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第17話 元地球防衛軍の兵士

 ルミナス人とのコンタクトから数日経った。船内の空気は、明らかに変わっていた。

 下層階の食堂に集まった生身の人間たちの表情は、以前とは違って輝いている。閉塞感が和らぎ、カチャ、カチャ、という食器の音も、なんだか明るく響く。


「おい、聞いたか?ルミナス星人の話し。生身の人間の方が、自然がいい。俺たちは癒しの力をみんな持ってるって言ってたらしいぞ」

「聞いたぜ。イエスキリストの話は本当らしいな」

「機械化なんてしなくても、俺たちは価値がある。宇宙の法則だって信じなきゃいけない」

「結局、自然に沿う方がいいみたいだな…争ってる場合なんかじゃないぞ!」

 ざわざわ、という話し声の中に、希望が混じっている。ミレイはその光景を見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。

 —これが、お父さんが望んでいたことなのかな。

 同時に、上層階からの視線が、より厳しくなる不安も感じていた。


****


 レディ・エリザベス・スターリングは、機械化された指で優雅にワイングラスを回している。彼女の体の70%を占める機械部分が、かすかにウィーン、と音を立てている。

「下層階の者たちが、調子に乗っているようですわね」

 彼女の言葉に、周囲に集まった富裕層たちが頷く。みな、体の大部分を機械化した人々。永遠の命を追求してきた人々、政治家、資本家たち。

「あの少女が、何か勘違いをしているようです」

一人の男性が言った。彼の機械化された目が、ピッ、と光る。

「宇宙人が生身の人間を評価したなどと…我々が築いてきた秩序を、宇宙人が一人の少女を使って壊そうとしている」

 レディ・スターリングは、静かに微笑んだ。その笑顔は優雅だが、底に冷たさを秘めている。

「安心なさい。私には、良い計画があります」

 彼女の機械化された指が、テーブルの下で何かを操作する。ピピッ、という小さな電子音。

「皆さん、ザック・ブラックウッドという男を、ご存知でしょうか?」

 スターリングがニヤリとして、告げた。

「ザック・ブラックウッド!入って!」

 一人の男が入ってきた。

 ザック・ブラックウッド。元地球防衛軍の兵士。左腕を失い、戦闘用サイボーグ化を受けた45歳の男だ。

 スターリングの機械化された瞳が、冷たく光る。

「ブラックウッド、あなたは優秀な兵士だった。そして、今もカリスマ性がある」

 彼女の指が、テーブルの上の端末を操作する。カチャ、ピッ、という機械音。

「資金は用意します。あなたに必要なだけ。そして、協力者も」

 ザックの機械化された左腕が、興奮で小さく震えた。

「何をすればいいのです」

「まずは、人々に私たちのストーリーを伝えなさい。宇宙人の支配から、人類を解放すると」

 スターリングの声は優雅だったが、その奥底には冷酷な決意があった。

「そして、あの少女を—」

「ミレイを、どうするのです」

「利用するのです。彼女を通じて、宇宙人を呼び出す。そして—」

 スターリングの唇が、わずかに歪んだ。それは笑みとは呼べない、何か別の表情だ。


****


 1週間後の朝、上層階の大ホール。

 普段は社交の場として使われるこの空間に、数百人の人々が集まっていた。 機械化された富裕層たち。部分的に機械化した中間層。そして、一部の下層階の人々も。


 ステージに、ザック・ブラックウッドが立った。

 スポットライトが彼を照らす。機械化された左腕が、その光を反射して輝いている。

「諸君!」ザックの声が、ホール全体に響いた。拡声器を通した声は、力強く、説得力があった。

「私たちは、長い間、宇宙人の支配下に置かれてきました」

 ざわめきが起こる。でも、ザックは構わず続けた。

「二千百年二月十四日。あの日、私たちは自由を失った。地球の統治権を奪われた。そして今、この宇宙船に乗って、私たちは何をしている?」

 彼の声が、だんだんと大きくなっていく。

「宇宙人の『進んだ文明』を学ぶ?従順に彼らの言いなりになる?…それが人類の未来なのか!?」

 ホールの中で、先導する拍手が起こり始めた。パチ、パチ、パチ。最初は小さかったが、つられて、だんだんと大きくなっていく。

「私は第三次世界大戦で、この腕を失った!」

 ザックは機械化された左腕を高く掲げた。

「仲間たちも、多くを失った。何のために?…人類の誇りのために!しかし、戦争が終わった時、私たちは何を得た?…今度は、宇宙人による支配だ!」

 拍手が、喝采に変わっていく。

「そして今、この船で何が起きている?一人の少女が、宇宙人の言葉を伝えている。『生身の体に価値がある』?いや、違う!それは宇宙人による洗脳だ!我々は、騙されている!」

 ざわっ、と会場が揺れた。

「宇宙人どもは、美しい言葉で我々を惑わそうとしている。しかし、真実を見ろ!彼らは我々の地球を支配し、我々の自由を奪ったのだ!」

 ザックの機械化された左腕が、拳を作る。その瞬間、青い光が走った。


 ミレイは隅でその光景を見つめながら、心臓がドクン、ドクンと早鐘を打つのを感じていた。

 なんだろう、嫌な予感。


「宇宙人どもは、美しい言葉で我々を惑わそうとしている。しかし、真実を見ろ!彼らは我々の地球を支配し、我々の自由を奪ったのだ!」

 ザックの機械化された左腕が、拳を作る。その瞬間、青い光が走った。

「今も地球では、他国の侵略に恐れる国々が沢山ある!国の平和を守るには、今後も力による統治が必要だ!他国に先んじて優位に経つ事、競争が必要なのだ!核兵器は、今も必要悪だ!核兵器の抑止を無くして、平和はありえない!…なのに!現実を考慮しない能天気なセレスティアル、宇宙人どもは、兵器を無力化し、おまけにこの宇宙船に地球人を乗せ、能天気に洗脳しようとしている!私たちの地球は、私たちのものだ!—皆さん、宇宙人に洗脳されるな!こないだの小娘の様に!—」

 ザックの視線と指先が、会場の隅にいるミレイを捉えた。

 会場から、怒号が上がった。ミレイの体が、恐怖で硬直する。

「我々は立ち上がらなければならない! 宇宙人との接触を阻止し、地球の独立を取り戻すのだ!」

 聴衆が一斉に拍手喝采した。今、この場所にあるのは、扇動と憎悪だけだ。


 うまくいったわ!会場の最前列で、レディ・スターリングは満足そうに微笑んでいた。彼女の機械化された指が、膝の上で何かを操作している。ブラックウッドへの送金を確認する画面が、小さく光る。


 

 その夜、下層階の居住区で、それは起こった。

 ミレイは自室で瞑想をしていた時、突然の悲鳴を聞いた。


 キャーッ!ドタドタドタ、という足音。何かが壊れる音。ガシャーン!

 ミレイは飛び起きて、ドアを開けた。

 廊下は混乱していた。人々が逃げ惑い、そして——武装した集団が、下層階の人々に襲いかかっていた。


「お前たちも、宇宙人の影響を受けている! 浄化が必要だ!」

 ザックの声が響く。彼の機械化された左腕から、青白いエネルギーが放たれる。ビシッ、という音と共に、一人の男性が倒れた。

「やめて!」ミレイは叫んだが、その声は混乱の中にかき消された。

 パン、パン、パン、パン!乾いた銃声が響く。

 ギャーー!悲鳴が響く。そして、血の匂いが廊下に広がっていく。

 ミレイは呆然と立ち尽くしていた。

 こんなことが、起こるなんて。こんなことが—


 気づいたときには、ザックがミレイの前に立っていた。機械化された左腕が、ミレイののどに当てられる。冷たい金属の感触が、皮膚に伝わってくる。

「お前か、綾羽タケシの娘、綾羽美玲は?」

「…はい」

「来てもらおう。お前には、やってもらうことがある!」

 ミレイは抵抗しようとしたが、機械化された腕の力は圧倒的だった。体が宙に浮き、引きずられていく。


 周りでは、まだ虐殺が続いていた。下層階の人々が、次々と倒れていく。

 パン、パン、パン、パン!

 止めてぇ!!


 ミレイの目から、涙が溢れた。

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