表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

SF小噺

【SF小噺】年金給付まで生きてやる

作者: はまさん

 思わず怒鳴ってしまった。

「ふざけるな、そんなことあるか!」

「ですから政府の決定で、本年度から年金給付年齢は八十歳から百歳になったのです」

 市役所の職員から冷たく返される。

 これでも儂は真面目に働いてきた。世の中にはアホらしいと、年金を払わなくなった若者も大勢いるらしい。だがこの年になるまで、儂は年金もきちんと納めてきた。

 全ては年金を頼りにして、働かないで済む老後を送るため。

「ですから次回は百歳になったらお越しください」

 仕方ない。職員に当たり散らしても変わらない。帰るとするか。だが覚えていろ。百まで生きてやる。


 あれから友も家族も亡くなった。もう自分の内臓で手術していない箇所はないだろう。腹はパッチワークのように縫い跡だらけだ。

 儂は百歳になっていた。

「年金をよこせ」

「残念ですが政府の決定で、本年度から年金給付年齢は百歳から百五十歳になりました」

 と冷たい市役所職員の返答が戻る。

 仕方ない。だったら百五十まで生きてやる。


 百五十歳になった。

 体はとうとう手術で治らなくなった。代わりにすがった手段がサイバネ化だった。既に内臓の半分近くは機械に置き換えられている。脊髄にはコネクタがあり、いつでも電脳世界にハックできた。

 第三次と第四次世界大戦により国家は崩壊。企業国家が世界を支配している。核兵器の乱発により環境は悪化。濃硫酸の雨が降る中、儂は市役所に来ていた。

「年金をよこせ」

「残念ですが企業政府の決定で、本年度から年金給付年齢は百五十歳から二百歳になりました」

 ああ、そう来るんだろうな。分かってたよ。こうなったら二百まで生き抜いてやる。

 それにしても職員の奴も長生きだな。


 二百歳。

「年金をよこせ」

 サイバネ化の次は、バイオパーツだ。DNA培養により作られた有機パーツで肉体を置き換えていた。既に人類の大半は、人の形を捨てている。

「本年度から年金給付年齢は二百歳から五百歳になりました」

「そうか」


 人類の代わりに地球は、DNAデザインされた奉仕種族にあふれるようになっていた。

 そして過剰なバイオパーツにより肉体の境界線を失った人類は、次々に精神生命体へとシフト。

 人類が散逸するのは意外に早かった。

「年金をよこせ」

「次は千年後です」

 残った人類はもしかして、儂とコイツくらいじゃないか。


 あれから五十億年。太陽系は寿命を迎えた。

 人類の後継者となった奉仕種族たちは銀河中に移住。ちょうど銀河帝国が崩壊した頃だった。

「年金をよこせ」

「また今度」


 二千億年が経過。銀河中心のブラックホールが暴走。全宇宙を飲み込もうとしていた。世界の寿命だ。

 だが儂はまだ何度も何度も市役所に通っていた。

「年金よこせ」

「……しつこいですね、あなたも」

 鉄面皮を崩さなかった市役所の職員が、とうとう嫌そうな顔をした。すると光輝く六枚の羽根が背に生える。その姿は懐かしい、地球文明でいう天使に似ていた。


「私は大いなる年金の意思……」

「大いなる年金の意思!?」

「いいですか、次世代にツケを残さないためにも、あなたに年金を渡すわけにはいかないのです。このまま死になさい」

 さすがにこの言葉にはカチンと来た。


「次世代とか知るかー! 儂は儂の世代さえ良ければいいんじゃ。老後のため、絶対に取り立ててやるぞ!」

「いや老後も何も、もう宇宙は滅びるじゃない」

「それ言ったら、次世代もクソもないじゃろ!」

「全て滅びるんだから、年金とか要らないでしょ」

「関係あるかあ! 年金よこせ!」


 瞬間、ビッグクランチが発生。

 全宇宙は無となった。


 永遠にも等しい時が流れた。


 やがて再びのビッグバンが発生。

 水素原子だけの宇宙に、重金属が、星が産まれる。

 その悠久なる時の流れを、儂は特異点の中で精神だけになり眺めていた。ただただ年金が欲しかった。


 やがて地球に類似した惑星が生まれた。そこで生命が誕生し、進化し、人類が生まれ、文明を発達させる。

 だがその星では魔法があり、人類に仇なす魔獣がいた。

 ちょうど文明レベルなら中世くらい。魔獣を狩る専門職ができた。その名を冒険者という。


 騒がしい王都の酒場兼、冒険者ギルド。新たに若い冒険者が訪れていた。彼は受付に話しかける。

「冒険者の登録、お願いできますか」

「登録ですね。ようこそ冒険者ギルドへ……」

 と受付嬢は、その冒険者の顔を見て、思わず「げっ」と漏らしてしまう。


「次世代とやらになったぞ。今度こそ年金をよこせ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今の年金問題とか小難しいことは置いといて、社会問題的テーマを小気味よくバッサリ書いているのは風刺っぽくもあり、どこかコミカルで痛快でした。 この短さが良い余韻がある一方、二人のやりとりを…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ