第265話 長旅の始まり
「それでは皆様、今日からお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
門前広場でカリスト大司教達と合流すると彼らは私達に丁寧に挨拶してくれ、『希望』を代表してリカルドが答える。
教会本部へ向けて出発当日、私達の居る門前広場は今朝からすごい人集りが出来ている、この1ヶ月で善行を重ねたカリスト大司教を慕う町の人達や、孤児院の子供達、そして2つの教会関係者。
それに加えて賢者である私を見る為に集まった他所から来ている人達。
「カリスト大司教、こちらは些少ですが道中お役立て下さい」
ウルスカの中心部にある教会の司祭がずいっと前に出ると、金貨が詰まっているであろう皮袋を差し出した。
「おや、これはお心遣い感謝します。しかし旅費は問題ありませんからご安心ください、このお金は冬に貧民街で炊き出しする時にでも使って頂けると嬉しいですねぇ。しかし中心部からわざわざ移動するのも大変でしょうから…」
カリスト大司教は司祭の手からヒョイと皮袋を受け取ると、すぐ側に居たマザーに手渡した。
「貴女の教会でなら炊き出しするのも移動せずに出来ますし、お願いできますか?」
「畏まりました、仰せの通りに致します。大切に使わせて頂きます」
マザーは悔しそうにしていた司祭に頭を下げて感謝を表すと、孤児達もマザーに倣って頭を下げた。
周りの目があるせいか、司祭は佇まいを直す。
「いえ、普段目が届かない場所ですのでそちらで目を配って頂けるなら我々としてもありがたいですので」
おお、元々悪い人では無いだろうけど、凄く良い人に見える。
実際尊敬の眼差しで孤児や町の人達から見られて司祭も満更ではなさそうだ。
「ではそろそろ参りましょうか」
リカルドが声を掛け、貸馬屋に預けてあった馬達を繋いだ馬車に乗り込んでもらった。
日除け布を外した窓から見送る人々に手を振り門を潜る、門の所にはセシリオが立っていてビビアナと視線を絡めて見送っていた。
今朝まで一緒にいて別れを惜しんでいたからなぁ、出来るだけ早く戻って来ないとセシリオとビビアナが可哀想かも。
とりあえずセシリオには時々ガブリエルに構ってあげる様にお願いしておいたのでお互い慰めあって貰おう。
「それにしてもこの馬車は快適ですねぇ」
「本当に! 今まで乗ったどの馬車よりも乗り心地が良いですね」
「王族仕様ですからね、最高級だと思いますよ」
カリスト大司教が感心しつつスプリングの効いた座席に触れ、聖騎士のオラシオが同意した。
本来6人乗りの馬車だが、ふんわりとした嵩張る王族仕様の豪華なドレスを着た女性が6人乗れるゆったりとした造りなので、体格の良い男性が8人乗っても余裕がある。
今回は全部で10人なので馬車内に8人、御者席に2人が乗っている、もちろん御者席にはスライムシート完備だ。
御者席には常に1人聖騎士が乗って辺りを警戒してくれる事になっている、聖騎士の鎧は盗賊避け効果抜群らしいし。
いつもなら2人くらいは馬で移動しているが、陸移動だけでなく船旅も何度か挟むらしいのでひとまとめになっていた方が良いとの判断だ。
2頭立てとはいえ本来より重い馬車を引かせてしまう馬達には申し訳無いので、無理をさせずに休憩を挟む事になっている。
休憩する度に聖騎士が1人、木剣を使って『希望』の誰かと手合わせして時間を潰す。
これは腕が鈍らない様にする為と、お互いの実力を知る為と、ついでに盗賊の斥候へ実力者が居るから襲うのは厳しいというアピールだ。
まぁ、私を見て襲って来る馬鹿は居ないと思うけど、一攫千金のつもりでトチ狂った奴が居ないとも限らないからね。
手合わせは見応えがあるので私達にとっても良い暇潰しになるからカリスト大司教もお茶を飲みつつニコニコと見守っている。
「いやぁ、さすがAランク冒険者ですね! 剣筋からしてリカルド殿はもしかして貴族出身でしょうか?」
聖騎士の中で最年長のアルフレドが鍔迫り合いで膠着状態になった時に口を開いた、動揺させる作戦だろうか。
リカルドは押し除ける様にして距離を取る。
「…ッはぁ、自分の我儘で飛び出して来たのでもう貴族だとは思ってないが…、出身は一応男爵家だ」
「なるほど、だから剣に荒々しさが無いのですね、だけどただの貴族には無い力強さが…っと! はは、リカルド殿を相手にしていてはお喋りする余裕すら無いですねッ」
リカルドが仕掛けた攻撃を受け、バックステップで距離を取ると、笑顔のまま今度はアルフレドから突っ込んで行った。
正直連続で打ち合ってる時は速すぎて身体強化を使わないと目で剣筋を追う事すら難しい。
「普段リカルドが対人戦してるところ見ないから新鮮だね、何だか楽しそう」
「そりゃそうだろう、リカルドが本気で手合わせ出来る相手はそうそう居ねぇし、冒険者同士だと手の内見せる事になっちまう。それに魔物相手と違って命のやり取りはしなくて良いからな」
「それに剣同士の手合わせは僕達じゃ相手出来ないから嬉しいんじゃない?」
「ははは、我々がお役に立てている様で良かったです。私達も色々な流派と手合わせする事で臨機応変に対応出来る様になるというものですからね、それにあなた方の様な実力者を相手にするのは本当に勉強になります」
聖騎士最年少のエクトルが目をキラキラさせて言った、それだけ『希望』の実力を認めているのだろう。
今回の休憩はリカルドの剣が弾き飛ばされて負けてしまったが、とても良い笑顔で握手していた。
リカルドとアルフレドは歳も近いからこの旅の間に良き好敵手として仲良くなるかもしれない。
穏やかに始まったこの旅でこの後色々な事が起こるとは、この時誰も思っていなかった。




