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壁の向こうの君が  作者: 蓮太郎


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5/19

風邪をひいて、幸せ。

キンコンカンコーン。

ガラガラ。

「みんな座れー!」

一時間目の始まりを告げる鐘が鳴り、教師は教卓に立つ。


詩音は、隣りの空席を見つめていた。

(美琴、大丈夫かな。)


「では出席をとるぞー。」


ガラガラ。

「セーフ!」

静かになった教室に飛びこんできたのは美琴だった。


「堺〜。アウトだ。」


「あはははっ!」

生徒達は笑っている。

詩音は苛立ちを覚えた。

(あいつら、何も知らないくせに。)


「え〜。」

美琴は落胆しながら、席についた。


「堺、今日はサービスだ。明日からはあと少し早く来る様に。」


「ありがとうございます!」


「じゃあ出席とるぞ〜。安藤・・・。」


美琴は詩音の方を向き、小声で話しかける。

「詩音くん。おはよ。心配させてたらごめん。」


「元気そうで良かった。」


「うん。」


美琴は、元気そうに振る舞っていたが、明らかに疲れている。

詩音は、心配そうに美琴を見つめた。


その日から美琴は、授業中は頑張って起きているが、休み時間になると机に伏せて眠る。そんな毎日を過ごしていた。

詩音は美琴とほとんど話していなかった。

たまに、休み時間が終わっても、伏せている美琴を起こすくらいだった。


(美琴、大丈夫かな。これじゃあ友達とも話したりできないよな。俺なら気にしないけど、美琴はいいのかな?)

詩音は心配しながら美琴を見守る。

何もできない自分に、苛立ちを覚えながら。



そんな毎日が一ヶ月。

体力の限界を迎えるには十分すぎる時間が経っていた。

ある日の休み時間。

「美琴、大丈夫か?」

虚ろな目の美琴がさすがに心配になり、机に伏せて眠る美琴の肩をたたき、話しかけた。


美琴はゆっくりと体を起こした。

「大丈夫。ありがとう。」

美琴は無理に作った笑顔で力無く微笑んだ。


「そうか。次、体育だぞ。」


「うん。」


「その、みんな着替えに行ったぞ?」


「えっ!?」

美琴が立ち上がり、辺りを見回すと教室には二人きりだった。


「・・・二人きりだね。」

美琴は小さく呟いた。


「ん?」

バサッ。


「えっ?」

美琴は、詩音の胸に飛び込んできた。

(美琴は距離感バグってる!)

詩音は驚きながらも、美琴を受け止めた。


「美琴?」


「・・・。」

美琴は黙っている。


「お〜ぃ。美琴。」


「・・・。」

驚きで気づかなかったが、美琴の体が熱い。

詩音は、確かめる様に、美琴を抱えながらおでこに触れた。


「熱い。すごい熱だ。」

詩音は美琴を抱きかかえ、走り出した。


「え?何?お前ら何してんのー?」

教室を出ると、廊下にいる生徒達は、美琴を抱きかかえながら走る詩音を見て騒いでいる。

「どいてくれー!」

詩音の気迫に、生徒達は道を開けた。


詩音は必死に走っていた。


「お姫様抱っこ。」

薄れゆく意識の中、美琴は小さく呟いた。

「何バカな事言ってんだよ!お前、頑張りすぎ!」


「あ〜。お前って言った。」


「黙って寝ろ。」


「はい。」


ガラガラ。

詩音は保健室の扉を開け、飛び込んだ。

「先生!こいつ、すごい熱で!」


保健室の先生は駆け寄ってきた。

「ホントに。ベッドに寝かせてあげて!」


先生は手早くおでこにシートを貼り、氷枕、保冷剤で美琴の体を冷やした。


「どうしましょ〜。」


「どうしたんですか?」


「ただの風邪だろうけど、私はこれから出ないといけなくて。君、この子についててあげてくれないかな?」


「え?・・・分かりました。」


「ごめんね。先生には言っとくから。

あー!あと親御さんにも連絡しないと!」


「先生!お母さんには連絡しないで。少し寝たら大丈夫です。」

美琴は、力を振り絞って叫んだ。


「とは、言ってもね〜。」

先生は、困った表情で美琴を見つめる。


「先生!こいつの家、色々大変みたいなんです。俺が責任を持って見ます。だから、こいつの言う通りにしてやってほしい。」


「う〜ん。分かりました。

お願いね。」

保健室の先生は足早に保健室を後にした。


「大丈夫か?」

詩音はベッドの端に座った。

「詩音くん。ありがとう。ごめんね。」


「気にすんな。」


「手、握って。」


「はい?!」

詩音は驚きながら顔を赤らめた。


「お願い。」

美琴はゆっくりと手を布団から出した。


「分かった。」

詩音は、美琴の手を握った。


「少し寝ていい?」

(詩音くん。あなたは知っていますか?壁をつくって、周りが近づけない様にしているあなたは、実は女の子達の憧れだって事を。高嶺の花だって事を。

私もその一人。

あなたを入学式の日に初めて会った時から、私はあなたの事が。

こんな・・・手なんか握って。

私は幸せ者です。ありがとう。)


「当たり前だ。寝ろ。」


保健室は温かい雰囲気に包まれた。


二人だけの保健室。

詩音は、美琴の手を握りながら、寝顔を見つめていた。

(辛そうだな。俺に何かできないだろうか。)


そんな事を思いながら、数時間がたった。

何もしていない時間は長い。

それでも、ずっと見ていられる。

詩音は、不思議な気持ちで満たされていた。


少しだけ握った美琴の手が動いた。

それから、美琴はゆっくりと目を開けた。

「おはよ。」

美琴は照れくさそうに、詩音の手を少し握った。

「おはよ。動けそうか?」


「う〜ん。多分。」


「帰ろう。送るよ。」


「でも詩音くん学校。」


「俺は授業受けなくても大丈夫だから。」


「ふふっ。優等生は言う事が違うね。」

美琴は、体を起こしベッドから立ち上がった。


バサッ。

美琴は、ふらついて、再びベッドに倒れ込む。


「大丈夫か!」

心配そうに近づく詩音に、美琴は手をかざした。

「映るといけないから。」


詩音は、床にしゃがみ込んだ。


「どうしたの?」

しゃがみ込んだ詩音を見て、美琴は不思議そうにする。


「乗れ。帰るぞ。」


「無理。」


「何で?」


「恥ずかしい。それに、風邪もうつるかも。」


「そんな事言ってる場合かよ!

俺にうつって、美琴が直った方がこの世界の為になる。」


「この世界って・・・分かったよ。」

美琴は、弟達の顔を思い浮かべた。

(早く治して私がしっかりしないと。)

そう思い、仕方なく詩音の背中に抱きついた。

詩音は、美琴を背中に抱え、立ち上がった。

(これは・・・まずい。色々刺激が。

違う!俺は何を!情けない!)

詩音は、扉に向かって歩いた。

ゴン。

そして、扉にづつきをした。

「詩音くん、どうしたの?」


「煩悩を絶った。」


「ふふっ。じゃあ、お願いします。」


「うん。」


詩音は、授業中の静かな校内を抜け、美琴の家にゆっくりと向かった。


「ねぇ、重くない?私、歩こうか?」


「ハァハァハァ。大丈夫。こんな事ならもっと鍛えたりしとけば良かった。」


「・・・ありがとう。」

美琴は、詩音の背中に顔を押し当てた。

詩音は、美琴を気遣いながら、ゆっくりと歩く。


「着いたぞ。」


「ごめんね。ありがとう。」


「今日はゆっくり休むんだぞ。」


「うん。今日ね、お母さんと弟達は、おばあちゃんの家に行ってて、いないんだ。だから、きっと気が抜けたんだと思う。」


「そっか。もう無理しすぎるなよ。

この一ヶ月、見てられなかった。」


「うん・・・でも、私しかいないから。」


「どうしたらいいんだろうな。」


「うん。私もどうしたらいいのか分からない。でも、詩音くんが優しくしてくれるから、救われてるよ。」


「そうか。何かあればいつでも言えよ?」


「・・・今から、詩音くんがものすごく困る事言っていい?」


「な、何?」


「家の鍵。教室のカバンの中。」


「はぁー!!!」


「ふふっ。困ったね。」


「冗談抜きに困った。」


「ごめん。気づかなかった。」


「そうだ!うちに行こう!うちは母さんいるし、俺の部屋で寝てろ。カバン取ってきてやるから。」


「・・・うん。ごめん。」

美琴には、断る力が残っていなかった。


詩音は、美琴を抱えながら、来た道を少し引き返した。


ピンポーン。

「はぁーい!って詩音?鍵忘れたの?」


「母さん、いいから早く開けてくれ!そろそろ体が。」


「な、何?」

インターホン越しに、詩音の母の走る音が聞こえる。


ガチャ。

「どうしたの詩音!?」

母が玄関から飛び出してきた。


「こいつ、部屋で寝かせるから。」


「な、何?子猫拾ったみたいなノリで女の子を連れてきて。どういう事?」


「と、とりあえずこいつを寝かせたら説明するから。」

詩音は、よろよろと階段を上がり、部屋のベッドに美琴を寝かせた。


「大丈夫か?母さんに説明して、カバン取ってくるから、寝てろ。」


「うん。ありがとう。

私、お母さんに挨拶もしてない。」


「いいよ。別に。」


「久しぶりの別に、だね。」


「はぁー。寝ろ。」


「うん。」


「じゃあ、ちょっと行ってくるから。」


「ありがとう、いってらっしゃい。」


「いってきます。」


バタン。

部屋の扉が閉まると、美琴は力を振り絞って部屋を見回した。

(私、詩音くんの部屋にいる。

夢じゃないよね。)

美琴は、うつぶせになり枕に顔を押し当てた。

(詩音くんの枕。詩音くんの匂い。

幸せ〜。風邪ひいてよかった〜。

・・・私、変態だ。寝よ。)

美琴は、仰向けに戻り、目を閉じた。



ドタドタドタドタ。

「母さん、とりあえずあいつすごい熱でさ!」

詩音は、母に説明すると、母はなぜだか嬉しそうにしていた。

「なんだ〜、彼女じゃないの?」


「ち、違うわ!じゃあ、俺は学校にカバン取りにいくから。」


「はいはい。気をつけてね。」


「うん。行ってくる。」


詩音は、家を出て走り出したが、疲れきっていた。

「ダメだ。美琴には悪いが、ゆっくり行こう。」



トントントン。


「あっ、はい!」

美琴は、ドアを叩く音に体を起こした。


ガチャ。

「大丈夫?」


「あっ!お母さん。突然ごめんなさい。」


「いいからそのまま。」

立ち上がろうとする美琴を、詩音の母は座る様に促した。


「す、すいません。私、堺 美琴です。

詩音くんと同じクラスで。」


「いいの、詩音から聞いてたから。

それより、お昼食べてないでしょ?」


「えっ?はい。」

詩音の母は立ち上がると、部屋から出て行った。

すぐに戻ってきた詩音の母の手には御盆にのった、おかゆが白い湯気をててていた。

「何か食べ無いと、治るものも治らないからね。」

そう言いながら、詩音の母は美琴の横の台におかゆを置いた。


「疲れてるだろうし、食べてゆっくり寝てね。私は下にいるから、何かあったら呼んでね。」

詩音の母は立ち上がろうとする。


「あ、あの。」


「ん?」


「その、ありがとうございます。」


「いいのよ。詩音の大切な人みたいだから。あんな必死なあの子、初めて見た。

ちょっと妬いゃうわ〜ふふっ。」


「えっ?そんな、私なんて。」


「これからも詩音の事よろしくね。

あの子は、女の子どころか友達も連れてきた事なかったんだから。

とっても嬉しいわ!今日は御赤飯でも作ろうかしら。」


「ふふっ。素敵なお母さんでよかった。」

つい口に出た、小さく呟いたはずの美琴の言葉を、詩音の母は聞き逃さない。


「あらっ?どうして?」


「・・・私、詩音くんの事が。」


「ふふっ。いつか私の可愛い娘になるかもって事ね?私女の子が欲しかったのよ〜。美琴ちゃんなら大歓迎よ。」


「い、いぇ。片思いなので。

でも、嬉しいです。」


「ふふっ。おかゆ、食べきれなかったら、残していいから食べられるだけ食べてね。」


「ありがとうございます。」


詩音の母は、詩音が選ぶであろう子が、派手な見た目と違い、いい子で良かったと、安心しながら部屋を出た。

詩音から、美琴の家庭の事も少し聞いていた事もあり、これから力になりたいと思っていた。



「ただいまー!」

詩音が帰るなり、美琴のいる部屋に戻った。


「美琴!」

ドアを開けると、美琴は眠っていた。

ベッドの横には、空になった食器が置かれている。

「母さん?」

詩音は、美琴を起こさない様に、小さく呟くと、食器を手に取りキッチンへ向かった。


「母さん!」


「あら、おかえりなさい。」


「ただいま。これ、つくってくれたの?」


「えぇ、そうよ。何か食べないと治らないと思って。」


「ありがとう。」

詩音は、食器をシンクに置くと部屋へ戻ろうとする。


「詩音!」


「何?」


「はい、これ。あなたも食べないと風邪もらっちゃうわよ。」


「別にいいよ。あいつが治るなら。」


「ふふっ。いいから食べなさい。」

詩音の母は、作ったうどんをテーブルに置いた。

「ありがとう。」

詩音は、椅子に座り箸を手に取った。 

「はい、七味。」


「あぁ、やっぱりこれはいるよな。」


「早く食べて美琴ちゃんのそばにいてあげなさい。」


「うん。頂きます!」


スー。スー。スー。

詩音は、急いでうどんを食べ終え部屋に戻っていた。


(何でだろ?さっきもだけど、ずっと見ていられる。不思議な気持ちだな。)

美琴を見つめていると、目がゆっくりと開いた。


「詩音くん。帰ってたんだ。」


「うん。なんか欲しい物ある?」


「お水欲しい。」


「はい。」


起き上がった美琴に、ペットボトルの蓋をとり、手渡した。

「ありがとう。ごくごく。」


「他には?大丈夫か?」


「うん。ありがとう。

あとね、私は向こう向いて寝るから、ここに寝てぎゅして。」


「ん?」


「病人のお願い聞いてくれないの?」

美琴は、涙目で訴えるように詩音を見た。 

「はいはい。」 

詩音は仕方なさそうに、美琴の隣りに横になり、優しく抱きしめた。


「ありがとう。しんどくて不安で・・・落ち着く。」


「なら、もう少し寝ろ。」


「うん。おやすみなさい。」


「おやすみ。」


スースースー。


美琴は、すぐに眠った。


(俺はこの状況では寝れないぞ。

本当に!美琴は良く分からん。)


ガチャ。

「ちょ、ちょっと!詩音、あんた何してんの!」

部屋に入ってきた母は、驚きのあまり叫んだ。


「しっ!」

詩音は、母を睨んだ。


「しっって!あんた何してんの!」


「美琴がしんどくて不安だからこうしてって。」

頼むから静かにしてくれと、目で訴えながら、詩音は小さく呟いた。


「美琴ちゃんが?」


「そうだよ。嫌がる無抵抗の女子にこんな事する程、俺は落ちぶれてないぞ。」


「ごめんごめん。心配で見にきただけだから、お母さんは下にいるね。

何かあれば呼んでね。」


「うん。ありがとう。」

詩音は、美琴の方に向き直ると、優しく抱きしめた。


ガチャ。

ドアを閉めた母は、ニヤついていた。

(美琴ちゃん積極的ね〜。

詩音はまだ自分の気持ちに気づいてないみたいだけど。

美琴ちゃんがんばれー!)

母は一人、興奮していたのだった。


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