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鬼社長の心中

生き抜きのつもりで軽い恋愛ものを。さらっと読んでもらえると嬉しいです。


「誰だ……あれを社長室に連れて来たのは……」


 真は机に突っ伏しそうになるのを堪えながら、あーあ、と言う顔をしている槇谷に問う。

 

 真は、大手株式会社の社長をしている。

 日本人とは思えない体型と堀の深い顔で一目惚れをよくされる。

 おまけに富みも名声も持っているのだから、女性からのアプローチは半端ない。

 しかし。

 真は男からはもちろん、女からも敬遠されがちだ。

 性格のせいで。


 傲慢で短気。

 他人にも自分にも厳しい真は、もちろん失敗など許さない。

 部下の他愛の無い失敗や冗談にさえ、ぴくりとも笑わず、怒鳴りつける。

 鬼社長、などと呼ばれていることも知っていたが、性格などそうそう変えられるものではない。

 

 今日も書類ミスをした部下を怒鳴りつけている、そんなときだった。


「お前はこんなことも出来ないのか!? 余計な仕事を増やすなっ!!」

「も、申し訳ありませんっ……直ちに訂正いたしますっ……!」

「当たり前だ! 五分でやれ。それ以上掛かるようなら、クビだ。無能は必要ない」

「は、はいっ……!!」

「……このコーヒーを入れたのは誰だ? 俺は紅茶しか飲まないと言っただろう!」

「す、すみません! 直に入れなおし……」

「いらんっ! 気が散るから入ってくるなっ!」


 部下が慌てて部屋を出たあと、続いてコーヒーを入れた女性秘書が震える声で「失礼します」と退出する。

 扉が閉じられた瞬間、コンコンとノックが響きイラっとする。


「なんだっ!」 

「槇谷でございます。社長、今よろしいですか?」

「下らん用事なら殺す。なんだ」

「お客様で……」

「追い返せ」


 いつもなら真の言う事を忠実にこなす槇谷が、「いえ……しかし……」と珍しく言いよどんだことに更にイライラが募る。

 しかも、許可なく勝手に扉が開こうとしたので、反射的に叫んでいた。


「入って来るなっ!!」

「きゃっ……!!」


 槇谷は同い年だから三十四歳の男だ。「きゃ」などと女のような悲鳴をあげるようなことは絶対に無い。

 真の怒声に驚いた女が後ろに尻餅をつきそうになったところを槇谷が支えた。

 何も弄っていないストレートの黒髪に、大きなつぶらな瞳が涙を溜めてうるうると光っている。

 桜色の甘い味のする唇をその小さな手で覆い、涙が零れそうになるのを必死に堪えて震えている。

 真は悲鳴をあげた。


「雪っ! どうしてここに!?」

「あ! え、と……ごめんね、真くん……すぐ出て行くから」

「ま、待ちなさい! あ、違うんだ。今のは怒鳴ったわけじゃなくて……」

「ううん、いいの。お仕事の邪魔しちゃったみたいで……ごめんなさい」

「ゆ、雪っ!」


 ばっと顔を覆って走っていってしまった雪を真は呆然と見つめた。

 そして冒頭に戻るわけである。 


「あーあ。雪ちゃん、行っちゃったねぇ」

「槇谷……分かっていたなら何故連れて来た」

「だって、お前に会いたいって言ってあの目で見上げられたんだぜ?」


 お前、逆らえるの? と問うてくる槇谷をぎろり、と睨む。


「ここは会社だ、社長と呼べ。後、雪を馴れ馴れしく呼ぶな」

「はいはい。社長? 社長夫人が泣いて出て行かれましたが、どういたしますか?」

「……あとは任せる」

「畏まりました」


 分かってる、とでも言いたげににやりと笑った槇谷に舌打ちをして、上着を片手に雪を追いかける。


 これだから幼馴染は嫌だ。

 

 


 +++++++




「雪……開けてくれないか?」


 閉ざされた雪の部屋。

 先ほどから何度も声を掛けるが、中からは鼻を啜るような音しか聞こえない。

 雪が泣いているのかと思うと、心臓が締め付けられるように痛んだ。


「雪……お願いだ、顔を見て謝りたいんだ」


 務めて優しい声を出して言うと、かちゃ……と扉が開いた。

 目を合わせず拗ねたように俯いている。

 雪は小さい。

 身長差もあって顔が全く見えないのがもどかしくて、乱暴に引き寄せたいのを我慢して優しく包みこむように抱きしめた。


「雪、すまない。その、イライラしてて、雪とは知らずに怒鳴ってしまった。……怖かったか?」

「……」


 ふるふると首を横に振った雪の頭上にほっと息を吐き出して、抱きしめる腕を強めると、雪は真にしがみ付くように抱きついて泣き始めた。

 その瞬間ふわり、と香った花のような香りにくらり、と理性が揺らいだ。

 真は、雪が愛しくて堪らなかった。



 雪は高値の華だった。

 元華族とかで、大切に守り育てられたのだ。

 雪自体は、ぽやん、とした性格で、世間知らずのお嬢様、と言った感じだった。

 真は今と変わらず、傲慢で短気で。

 舞い込む見合いに飽き飽きしていた頃、プライドが高く交友関係の広い雪の家の見合いは、野心家な真にとって断れるものではなかった。

 初めて会ったのは見合いの席。

 第一印象は’子供’だ。第一、十も年が離れているのでまるで女として見ていなかった。

 外用の顔で懐かせて、社会の上層部と繋がりを持とう、と考えた。

 顔だけはかなり良い真は直に気に入られ、雪も直に懐いた。

 真を名前で……それも「くん」付けで呼んだのは後にも先にも雪だけだ。

 見合い相手、恋人、と言うよりは、自分を可愛がってくれる大人が増えたと喜ぶ雪に苦笑する。

 きっと雪にも一目惚れされて、媚を売られるのだろう、と思っていた。

 しかし、本当に妹か、もしくは子供のように懐いて来ることが意外で。

 誤算はそれだけではなかった。

 ぽやん、とした外見をしているくせに、とろくない。

 真が気づくよりも先に気づき、気づかないうちに済ましてしまう。   

 そしてただ傍らでにこにこと笑っている。

 

 真は初めて女を可愛い、と感じた。


 だから、雪なら良いと思った。

 見合いの返事はもちろんYESで返して。柄にも無く浮かれていたら、なんと雪からの返事はNOだった。

 愕然として、すぐに雪の通う大学まで車を走らせた。

 何故、と問えば雪が驚いた顔をしてこう言った。


「真くんこそ、どうしてお見合い、受けたの? 私のこと、そう言う意味で好きじゃないでしょう? それに、真くんは人と一緒にいるの嫌いな人でしょ? 私は甘やかされて育てられたから、寂しいのは嫌。耐えられないの」

「……そんなことはない。君を好きだと思ったから……」

「うん。でも、恋愛感情じゃないよね? 真くん、最近やっと自然体になれるようになったみたいだけど、少し前までは神経を張り巡らせてたでしょう? たまに会うから良いんだよ。毎日一緒だと、真くんきっと体壊しちゃうよ」

「恋愛感情じゃないなんてどうして言い切れるんだ?」

「え?」


 どうしてそこで驚くんだ。

 イライラとしてしまう。……短期間でそこまで俺を理解しておきながら、どうしてこの感情には気づかない?

 うーんと考えるポーズを一々とる雪を可愛い、と思いながら、しばし待つと雪がまたしても不思議そうに見上げて来る。


「……真くん、私のこと、好きなの?」

「好きだ。結婚して欲しいと思っている」


 真剣な瞳で見つめれば、雪の、まさに名前の通り、雪のような肌が朱に染まった。

 初めて見た、雪の女の顔だった。

 そして、今まで一緒にいて、初めて気がついたのだ。

 ……雪は、一度も女として俺を見たことが無かったのだと。

 今、初めて真は雪に男として認識されたのだ。

 そして、真の中で’可愛い’と思っていた感情が欲望に変わった瞬間だった。  


 こうして真の片思いがスタートする。

 今までとは違って外に連れ出すようになった。

 雪が俺を分かってくれたように、雪を知りたいと思ったから。

 しかしいらないことばかりが分かる。

 真とは違って人懐っこく、可愛らしく、しかも金と地位まである雪は当たり前と言って良いほどもてる。

 しかも、だ。

 見合い相手が真だけでは無かったことには肝が冷える思いだった。


 甘えん坊で寂しいのが嫌いと言うから、時間の許す限り、雪の傍にいた。


 その思いが報われ、一月前にやっと手に入れた愛しい妻。


 短気な真だったが、雪と一緒にいると穏やかな気持ちになる。

 雪を怒鳴りつけたことなど、今までで一度も無い。

 と、言うか、普段の姿を見れば雪が怯えそうで、なるべく会社の者には合わせないようにしていたのに。

 

 泣き止みそうな雪をひょい、と抱き上げてベッドにすわり、自分の足の間に雪を座らせる。

 小さくて、すっぽりと収まるのがツボで、ぎゅっと抱きしめたくなる。

 頭のてっぺんに口付けながら、自然と甘い口調になる。


「雪、泣くな……怖かったな。すまない」

「ん……ち、がうの」

「何が違う?」


 不安げに見上げて来る雪を安心させてやりたくて、優しく笑ってやる。

 雪は愛玩動物にするように撫でてやると、いつもより甘えてくるので、頭やら頬を手の甲で擽るように撫で続けた。


「……あ、のね?」

「ん?」

「……嫌、だったの」

「……」


 やっぱり、これからも会社にだけは雪を連れて行かないでおこう、と真が落ち込みながら誓おうとしたその時。


「真くんのこと、私まだ全然知らなかった」

「え?」


 潤んだ瞳で睨むように真を見上げ、不満気に桃色の唇がへの字に歪む。


「どうして、私に全部見せてくれないの?」

「……」

「私に、真くんの全部を見せて」

「……雪、そんなことを言わないでくれないか」


 我慢できなくなる。

 むっと睨んでくる雪が可愛い。

 雪は嫉妬したのだ。

 例えそれが、恐ろしい怒りの表情であっても。

 自分の知らない真が居たことに。


「可愛い」

「……むー」

「雪、可愛い」

「……真くんも可愛いよ?」

「……それは、嬉しくないな」


「何で?」と首を傾げる雪の唇を食みつつ、雪のすらりと伸びた足に手を伸ばす。

 雪がぎゅっとしがみ付いて、片言で言った。


「で、もね。怖いのは、やっぱり、やだ」

「……すまない」

「……優しくしてね?」

「もちろん」


 厭らしくにやりと上がってしまった口角は鬼社長の片鱗を表すものだった。

 しかし、その心中はピンク色に染まっていることなどとは、外見からは分からかった。



   

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