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最終ラウンド:現代日本への提言

(ラウンド3で、現代日本の課題が浮き彫りになったスタジオ。あすかは神妙な面持ちで立ち上がり、最終ラウンドの開始を告げる)


あすか:「皆様、ありがとうございました。『厳しい選択』を前に、皆様の哲学が鮮明になりました。それでは、これまでの議論の全てを踏まえ、最終ラウンドへと参りましょう。題して、『現代日本への提言』」


(中央のホログラムに、日本列島の地図が浮かび上がる。その中の一つの市が、赤くハイライトされる)


あすか:「設定はこうです。皆様は、人口減少と財政難に苦しむ、この日本のとある市の『最高顧問』に就任しました。あなたならば、この市を救うために、どのような制度を設計し、どのような行動を取りますか?未来への具体的な処方箋をお聞かせください。…では、まず、既存の全てを破壊し、新たな秩序を創造するこのお方から。始皇帝陛下、お願いいたします」


始皇帝:(席に座ったまま、その都市の地図を睥睨し)「…顧問、だと?下らぬ。朕は、支配するのみ」


あすか:「では、支配者として、まず何をなさいますか?」


始皇帝:「簡単なことだ。第一に、市長、議会、その存在を即刻廃止する。地方が独自の意思を持つこと自体が、国家にとっての病巣だ」


(その一言に、モンテスキューは「なんと…」と絶句し、カエサルでさえも少し驚いた表情を見せる)


始皇帝:「第二に、朕が中央から任命した有能な『郡守』を、この市に派遣する。郡守は、市の歳入と歳出を完全に掌握し、朕の定めた法に基づき、一切の無駄を削ぎ落とす。福祉、教育、インフラ…全てにおいて、国家が定めた基準以外のものは認めぬ」


モンテスキュー:「市民の意思は完全に無視されると!地域の特色や文化も、全て失われてしまうではありませんか!」


始皇帝:「文化が民の腹を満たすか?特色が民の命を守るか?国家の存続の前には、些末なことだ。第三に、反対する者は、その一族に至るまで厳罰に処す。恐怖こそが、最も効率的な統治の手段である。異論を許さぬ強固な意志と、絶対的な法があれば、この市は三年にして黒字化し、十年で安寧を取り戻すだろう。以上だ」


(あまりに過激な提言に、スタジオは凍り付く。あすかは冷静さを保ちながら、その提言の本質を要約する)


あすか:「…ありがとうございます。地方自治そのものを解体し、中央集権による徹底的な効率化を図る。究極のトップダウンによる再生計画、ということですね。…では、この提言を受けて、同じく強力なリーダーシップを志向するカエサル閣下はいかがでしょう。あなたの処方箋をお聞かせください」


カエサル:(立ち上がり、始皇帝とは対照的に、情熱的な身振りで語り始める)「始皇帝のやり方は、効率は良いだろう。だが、心が無い。民は恐怖では動くが、それでは真の力は引き出せん。俺のやり方は違う」


あすか:「と、申しますと?」


カエサル:「まず、市長である俺に、全ての権限を集中させる。条例の制定、予算の執行、人事権…議会の承認は原則として不要とする。奴らは、俺の決定を追認するだけのゴム印で十分だ」


モンテスキュー:「それも独裁ではありませんか!」


カエサル:「黙って聞け、男爵。ここからが違う。俺は、重要な政策決定…例えば、病院の統廃合、新たな産業の誘致、大規模な増税など…それらは全て、市民による『住民投票』で決める!」


(カエサルの意外な提案に、モンテスキューと泰時が目を見開く)


カエサル:「議会で眠っている老人どもに数ヶ月かけて議論させるより、市の広場で俺が市民に直接その信を問い、投票で決める方が、よほど民主的で、よほど迅速だとは思わんかね?俺は、議会ではなく、市民と直接、対話する!」


あすか:「議会を飛び越し、首長と住民が直接結びつく。ある意味で、これも究極の二元代表制の姿かもしれません」


カエサル:「そうだ。そして、ただ厳しい選択を迫るだけではない!指導者たるもの、民に夢を見させねばならん!この縮小社会とやらに風穴を開けるために、俺は巨大な公共事業を立ち上げるだろう。例えば、古代ローマのコロッセオにも匹敵するような、巨大な多目的スタジアムを建設する。そして、そこで毎月のように壮大なイベントを開催し、市に人と金を集めるのだ!」


北条泰時:「しかし閣下、市の財政は既に厳しいのでは?そのような巨大な建造物、一体どこにその財源が…」


カエサル:「創り出すのだ!俺が先頭に立って企業から金を集め、国からも補助金を引き出す!俺の熱意とカリスマで、不可能を可能にしてみせる!民は、目の前の小さな緊縮財政よりも、未来への大きな夢にこそ熱狂する!その熱狂こそが、この停滞した市を再生させる、唯一のエネルギーとなるのだ!」


モンテスキュー:「危険だ!あまりにも危険すぎる!それは、ポピュリズム(大衆迎合主義)の最たるもの!住民投票も、熱狂した市民が扇動されれば、衆愚政治に陥るだけです!そして、巨大事業が失敗した時、その莫大な負債は、誰がどう責任を取るのですか!」


カエサル:「無論、全て俺一人が取る!だが、俺は失敗せん!なぜなら、民がそれを望んでいるからだ!君たちのような、民の力を信じぬ臆病者に、国を救うことなどできはしない!」


あすか:「…ありがとうございます。中央集権による効率化か、それとも、首長のカリスマと民衆の熱狂による活性化か。対照的な二人の支配者から、大胆な提言がなされました。ですが、どちらも『議会』の存在を、極めて軽く扱っている点は共通しているようです」


(始皇帝とカエサルによる、破壊と創造の提言。その衝撃が冷めやらぬスタジオで、あすかはテーブルの反対側、静かに座る二人に優しく視線を移す)


あすか:「中央集権による効率化か、首長のカリスマと民衆の熱狂による活性化か…。しかし、そこには『議会』や『対話』の居場所は、ほとんどないように思えます。では、全く違うアプローチをお持ちの方にお話を伺いましょう。人と人との繋がりの中に、再生の道を見出そうとする調停者。北条泰時殿、あなたの処方箋をお願いいたします」


北条泰時:(ゆっくりと一礼し、穏やかだが芯の通った声で語り始める)「某には、始皇帝陛下のように国を創り変える力も、カエサル殿のように民を熱狂させる才もございませぬ。某ができるのは、ただ、地道に人々の声に耳を傾け、皆が納得できる『道理』を探すことだけでございます」


あすか:「そのために、具体的には何をなさいますか?」


北条泰時:「まず、市長と議会だけで物事を決める体制を改めます。月に一度、必ず『円卓評定会議』を開きまする。その卓を囲むのは、市長、議会の議長、そして…地域の町内会長殿、商工会の会頭殿、田畑を耕す農家の方々の代表、子を持つ親御さんたちの代表。そういった、この市に暮らし、この市を支えておられる様々な立場の方々です」


カエサル:(呆れたように)「井戸端会議だな。そんなもので、縮小社会の厳しい選択ができるものか。病院を閉鎖するか否かを、農夫や主婦にまで相談するつもりか?」


北条泰時:「左様。相談いたしまする。いや、共に考えていただくのです。この評定会議は、何かを決める場ではございませぬ。市の財政状況、将来の人口予測といった、ありのままの情報を皆で共有し、それぞれの立場から意見を述べ、知恵を出し合う『熟議』の場でございます。なぜ病院を閉鎖せねばならぬのか、その痛みを、まず皆で分かち合うのです。議事録は全て公開し、誰が何を言ったのか、市民全員が知ることができるようにいたします」


あすか:「まず、徹底的な対話と情報共有で『道理』の土台を作ると。では、最終的な決定は、どこで?」


北条泰時:「最終的な決定は、民に選ばれた議会が、責任をもって下します。しかし、その時には、なぜその苦しい決断に至ったのか、多くの市民がその道筋を理解し、納得はできずとも、受け入れられる状態になっているはず。トップダウンの『決定』ではなく、皆で紡いだ『結論』。それこそが、将来に禍根を残さぬ、唯一の道だと信じまする」


モンテスキュー:「理念は、実に素晴らしい。対話の重要性は、私も認めます。しかし、泰時殿、その『道理』や『納得』というものは、あまりに曖昧ではありませんか?法的な拘束力もなければ、感情論に流される危険性も大きい。善意に頼りすぎているように聞こえますが」


北条泰時:「おっしゃる通りかもしれませぬ。ですが、法や制度も、人の心が離れてしまえば、ただの抜け殻。某は、まずその心を繋ぎ止めることから始めたいのです」


あすか:「…ありがとうございます。効率や熱狂ではなく、対話による調和。まさに泰時殿ならではの、温かくも険しい道のりです。…さて、皆様、お待たせいたしました。いよいよ、最後の提言者となります。これまでの全ての議論を受け、この市の未来を、暴走を防ぐための精巧な『制度』に託そうとする思想家。モンテスキュー男爵、あなたの集大成をお聞かせください」


モンテスキュー:(立ち上がり、これまでの三者の提言を総括するように)「始皇帝陛下は絶対的な君主の力を、カエサル閣下はご自身のカリスマを、そして泰時殿は人々の善意を信じられた。しかし、私は敢えて言います。政治において、特定の個人や、人の善意に期待することは、あまりにも危険な賭けなのです。だからこそ、私は誰がやっても破綻しない、『権力の暴走防止システム』をこの市に導入します!」


あすか:「そのシステム、具体的にはどのようなものでしょう?」


モンテスキュー:「三本の柱がございます。第一の柱は、『市長の権限の厳格な制限』です。市の条例で、市長が『してはならないこと』のリストを明確に定めます。議会の議決を経ない予算の流用など、少しでもこのリストに抵触すれば、議会が即座に差し止めを請求できるのです」


カエサル:「そんながんじがらめの状態で、一体何ができるというのだ!臆病者のための鎧を着込んで、どうやって戦うのだ!」


モンテスキュー:「政治は戦争ではありません!市民の生活を守るための営みです!第二の柱は、議会すらも監視する、『独立監査役・市民オンブズマン』の設置です!これは、議員とは別に、市民が直接選挙で選びます。オンブズマンは、市長と議会の両方に対し、不正がないか、なれ合いがないかを常に監視し、強い勧告権を持つ。いわば、市民が雇った最強の番犬です!」


あすか:「権力が、市長と議会の二つだけでなく、市民が選ぶ第三の権力によっても監視される、と。まさに三権分立の地方版ですね」


モンテスキュー:「その通り!そして、最後の第三の柱が、最も重要です。それは、『徹底的な情報公開』です!市の予算が、一円単位で何に使われたのか。全ての会議の議事録、市長と業者の面会記録。それら全ての行政文書を、原則として即時、誰でもインターネットで見られるようにするのです。権力は、光を当てれば腐敗しにくくなる。常に衆人環視の下に置く。これが、最強の暴走防止策なのです!」


北条泰時:「…仕組みとしては、実に見事でございます。しかし、モンテスキュー殿。そのように、互いが互いを疑い、監視し合う社会で、人々の心は冷え切ってしまわぬか。それが、某には案じられてなりませぬ」


モンテスキュー:「冷たいと言われようと、構いません!人の善意に期待して国が滅ぶより、よほど良い!私の理想は、為政者が『良い人』であることではなく、たとえ『悪い人』が為政者になっても、悪さができない社会を創ることなのですから!」


(モンテスキューが熱弁を終え、四者四様の提言が、ついに出揃った。あすかは、ゆっくりとスタジオの中央に進み出る)


あすか:「皆様、ありがとうございました。時空を超えた魂の激論、今、ここに、四つの未来への処方箋が示されました」


(あすかの背後、ホログラムに四者の顔と、提言のキーワードが映し出される)


あすか:「始皇帝陛下の、地方自治を解体し、『効率』を極める究極の中央集権。カエサル閣下の、議会を形骸化させ、民衆の『熱狂』をエネルギーに変えるカリスマ統治。北条泰時殿の、対話を重ね、痛みを分かち合うことで『調和』を目指す共同体再生。そして、モンテスキュー男爵の、権力を徹底的に縛り、『制度』によって自由を守る精密なシステム」


あすか:「どの提言にも、光と影があります。どの道を選んでも、何かを得て、何かを失うことになるでしょう。絶対的な正解など、どこにもないのかもしれません」


(あすかは、カメラの向こう、現代を生きる視聴者に向かって、真っ直ぐに語りかける)


あすか:「歴史は、いつも私たちに問いかけます。あなたなら、どうする?と。この四つの物語のうち、あなたは、どの物語の続きを見たいですか?どの未来を、あなたの子や孫の世代に手渡したいですか?その選択は、もはや歴史上の英雄ではなく、この時代を生きる、あなた、あなた自身に、委ねられています」


あすか:「『歴史バトルロワイヤル』、今宵の物語は、これにて終幕。また、いつか、どこかの時代の物語でお会いしましょう」


(あすかが深く一礼すると、スタジオの照明がゆっくりと落ちていく。四人の論客のシルエットが、静かに闇に溶けていった)

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