第7話 死の覚悟
ホワイトホースの言葉に背中を押され、ミレイは一人、宇宙船に向かって歩き始めた。
まだ14歳のミレイは、震える指で十字を切り、自ら鼓舞しながら、歩みを進める。
「神様…願わくば、私をお守り下さい。この使命が、私の運命である事をお示しください!」
バリケード前に急造された2、3階建ての管制施設、その前で重装備の警備隊が十数名、待ち構えている様子が見えてきた。その先に…宇宙船の搭乗口と思われるゲート。そして、セレスティアルと思われる全身青いスーツに身を固めた金髪の女性の姿が見えた。
ミレイ自身の足音、ソナーが脈動している様な宇宙船の音が近づく…
管制施設まであと50mに迫った辺りで、黒いコートを着た男が現れた。
その男は40代後半に見えるが、左目はカメラレンズに置き換えられ、赤い光を放ち、顔の一部が機械化されいる。アンドロイドではなく、機械人間か…
「綾羽ミレイだね?」その声は冷たく、感情が感じられない。
ミレイはホワイトホースの言葉『心を沈めて、心に聞いて、直感を信じる』を思い出す。
心を落ち着け、恐怖を抑える。
そして、毅然として答えた。
「あなたこそ誰ですか?なぜ、私があなたに答えなければならないのですか?私は銀河宇宙使節船777のパスポートを持っています!」
機械の目が、不気味に笑っている様に見えた。
「ほぅ、14歳の少女とは思えない、堂々とした態度だな。私は宇宙港警備隊長の黒岩だ。そのパスポートは無効だ!君の父、綾羽タケシは反政府活動家として指名手配されていた。その娘である君も、危険人物として認定されている」
「それは嘘です!」ミレイの声に、隠しきれない怒りが宿る。
「父は人類の未来のために働いていました!あなたたちこそ、危険だわ!地球はとっくに悲鳴を上げている。…なのに又、戦争を繰り返して人類を滅ぼそうとしている!」
「黙れ!お花畑の話はうんざりだ!」あからさまな怒りが見える。
「お前らみたいな生身の人間が『戦争はいらない』なんて、行儀よく、お澄まししていたら…日本は、あっという間に他国に侵略されて終わりさ!国も、富も守れない!国民は蹂躙されても、いいのか?…そうかい、お前らみたいな生身の臭い人間ども、被害者ヅラする奴らは、今度はあいつら…宇宙人セレスティアルに支配されたいって事なんだろうな!」
黒岩はバリケードの向こうに居る、セレスティアルを指さした。
セレスティアルは様子の一部始終を見つめている。
「セレスティアルは…あなたとは違って、私の意思を尊重してくれるわ!さあ、私は宇宙船のパスポートを持っています。さあ、通してください!」
黒岩の機械の目が、不気味に光る。
「それはできない!!」
その瞬間、男がミレイの背後に駆け寄り、冷たい金属の感触をミレイの背中に押し付けた。
明らかに銃口だ。
「言うことを聞け!静かに歩いて建物の中に入れ!」
ミレイの心臓が激しく打ち始めた。14歳の少女にとって、絶望的な状況、目の前に死が垣間見えた瞬間だ。しかし、彼女の内面では、恐怖と共に不思議な静寂もあった。
『恐怖より、直感を、心の声を信じろ』いう言葉が心に響いた。
「嫌です!入りません!」
ミレイの声は震えていたが、意志は揺るがない。
「お前、死にたいのか?」
カチャッ。
銃に弾倉を込める音が、稲妻の様に響いた。
その音は、まるで死神の足音のように、ミレイの心に迫る。背筋が凍るような恐怖が、ミレイの全身を駆け抜けた。
又、誰かの声が心の奥に響いた。
『無視して歩け』
え?誰の声だろう?…パニックになりそうだった。
もう一度、落ち着かなければならない…ミレイは深く息を吸い込んだ。
そして、静かに呼吸を整えながら、心を空にして、宇宙の声に耳を澄ませる。
『私は、どうすればよいのでしょうか?』
心の中で問いかけた瞬間、まるで電流のように、明確な答えが返ってきた。
『無視して歩け!』
それはホワイトホースの声の様にも聞こえる。テレパシー。ニュータイプの能力が、今まさに発現していた。
ミレイは小さく頷くと、警備隊の制止を完全に無視して歩き始めた。
「おい、止まれ!」
「止まらないと、撃つぞ!」
警備隊員たちが慌ててミレイを取り押さえようとした。複数の手が彼女の腕を掴み、肩を押さえつけた。
「放して!」
ミレイは必死に抵抗した。しかし、14歳の少女の力では、武装した大人の男たちに敵うはずがない。
もみ合いの様子を、セレスティアルがジッと眺めていた。その瞳には、深い悲しみと、同時に静かな怒りが宿っているように見えた…
『放しなさい!!』
厳然とした女性の声が聞こえた。
ミレイにだけでなく、警備隊員たちにも聞こえた様で、彼らは慌てて手を離して一歩後ろに下がった。
「宇宙港に入ろうとしたら、今度こそ殺すからな!」
警備隊長が、再び威嚇を繰り返す。
隊長の手首と首筋に、銀色の金属片が埋め込まれているのが見た。冷酷な機械人間...
再び、心の奥で声が響いた。
『走れ!』
『早く走れ!』
ミレイは小さく頷き、制止を完全に無視して、宇宙港のバリケードの扉に向かって全力で駆け出した。
後ろから重武装の警備隊が追ってくる。前方には、静かに見守るセレスティアル。
ミレイは必死に走りだした。
運命の通り道、薄氷を踏む様に…
アンドロイドに追われた時に負った怪我で、それほど速く走ることはできない。しかし、父の遺志を胸に、未来への希望を抱き、痛みを堪えて駆け出した。
「逃がすな!」
「撃て!」
隊長の怒号が背後で響いた。
バン! 銃声が響いた。
『伏せろ!』心に声が聞こえた。
「きゃっ!」
足元の段差に躓いて、ミレイは勢いよく転倒してしまった。
転んだ拍子に、大切に握りしめていた父のパスポートが手から離れ、宙を舞った。銀色に光るパスポートは、まるでスローモーションのように回転しながら、セレスティアルの足元に落ちた。
弾丸は、転倒したミレイの背中を数センチの差で外れ、地面に埋まった。
ミレイは膝を強打して、痛みで身動きが取れなくなり、又恐怖と痛みで、冷静さを失いかけていた。
「あぁ、もう...死ぬんだ...」
14歳の少女の心に、絶望が宿った。父を失い、母と別れ、そして今、自分も死ぬのか…
「今度は外すな!」
隊長の声が聞こえた。
ミレイに銃口が向けられる。引き金に指がかかる。
彼女の人生が、今まさに終わろうとしていた。
「撃て!!」
隊長の怒号が、再び響いた。