ぼくはたい焼き
コメディジャンルです。
完全におふざけ作品となります。
ふざけていますので、どうかどうかご理解ください。
イラストがあります。
苦手な方はお避けください。
★しいなここみ様主催『梅雨のじめじめ企画』参加作品です。
僕はたい焼き。
僕の自慢…と言うか凄いところは、5匹一緒に焼かれる「養殖たい焼き」ではなく、1匹ずつ焼かれる「天然たい焼き」ってところなんだ。
毎日お店で焼かれる僕。
特別に作られた一匹分の鯛の型。そこに皮となる生地を流し、溢れんばかりに餡を乗せてから火の中に入れられる。
そこからは時間との戦い。職人さんがつきっきりでひっくり返して、皮がパリッとなるように短い時間で焼かれるんだ。
焼き上がりは熱々。お店の名前の入った紙に包まれお客さんの前に差し出される僕。
それまでじっと焼き上がるのを待っていたお客さんは、キラキラと輝く笑顔になって手を伸ばす。そして嬉しそうにふーふーと息を吹きかけた後、大きな口を開け…
そこで僕の意識は焼かれているたい焼きに戻る。
さっきまで「僕」だった「たい焼き」を食べる人を眺める「僕」
これは、毎日毎日「僕」が産まれた時から変わらず繰り返されている。
最初のうちはお客さんの笑顔を見るのが嬉しかった。
熱々のたい焼きをハフハフと頬張ると、みんな嬉しそうに笑うんだ。
だけど…焼かれては食べられ、また焼かれる…そんな繰り返しの毎日に、僕は疑問を持ち出した。
僕にはもっと何か出来るはず。
だって、僕を食べた人はみんな幸せそうな笑顔になれるんだ。
僕はこんなところでない、もっと凄いところで活躍出来るはずなんだ。
そんなあんこのようなドス黒い重いが、腹の中を埋め尽くすようになっていた。
毎日繰り返し店に流れる「暗いイントロから始まるたい焼きの歌」と同じように、ある朝、僕はたい焼き屋を逃げ出した。
僕は走った。夢中になって走る。
どこに行こうか?「どこにだって行ける!」
でも、海は最終的におじさんに食べられる運命らしいので、どうせ食べられるなら可愛い女子高…いや、僕はみんなを幸せに…
とりあえず山に向かうことにした。
人混みをすり抜け、無事に山の麓までたどり着いた時、道端でぐったりと座り込んでいるお爺さんを見つけた。
「あの…大丈夫ですか?どうしました?」
「お腹が…空きすぎて…もう動けない…」
その人が弱々しく答える。
その言葉を聞いた時、僕の脳裏に僕を頬張る人の笑顔が映し出された。
僕を食べて元気を出して欲しい。
あの笑顔を見たい。
でも、、、僕の旅は始まったばかり。食べられてしまっては、もうどこにも行けなくなってしまう。
ならば中身のあんこはどうだろう。
そうだ!あんこならば。
僕はお腹にチカラを込めた。
「ふんっ!!!」
すると、尻尾の下、お尻のところが小さく切れて穴が空いた。
さらにお腹にチカラを入れると、そのお尻の穴からお腹のあんこが出始めた。
僕はお爺さんの口元にお尻を突き出して言う。
「僕のあんこを食べて元気を出してください!」
「さあ!早く口を開けて!!」
お尻の穴からちょっとだけ覗くあんこを見て、何故か嫌そうに口を開くお爺さん。
僕はその口に目掛けてあんこを落とした。
ぽっとん。
ぽっとん。
ぽ…っ…とん。
あんこを食べたお爺さんが、嫌そうにもぐもぐと口を動かしている。
すると顔に赤味が戻って立ち上がり「ありがとうございました…」と軽く礼をして去ってしまった。
え?それだけ?僕のお尻は破けちゃったのにそれだけ??
なんとなく納得がいかない。
だって、お店で僕を食べる人たちはみんな輝く笑顔だった。
それなのに。。。
「…いや、お爺さんだからかな。女子高生なら…」
いやいや。これから出会う人がみんなそんな人じゃないはずだ!!
そう気合いを入れて、また歩き出した。
すると、どこからか誰かが泣いている声が聞こえてきた。
その泣き声を辿ってみると、小さな子供が二人…姉と妹だろうか。二人は寄り添うようにしゃがみ込んでいた。
みすぼらしい服を着たその子供。泣いているのは妹のようだった。
「おねぇちゃん…おなかがすいた…」
「エミリー、私も同じなの。そんなに泣かれると…私も悲しくなってしまうわ。だからお願い…笑って」
姉の言葉にはっとし、目をゴシゴシと擦る妹。
「ごめんなさい……でももうほんとうにげんきがでないんだもん…」
我慢出来ずに溢れる涙。そしてやっぱり泣き出す妹。
そんな妹の姿を見ていた姉の目の周りがじんわりと赤くなっていく。
「あのっ!!」
気がつけば僕は飛び出していた。
突然出てきた僕を見て驚く姉妹。
「僕はたい焼きくんです!僕のあんこをあげる!僕を食べたら元気が0.6倍くらいになると思うよ」
さっきの人の事を思い出し、ちょっと控えめな数字を提示してみた。
さらに泣き出す妹を守るように立つ姉。その姉の背後に隠れる妹。
早く元気になってほしくて気持ちが焦る。
「ほら、エミリーちゃん…だっけ?僕のあんこをお食べ?」
僕はエミリーちゃんに安心して欲しくて、穴からちょっと覗いたあんこが見えるようにお尻を見せる。
動かない二人。僕はそのポーズのまま時間が過ぎていく。
すると「…まず、私が食べてみるわ。エミリーは後でね」そう言ってお姉さんの方が前に出た。
僕は泣いているエミリーちゃんに先に食べてほしかったのに…。なんて欲張りなお姉さんなんだろう。
でも…もしかしたらエミリーちゃんよりもお腹が空いているのかもしれない。
「じゃあ、お姉さんの方から。口を開けて!」
お姉さんの手に乗った僕は、お姉さんの口に目掛けてあんこを落とす。
ぽっとん
ぽっとん。
「どお?」
もっすもっすと嫌そうに食べるお姉さん。なかなか飲み込めないみたい。
しばらくあんこと格闘した後、なんとか飲み込んだ。
そしてエミリーちゃんの事を見て小さく頷き、僕の乗った手をエミリーちゃんの口元に寄せた。
「じゃあいくよ!!」
ぽっとん。
ぽっとん。
ぽ…
っとん。
さっきまで泣いていたからか、涙目になりながらなんとか飲み込むエミリーちゃん。
少しして二人に苦い笑顔が戻る。
「「ありがとうございました…」」
そう小さな声でお礼を言う二人。
いつも僕を食べてた人たちのような笑顔ではないけれど、少し笑ってもらえた。
嬉しい。
目を瞑りここまでの道のりを回想する。
たい焼き屋の前で僕を食べる人たちはみんな幸せそうだったのに…自慢の皮を破いてまであんこを出しているのに…あの笑顔が見れないのだ。
実はたい焼き屋を飛び出してきたことを、ちょっと後悔し始めたところだった。
僕はちょっと涙ぐみながら「いいっていいって!」と、姉妹の礼に返事をする。
そこに二人は居なかった。
すでにずっと遠くを歩いていた。
。。。
そうやって繰り返しあんこを分けて過ごした6日目。
あれから何人にもあんこをあげたけど、お店で見たほどの笑顔をみせてくれる人はいまだにいない。なのにお腹のあんこはもう空っぽ。
そして僕はいつのまにか、紫色や緑色のふさふさしたカラフルな服を着ていた。
ふらふらと道端に倒れ込む。今までの思い出が走馬灯のように…
「走馬灯ってなんだけ…」
ポツポツと降り出した雨が僕の体を濡らしていく。
「僕の何がいけなかったんだろう」
考えても答えは出なかった。
ごめんてばーーー!!