第372話 脅し
「風を防いでいても気温自体が寒いねぇ、エドは大丈夫?」
「ああ、私はアイルと一緒にいるだけで身体が熱…いや、温かくなるからね、それに貸してくれたスライムシートのお陰で凄く楽だよ」
お昼の休憩の後、アイルが御者をする事になったのでエドガルドは愛馬に跨っている。
「今夜の宿は次の町で取ろうか」
「え? それだと早くない? 陽が沈むまでにもうひとつ向こうの村まで行けると思うけど」
エドガルドの提案にアイルが待ったをかけた、ギルドへ届いていた依頼を見る限りアルトゥロがエドガルドに早く帰って来て欲しい事は明白だ。
「その村だとまともな宿屋が無いだろう? アイルにはゆっくり休んで欲しいからね、依頼主の意向に従ってもらうよ」
「あはは…、ありがと」
村規模では町に比べて宿屋の数は少ない、一軒しか無い場合など選択肢が無い分質も悪かったりする。
(宿代はエド持ちだしエドの好きなところに泊まればいいけど、アルトゥロが待ってるのに良いのかなぁ)
普段アイル達がトレラーガに行く時は進めるだけ進んで野営する事が多い、ちょうど村や町に到着する頃に陽が沈む時は宿屋に泊まるが。
毎晩宿屋に泊まるのはカリスト大司教達と一緒の時以来だった。
昼の休憩の後、2時間程馬車を走らせれば次の町に到着する。
冬で陽が沈む時間が早いとはいえ、アイルが時間がもったいないと思ってしまうのは当然だろう。
あと30分もすれば町が見えてくるという所でアイルの探索魔法に木の陰にいる数人が引っかかった。
向こうから見えているはずだが、一瞬バタバタと動いたかと思ったら身を伏せる様にして動かない。
アイルは御者席の小窓を開けて車内に声を掛ける。
「ねぇ、野盗らしいのがいるけど地面に伏せて隠れてるみたいなんだよね。襲って来る気なさそうだけどどうする?」
「アイルが見えたんだろう、この辺りで賢者を襲おうなんて奴は居ないだろうからな。見逃してやるから真っ当に働けって忠告してやるというのはどうだ?」
「そうだね、まだ誰も襲ってないのなら捕まえて衛兵に突き出すのも何だし、ちょっと脅かしてやれば良いかな?」
アイルはリカルドがクスクス笑いながらしてきた提案に乗る事にした。
「アイル、どうやって脅かしてやるんだい?」
エドガルドが馬を馬車に近付けながら聞くと、アイルはニンマリと笑った。
「んっふっふ。こうするの『風道』あなた達が居るのはわかってるのよ? 今すぐ野盗なんて馬鹿な事をやめて冒険者なり人足なり真面目に仕事するなら見逃してあげる。従わないならこの場で二度と歩けない身体にするわよ」
一方、野盗達は寒村の三男や四男で穀潰し扱いに耐えかねた為、最近賢者が住む町に人が流れていると聞いて一儲けしようと家の金を持って村を飛び出して来た考えの浅い4人の若者達だった。
子供の頃から一緒に悪さをし、周りの大人達から叱られてはやさぐれていた仲間である。
この4人はウルスカを目指したものの、手持ちが少なくなって来たので商人でも襲おうという短絡的な行動に出た。
そして近付いて来たのは一台の馬車と護衛らしき馬に乗った人物が1人だけ、これなら4人でかかれば何とかなると棒切れを握り締めて街道沿いの木の陰に身を潜めた。
しかし馬車が近付いて来て見えたのはこの辺りならどんな小さな村でも姿絵を見かける賢者が御者をしている姿。
4人は草の生えた地面に身を伏せてやり過ごそうとした。
段々近付く馬車の音、自分達の乗って来た乗合馬車に比べて格段に静かなその馬車が通り過ぎてホッとした次の瞬間、自分達以外誰も居ないはずの男達の《《耳元》》で可愛らしい少女の声がした。
そしてその聞こえた内容で声の主が賢者であると確信する男達。
「ヒィッ!」
「やばいぞ! 見つかってる!」
「逃げるんだ!」
「やめる! 真面目になるよ!!」
通り過ぎた馬車とは反対方向に転げる様に飛び出して走り出した男達、勾配があったのですぐに馬車は見えなくなった。
後ろを振り返り、馬車が見えなくなった事にホッとした男達の耳元で再びアイルの声が聞こえる。
「真面目に生きないと死ぬより辛い目に遭う呪いを掛けたから頑張ってね~、うふふふふ」
「「「「ヒィィィィ!!」」」」
仲良く腰抜かした4人はその後、必死に歩いて月明かりを頼りにその日の内になんとかウルスカに辿り着く事になる。
お腹を空かし、泣きながら到着した4人に何も知らない門番達は同情し、優しく迎え入れて人手不足の店を教えた。
アイルに与えられた恐怖の後に触れた優しさに4人は感動し、門番達を裏切る事は出来ないと真面目に頑張りウルスカの住人となった彼らにアイルが会うのはひと月後の事である。
そしてその4人を脅かしたアイルはというと、馬車を止めて木の陰から転がり出て来た4人の男達が走り去るのを見届けると追い討ちのひと言を付け足した。
「アイル、今のは? 呪いと言うのは本当かい?」
エドガルドが戸惑いながら聞くと、アイルは笑い出した。
「あははは、呪いなんて掛けてないよ~! さっきのは風を使って声を届ける魔法だよ、すぐ側で話してるみたいに聞こえるから凄く驚いたと思う、ふふっ」
アイルは先程の男達の慌てようを思い出して笑った。
「ああ、タリファスの宿屋でボルゴーニャ公爵家の2人に使った魔法か、普通に話しても結構遠くまで聞こえるものなんだな」
リカルドが感心した様に呟いた。
「そうだよ、あの時はドアが閉まっていたけど、今回は直接風を届けられたから凄くハッキリ聞こえてるはずだよ。リカルド達もあの男達の慌てっぷりを窓から見たでしょ?」
「ククッ、確かに凄い勢いで走って行ったな、余程驚いたんだろう。これで改心すると良いが」
「あの逃げっぷりを見る限り、呪いを無視してまた野盗になったりしないでしょ。帰りも居たら次は容赦するつもりも無いしね! さ、町へ向かうよ、ハイャッ」
ピシリと手綱の音を立てて合図すると馬達は再び走り出した。
この後、到着した町の宿屋の部屋割りで一悶着あった事は言うまでもない。




