。最初は皆ランクなしからスタートね。失敗した場合はランクが下がることもあるから注意して」
「はい」
「あと、組合では荷物やお金の預かり、物の買取り、宿やお店の斡旋もやっているわ。預かった荷物とお金はこの都市の組合でしか出し入れできないから、他所の都市に移る時は気をつけて」
「分かりました」
「あ、そうだ。種類は少ないけど魔物図鑑とかの本も置いてるから、坊やには楽しいかも。貸し出しは出来ないけど、閲覧自由よ」
「本当ですか!?」
ラールは目を輝かせた。本は高価だし、旅には不向きだが、知識を得るにはとても役立つ。今の時代の情報が少しでも手に入るかもしれない。
「これ位かしらね。あとは追々覚えていけばいいと思うわ」
「はい。ありがとうございました」
ラールはぺこりと頭を下げた。ディルアドラスもそれを見て頭を下げる。女性は苦笑した。
「本当に面白いわね。坊や――― っと、いつまでも坊やはだめね。ラール君って呼んでも良い?」
「はい。彼のことはディアって呼んであげてください」
「ラール君とディアさんね。覚えたわ。私はエミリ。分からないことがあったら気軽に聞いて頂戴」
「はい」
もう一度頭を下げると、ラールはディルアドラスを連れてその場を離れた。
「お疲れ様」
「・・・・・・・」
小声で労いの言葉をかけると、ディルアドラスはフイと顔を背けた。どうやら機嫌が悪いらしい。
「文句は後で充分聞いてあげるから、先に依頼見てこよう」
「・・・・・・ん」
不承不承頷くディルアドラスに苦笑を漏らし、ラールは依頼が掲示してある場所に向かった。
先程まで多くの人でごった返していたが、多少人が減っている。それでも、少なくない人数が掲示を眺めていた。
「ええと・・・」
ただでさえ背が低い上に人が多く、ラールには掲示が全く見えない。人が減るのを待とうかと考えていると、不意に視界が上がった。
「(え?)」
見下ろすと、ディルアドラスの頭が手元にあった。
「これなら見えるだろう?」
肩車されたことに気づき、ラールは顔を真っ赤にした。周囲の視線が痛い。
「(ディアさんの馬鹿・・・!)」
ただでさえラールとディルアドラスの組み合わせは目立つのに、肩車でさらに注目の的だ。しかし、今更降りても周囲の視線が変わることはないだろう。
恥かしさを堪えつつ、ラールは掲示を眺めた。
「(討伐の依頼が多いな・・・今日は日帰りで帰れる簡単な依頼にしよう)」
ラールが依頼を選別している横で、一人の男性がディルアドラスに声をかけた。
「兄ちゃん、子どもと組むなんて珍しいな。似てないけど兄弟かい?」
「・・・いや」
「そうなのか。子どもが一緒だと足手まといになって大変だろう?」
「そうでもない。私は字が読めないから、いてくれて助かっている」
「へぇ! その子、字が読めるのか。若いのにすごいな。じゃあ俺の依頼もついでに探してくれよ。ランクは分かるんだが、字が読めなくて詳細が分からないんだ」
「分かった」
「(勝手に決めてるし・・・!)」
仕方なく、ラールは自分の依頼を後回しにして、男性が指定した依頼を1つずつ読み上げた。それを見て、他の人々も自分の読んで欲しい依頼を指定してくる。指定された依頼を全て読み終えたときには、人は最初に指定した男性以外誰も残っていなかった。
「いやー、助かったよ。いつもは依頼を持っていって受付の人に読んでもらうから、すごく時間がかかるんだよ。一枚ずつしか持っていけないから違うの選ぶのに戻ってこないといけないし、読んでもらうのにも並ぶときがあるし」
「・・・それであんなに混んでいたんですね」
先程の異様な混み具合に納得したラールは溜息をつき、ディルアドラスの肩から降りた。
「本当にありがとな。俺はレグナート。あんたらは?」
「僕はラールです」
「ディルアドラス。ディアでいい」
「ラールにディアな。次会った時も依頼探すの手伝ってくれよ」
「分かった」
「(だから何でディアさんが返事してるの!?)」
内心突っ込みを入れつつ、ラールは頷きを返したのだった。
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