第191話 アイルを求める勢力 その4
「教皇様! 教皇様大変でございます!!」
ここは女神を信仰する総本山、バチカンの様に都市国家として独立している国の中枢である。
普段は落ち着きのある人格者として尊敬を集めている大司教が礼儀も忘れて転げる様に教皇の執務室へと入って来た。
「どうしました、貴方がその様に慌てるなど只事ではありませんね」
「は、はいっ、賢者様が…聖女様で…っ」
「落ち着きなさい、誰か、カリスト大司教にお茶を」
「はい」
部屋付きの助祭が手際良く冷たいお茶の準備をしてカリスト大司教に差し出した。
「はぁ、はぁ、ありがとうございます」
まだ息が整っておらず、教皇にお礼を言ってコップを受け取ると一気に呷り、見習い司祭に渡して大きく息を吐いた。
「っはぁ~、失礼致しました。先程コルバド王国のダンジョン都市カタヘルナで大氾濫が終息したと報告がございました。それと同時に新たな賢者様の存在と、その賢者様が治癒魔法を使える聖女であるとも…」
「何と…! 賢者様が遣わされたという事は女神様が我々の事を気に掛けて下さっている証拠、しかも治癒魔法まで…! これは教会にお迎えせよという女神様のご意志に違いない。早速お迎えに行かねば!」
「お待ち下さい教皇様、賢者様はカタヘルナにお住まいとは限りません。ここからカタヘルナまでふた月は掛かるでしょう、その時にまだカタヘルナにいらっしゃるかどうか…。どうせすぐには会えないのですから先に情報を集めては如何でしょう?」
教皇と共に執務をしていた大司教の1人が進言すると、思わず興奮していた教皇が幾分落ち着きを取り戻した。
「ん…、む、そうだな、ヒルベルト大司教の言う通りだ。カリスト大司教、賢者様が普段何処にお住まいか知っておるか?」
「あ、はぁ、それが…パルテナ王国から大氾濫の為に応援に来た冒険者だとかで…、噂を聞いた教会の者が賢者様に接触を試みたのですが治癒に忙しく、邪魔をするなと冒険者ギルドの者達に阻まれてお会い出来ていないそうです。あっ、言い忘れておりました! その賢者様は四肢の欠損を治せる完全治癒まで使えるそうです!」
「素晴らしい! ならば間違っても教会に悪感情を持つ事が無い様に慎重に事を運ばねばならぬ、まずは情報収集を優先する様に。容姿やお名前、冒険者としての拠点の街、お好きな物や嫌いな物を把握せねば。賢者様には必ず失礼の無い様に対応せよとコルバドとパルテナの全教会にしっかり伝えるのだ!」
「はいっ、では失礼致します!」
教皇の命令に従い退室するカリスト大司教、この後彼は世界に数台しかない特殊な通信魔道具を使って一斉にコルバドとパルテナの教会に教皇の言葉を伝えた。
しかし唯一アイルと親交のあるウルスカの教会は規模が小さく通信魔道具が置いて無かった為、この通達を知る事は無かった。
もしこの時に全ての教会に通信魔道具があったならば欲しい情報の殆どがすぐに手に入っただろう。
この日を境にカリスト大司教は総本山である大神殿から姿を消した、実はこのカリスト大司教は女神を信仰するあまり、女神が遣わしたとされる賢者に対して熱狂的なファンの様なものだった。
教皇から情報収集を命じられたという大義名分を手に入れた彼は、職権濫用ギリギリの言い分で部下の司教達に仕事を押し付けると3人の聖騎士を護衛に選んで大神殿を飛び出したのだ。
ちなみに選んだ聖騎士達もカリスト大司教のお仲間だったりする。
大神殿の他の大司祭や教皇がカリスト大司教の不在に気付いた時には既に船の上だった。
カリスト大司教が持ち出した声のみの簡易通信魔道具に連絡すると、「賢者様の確実な情報を集めてまいります」とイキイキした言葉が返って来たと言う。
[タリファス、ボルゴーニャ公爵領 side]
コルバドの大氾濫から2ヶ月後、輸入品と共に入ってくる商人や冒険者達がある噂をし始めていた。
「お兄様、最近わたくし妙な噂を耳にしましたの」
「奇遇だな、私も耳を疑う噂を聞いた」
ボルゴーニャ公爵邸で無事好みの男性と婚約したフェリシアと、その兄クラウディオが午後のティータイムで庭の四阿に来ていた。
「ははは、あの噂ですか、嘘に決まってますよ! まさか…そんな…あのアイル…嬢が賢者だなんて…ははは…」
「カルロ、手が震えてお茶が零れているぞ」
「ふふっ、カルロはアイルに「下賤の者」だなんて言ってしまったんですもの、動揺もしますわ。ねぇ、カルロ?」
「で、ですからあんな噂嘘に決まってますって、そりゃ食べた事の無い料理とか出して来ましたけど、……賢者な訳ありませんよ」
「カルロ、砂糖はいつも1杯だけだぞ、いったい何杯入れているんだ。まったく…淹れ直せ」
「ふふふ、カルロだけじゃなく私達に会わせず追い返した者達も気が気じゃないでしょうねぇ。折角わたくし達が賢者と接点を作っていたというのにそれを潰してしまったんですもの」
フェリシアの言葉に控えていた侍女の数人がビクリと身体を強張らせた。
「それを言ったらそれを命じた父上の責任だろう」
「それはそうですが…」
クラウディオの言葉にホッとした様に身体の力を抜く侍女達。
「ま、融通をきかせてくれて最後に会えていたらまだ繋がりは持てていただろうけどね」
続くクラウディオの言葉に侍女達は再びビシリと固まった。
同じその噂を耳にしたボルゴーニャ公爵は自室で頭を抱えて絶叫したとかしなかったとか。




