第4話 空白の時代
「オールリセット...」
長老ジョセフの声が震え、2100年2月14日のあの日の記憶が蘇った。
映像は次の場面に切り替わった。宇宙の使者セレスティアルの前で、各国の首脳会議たちが激昂している。人類の自主独立を叫び、宇宙人の介入を拒絶している。 次の瞬間、世界各国の権力者たちが次々と倒れていく様子が映し出されていた。
「彼らの身体に外傷はない。しかし、その瞳からは完全に光が失われていた。魂が抜かれたのだ。」
しかし…ユキが震え声で言う。「宇宙の法則では、他者を支配しようとする行為こそが最大の罪とされています。オールリセット、処刑という行為自体が宇宙の法則に反するはず…?」
「その通りだ」長老は深くうなずいた。
「だからこそ、この処刑は宇宙の存在たちにとっても苦渋の決断だった。それ程、エゴの増長は宇宙の知的生命全体にとって伝染病的な危険性を持つ脅威なのだ。オールリセットは、宇宙の秩序を守るための最後の手段だ」
「そして…核爆弾の無力化。あれは単なる武装解除ではなかった!」
彼は次の映像記録を再生した。
画面には、世界各地の核サイロから同時に青白い光が立ち昇る光景が映し出されている。その光は天に向かって伸び、やがて宇宙空間で巨大な光の網となって地球全体を包み込んだ。
「あの瞬間、地球上のすべての核物質が、量子レベルで安定化された。もはや核分裂も核融合も起こせない、ただの金属塊になった」
ユキは息を呑んだ。人類が何百年と築き上げてきた科学技術が、わずか数分で崩壊した瞬間だ。
「それ以降、表立って宇宙人に逆らう者はいなくなった。しかし、水面下では反発する動きが続いている。『屈辱の時代』…人類史上初めて、自らの意思決定権を剥奪された時代...として、愚かな為政者たちは、被害的に解釈している」長老がため息を吐く。
「The Blank、『空白の時代』の始まりね」ユキが呟く。
「そう、『空白の時代』と呼ばれる現代。人類史上初めての自由意志、自己決定の剥奪。宇宙の存在たちによる、介入の時代。既に戦争は禁止され、環境破壊も厳しく規制された。人類の長い歴史の中で、自らの手で止める事ができなかった『戦争』『環境破壊』が、一瞬で止んだのだ!…全く、人類は余程情けない種族に違いない。確かに、セレスティアルにしてみれば、人類は自立していない、未開の種族としか言いようがないだろう」
「そして、『地球人の自立計画』。それは、自己中心的なエゴを抑制し、地球と調和した生き方を学ばせるプログラムとされている。」
長老は苦い表情を浮かべて続ける。
「しかし、各国のトップ、為政者たちは表面上は従順を装いながら、裏では宇宙技術を盗み出そうと画策している。そして、地球の支配層が宇宙の技術を自分たちの権力維持に利用しようと、また懲りずに企んでいる!そして、『地球人の自立計画』の一環として、宇宙の高度な文明を学ぶための使節団、その使節船。それこそが、宇宙銀河使節船777だ!」
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「…それが、宇宙銀河使節船777だ!」
野村の言葉に、ミレイは深く頷いた。野村は立ち上がり、机に隠していた書類を広げ、指差した。
「ミレイ、船の乗船者リストを見てみろ。富裕層とエージェントが大半を占めている。彼らの中には、不平等条約の撤廃を目論む過激派も紛れ込んでいる。宇宙で得た技術を地球に持ち帰り、再び人類の覇権を確立しようという野望を抱いているのだ!低所得者層、生身の人間は1割にも満たない」
「野村さん…」ミレイは不安そうに尋ねた。
「私は、どうすれば…?お父さんは、私に何を期待していたの?」
野村の表情が和らいだ。ミレイに向き直る。
「タケシは言っていた。『ミレイには、既に機械に頼らない本当の力がある。瞑想と自然との調和によって、宇宙の真理を理解できる力がある』と。タケシは、宇宙銀河使節船777で学ぶべきものが、単なる技術ではないことを知っていた。純粋な心を持ち、古来の智慧を身につけた者が、真の宇宙の法則、命の尊さ、心の平和とは何かを学び、地球に持ち帰る。それこそが、人類の真の自立への道筋となる!つまり、お父さんは、ミレイに、人類の未来。その架け橋になってもらう事を願っていた。…私も、ミレイちゃんは適任だと思うよ」
野村が笑顔で続ける。
「これは、お父さんの…タケシが最後まで書き続けていたものだ。君に読んでもらいたくて、保管していた」それは、残された父の遺品の1つ。古い日記帳だった。
ミレイは震える手でページを開いた。そこには、父の最後の想いが綴られていた。
『愛するミレイへ
お前がこれを読んでいるということは、私はもうこの世にいないのだろう。
しかし、心配することはない。死は終わりではなく、新たな始まりだ。
私は国家エージェントとして、多くの罪を犯してきた。他国の機密を盗み、時には命も奪った。しかし、お前が生まれてから、私は変わった。
生命の尊さ、有限だからこその美しさ、そして愛の力。お前が私に教えてくれたのだ。
宇宙銀河使節船777。それは表面上は希望の船だが、実際は人類のエゴが詰まった箱船でもある。
しかし、お前なら違う。
瞑想と自然との調和によって培われた力。機械に頼らない、人間本来の直感と感性。それこそが、宇宙の真理を理解する鍵となる。
ミレイ、覚えておいてくれ。宇宙の法則は愛だ。エゴではなく利他、支配ではなく調和、競争ではなく共生。それを学び、地球に持ち帰ってくれ。
お前には、その力がある。私は信じている。 ─父より』
「お父さん...私が、必ず...!」
涙がページに落ち、ミレイは日記を胸に抱きしめた。
14歳、まだ幼さが残るミレイ。しかし、その瞳には父から受け継いだ強い意志が宿っていた。
ミレイは父から教わった瞑想の姿勢で座り直した。静かに呼吸を整え、心の奥深くに響く父の声に耳を傾けた。『ミレイ、宇宙には無限の智慧がある。しかし、それを受け取るためには、まず自分の心を空にしなければならない。エゴを手放し、純粋な意識で宇宙の真理に向き合うこと。それこそが、真の学びの始まり』父の教えが蘇ってきた。
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窓の外では、タワーマンション群の最上階が夕日に輝いている。そこに住む機械化された人々は、永遠の生命を手に入れたと信じているが、実際には死への恐怖に支配されていることを、彼らは理解していない。
地下の祭壇で、母・ユキの顔も同じ夕陽で照らされていた。
「長老、私たちにできることは...?」
「祈ることだ。そして信じること。ミレイのような純粋な魂が、必ず道を切り開くと…大いなる宇宙の意識よ!この幼い魂に智慧をお与えください。そして、地球に住む全ての生命が調和の中で生きられる日が来ますように!」
長老は古いネイティブアメリカンの祈りを唱え始めた。それは地球と宇宙、すべての生命の調和を願う祈りだ。
ユキも目を閉じ、娘との再会を信じ、人類の真の成長を願いながら、共に祈りを捧げた。
銀河宇宙使節船777出発まであと3日。
宇宙という無限の教室で、真の智慧を学ぶ時が近づいていた。