第3話 ファーストコンタクトの衝撃
一方、ミレイの母・綾羽ユキは計画通り貧民街の奥深くに身を隠していた。
古い倉庫の地下に作られた隠れ家で、彼女を待っていたのは七十歳を超えるネイティブアメリカンの血を引く長老、ジョセフ・リバーウォーカーだった。
地下の隠れ家には、2100年2月14日の映像記録が保存されていた。長老はそれをユキと一緒に見直した。
画面には、世界各地の上空に突如現れた巨大な光る物体が映し出されている。地球上のすべての核兵器が同時に機能を停止し、各国の軍事施設が謎の力によって無力化された瞬間だった。
「あの日、人類は初めて自分たちより遥かに高次の存在に直面した」長老の声は静かだった。
「セレスティアルと名乗った宇宙の使者は、地球人類を『自力では自助できない、地球とともに生きられない、戦争が止められない愚かな種族』と断定した」
映像の中で、半透明に光る人型の存在が世界各国の指導者の前に現れる。その圧倒的な存在感と技術力の前に、地球の権力者たちは屈服せざるを得なかった。
「しかし、宇宙人たちは地球人の自由意志を奪うことはしなかった。それが宇宙の基本的な法則だからだ」長老の言葉に、ユキが記録を見つめながら言った。
「そう。彼らが締結したのは、確かに不平等条約とも呼べるものだった。しかし、それは宇宙の法則に反してエゴに固執し、他人の自由意志を奪おうとする未開で愚かな地球人が、自らの意志で成長する機会を与えるためのものでもあった。のね?」
「その通りだ。ユキ、よくここに来てくれた。いよいよタケシの意志を継ぐ時が来たな」
長老の目は、長い年月の知恵を湛えていた。彼は地下に作られた小さな祭壇の前で、ユキと向かい合って座った。
「この百年の間に、人類は何を学んだのでしょうか?」
ユキの問いに、長老は深くため息をついた。
「2050年の第三次世界大戦で、人類は自らの愚かさを思い知ったはずだった。1945年の第二次大戦以来、再び…いや、今度は広島や長崎の様に限定的では無く、世界中の主要都市が核の炎で全滅し大地は汚され、人口は三分の一に減り、自然は砂漠と化した。それでも、わずか五十年で再び同じ過ちを繰り返そうとしている」
長老の声には、深い悲しみが込められていた。
「2100年2月14日のファーストコンタクト。あの日、宇宙の存在たちは人類に最後通告を行った。『このままでは地球は滅亡する』と」
しかし、人類の支配層は耳を貸していない様だ。それどころか、宇宙技術を自分たちだけのものにしようと画策し始めている。フリーエネルギーの研究が進展すると、既存のエネルギー利権を握る権力者たちは、いまだにそれを弾圧している。石油、電力、核エネルギーによる支配構造が崩れることを恐れている。決して自らの支配を手放そうとしない。
「特に深刻だったのは、テレパシー能力発現者への人権侵害、虐殺だった」長老は続けた。「エゴを持たない純粋な心の人々、特に貧しい生身の人間たちの間で、心を通わせる能力が自然に発達していった」
権力者たちはこれを統治への脅威と見なした。思考を読まれ、嘘を見抜かれることを恐れたのだ。各国で「テロリスト対策」と称してテレパシー能力者の摘発が始まった。多くの無実の人々が、「国家の安全を脅かす危険分子」として投獄・拘束され、処刑されていった。
「宇宙の法則では、他者を支配しようとする行為こそが、最大の罪とされている」ユキが静かに言った。「でも地球人は、相手の考えを拒み、支配しようとすることを止めないのね…」
そのため宇宙の存在たちは、自己中心的な人物に対して「オールリセット」と呼ばれる究極の制裁を許可した。魂を抜く処刑だ。処刑自体が、宇宙の法則に反する。しかし、エゴの増長は、宇宙の知的生命、宇宙人にとっても伝染病的な危険性を持つ脅威なのだ。
「オールリセット」は、宇宙の秩序を守る為の、最後の手段なのだ。