2. 彼の者の場合
傍らの寝台で眠っている(?)ディルアドラスの姿を眺め、少年-ラール-は忍び笑いを漏らした。
「(魔剣でも、寝れるんだなぁ)」
魔王の元にいた頃は、ディルアドラスは魔剣の中にいることが多かった。魔王の傍らに立てかけられ、特に話をすることなくそこにあるのが当然といった風情であった。初めて魔王と対峙したときも、魔王の手に握られたまま何も言わず、勝敗が決するのを静かに眺めていた。
こうして姿を現すようになったのは、彼が旅に出ようと誘ったからである。意外に好奇心が強いディルアドラスに話を持ちかけると、二つ返事でOKされた。
「(まあ、僕の身体を使ってるんだし、人に近い部分もあるのかな)」
先程の食事の時を思い出し、ラールの口元が自然と綻ぶ。
食事をしたのはどれ位ぶりだろう。5000年程前から人らしい生活をしていなかったから、それ位ぶりかもしれない。
そんなことを思いながら、久々のベッドを堪能しようとラールも上機嫌で自分の寝台に潜り込んだ。
ラールことラール・シルバはかつて魔王に挑んだ者の一人である。しかし、挑みたくて挑んだわけではない。当時は最強の魔術師と言われていた彼以外に適任であるものがいなかったため、挑んだだけだ。
人にしては強すぎる力を持つ彼は周囲から恐れられていたため、積極的に人と関わらなかった彼にそこまで知り合いがいるわけでもなかったが、自分の生まれた国を守るため彼は念入りに準備して魔王に挑んだ。それでも魔王の力は強く、後一歩のところで力及ばず敗れた。しかし、彼に後悔はなかった――― 再び目覚めるまでは。
寝台からひょこりと顔を出したラールは、自分の傍らに立てかけられた魔剣にそっと触れた。
漆黒の鞘に収められた魔剣の柄に、蝋燭の明かりを受けて鈍く光る紫の石が取り付けられている。
「(壊せたらいいんだけどなぁ・・・)」
ため息混じりにぐにぐにと石を弄る。一見脆そうなのに、どんな剛健な造りの剣を振り下ろしても傷が付くどころか逆に剣を折ってしまうほどの硬度を誇る魔石なのだから性質が悪い。いや、作り手である魔王からすればとても優れた一品なのだろう。しかしラールにとっては自分を縛り付ける鎖でしかない。
「(・・・まあ、魔王相手に常識で物を考えた僕が迂闊だったんだけどさ)」
ラールの魂はこの魔石の中に押し込められている。魔王は彼との戦いでディルアドラスを破損し、その修復のために死した彼の骸と魂を利用したのである。
魂は魔力の器としての役割もある。魔王とほぼ互角の戦いを繰り広げた彼の魂に宿る魔力は膨大であったため、魔剣に宿らせることで更なる効果が見込めた。そして彼の身体は魔術師として活動していたためになかなか強力な抗魔耐性がついていたため、魔剣の強度を上げる素材として適していた。
しかし、魔剣の動力源として魂と骸を有効活用されるとは誰が想像できただろう。彼とて想定外である。
それはともかく、ラールの魂が魔石として取り付けられたために、ディルアドラスは実体化できるだけの魔力を得た。そして、ラールの骸を取り込んだことから、彼の持っていた知識や感覚もディルアドラスに取り込まれた。つまり、ディルアドラスは完全に一個人として顕現することが可能になったのである。もちろんラールも魔石の本体であるため、実体化することが可能である。
そこで、二人は倒された魔王が復活する前に逃げてきたのであった。と言っても、逃げたかったのはラールだけで、ディルアドラスはそれに付いてきただけというのが正しい。
制約で魔剣から一定の距離以上離れられない二人が魔王の元を去るには、魔剣を持っての逃走しかなかった。しかし魔剣は1つだが、そこに宿る意思は2つ。もしディルアドラスが逃走を拒めば、ラールもまた魔王の元に留まるしかない。しかしディルアドラスは何故かラールの言うことは嫌がらずに聞くため、旅をすることは簡単に決まり、こうして約5000年ぶりの人里を堪能しているわけである。
「(あの人が復活する前に、できるだけ遠くに行かないとな)」
絶対に連れ戻されたくない。今まで魔王にされた数々の出来事を思い出し、ラールはこぶしをぐっと握った。
「(絶対逃げ切ってやる!)」
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