第285話 親しき仲にも礼儀あり
「何か…いきなり涼しくなったね」
最後の島に到着すると、既に気候が秋になっていた。
ほんの2日前に寄った島だとまだ夏だったのに変な感じだ。
「ここは氷の大陸と呼ばれる所から海流が流れているらしく、冷たい海水のせいでひんやりするそうですよ」
「へぇ~、海流でそんなに変わるものなんだ…」
今夜の宿屋に移動しながらアルフレドが教えてくれた、海水が冷たいのなら魚は脂が乗ってて美味しいんだろうな、期待が高まるぅ。
まだ昼前なので宿屋の部屋を確認したら、ひとつ目の島の様に食事が出来る広場へと向かい、フードコート形式で好きな屋台から各々食べたい物を買ってくる。
島なせいかやはり魚が多い、そしてお目当ての秋刀魚を発見。
残念ながら白米を扱っているところが無かったのでストレージから出すしかない、秋刀魚を買いに行く前にそっとエンリケの肩に手を乗せる。
「エンリケ、貸しをひとつ消費させてあげる。手を出して『洗浄』、はいコレ、戻って来るまでによろしくね」
「え? え?」
戸惑うエンリケに笑顔で皮を剥いた大根とおろし金、そして受け皿をエンリケに渡して秋刀魚を焼いている屋台に向かった、私はギリ火が通ったくらいが好きなので焼き過ぎる前に受け取らねば。
途中で振り返り、エンリケが大根をおろしているのを確認して屋台のお兄さんに声を掛ける。
「お兄さん、この秋刀魚いつ獲れたもの?」
「当然今朝だよ、嬉しいねぇ、こんな若い子が買いに来てくれるなんて。若い子は肉ばっかりで魚は少ししか食べない年寄りばかりだからさ、なかなか数が出ないんだよ、こんなに美味いのに」
「あ、このくらいの焼き加減が好きだからもう頂戴、売れ残るなら全部買い取るからどんどん焼いちゃって! 仲間達も絶対好きだから」
「本当か!? いやぁ、嬉しいねぇ。だけど50匹くらいあるんだぜ? 本当に全部でいいのか?」
「もちろん! あそこのテーブルに居るから6匹焼ける度に手を上げてもらっていい? 取りに来るから。食べたい人には売ってもらっていいからね」
「わかった、嬢ちゃんありがとよ!」
今焼けたばかりの3匹を器代わりの葉っぱに乗せてもらい受け取った。
ああ、なんて美味しそうな香り…!
エンリケが大根を擦りおろしているテーブルに各自好きなものを持って皆が戻って来る、頑張ってくれたエンリケにはこの秋刀魚を分けてあげよう。
エンリケは賢者サブローが来て以降、お箸文化の無い国に居たのでナイフとフォークの方が慣れている。
しかし秋刀魚に醤油を垂らした大根おろしに白米と揃っているのなら是非ともお箸で食べて欲しい。
そんな訳で改めて箸の上げ下ろしから持ち方に始まり、正しい秋刀魚の食べ方をレクチャーした。
敢えてその後でマナーから外れるけど、と前置きして私流の食べ方を披露。
だって血合い(赤身)の下にある細かい骨は食べられるって言われても口の中に刺さるのだ。
なので本来血合いの真ん中に箸を刺す様に骨に沿って切れ目を入れるところ、先に血合い部分だけぺろんと剥ぎ取り、上下に分ける様に身を外すと小骨が骨に付いたまま残るし、身に付いた小骨も取りやすい。
血合いの部分だけを味わいたいというのもあるが。
そして作法に従うなら骨を外してお皿に接した方の身を食べるが、小骨の取りやすさ優先でひっくり返してまた血合いをぺろんと剥がす。
熱々の白米と塩がきいてて脂が乗ってる秋刀魚のマリアージュ…、ああ、1匹分身を解して混ぜ込んだおにぎりを頬張りたい、後で作ろうかなぁ。
勿体ないがハラワタの苦味が付いているところは私にとっては食べられない部位なので骨を半折りにしてご馳走さまなのだ。
ビールやコーヒーとは違うこの苦味を美味しいとは思えない、サザエの身に埋まってる謎の紐といい、どうして魚介類の苦味はこんなに強烈なんだろう…。
「はぁ…♡ ごちそうさまでした」
手を合わせると同時にお兄さんが手を上げたので店まで行って秋刀魚を受け取り銅貨を渡し、席に戻る途中でストレージに収納してまた焼けるのを待つ。
さっき好みの焼き加減を言ったからか、全て私好みに焼けていて大満足である。
「あれ? 秋刀魚受け取りに行ったんじゃねぇの?」
「受け取って来たよ?」
「……………」
ホセが何も言わないので元の席に座り、もう使わないエンリケが擦り下ろした大根をストレージに収納する。
「クスクス、アイルは意地悪だねぇ、わかってるくせに」
「何が?」
エリアスに言われてキョトンとして首を傾げる、だってホセは自分の食事を買ってきて食べ終わってるから秋刀魚を食べたいとは限らないもんね。
決してストックしておきたい秋刀魚が減っちゃうからしらばっくれてる訳では無い。
「お前酷くねぇ? あれだけ美味そうに食っておいて自分達だけってか?」
「ホセは自分の分のご飯食べたでしょ? 忘れちゃったの?」
「「「「ぐふぅっ」」」ゲホゲホゲホッ」
私の渾身のボケに何人かが吹き出した様だ、オラシオがめちゃくちゃ咽せている。
「あはは、冗談だよぅ。はい、食べたいならちゃんと頂戴って言わなきゃダメだよ?」
「……ん」
ホセが青筋を立てていたので本気で怒る前に1匹お皿に乗せて差し出した…が、私はホセのお母さんでは無いから最低限の礼儀は守って欲しい、つまり何かして貰ったらお礼を言うべきである。
という訳でお仕置きを実行しても許されると思うの。
「通は身にハラワタを絡めて苦味を楽しむんだって、私は苦いの苦手だから食べられないけど」
「へぇ」
狙い目通りホセは崩したハラワタを身をチョイチョイと付けて食べた、気に入ったらしく食べ終わる頃にはハラワタは殆ど無くなっていた。
そして私はおもむろに口を開く。
「魚って虫を餌に釣る事が多いけど、秋刀魚も虫で釣られてるのかなぁ。ハラワタの中には秋刀魚が食べた物が入ってるよね、虫が餌ならホセもその虫食べちゃったって事になるのかな?」
「ブゥッ!」
ホセが吹き出した。
「やだ、ホセ汚いよ」
「お、お前が…」
「ハラワタを《《おじさん》》達が好んで食べるのは本当だよ」
文句を言いたそうなホセにニッコリ微笑んで言ってやった。
本当は秋刀魚がプランクトンや小魚なんかを食べてるというのは知っているが教えてあげない、モヤモヤするがいい。
「おい、な「どうして意地悪されたかわかる? 私はホセの仲間で家族だけどお母さんじゃないんだよ?」
「? 当たり前だろ?」
「………はぁ、ちゃんと胸に手を当てて考えてみると良いよ」
わかってない様子にため息を吐いた、無意識に甘えてる事を喜ぶべきか、怒るべきか。
ちょうどお兄さんがまた手を上げたので、胸に手を当てて眉根を寄せるホセを置いて秋刀魚を受け取りに向かった。




