オープニング
(静寂に包まれた、荘厳なスタジオ。古代ローマの元老院と日本の城の評定の間が融合した、不思議な空間。中央のホログラムがぼんやりと光っている。スポットライトの中に、純白のドレスをまとった司会者のあすかが静かに立っている)
あすか:「物語の声を聞く案内人、あすかです。いつの時代も、人の営みの傍らには『治める者』と『治められる者』の物語がありました。そして、その間には常に一つの問いが横たわります…『権力は、いかにして在るべきか』と」
(あすかが手にした粘土板のようなタブレット「クロノス」にそっと触れる。すると、背景のスクリーンに現代日本の地方議会のニュース映像が無音で流れ始める。議場で怒号を飛ばす議員、居眠りする議員、忖度して癒着する首長と議会…)
あすか:「本日、皆様と共に旅をする物語のテーマは『地方議会の二元代表制』。住民が、地域のリーダーである『首長』と、地域の声を届ける『議会』。その両方を直接選ぶ制度です。互いに力を牽制し合い、暴走を防ぐための仕組み…のはずが、時として激しく対立し、あるいは馴れ合い、民意が置き去りにされることも。この難解なパズルを解き明かすため、今宵、時空を超えて最強の論客たちをお招きしました」
(あすかの言葉に応じるように、スタジオの奥に眩い光を放つ円形のスターゲートが出現する。ゲートの中心が渦を巻き始める)
あすか:「最初に登場するのは、武士の世に『話し合い』という秩序をもたらした、偉大なる実践者。鎌倉幕府の合議制メーカー、北条泰時!」
(スターゲートから、質実剛健な鎌倉武士の装束に身を包んだ北条泰時が、ゆっくりと歩み出る。彼は驚いた様子を見せず、冷静に周囲を見渡すと、あすかに向かって静かに一礼し、指定された席に着く)
あすか:「続いては、そのペン一本で、近代民主主義の設計図を描いた偉大なる思想家。ミスター三権分立、シャルル・ド・モンテスキュー!」
(ゲートから、白いカツラをつけ、華やかな貴族の衣装をまとったモンテスキューが、好奇心に満ちた目で登場する。彼は優雅にあすかに一礼し、先客の泰時を見て興味深そうに微笑みながら対面の席に着く)
あすか:「さあ、お待たせしました!民衆を熱狂させ、歴史そのものになった不世出の英雄!元老院(議会)クラッシャー、ガイウス・ユリウス・カエサル!」
(ゲートの光が一層強くなり、深紅のマントを翻してカエサルが姿を現す。その圧倒的な存在感と自信に満ちた歩みに、スタジオの空気が一変する。彼はモンテスキューを一瞥して鼻で笑うと、不遜な態度で席に着いた)
あすか:「そして最後は…法の前に人はなく、法の下に人のみがある。全てを支配し、全てを統一した絶対君主。議論の対極に立つ者、始皇帝!」
(それまでの光とは違う、闇を凝縮したようなゲートの中心から、黒と金を基調とした荘厳な衣装の始皇帝が、冷徹な視線で静かに登場する。彼の威圧感に、カエサルさえも一瞬表情を硬くする。始皇帝は誰とも目を合わせず、まるで玉座に座るかのようにゆっくりと席に着いた)
(コの字のテーブルは、片側にカエサルと始皇帝【独裁・中央集権サイド】、対面にモンテスキューと北条泰時【分権・合議サイド】が座る形となった)
あすか:(にこやかに)「皆様、時空を超えてようこそおいでくださいました。『歴史バトルロワイヤル』へ。単刀直入にお伺いします。リーダーである『首長』と、それをチェックする『議会』。この二つの権力が存在する制度、皆様の目にはどう映りますか?まずは、カエサル閣下からお聞かせ願えますか?」
カエサル:「フン、愚問だな。あすかと言ったか。二頭の獅子が同じ山に棲めば、そこにあるのは争いだけだ。真の民意を体現する強力な指導者が一人いれば、議論ばかりで何一つ決められぬ老人の集まりなど、国家の害悪でしかない。私がローマで示した通りにな」
モンテスキュー:(即座に身を乗り出して)「お待ちください、カエサル閣下!それこそが暴政への入り口です!そのご意見は、市民の自由を根底から否定する、あまりに危険な思想だ!権力は必ず腐敗します。だからこそ、権力によって権力を抑制する『ブレーキ』、つまり議会が必要不可欠なのです!これは『法の精神』における絶対の原則ですぞ!」
カエサル:(モンテスキューを嘲笑うように見て)「理論家の戯言だな。その『ブレーキ』とやらは、改革の足を引っ張るだけの鉄の鎖だ。民衆が求めるのは議論ではない、パンとサーカス…つまり、結果だ。君は民の腹を満たしたことがあるのかね?」
北条泰時:(二人の間に割って入るように、静かに口を開く)「お二人とも、お待ちくだされ。首長か議会か、どちらか一方という話ではありますまい。肝要なのは、その『仕組み』そのもの。上に立つ者の独断も、議論のための議論も、どちらも民を苦しめる。いかにして、皆が納得する『道理』を見出すか。それが政の要諦と心得ます」
あすか:「道理、ですか。泰時殿、深いお言葉です。…始皇帝陛下は、いかが思われますか?」
(あすかに問われ、それまで目を閉じていた始皇帝が、ゆっくりと目を開く。その視線は誰にも向けられていない)
始皇帝:「…愚かな。議論すること自体が、時間の浪費。国の形は、朕が決める。それだけだ。異論は、不要」
(その一言で、スタジオの熱がすっと冷め、緊張が走る。モンテスキューは言葉を失い、カエサルですら面白くなさそうに黙り込む)
あすか:(微笑みを崩さず)「皆様、早くも熱い魂のぶつかり合い、ありがとうございます。ですが、あまりの熱気に、物語の道筋を見失う方もいらっしゃるかもしれません。ここで一度、現代の知性に光を灯していただきましょう。政治制度の専門家と中継が繋がっています。日本再生大学の石丸教授です」
(あすかが「クロノス」を操作すると、スタジオの巨大スクリーンに、本棚に囲まれた研究室にいる石丸教授が映し出される)
石丸教授:「ご紹介にあずかりました、再生大学の石丸です。歴史上の偉大な皆様を前に、大変光栄です」
あすか:「石丸教授、ようこそ。早速ですが、この物語の舞台である『二元代表制』とは何か、分かりやすく教えていただけますか?」
石丸教授:「はい。一言で言えば『地域のリーダーと、その議会を、住民がそれぞれ直接選挙で選ぶ制度』のことです。会社の『社長』と、その社長の経営をチェックする『取締役会』を、社員が別々の選挙で選ぶようなもの、とイメージしてください」
(スクリーンに『首長=社長』『議会=取締役会』というテロップとイラストが表示される)
石丸教授:「住民は、力強く地域を引っ張ってほしいリーダー(首長)と、そのリーダーの暴走を止め、多様な意見を反映してほしい代表団(議会)、二つの意思表示ができるわけです。これが『二元』たる所以です」
モンテスキュー:(感心したように)「ほう…権力分立を、そのような形で実現しているわけですね。興味深い」
あすか:「では、日本の国政で採用されている『議院内閣制』とは、どう違うのでしょうか?」
石丸教授:「良い質問ですね。国政は、私たち国民が直接選ぶのは『国会議員』だけです。そして、その国会議員たちの話し合いの中から、リーダーである『内閣総理大臣』が選ばれます。つまり、リーダーを『間接的』に選ぶわけです」
(スクリーンに、国政と地方政治の仕組みを比較する図が表示される)
石丸教授:「ですから、二元代表制は、首長が議会の多数派の支持を得ていなくても、住民から直接選ばれたという強い正当性を持ってリーダーシップを発揮できます。一方で、首長と議会が対立すると、物事が前に進まなくなる『ねじれ』という状態に陥りやすい。これが最大の特徴であり、難しさでもあります」
カエサル:(退屈そうに腕を組んでいたが、ここで口の端を上げ)「つまり、議会に媚びねばならぬ弱い指導者か、民衆に直接信を問う強い指導者か、ということだな。答えは明白だろう」
あすか:「カエサル閣下、ありがとうございます。そのお言葉、まさにこの後の議論の核心ですね。石丸教授、大変分かりやすい解説、ありがとうございました」
石丸教授:(画面越しに一礼し)「とんでもないです。皆様の議論、楽しみにしております」
(石丸教授の映像が消える)
あすか:「…さて、皆様。専門家の解説で、論点はより明確になりました。住民から直接選ばれる『首長』と『議会』。この二つの力がせめぎ合う舞台で、皆様ならばどのような物語を紡ぎますか?それでは、最初のラウンドに参りましょう!」