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断罪された悪役令嬢ですが、殿下が死んだので帰れなくなりました

作者: だるぷよ
掲載日:2026/05/08

「リディア・フェルナー。お前との婚約を破棄する」


王城の舞踏会で、第一王子エドガーはそう言った。


拍手は起こらなかったが、沈黙は十分に拍手の代わりになった。


貴族というのは便利だ。

他人の不幸を見ても、上品な顔で紅茶の温度だけを気にしていられる。


私はグラスを置いた。


「理由を伺っても?」


王子の隣には、栗色の髪の少女がいた。

最近やたらと見かける、平民出身の聖女候補――セシル。


なるほど。


そういう筋書きか。


「君はセシルに嫌がらせをしていた。階段から突き落とし、教材を隠し、毒を盛ろうとした」


ずいぶん忙しい女だな、私は。


「それは大変ですね」


「否定しないのか!」


「しても、皆さまはお好きな結論を選ぶでしょう」


会場の視線が刺さる。


私は昔から、この瞬間が嫌いではなかった。


人間は、自分が正義の側に立っていると思い込んだ時、一番醜くなる。


美しいドレスより、そちらのほうがよほど見応えがある。


「……好きにしろ」


王子は苛立ったように言った。


たぶん彼は、泣き崩れる悪役令嬢を期待していたのだろう。

残念だった。


私は一礼した。


「では、失礼いたします」


その時だった。


背後で、何かが割れる音がした。


続いて、短い悲鳴。


振り返る。


王子エドガーが、床に倒れていた。


胸を押さえ、顔を歪めている。


その足元には、砕けたワイングラス。


赤い液体。


毒。


誰かが叫んだ。


誰かが走った。


誰かが「医者を!」と、たぶん意味のないことを叫んだ。


私はその場から動かなかった。


王子は数秒だけ苦しみ、それから静かになった。


死とは驚くほどあっけない。

特に、さっきまで偉そうだった人間ほど。


会場が凍りつく。


そして当然のように、全員が私を見た。


そうなると思った。


婚約破棄された直後。

毒殺された王子。

現場にいた悪役令嬢。


素晴らしい。

推理小説なら、あまりに露骨すぎて編集に怒られる。


「……リディア嬢」


声をかけたのは、王宮付きの魔術師、ノア・ヴァレンだった。


黒髪。

細い目。

いつも少し笑っているように見える男。


私は彼が嫌いだった。


探偵役というものは、大抵感じが悪い。


「あなたではありませんね」


「光栄です」


「ですが、犯人をご存じでしょう」


断定だった。


周囲がざわめく。


私はため息をついた。


「なぜそう思うのです?」


「あなたは今、一度も驚いていない」


鋭い。


でも、それだけだ。


「驚きましたよ。王子殿下がこんなに簡単に死ぬとは」


「それも本音でしょうが」


ノアは笑った。


本当に嫌な男だ。


「毒はグラスに仕込まれていた。しかし、給仕の経路に不審はない。となれば、犯人はこの会場の誰か。しかも王子が自ら警戒しない相手」


家族。

友人。

恋人。


あるいは。


「聖女候補」


私が言うと、セシルが息を呑んだ。


会場の空気が変わる。


彼女は震えていた。

怯えた小動物のように。


けれど私は知っていた。


小動物ほど、時にきれいに噛みつく。


「ち、違います!」


「では、聞きます。あなたは今朝、王子殿下と二人で会っていましたね」


「それは……」


「王子はあなたを選ぶつもりではなかった」


沈黙。


それが答えだった。


エドガーは愚かだったが、政治は理解していた。

公爵家の娘である私を切ることは、王位継承に傷をつける。


彼はセシルに夢中だったが、結婚する気はなかった。


だから舞踏会で私を断罪し、

“正義の王子”を演じたあと、

頃合いを見て私を戻すつもりだった。


ひどい男だ。


だが、そういう男は珍しくない。


「あなたは、自分が捨てられると知った」


セシルの目に涙が浮かぶ。


「違う……私は、ただ……」


「愛していた?」


残酷な質問だ。


だが真実は、たいてい残酷な形をしている。


彼女は泣きながら頷いた。


「……あの人は、私を選ぶって」


「選ばなかった」


私は言った。


「だから殺した」


長い沈黙。


そして彼女は、壊れたように笑った。


「あの人が悪いのよ」


誰も何も言わない。


「だって、期待させたじゃない! 優しくして、未来があるみたいに!」


涙と笑いは、案外よく似ている。


「私、信じたのに」


彼女は床に崩れ落ちた。


終わりだった。


あまりに普通の話。


呪いも陰謀もない。

ただ、ありふれた勘違いと、少しの毒。


人は恋で死ぬ。

比喩ではなく。


ノアが小さく息を吐いた。


「これであなたの疑いは晴れました」


「ええ」


私は頷く。


「ですが、一つ訂正を」


「何を?」


私は死んだ王子を見下ろした。


少しだけ、可哀想だと思った。

少しだけ。


「私は最初から、犯人を知っていたわけではありません」


「ほう」


「ただ」


私は笑った。


「殿下が誰かに殺されるなら、それは当然だと思っていただけです」


ノアは、初めてちゃんと笑った。


最低ですね、という顔だった。


同感だ。


窓の外では、夜が静かだった。


明日になれば新聞は騒ぎ、

社交界は新しい噂を食べる。


悪役令嬢は無実となり、

聖女候補は牢へ入り、

王子は美しい棺に入る。


世界はきちんと回る。


誰かが死んだくらいでは、驚くほど何も変わらない。


私は新しいグラスを取り、ワインを注いだ。


ぬるかった。


少しだけ、安心した。

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