理由。
ガチャ。
「ただいま。」
「おかえりー!」
俺は、玄関で靴を脱ぎ、いつもの様に自分の部屋へと向かう。
「詩音!」
母さんが俺を呼んだ気がしたが、部屋に入り、荷物を下ろした。
ドタドタドタ。
母親が階段を上がって来た様だ。
「ちょっと詩音!呼んでるのに無視しないの!」
母親は少し怒った表情だった。
「何?俺何かした?」
「何かしなさすぎ!」
「えっ?何それ?」
「明日休みでしょ?付き合いなさい。」
「どっか行くの?」
「百貨店。」
「荷物持ちかよ。」
「あんた、勉強ばっかりしてないで、たまには別の事しないと。その一環よ。」
「何それ。ただの荷物持ちだろ?」
「いいから、よろしくね〜。」
バタン。
母親は、強引に言い捨てると、キッチンへ戻って行った。
「あ〜ぁ。面倒だな。
大体、勉強ばっかりしてないで。とか言う親いないだろ。」
詩音は憂鬱な気持ちで、ベッドに倒れ込んだ。
そんな事を思いながらも、母には勝てない。
「母さん、買いすぎじゃない?」
詩音は、両手に紙袋をいくつも持ちながら母に言った。
開店と同時に百貨店に無理やり連れてこられて、このざまだ。
嫌になる。
「何言ってんの!それ、あなたとお父さんのよ!あなた達が自分で服買わないから、お母さんが選ばないといけないのよ。ちょっとは勉強と小説以外にも興味持ちなさいよ。」
「分かったよ。黙って持ちますよー。」
「後は、お母さんのだけだから、そこのベンチにでも座ってたら?」
母親は、ベンチを指さしながら言うと、ご機嫌で店の奥へと消えて行った。
「はぁ。長くなりそうですな。」
詩音は、ヒラヒラした洋服が沢山並んでいるショップの前のベンチに腰掛けた。
「いらっしゃいませー。」
項垂れる様にベンチに座っていた詩音は、聞き覚えのある声に顔を上げた。
「あっ。」
「えっ?詩音くん?」
そこに立っていたのは、美琴だった。
「ここで働いてんの?」
詩音は、人と関わりたくなかったが、
つい口に出していた。
「あ、うん。詩音くんは?
・・・デートとか?」
「そんな相手いないよ。嫌みかよ。」
「そっか。良かった。」
美琴は小さく呟いた。
「えっ?なんて言った?」
「うぅん。何でもない。」
「そう。
あー、俺はさ、母親の荷物持ちだよ。」
「ふふっ。荷物持ちって。お母さんと仲いいんだね。」
「無理やり連れてこられた。」
詩音はムスッとした表情で答える。
「いいじゃん。お母さんと買物。私もしたいなー。」
「すればいいじゃん。」
「う〜ん。できたらいいな。」
美琴の意味深な返答に、美琴は深掘りしないようにしようと、口を紡いだ。
「美琴ー!」
店の中から他の店員が呼んでいる。
「あっ!ごめん!私、行くね!」
「うん。」
「また、月曜日。」
美琴は、小さく手を振り店の奥へ消えていった。
「大変だな。俺もバイトとかしてみた方がいいかな。」
詩音は、人と関わらないでいる事に、少し不安を覚えていた。
「詩音、お待たせ〜!何かお昼食べて帰りましょうか?」
「うん。」
詩音は立ち上がり、母親の手にかかった紙袋に手を伸ばした。
「いいわよ。これくらい。」
「あと何袋か増えても特にかわらないし。」
「そう?ありがとう。」
そんな二人のやり取りを、美琴は店の中から見つめていた。
詩音くん、優しいな。
お母さん、綺麗な人。
あ〜!今日は何だかラッキーだったなー。
あっ、仕事、仕事。
カチカチカチカチ。
時計の音が鳴り響く。
「ちょっと休憩するか。」
詩音は、趣味と言えるのか、勉強をしていた。
時計は10時半を指している。
「なんか炭酸飲みたい。コンビニ行こ。」
詩音は、リビングにいた両親に声をかけ、玄関へと向かった。
ドアを開けると、雨が降っていた。
「なんだか夜が蒸し蒸しする様になってきたな。」
バサッ。
詩音は傘を開き、コンビニへと歩き出した。
途中、公園のベンチに座る人影が見えた。
普段なら素通りする所だが、傘もささずにうずくまる様に座る人影に足が勝手に向いていた。
「あの、大丈夫?」
近づくと、人影は金髪の女の子で、泣いていた。
詩音は、女が傘に入る様に傘を傾けながら、つい声をかけてしまった。
女は顔を上げた。
「あっ。」
「詩音くん。」
泣いていたのは美琴だった。
「今日は良く会うな。これ、使えば?」
詩音は、美琴に傘を差し出した。
「いいよ。詩音くんが濡れちゃうし。」
泣いていた事がバレない様にか、美琴は涙を急いで拭き取り、気丈に振る舞う。
「いや、もう遅いし。」
涙を拭う美琴を見ながら、詩音は顔をのぞき込んだ。
「な、泣いてないよ?ほら!」
(金髪で陽キャ。そのせいで気づかなかったけど、この子、綺麗な顔だな。
いや、いや!俺は何を!)
「はいはい。で、何で泣いてたんだよ?」
「泣いて・・・詩音くん、聞いてもらってもいい。聞いてくれるだけでいいの。」
「うん。」
詩音は、傘に二人とも入る様にくっつく様に横に座った。
「えっ?!」
美琴は、戸惑っている。
「嫌だよな?でもくっつかないと二人とも傘に入れないし。」
「嫌じゃないよ。ありがとう。」
「あっ。」
「どうしたの?」
「染みてきた。」
濡れたベンチから生温い水がズボンに染みている。
「ふふっ。そりゃあそうだよ。詩音くん頭いいのに意外と抜けてるね。」
「ほっとけ。・・・で?」
「うん。私ね、少し前までは普通の高校生だったんだ。詩音くん、1年生の時の私の事知ってる?」
「ごめん。人に興味なくてさ。」
「ふふっ。知ってる。」
気を使いながらも、無愛想な詩音を見て、美琴は少し元気を取り戻した様に見えた。
「でもね、少し前にお父さんの会社が倒産して、借金だけ残って、お父さんは命を絶ったの。」
「・・・。」
あまりの衝撃に、詩音は言葉が出なかった。
「ホントに聞くだけ?」
「ごめん。言葉が。」
詩音は下を向いていた。
「だよね。ごめん。でも、お父さんの事はもう大丈夫・・・大丈夫じゃないけど大丈夫なんだ。」
「じゃあ、何で泣いてたんだ?」
「えっとね、私、弟と妹が合わせて三人いるんだ。一番下はまだ幼稚園いってる。だから、お母さんは昼はパートで、夜は夜のお仕事をしてるんだ。
だからね、私は家事とか、お世話とかしてて。みんな待ってるから、ホントは早く帰らないといけないんだけど。」
「大変だな。だから仕事も?」
「うん。私もバイトするってお母さんに言ったら、私が将来は、洋服のお仕事をしたいって言ってたのを覚えてくれてて、せっかく働くならって、色んな人に聞いてくれて、あのお店を見つけてくれたの。」
「じゃあ、やりたかった仕事ではあるんだ。」
「うん。でも・・・私、ダメダメで。怒られてばっかり。今日なんて、盗難防止の服のタグ取る時失敗しちゃって、洋服がインクまみれになっちゃった。」
「怒られた?」
「それはもう!クビになるかと思ったよ。」
「ならなかったなら良かったじゃん。」
「ふふっ。そうだね。」
(笑ったと思ったらまた俯く。
精神不安定だな。)
そんな事を思いながら、詩音は無意識に美琴の頭を撫でた。
「ありがとう。グスン。」
「あっ、ごめん。無意識だった。」
詩音は美琴の頭を撫でている自分に気付き、手を引っ込めた。
「うぇ~ん!」
美琴は突然、詩音の胸に飛び込み泣き始めた。
「えっ!えっ?」
詩音の人生最大級の動揺ランキングは、更新された。大幅に。
「ごぉ〜め〜ん。色々とぉ、限界でぇ〜。ちょっとだけ〜。」
「分かったよ。」
詩音は、降り続く雨を見上げながら、美琴の背中をトントンと優しくたたき続けた。
しばらくすると落ち着いたのか、美琴は顔を上げた。
「ありがとう。」
「別に、いいよ。」
「出た、別に。ふふっ。」
(泣いたり笑ったり、忙しい奴だな。)
「少しは気が紛れたか?」
「うん!大分楽になった!
あっ!雨止んだね!」
「本当だ。」
「詩音くん、ありがとう!
私、そろそろ帰らないと!」
美琴は立ち上がり、走り出した。
「またね!」
振り返りながら美琴は手を振った。
「転ぶぞ!またな。」
詩音は、前を見ろと言いたげに、指さす。
「嵐の様な子だな。」
詩音が立ち上がろうとすると、足音がまた近いてきた。
「嵐が帰ってきた。」
詩音は立ち上がる。
「ごめ〜ん!詩音くん!ハァハァハァ。」
「何か忘れ物?」
「忘れ、物では、ないん、だけど。」
「大丈夫かよ。落ち着いてから話せよ。」
「大丈夫!あの!もしよかったらでいいんだけど、連絡先交換しませんか?」
「別に、いいけど。」
「やったね!」
美琴は嬉しそうにほほ笑む。
連絡先を交換すると、美琴はまた走って暗闇の向こうに消えて行った。
「初めて女子と連絡先交換したな。」
詩音は、スマホを見て呟いた。
「帰ろ。」
詩音はトボトボと家に帰り、部屋に入ると、呟いた。
「あっ、炭酸。」




