エンディング
(最終ラウンドが終わり、スタジオには深い余韻と、ある種の静かな興奮が漂っている。四人の論客は、それぞれの提言を終え、それぞれの思想の海へと再び沈んでいるかのようだ。あすかは、ゆっくりとスタジオの中央に進み出て、ホログラムに映し出された四つのキーワードを見つめている)
あすか:「皆様、ありがとうございました。時空を超えた魂の激論、今、ここに、四つの未来への処方箋が示されました」
(あすかは、穏やかな、しかし慈しむような眼差しで、四人の論客一人ひとりの顔を見渡す)
あすか:「始皇帝陛下の、地方自治を解体し、『効率』を極める究極の中央集権。カエサル閣下の、議会を形骸化させ、民衆の『熱狂』をエネルギーに変えるカリスマ統治。北条泰時殿の、対話を重ね、痛みを分かち合うことで『調和』を目指す共同体再生。そして、モンテスキュー男爵の、権力を徹底的に縛り、『制度』によって自由を守る精密なシステム」
あすか:「どの提言にも、光と影があります。どの道を選んでも、何かを得て、何かを失うことになるでしょう。絶対的な正解など、どこにもないのかもしれません。…さて、物語もいよいよ終幕の時を迎えました。この長く、そして熱い対話を終えて、皆様は今、何をお思いでしょうか。まずは、泰時殿から、ご感想をいただけますか?」
北条泰時:(静かに頷き、その実直な瞳であすかを見つめ)「…某の見ていた世が、いかに狭いものであったか、痛感いたしました。国の成り立ち、人の治め方には、これほどまでに違う道があるのかと。特に、モンテスキュー殿の『制度』のお話は、目から鱗が落ちる思いでございました。某は、人の『心』や『道理』ばかりを重んじておりましたが、その心を正しく導き、支えるための仕組みがなければ、いずれは崩れてしまうのかもしれませぬな。大変、良い学びの場でございました。心より、感謝いたしまする」
あすか:「ありがとうございます。では、モンテスキュー男爵、いかがでしたか?」
モンテスキュー:(少し興奮した面持ちで)「ええ、実に有意義でした!私の理論の正しさを再確認できたと同時に、その実現の困難さも、また痛感いたしました。特に、カエサル閣下や始皇帝陛下の存在は…私にとって、理論が打ち破らねばならぬ、あまりにも強大な『現実』でした。そして、泰時殿…あなたの言う『心』の問題。制度という骨格に、いかにして温かい血を通わせるか。これは、私の理論をさらに発展させるための、大きな課題となりましょう。感謝します」
あすか:「では、カエサル閣下。あなたは、この対話から何かを得られましたか?」
カエサル:(ふん、と鼻で笑い、腕を組む)「得たものなど、何もない。俺は俺のやり方で勝ち、国を創ってきた。他のやり方に興味はない。…だが、一つだけ分かったことがある。時代が違えど、言葉が違えど、為政者の悩みというものは、さほど変わらんらしい。民をどう食わせるか、どう守るか、そして、どう導くか。その答えが、それぞれ違うというだけだ。退屈はしなかった。それだけは認めてやろう」
あすか:「ありがとうございます。それでは最後に、始皇帝陛下。この対話は、陛下にとって、どのような時間でしたでしょうか」
始皇帝:「…………無駄な、時間だった」
(その一言は、これまでと何ら変わらない、冷徹な響きを持っていた。しかし、ほんの一瞬だけ、彼の視線が、他の三人を捉えたかのように見えた)
あすか:「…皆様、それぞれに、思うところがおありのようですね。では、最後に、究極の質問をさせてください。これは、皆様の哲学の真髄が試される問いです」
(あすかの言葉に、四人の表情が再び引き締まる)
あすか:「もし、ご自身がこの世から消え、この現代日本の市の未来を、ここにいる他の三人のうちの誰か一人に、全権を委ねて託さねばならないとしたら…。あなたは、誰を選びますか?」
(誰もが予想しなかった問い。スタジオに、これまでで最も重い沈黙が流れる)
始皇帝:(最初に沈黙を破り、心底くだらない、といった様子で)「…愚問。誰にも任せぬ。朕亡き後の国など、滅びるが道理。この三人も含め、全て愚か者だ」
あすか:「では、陛下は、誰もお選びにならない、と」
始皇帝:「そうだ。それが答えだ」
あすか:「…承知いたしました。では、カエサル閣下は、いかがです?」
カエサル:(面白そうに口の端を上げ、しばし考え込む)「ほう…これは面白い趣向だ。選ばねばならんのか。…そうだな、この軟弱な理論家と、人の良さだけが取り柄の田舎武士(泰時)は論外だ。奴らに任せれば、この市は三日で滅びるだろう」
モンテスキュー:「なっ…!」
北条泰時:「……。」
カエサル:「…強いて、本当に強いて選ぶならば…始皇帝、お前だ」
(カエサルの答えに、モンテスキューと泰時が息をのむ)
カエサル:「やり方はグロテスクで、美学の欠片もない。民を歯車扱いするなど、俺の趣味ではない。だがな…奴にはある。国というものを、己の身一つで背負い、その重圧に耐え、結果を出すという、絶対的な『覚悟』がな。他の二人には、それがない。議論はするが、覚悟がない。国を任せるなら、議論家よりは、覚悟のある独裁者の方が、まだマシだ」
あすか:「…力を持つ者は、力を持つ者の覚悟を見抜く、ということでしょうか。では、モンテスキュー男爵。あなたにとって、この悪夢の選択、答えはいかがでしょう」
モンテスキュー:(頭を抱え、天を仰ぎ)「おお、神よ!なんという過酷な選択を!始皇帝陛下やカエサル閣下に任せるくらいなら、この市が自然消滅するのを見ている方がまだマシです!彼らの下では、市民は家畜か奴隷になるだけだ!」
カエサル:「奴隷でも、生きてはいられるぞ。お前の理想郷とやらでは、議論の末に全員飢え死にするかもしれんがな」
モンテスキュー:「それでも!自由なき生に、価値などない!…うぅ…しかし、選ばねばならぬのですね…。ならば…ならば、私は…泰時殿、あなたを選びます」
北条泰時:(驚いて)「某を…でございますか?」
モンテスキュー:「左様。あなたの言う『道理』や『心』は、法学者としては曖昧すぎると感じます。しかし、その根底にあるのは、民を慈しみ、正しくあろうとする誠実な精神です。私の設計した『制度』という器も、あなたのような誠実な精神を持つ方が運用してくださるならば、きっと正しく機能し、市民の自由を守ってくれるでしょう。他の二人のような、破壊と支配の化身に比べれば、万倍も良い!」
あすか:「制度の骨格には、誠実な魂が必要だと。…では、最後に、泰時殿。あなたはこの究極の選択に、どうお答えになりますか」
北条泰時:(困ったように、しかし、穏やかな笑みを浮かべ)「…これは、難問でございますな。某には、誰か一人など、とても選ぶことはできませぬ」
あすか:「と、申しますと?」
北条泰時:「始皇帝陛下の国を動かす断固たる意志。カエサル殿の民を惹きつける熱。モンテスキュー殿の綻びを見抜く知性。そのどれもが、国を治める上では必要な力。しかし、そのどれか一つだけでは、必ず道を踏み誤るでしょう。…某ならば、この三名に最高顧問として残っていただき、それこそ『円卓評定会議』を開きまする。そして、この四人の知恵を合わせ、一つの、最善の道を探し出す。選ぶのではなく、束ねる。それが、某の答えにございます」
(泰時の答えに、スタジオは再び静まり返る。それは、彼の哲学が一貫していることへの、静かな感嘆のようだった)
あすか:「…ありがとうございます。最後の最後まで、皆様の生き様そのもののようなお答えでした。名残惜しくはありますが、いよいよ、お別れの時です」
(あすかが一礼すると、背後のスターゲートが、再び静かに光を放ち始める)
あすか:「皆様、時空を超えた対話、誠にありがとうございました。皆様の声は、必ずや、この時代の道標となるでしょう」
あすか:「まずは、始皇帝陛下。長きにわたるご滞在、感謝いたします」
始皇帝:(立ち上がり、誰に言うでもなく、ただ一言)「…愚か者どもめ」
(その言葉を残し、彼は来た時と同じように、一切の感情を見せずにスターゲートの光の中へと姿を消した)
あすか:「続きまして、カエサル閣下。あなたの熱は、時代を超えて人々を魅了しました」
カエサル:(立ち上がり、モンテスキューに向かって不敵な笑みを浮かべ)「あばよ、理論家先生。せいぜい、誰も死なない理想の国とやらで、溺れるがいい」
(マントを翻し、彼は英雄らしく、堂々とした足取りで光の中へと消えていった)
あすか:「モンテスキュー男爵。あなたの知性は、私たちに自由の価値を教えてくれました」
モンテスキュー:(カエサルの去った方を忌々しげに見ていたが、気を取り直して泰時に深く一礼し)「泰時殿。あなたの言う『道理』の世が、いつか来ることを願っております。では、ごきげんよう」
(彼は学者らしく、優雅に一礼すると、光の中へと歩みを進めた)
あすか:「そして、北条泰時殿。あなたの誠実さは、私たちに希望を与えてくれました」
北条泰時:(あすかと、そして誰もいなくなった席に、深々と頭を下げ)「こちらこそ、良き学びの場でございました。皆様、御免」
(その言葉を残し、彼は武士らしく、静かに、そして清々しい足取りで光の中へと消えていった)
(スターゲートの光が消え、スタジオには、再びあすか一人だけが残された。彼女は、誰もいなくなったテーブルを静かに見つめている)
あすか:「…彼らは去りました。しかし、彼らの声は、問いは、この時代に生きる私たちの胸の中に、確かに残響しています」
(あすかは、ゆっくりとカメラに向き直り、視聴者に語りかける)
あすか:「歴史とは、暗記すべき過去の事実ではありません。それは、私たちが何者で、どこへ向かうべきかを教えてくれる、生きた物語です。そして、その登場人物たちは、未来を選ぶために私たちが対話すべき、時を超えた隣人なのです」
あすか:「効率か、熱狂か、調和か、制度か。あなたの隣には今、どの英雄が座っていますか?そして、あなたは、誰と、どんな未来の物語を紡いでいきますか?」
あすか:「…物語の結末を選ぶのは、あなたです」
(あすかは、最後に深く、静かに一礼する。彼女の姿がゆっくりとフェードアウトし、誰もいなくなった荘厳なスタジオに、『歴史バトルロワイヤル』のロゴが静かに浮かび上がり、番組は幕を閉じる)