第20話 光と闇の彼方へ
《ザック・ブラックウッド。あなたは『人類の誇り』のために戦いました。しかし、その『誇り』とは何ですか? それは、『他者よりも優れている』という思い込みではないのですか?》
「俺は...」
《あなたが守ろうとした『人類の誇り』は、実は『宇宙人よりも劣っているという恐れ』の裏返しだったのです。あなたは恐れていました。『負ける』ことを。『価値がない』と思われることを。だから、『敵』を作り、『戦う』ことで、自分の価値を証明しようとしたのです》
ザックの機械化された左腕が、力なく床に落ちる。ドサッ。
《エリザベス・スターリング。あなたは『価値ある存在』になろうとしました。あなたは恐れていました。『無価値』だと思われることを。『老い』を。『死』を。だから、機械化し、富を蓄え、他者を見下すことで、自分の価値を確認しようとしたのです》
スターリングは、モニター越しに震えている。
しかし、その『価値』とは何ですか? それは、『他者よりも優れている』ことではないのですか?
「私は...ただ...」
スターリングの機械化された顔から、涙が流れる。ポロポロと。
《陰と陽。光と闇。善と悪。正と邪。勝と敗。生と死。価値と無価値》
プリズムの周りに、これらの言葉が光の文字となって浮かび上がる。
キラキラ、と輝く文字。でも、その輝きは冷たい。
《あなた方は、すべてをこの二つに分けます。そして、必ず片方を『良い』とし、もう片方を『悪い』とします。そして、その『良い側』に立とうとして、永遠に争い続けるのです》
文字が、二つに分かれる。善の側が白く、悪の側が黒く光る。白と黒の文字が、互いに激しくぶつかり合う。ガキン、ガキン、ガキン。
《何千年も! 何万年も! あなた方は、同じことを繰り返してきました!そして、その結果が、これです!》プリズムの声が、悲しみと怒りに満ちている。
再び、映像が現れる。荒廃した地球。核の冬。汚染された海。死んでいく森。
「もうやめて...お願い...」ミレイが、か細い声で懇願する。
しかし、プリズムは続ける。
《あなた方は、『正しい』と信じて、地球を破壊しました。『善』を求めて、互いを殺しました。『平和』のために、戦争をしました。そして今、宇宙に来ても、同じことをしようとしています!》
ドォォォォン。
プリズムの光が、最大級の強さになる。
シュワーーーーーーーーーーッ!
眩しすぎて、誰も目を開けていられない。
《あなた方が変わらない限り、この悲劇は終わりません!》
ズゥゥゥゥゥゥゥゥン!
《あなた方が二元性を超えない限り、平和は訪れません!》
ドォォォォォォォン!
《いいえ—『平和』という概念さえ、必要なくなるのです》
プリズムの声が、突然静かになった。その言葉に、ミレイが顔を上げた。
「平和が...必要ない?」
《そうです》
プリズムは、ゆっくりとミレイの前に降りてきた。
《あなた方が『平和』を求めるのは、『戦争』があるからです。しかし、『戦争』も『平和』も、二元性の両極なのです》
プリズムの体が、また二つに分かれる。一方が明るく、一方が暗い。
《本当の自由とは、『平和』も『戦争』も超えた状態です。『善』も『悪』も超えた状態です。『勝つ』も『負ける』も超えた状態です》
そして、二つの体が一つに戻る。
《ただ、『在る』という状態です》
しかし、その言葉を聞いても、三人は何も言えなかった。完全に打ちひしがれて、床に倒れ込んでいる。ホール全体が、深い沈黙に包まれた。人類の何千年もの歴史。すべての戦争。すべての苦しみ。すべての愚かさ。それらすべてが、この瞬間、人々の心に重くのしかかっていた。
プリズムは、ホール全体を見渡した。
《あなた方は、機械化された者と生身の者に分かれています。富める者と貧しい者に。支配する者とされる者に。しかし、本当の分裂は、一人一人の心の中にあるのです》
ザックは、床に膝をついた。機械化された左腕を見つめながら、何かを理解したような表情。
「俺たちは...間違っていたのか」
《間違っていたのではありません。ただ、痛みに囚われていただけです。…そして、アヤハ・ミレイ》
プリズムは、打ちひしがれているミレイの前に降りてきた。
《あなたは『正しい』ことをしようとしました。そして、あなたの父、アヤハ・タケシも『正しい』ことをしようとしました!》
「父さん...」映像が、ミレイの父を映し出す。彼が撃たれる瞬間。血が飛び散る。
— バーン!
「いやああああ!!!」ミレイが叫んだ。
彼は『正義』のために死にました。しかし、彼を殺した者も『正義』のために引き金を引いたのです!
「あああああああ...」
ミレイは床に崩れ落ちた。涙が止まらない。体全体が震えている。ガタガタガタガタ。
プリズムの光が、だんだんと薄れていく。
《私たちは去ります。しかし、また戻ってきます。あなた方が、自分自身と和解した時に》
「待ってください!」ミレイが叫んだ。「私たちは、どうすればいいのですか?」
《まず、自分自身を許すことです。そして、互いを許すこと。光も闇も、すべてが人間なのだということを、受け入れること》
その言葉を残して、プリズムは光の中に消えていった。
ルミナス・プリズムが去った後、ホールには深い静寂が残った。
ザックは、床に座り込んだまま、機械化された左腕を見つめていた。その腕は、もう光っていない。まるで、彼の感情が鎮まったかのように。
人質たちは解放され、過激派のメンバーたちも武器を置いた。でも、誰もが何をすればいいのか分からないでいる。
キャプテン・リードが、ホールに入ってきた。
「ミレイ、無事か?」
「はい」ミレイは立ち上がった。体は無事だったが、心は重かった。
『光だけでなく、闇も受け入れる』プリズムの言葉が、心の中で繰り返される。
「船長、これからどうなるのですか?」
リードは、ホールを見渡した。床には、襲撃で亡くなった人々の血が残っている。
「分からない。だが、一つだけ確かなことがある」
「何ですか」
「私たちは、変わらなければならない。宇宙人のためではなく、私たち自身のために」ミレイは頷いた。
上層階では、レディ・スターリングがモニターを消した。彼女の機械化された顔には、複雑な表情が浮かんでいる。—無価値だと思われることを、恐れている?
プリズムの言葉が、心に突き刺さったまま抜けない。彼女は窓の外の星空を見つめた。その瞳に、わずかに涙が浮かんでいる。機械化された体でも、涙は流せるのだ。
船内の至る所で、人々は自分自身と向き合い始めていた。
機械化された者も、生身の者も。富める者も、貧しい者も—
プリズムが残した問いは、簡単には答えられない。でも、その問いと向き合うことが、人類の次の一歩なのかもしれない。
銀河宇宙使節船777は、星間空間を進み続ける。
今後、様々な宇宙人種族との出会いが待っている。しかし、その前に、人類は自分自身と向き合わなければならない。
光と闇。— 人類は、両方を受け入れることができるのか?
その答えは、まだ誰にも分からない。




