【SF小噺】年金給付まで生きてやる
思わず怒鳴ってしまった。
「ふざけるな、そんなことあるか!」
「ですから政府の決定で、本年度から年金給付年齢は八十歳から百歳になったのです」
市役所の職員から冷たく返される。
これでも儂は真面目に働いてきた。世の中にはアホらしいと、年金を払わなくなった若者も大勢いるらしい。だがこの年になるまで、儂は年金もきちんと納めてきた。
全ては年金を頼りにして、働かないで済む老後を送るため。
「ですから次回は百歳になったらお越しください」
仕方ない。職員に当たり散らしても変わらない。帰るとするか。だが覚えていろ。百まで生きてやる。
あれから友も家族も亡くなった。もう自分の内臓で手術していない箇所はないだろう。腹はパッチワークのように縫い跡だらけだ。
儂は百歳になっていた。
「年金をよこせ」
「残念ですが政府の決定で、本年度から年金給付年齢は百歳から百五十歳になりました」
と冷たい市役所職員の返答が戻る。
仕方ない。だったら百五十まで生きてやる。
百五十歳になった。
体はとうとう手術で治らなくなった。代わりにすがった手段がサイバネ化だった。既に内臓の半分近くは機械に置き換えられている。脊髄にはコネクタがあり、いつでも電脳世界にハックできた。
第三次と第四次世界大戦により国家は崩壊。企業国家が世界を支配している。核兵器の乱発により環境は悪化。濃硫酸の雨が降る中、儂は市役所に来ていた。
「年金をよこせ」
「残念ですが企業政府の決定で、本年度から年金給付年齢は百五十歳から二百歳になりました」
ああ、そう来るんだろうな。分かってたよ。こうなったら二百まで生き抜いてやる。
それにしても職員の奴も長生きだな。
二百歳。
「年金をよこせ」
サイバネ化の次は、バイオパーツだ。DNA培養により作られた有機パーツで肉体を置き換えていた。既に人類の大半は、人の形を捨てている。
「本年度から年金給付年齢は二百歳から五百歳になりました」
「そうか」
人類の代わりに地球は、DNAデザインされた奉仕種族にあふれるようになっていた。
そして過剰なバイオパーツにより肉体の境界線を失った人類は、次々に精神生命体へとシフト。
人類が散逸するのは意外に早かった。
「年金をよこせ」
「次は千年後です」
残った人類はもしかして、儂とコイツくらいじゃないか。
あれから五十億年。太陽系は寿命を迎えた。
人類の後継者となった奉仕種族たちは銀河中に移住。ちょうど銀河帝国が崩壊した頃だった。
「年金をよこせ」
「また今度」
二千億年が経過。銀河中心のブラックホールが暴走。全宇宙を飲み込もうとしていた。世界の寿命だ。
だが儂はまだ何度も何度も市役所に通っていた。
「年金よこせ」
「……しつこいですね、あなたも」
鉄面皮を崩さなかった市役所の職員が、とうとう嫌そうな顔をした。すると光輝く六枚の羽根が背に生える。その姿は懐かしい、地球文明でいう天使に似ていた。
「私は大いなる年金の意思……」
「大いなる年金の意思!?」
「いいですか、次世代にツケを残さないためにも、あなたに年金を渡すわけにはいかないのです。このまま死になさい」
さすがにこの言葉にはカチンと来た。
「次世代とか知るかー! 儂は儂の世代さえ良ければいいんじゃ。老後のため、絶対に取り立ててやるぞ!」
「いや老後も何も、もう宇宙は滅びるじゃない」
「それ言ったら、次世代もクソもないじゃろ!」
「全て滅びるんだから、年金とか要らないでしょ」
「関係あるかあ! 年金よこせ!」
瞬間、ビッグクランチが発生。
全宇宙は無となった。
永遠にも等しい時が流れた。
やがて再びのビッグバンが発生。
水素原子だけの宇宙に、重金属が、星が産まれる。
その悠久なる時の流れを、儂は特異点の中で精神だけになり眺めていた。ただただ年金が欲しかった。
やがて地球に類似した惑星が生まれた。そこで生命が誕生し、進化し、人類が生まれ、文明を発達させる。
だがその星では魔法があり、人類に仇なす魔獣がいた。
ちょうど文明レベルなら中世くらい。魔獣を狩る専門職ができた。その名を冒険者という。
騒がしい王都の酒場兼、冒険者ギルド。新たに若い冒険者が訪れていた。彼は受付に話しかける。
「冒険者の登録、お願いできますか」
「登録ですね。ようこそ冒険者ギルドへ……」
と受付嬢は、その冒険者の顔を見て、思わず「げっ」と漏らしてしまう。
「次世代とやらになったぞ。今度こそ年金をよこせ」