第8話 オールリセットの光
引き金が引かれた。
その瞬間、世界が止まったかのような静寂が訪れた。
カチャ。
銃が作動しない。
カチャ、カチャ、カチャ。
何度引き金を引いても、銃は沈黙したままだった。
「なんだ、これは!」
「俺が撃つ!」
今度は隊長が銃を構え、引き金を引いた。
カチャ、カチャ。
同じように作動しなかった。
「皆さん、この銀河宇宙使節船777に搭乗していただく目的をご存知ですか?」
セレスティアルが、静かに口を開いた。その声は、まるで宇宙の調べのように美しく、同時に厳格だった。
…誰も答えない。
「『地球人の自立計画』の一環で、宇宙に住む多様な方々の生き方、国々、文明、星を知っていただき、自己中心的なエゴを抑制し、宇宙の法則、地球と調和した生き方を学んでいただくものです。…なのに、また自己決定を阻害して、乗船しようとする人を阻もう、そして命を奪おうとしている。」
警備隊員たちは、セレスティアルの言葉に圧倒され、困惑し、後退りし始めた。
「しかも、相手は丸腰の少女。圧倒的な強者が、弱者の命を奪う行為。それは、宇宙の法則では大罪、重罪です!『オールリセット』に値します!」
警備隊長の顔が青ざめた。『オールリセット』。魂を抜かれる処刑。権力者たちが最も恐れる制裁だ。
「セレスティアルさん!ちゃんと話し合いをしたい!」
隊長は慌ててセレスティアルに近づいた。しかし、その態度には、まだ傲慢さが残っている。
「時既に遅し」セレスティアルが言い放つ。
「俺達の言い分も聞かないで『オールリセット』だと?…地球人の自己決定を邪魔するな!自分たちで決めて、判断して、その結果を受け入れてこそ、命は意味があるんだ!」
セレスティアルの瞳に、深い悲しみが宿った。
「私達は、何千年にも渡って、人類の、時の政府の方々と話し合いを重ねてきました。そして、その度に、人類の自己決定を信じ続けてきました。それで、地球はどうなってきましたか?何度も虐殺、戦争を繰り返し、人間は地球のがん細胞のように溢れかえり、核戦争を繰り返し、今、まさに地球は死滅し、人類は滅びようとしています…」
「地球が死滅しようが、人類が滅びようが、俺達の勝手だ!あんたたちに関係ない!!」
セレスティアルが、諭すように続ける。
「確かに、人類が滅びるのは勝手です。しかし…地球は、人類だけのものではありません!」
「生きとし生けるもの、宇宙全体の、みんなのものです。それを、がん細胞であるあなたたちのものだという増長したエゴで地球を死滅させられるならば…それは、看過できない。というのが宇宙全体の総意です。その為の今回の計画...」
その時、隊長が突然剣を抜き、セレスティアルに襲いかかった。
「うおおおお!」
しかし、剣はセレスティアルの体を素通りし、隊長は勢い余って地面に転倒した。
「私は、地球の三次元と呼ばれる次元に実体を持ちません。宇宙人は多種多様なのです。あなたたちのエゴの増長や暴力は、まさに人類、がん細胞そのもの!感化できません」
セレスティアルは隊長に向き直った。その瞬間、空間が震えるような緊張感が漂った。
「宇宙に確認します」
瞬間、空間が歪んだ様な気がした。
「今、オールリセットの条件が満たされました」
天空から、一筋の光が射し込んだ。その光は隊長を包み込み、やがて彼の体から魂とも呼べる光が抜けていった。
隊長の体は、魂を失った抜け殻となって、静かに地面に倒れた。
「隊長!!!」
残った隊員たちは恐怖に駆られて逃げ出した。
彼らは政府に連絡を何度も取ったが、政府は完全に無視した。
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ミレイは痛む足を庇いながら立ち上がり、セレスティアルにお礼を言った。
「ありがとうございました」
「あなたは...綾羽ミレイさんですね」
「はい!」
セレスティアルは手をかざし、地面に落ちたパスポートを光で包んだ。パスポートが宙に浮き上がり、情報が読み込まれていく。
綾羽ミレイの個人情報が、光の文字となって空中に現れた。しかし、詳細な情報は表示されなかった。政府の目から隠れるため、父がマイナンバーを抹消し、個人情報を隠していたのだ。
「このパスポートは有効です。乗船されますか?」
ミレイの心に、父の声が響いた。…『地球の未来のために、宇宙の真理を学んでこい』
「はい、お願いします!」
「では、こちらへ...」
セレスティアルが手を向けると、空中に光の通路が現れた。
ミレイは深呼吸をした。これから始まる宇宙への旅。父の遺志を継ぎ、人類の未来を変える旅が、今始まろうとしていた。
銀河宇宙船の乗船入口と思われる光の空間に足を踏み入れた瞬間、「乗船します」という声、少し間があり、ミレイの身体は巨大な要塞のような宇宙船の中へ一瞬で吸い込まれた。
14歳の少女の、真の冒険が始まった。
運命の時が、ついに訪れたのだ。




