二。(土岐雅也)
中途半端な時期と、専門性の無い学院を選んだのが珍しいといわれながらも編入した。
在学中のコース変更は可能と説明を受けたからコースの壁という物は存在しないだろう。
地元では見せられないような軽い雰囲気を周囲にばら撒いて始業式の後に自己紹介をして席に着く。
窓際の中途半端な席が空いてた。
ホームルームが終わると当然のごとく人だかりが出来る。聞かれることが多いが、小出しにして与えながら情報収集に勤しむ。
水瀬という人物に興味がある。拾ったのは一見加工したような水だが、透明性は失われていない。
加工に失敗すると透明性を失うことがある。それと壊れてないから属性魔術の媒体だとわかっていた。
術者から離れて数日、拾ったときと同じような状態を持続できているのだから相当古い媒体だと思った。
少なくともこの専科にいないらしい。専科は学年に1クラスずつしかない。3専科が1学年の単位らしい。
他科紹介でもしあれが、属性魔術として行うのであれば。単体攻撃系を有する体術科が怪しい。
当たり障り無く対応しつつ、これ以上情報はもらえないことに内心ため息をつく。
そこに救いの手が伸ばされる。HRが終わった以上これからは放課後扱いだ。
「土岐君この後、都合がよければ校内の案内しようと思うけど、どうかな?」
喜んで飛びついた。この何時終わるか判らない質問攻めにも飽き飽きしていた。
「案内してもらえると助かるよ。ありがとう」
確か、先ほど担任から名指しで案内するようにといわれていた奴だった気がする。名前は確か…周防神楽。
クラス委員長をしているわけじゃないらしい。そういえばこのクラスの委員長は誰だ?
「皆ごめんね、土岐君を借りていくね」
クラスメイトに向かって頭を下げてすまなさそうにするが、彼らは理解しているようで仕方ないと一様に離れていった。
「初めまして。僕は周防神楽。この学校はクラス委員を決めてないんだ。大体雑用事とかをやっているけれど。部活は全員所属だからそれで動けちゃうっぽい。帰宅部もあるから考えてみると良いよ」
案内の合間に彼は必要最低限を教えてくれる。他の生徒よりも何か知っていそうでわくわくする。
見慣れたものと、学校のつくりに大差は無い。ただ、オプションというか利用可能な建物が多かった。
学院は特化を生み出さない。専門とも言うが特化を生み出せない学院は特化持ちに依存する。
回復特化、攻撃特化、付術特化、範囲特化という称号をもった生徒に。
その中で一番回復特化が学院は持っている数が少ないといわれている。最も積極的にそちらの教育を行わないため、
減るばかりであるという話だ。
術師養成学校なので訓練場はいくつかの種類に分かれている。
先ほどの4特化の性質に合わせたものから、総合訓練場といったものまで。
文科系の部活には澄想館、運動系の部活には隆清館、理科系の部活には鳴湧館といった、3つの場所が与えられているらしく、それらもまた、学院の校舎を中心にして正三角形を描くように配置されている。
逆三角形を疑ってみたけれど、らしき場所には何も無いような気がした。
属性エリアもないし特化エリアという物もないらしい。
攻撃特化や範囲特化は数多くいるんだけれどもね。と、困った表情を浮かべて周防が語りだす。
恐らく付術と回復の数がいないのだろう。
周防がふと空を見上げてから、手元の時計を見る。
「現在稼動可能な唯一の回復特化に会えるかもしれない。行ってみる?」
周防の言葉に愕然とした響きが自分の中にあった。
現在稼動可能な唯一の回復特化って事は、全ての探索はその人物が全て担う必要性がある。ことに他ならないわけで。
となると、学院はその人物を確実に捕まえることの出来る場所つまり、学院外には出せない。学院は一種の監獄になっていることだろうと思う。
その人物に会うことが、探している人物に会うことなのかは判らないが、価値としてはそこそこにあると思えた。
「可能なら会ってみたいな。回復特化って事は神術科の人ってこと?唯一はすごいね。その人が怪我したら大変そう」
先を歩く周防はふと足を止めて、そうだな。と呟いた。
「怪我して出れなくなる可能性があったけど、今までそうならずに済んだことは幸いなんだ」
そしてまた歩き出す。向かう場所は先ほど説明してもらった文科系の部室棟澄想館の方角だ。
彼の呟きを聞かない振りをした。いくら鈍感にも程があるというのと、拘束されているだろう人物がどんな相手なのかさっぱりと見当が付かないからだ。
大人しくされているだけなのだろうか。それとも目的があるのか。
あって確かめればいいと思った。この向かう先にいるのなら。
想像通り案内されたのは澄想館で、道とは反対側に広い和風庭園が広がっておりその一角は木々で囲まれて他者には見えないようになっていた。
そこだけ生い茂っている不自然な木々を分けた先には、澄んだ池があった。
どこからか水が流れ込んでいるのか沸いているのか判断付かないが、水自体にたいした淀みは無い。
人に隔離された場所だからこそ、人からの汚染が最小限で済んでいるのかと思った。
水辺に寝ている人物がいる。長い髪は芝生の上に流れていて目を閉じている。学院高等部の制服で女子。
足を池の水に浸していて木々の間から差し込む光を心地よさそうに寝ていた。
「ああ、やっぱりいたね。夕方にはまだ早い時間だから此処で寝ていると思った」
周防が数歩近づいただけで彼女はゆっくり目を開いて空を見上げた。
「神楽…何か用?」
呟きと対して変わらない抑揚の無い声が耳元まで届く。
大きな声ではないのに不思議と聞こえる。ここが静かだからかもしれない。
「彼を君に合わせようかと思って」
彼女は空を見上げたまま、動こうとはしなかった。無防備に寝たまま口元以外は一切動かない。
「神楽。特殊委員会用顧問室に向かうと良いかもしれない。今から行けば丁度くらい」
周防はこの場を離れがたい様子だった。初対面同士をこの場に残して大丈夫かと心配しているようでもあった。
「心配なら戻ってくれば良いわ」
わかった。と、声にして頷き、こちらに近づいてくるとそっと囁くように言った。
『すぐに戻ってくるから、彼女といてくれる?』
安心させるためにも頷き返す。仕方ないような表情を浮かべ、彼女に行って来るよと残してこの場を離れた。
周防の姿が見えなくなって暫くしたら、敷地内放送で周防を呼び出す放送が流れた。
特殊委員会用顧問室まで来いというもの。そして、至急。
ぎょっとして彼女を見た。これを読めていたのかと。学院内で動ける唯一の回復特化は未知数の予知能力者であるのかと思うと、彼女から距離をあけて心理的防御を行おうとした。
「遅い」
ぼそっと呟かれたかと思うと、湖から数本の何かが飛び出して四肢を拘束され空中に拘束される。
手先は、何も術が使えないようにその水で硬く覆われたような形になり、更に水圧が重くのしかかる。
「紅月で襲われていた被害者ね…貴方が持っている『水』を返してもらうわ」
空中で動けない状態のまま服の上から何かを探された。見つけたものは服の外へと浮かび彼女の手元に戻る。
「初めまして。神術科1年水瀬彩野。学院内回復特化3名中現在動ける唯一の術師。他は1名が受験中、1人は歩玖里に留学中…あら、媒体石を持っているのね?」
懐にこっそりと隠していた物を水はどうやら見つけ出したようだ。無理やり取り出そうとするが抗った。
元々、奪われないように施術しているが、先ほどの水が入った小瓶を難なく奪われたこともある。
目を瞑って抗っていたら、彼女から小さな声が漏れた。
「熱っ」
彼女はいつの間にか池の淵に立って指先を水に浸していた。眉間に皺を寄せながら石に施した術への拒否反応で軽い火傷をしたらしい。
「媒体石自体が熱を持つ。南里朱の鳥朱鷺家?火は熱にして影を照らす光となるより、熱・光・浄化を扱うことが可能」
ぞくっと背筋に悪寒が走った。
何故、彼女が知っているのだと。西は他大陸に疎いという情報は常識ではなかったのか。
「まぁ、手で直接が問題なのよね。だったら…直接じゃなければいいのよね」
口端を上げてにやりと笑みを作り、拘束された身体に向けて腕を伸ばす。開いていた手ががっしりと何かを空で掴み、その腕を引き寄せて掌を上に向けて指を開いた。
彼女の手の上には何も無い。が、彼女と自分の体の間に媒体石が赤く煌いている。
「朱の鳥分家の土岐家に年の離れた兄弟がいたはず。本家や分家長男でも西に来る暇は無い。だから貴方は分家の次男。媒体術に優れ回復・攻撃・浄化に優れた錬金術師。違う?」
何故そこまで情報を握られているのかが判らない。
西は疎いのは有名だが、そもそも南は内部の情報を外に出さないはずだ。
だから、南に住むものは安全で安心していられる。技術が流出してしまえばある一定の素質さえ持っていれば取得可能な術形式であるために秘術とされているというのに。そのための秘匿で、そのための秘密保持だ。
「何故そう思う?」
宙に固定されている状態はあるが、それでも体のどこかに負荷がかかっているわけじゃない。
身体に絡んでいる水が土台の役割をしているのか、その上に立っているような状態だ。
「火属性分家に土の字が入っている事で問題がおきた。以来二度と起らぬよう情報収集に躍起になっている。錬金術師との混血と誤解され取り潰しされそうになった家が」
淡々とした言葉に表情は見えない。だが、それで1つわかったことがあった。
「そうか、東環の属性家か。地属性代表家土方・土生家の分家筋。水瀬…ということは、東環大陸主要属性水属性代表水瀬家直系筋」
彼女は口の端をやや上げて笑みを作っただけだった。
だが、それが切欠なのか拘束していた水を解く。いきなり空中に投げ出されるのではなくゆっくりと地面に下ろされた。
「お互いの素性が分かった所で改めて。初めまして、東環大陸水属性代表家より直系水瀬彩野。貴方は南里大陸火属性分家筋土岐雅也ね?神楽が戻ってくる前に終えねばならない話がある。さくっと行くわよ?」
東大陸の情報収集能力は、その属性の特性に依存するということを以前聞いたことがある。
だが。属性による情報収集能力は氷や雷でもない限りほとんどその情報は即伝わってしまうという。
距離は術者の能力値によって多少変わるが基本的にどこにも、水・空(風)・熱(火)・地・木は存在しておりそれらを解して予見ということがある程度可能になるという。
水瀬は、水。つまり空中に漂っている僅かな水分を解して情報を得ることが出来る。また、属性主家は一人がひとつの属性に縛られているとは限らない。複数持っている者の方が大半だ。
「主属性を水、副属性を地、従属性に物理と光。地から得る情報と水の攻撃性、光の回復術に特化できる。私が回復特化と呼ばれる所以」
考えていることが表情に出ていたのかと内心驚く。だが、こちらもある程度の情報を持っているということがわかっているならこの話の流れも理解できないものでもない。
「戻ってくる迄に終わらせておく話って?」
彼女の偶然が時間を作ったのかどうかは知らない。けれど、放送が入ったのはつい先ほどだが既に指定の場所に到着したとしてもまだ時間は稼げそうだ。彼女が行くように言ってから放送までに時間はそこそこに空いている。
「神楽は今、霜月調査依頼をされている。そこに貴方を連れて行く。実働部隊は基本神楽と私のみ。所属は特殊委員会と呼ばれている鎮守会の中の資料整理室。調査と簡単な沈静化を行う」
「鎮守会?実働部隊が2人というのは少なくないのか?」
「実践訓練あるのが片手、各自が契約を結び戦力の補強してる状況。神楽は依頼主で私は契約魔術師。上位組織を知っている?」
唯一の回復特化は、学院生徒に雇われている。それが通常の形で誰でもしていることだということに驚愕した。
学院の独自研究性を持たない状態では、能力自体の偏りが既に表面に現れているということだろう。
学院には、通常入学試験を突破してきた所謂『学院生徒』と、請負契約を結んで入ってきた『契約生徒』の2種類があるらしい。
彼女の言う上位組織というのは、恐らく能力者の登録及び管理をする組織だろう。
一般的に協会と呼ばれている組織だ。
高校迄の術師育成機関を卒業した者全てそこへ登録して協会の管理下に入る。
何か依頼があれば協会の指示の元行わなければならない。ただ、大学などの引き続き教育機関に身を置いているものはそれらを申告して依頼回避の手段をとる。
協会は術師の将来を護るため、中等部3年、高等部3年といった受験学年を調査や依頼に巻き込むことを硬く禁じている。
彼女の問いに頷きで返す。そのあたりはこの大陸に来る以前から知っている。
西の協会は関わる者に対しては下部組織よりも寛容だと良く話に聞く。
「通称協会。所属術師に幾つか種類がある。生徒間契約期間中、神楽は私を通じ協会認定上位術者に協力要請を行うことが可能、この時に呼ばれる相手を通称学院優先と呼び、私が所属している部署付きになる」
彼女は人差し指を立てて、要約するとと、言葉を切った。
「君の協力者がそのまま学院専属資料整理室優先となり、依頼者の周防は君を通じてその術師に依頼できると。そうなると契約期間満了で切れるということでいい?」
ご名答。と彼女は笑む。
「そうすると、契約終了後は学院付き術師を含めた総合能力値は激減し、専属術師も回復特化もいなので学院は廃れる。それと明日の霜月攻略がどう関わってくるんだ?」
彼女は池の淵にしゃがみこみ、手を差し入れた。
そのまま引き上げれば通常は濡れた手が出てくるだけだが目前にあったのはそんな単純な状態じゃない。
揃えた指先に滴る水が細い紐を作るように水と手を繋いでいる。水と片手を結ぶ細い紐の途中を別の手で水平に薙いで区切る。
薙いだ手で瓶を取り出しその中にそれを入れていく。瓶に入ると途端に液体に戻っていく。
「属性錬金術師による属性魔術対象範囲は広い。西は特化以外は術師を含め最大3名しか出来ない。貴方は能力最小限に抑えて演技しなければ、学院に閉じ込められ卒業まで出ることが出来ない。誰にも見せてはダメ。私は明日で契約期限を迎える」
彼女がいう最後の一言が胸を貫いた。
彼女を探してきたのに彼女に去られるという事実。そして彼女が居なくなれば実質次の檻に囚われるのは自分。
だからかと腑に落ちた。明日強硬してでも自分を連れて行くというのは、彼女は彼女なりにこの大陸違いの術師を護ろうとしてくれてるのかもしれない。
あのときに助けてくれたのはどういった理由かは知らないが、それでも彼女はやさしいのだと思った。
「貴方に学院の現状と周防の甘さ、実習で振舞うべき姿を伝える。それは私からも協力者からも」
まるで、学院の中で誰にも心を許すなといっているように聞こえた。
彼女にとって神楽は依頼主だとしても、冷え切った関係なのだろう。
ただ、誰も信頼しないというのはとても悲しいように思えたが、有事を警戒していつも学院の中に閉じ込められる事のほうが嫌だと思った。
彼女の言葉に深く頷く。何回も。
「そうしてくれるとありがたいよ。だけど何で?」
不思議に思った。係わり合いなんて無いのに何で気を使ってくれるのだろうと。
何か通じる所があったのかそれとも何かつながりがあったのか。疑うとしたらそういうところしかない。
「神楽が貴方に目をつけているから。危ないと思って」
彼女は小瓶を取り出す。自分が持っていたものとはまた別のものにみえた。
「これを渡しておく。これは比較的新しいけれど、澄想館の泉を汲んだ。最悪の場合これを使いなさい。
媒体として通りにくいけれど貴方ならいけるでしょ。付与の術式も組込んであるけど、水を火に転じさせる作業が入る」
小瓶の中で揺れている水は、明らかに色がつけられたもの。赤い液体が小瓶を満たしている。
「これは?着色料か、食紅でも使ったの?」
「紅葉の色素を抜いたから赤く染まっている。水は無色透明だけじゃない。そうやって色をつけることで間接的に水以外にも干渉することが出来る。一時的に。紅葉は木属性だけれど色は赤、火に繋がる」
投げて寄越した。彼女は懐から小瓶を取り出し、泉の水を汲む。小瓶は1つじゃなく幾つもだ。
コルクで栓をして漏れないようにする。それを泉の淵に並べて彼女自身は裸足になって泉の中に立った。
「東の属性代表家のみ属性問わず補助系を持ってる。一般的には火の浄化、大地の恩恵、風の癒しが有名。水は凍てつくイメージがあるから攻撃要素多彩に思われる」
汲んだばかりの1つを手に取り、制服のポケットから赤い小さな球を取り出し、小瓶の中に入れて渡される。
「明日までには溶けるわ。水属性の血は遠隔操作可能、限界あるけど。水に混じりいざというときに貴方を護る」
彼女は手の内を明かしてここまで自分を護ってくれようとする。
通常の学生という立場と契約学生という立場では多少は違うはずなのに、何かあるんじゃないかという懸念を抱かずに居られない。
「心配なら、小瓶ではなく小さめの水筒持って行くといいわよ。此処は私の気・術式である程度浄化を終えてるし、湧き水だから濁りにくい。血の塊は水に溶けてもその水から消えることは無い。どんなに薄めても術式を組み込んでるからね」
「君の血を混ぜた水媒体。そこまでしなければ行けないほどにこの学院は終わってるの?」
その問いに彼女はゆっくりと頷いた。
「神楽自体何も判っていないわ。東の神杜、西の葉守を知っている?」
彼女の問いにこちらが深く頷く番だった。
東の神杜西の葉守というのは、東西南北の4大陸に囲まれた中央の大陸にあるとされている遺跡を4大陸に住まう者たちの代理人として管理する家柄だ。
4大陸を北・東と南・西の二つに分けて北・東を担当するのが神杜。南・西を担当するのが葉守といわれている。
尤も遺跡自体を持つ家という物は決まっていて大体が東の属性魔術家だ。他は極ごく一部が所持している位で西は片手に収まるくらいでしかない。
彼らが重宝され滅ぶことなく存在できているのはその加護があるからじゃないかといわれている。
「周防は神杜が使う名の1つ。神楽は東の属性代表家に土下座をして各家に泥塗っただけでなく依頼しても放置したままメリットを貪った。私以外の回復特化は関係者から要請で学院に来てもらったに過ぎない。期限は依頼時から5年経過した明日」
依頼する前から学院崩壊は目に見えていた。だから、その崩壊が少しでも緩やかにするべく属性代表家に神杜の名を持つ者が懇願しに訪れた。だが、正式な依頼手段をとらず個人で回ったために各家に直接頼むという真似をして今まで友好な協力関係にあった属性代表家に泥を塗った形となった。
この手の依頼は確か3年前後で猶予期間1年だから、5年というのは最長クラスだろう。
学院は自ら動くことも無く、学院代表としてきた割には何もせずにメリット…回復系・防御系の特化タイプの人間が学院に来ただけで良しとして努力をしなかった、そういうことだろう。
その入学や編入は協力要請という名目で偶然ではない。それを勘違いしたまま潰れることはないと胡坐をかいた。
現在、高3の先輩は受験のため一切の手出しが無用状態にあり学院側は何らかの指示ができない。
残りも事前に調べた情報だとすると、2年の補助特化と1年の回復特化の兄妹は専門技術を学ぶために交換留学という形式で北大陸に行っている。学院に残っているのは彼女とその受験学年の先輩だけで、彼女が離れれば留学中の二人を呼び戻さねばならないが、最悪の場合、彼女が契約期間中だから在籍しているのであって、そうでなかった場合に兄妹が学院を去る可能性もある。
その為に1年の猶予期間として、補助系・回復系特化を育成する時間を与えたのにそれも無駄に過ごした。
そういうことなのだろうか。
ただ、少しおかしなことがある。
何故神杜の実権を持たない人間が動く必要があったかだ。
学院長は神杜流。周防神楽の伯父に当るはずだ。我が南の錬金術家にも多少なりとも遺跡を持つ家はある。
故にそのあたりの情報は知らねばならないことだが。我らは葉守家に依頼をして管理してもらい、逆に便宜を図っている。
基本的にはそれは東西変わらないだろうが、周防が動くよりも遺跡管理代行者本人でもある学院長が動いたほうが土下座も確執も生むことなく行えたんじゃなかろうか。
「学院長は、学院の対外的な交渉でしか出てこないわ。西に学院を構えるときに、理事長たる学院長は内政干渉をしないって公言してるもの」
疑問はいつの間にか呟きとして漏れていたらしい。答えてくれるのなら、思考内容は口に出したほうが早そうだ。
内政干渉、つまり学院内部には関わらないが学院の管理者としての責任は果たすということだろう。設立時にそれを公言しているのなら、学院が崩壊しても彼は生徒の心配するだけでシステム自体にはかかわりを持たない。
「神楽は学院長の甥だけど何の権力も無いわ。管理能力に優れた者が力を握るの。判定は生まれながらの素質で見るから。手法を身につけたところであわないと判断されればそこまで」
学院長の他に学院に関わっているのは神杜の中で周防だけなのか、それとも危機感を持って動こうとしているのが周防だけなのか、崩壊を受け入れているのか。
どちらにせよ、議論する暇も無いほど既に水没箇所は多いというわけだ。
彼女が周囲に協力体制を敷いてきても先延ばしにするしか出来なかったことなのだから。
彼女が此処で期限終了により手を引けば、一気に水没まで一直線だ。
「そういうことになるわね。そして、手を引くのは私だけじゃないわ」
はっとさせられる。そうだ。他の学院内純粋な学生をしている協力者だ。
この状態が安定しているように見えるのは、彼女とその協力者がいるからこそだ。
今の状態に甘えて浸りきった学院から協力者が一気に出て行く可能性がある。
そもそも、回復補助系は能力に特化させるには他の特化系よりやや個人の性質に影響を受けやすい。
攻撃的回復魔術もあることにはある。
だが、それは本当にごく一部のことで、認識されていない攻撃的回復魔術を使えば禁術と間違えられ通報される恐れもある。
医療系魔術に関しては、その目的から一部許された経緯がある。誰にとってもはじめてみるものは不思議で怖いものでしかない。
で、だ。
協力者ということを知らずに、水面下で働きかけを行い、各学年に1人の割合で配置することが出来たとする。
公にはしなかった故に、彼らはただ安穏と待っていても回復や補助系が来ると思ってしまった。
だからこそ、兄妹に留学に行かせ3年に上がった生徒は手出し無用の立場を得る。
それでもなんら対策はしなかった。だから見切りをつけることとなり、彼女だけではなく協力者も見切りをつける可能性があると。
学院が命令できるのはあくまでも請負人である彼女だけであって、その協力者は純粋な学院生徒として在籍している。
ならば、学ぶことは学生の権利であり学院がそれを奪うことは出来ないということだろう。
「つまりだ、最終期限の明日を迎えたら、学院から最悪攻撃以外の特化術師が不在になるという考え方でいいのか?」
契約完了にともない、協力要請の効力は消える。そうなれば、留学中の二人には手が出せない。
「在籍している4特化のうち、残るのは攻撃特化全員と範囲特化の1名だけ。残りはこちらの協力要請によって集められたから彼らの意思による。付与・回復の全滅ね」
範囲特化自体がどれくらいいるのかわかっていない。だが1名残るということは、代わりは利かないということだ。
「その可能性が肯定されたとき、負担は一気に僕に来るってこと?」
彼女は頷いた。深く、そしてゆっくりとだ。
揺らがない決定事項として既にわかっていることなんだろう。
確かにこれでは、周防が居たら話が出来ない。スムーズに行かない。
「ただそこに一つの救いがある。神楽は何事においても疎いわ。それは、西の大陸全土においても通用する。
東や北、南のように情報に聡くないの。貴方が力を使わない限り、見られない限り彼らは気づかない」
つまり、出身を西以外においている者達にとっては、力を使えば当然のこと使わずとも名前で気づかれるだろう。
それは確かに利点と言うか救いではあるなと思った。籠の鳥になる気はさらさらない。
なるんだったら、南でおとなしく家にこもってる。
分家の次男だろうと、努力して力を持っていることには変わりない。
いずれ、見合い相手がやってきて…というのなら、世界を見てみようかと飛び出しただけだ。
おとなしく籠の鳥になる気はないから、待ってろよと、意欲がわいてくるのを感じた。
「来る」
彼女の視線の先に周防の姿を見つけた。
先ほどとは違いやや気落ちしているように見える。
周防は帰ってくるなり、彼女を見てため息混じりに
「水瀬、明日放課後に霜月調査を行う。調整を頼む。土岐君もいい機会だから来ないか?」
「最小単位で協会に話を通します。神楽は学院側の手続きをお願い。連れて行くなら仮メンバーとしての手続きも。何か不明な点は?」
神楽が主導かと思えば水瀬が采配を揮っている。協会は西の教育機関も掌握する上位組織ではなかったのだろうか。
水瀬よりも神楽のほうが学院に近いから協会に接触しやすいんじゃないだろうか。それは違うのか。
神楽は首を横に振って否定した。何も無い。常に何もないのだろうか。彼女はそれを見て軽く身支度を整えると校舎とは逆の方へ駆けていった。
最小単位でというのは、協会からの派遣術師だろう。数年前に起きた学生のみの調査でそのメンバー全員が死亡したという事故があった。
その後になって改めて、学生のみでの調査隊の編成は禁止となり必ず、上級魔術師を伴うことを原則とした。西はそういうことだ。ほかじゃありえないことだが。
「土岐君、そろそろ手続きをしに行こうか。すぐに終わるとは思うけど」
校舎の方角へと歩き出す。事務手続きは簡単な書類に記名して2~3の質問に答えるだけで済んだ。
そのほかの手続きも意外と簡略化されている。鎮守会の資料整理室の仮メンバーに登録され、そこに所属している人たちの簡単な説明を受けた。
所属している人が全て、現在ここにいるわけじゃないと言うこと。空席は当たり前のことなどと説明を受けた。
今までの工程を軽く神楽から説明を受けた。そのとおりに動けば問題は無いらしい。