負けないアデル
いろいろと視点が変わります。
読みづらかったら、ごめんなさい。
以前のタイトルは『蔑ろにされた妻の人生』でした。
既に読んでくださった方、紛らわしくてすいません。
いつもありがとうございます。
4/23 0時 たくさんの誤字や、言葉の修正をありがとうございます。大変助かりました(*^^*)
4/26 9時 誤字報告ありがとうございました。
大変助かります(*^^*)
夜な夜な一人でほくそ笑む娘がいた。
「1枚、2枚、3枚 …………………82枚。ほほほっ、もうすぐ100枚ね」
ちっと怖いけど、皿とかを数えているのではない。
彼女の作ったマフラーやらセーターである。
羊毛から作った毛糸を編み込む技術は、北東に住む遊牧民の専売特許。
王都に近いこの町で、その技術を持つ者は少ない。
何故か?と言えば、この地域は年中温暖で、毛糸を羽織ることはなかったからだ。
じゃあどうして、この娘アデルが作れるのかと言うと、それは前世の記憶持ちだからだ。特に達人等ではなく、女子高生の趣味の延長線のようなレベルだ。
「ああ、もうこんな時間。早く掃除に行かないと、マリに部屋を荒らされるわ」
そう言うと、アデルは編みかけのマフラーを、鍵のかかる箱に入れて部屋を後にした。
アデルは正真正銘、このアンタルカ伯爵家の娘である。
だが既にこの世にはいない、政略結婚で結ばれた妻の娘だ。
現伯爵家当主サザフィーは、アデルの母ドミニを彼なりに愛していた。しかし、実母そっくりな顔立ちと黄色い髪とオレンジの瞳の実娘は、どうしても好きになれなかったのだ。
偏にサザフィーが立派に伯爵家を継げるようにと、実母より過剰な教育を押し付けられた結果だった。確かに愛もあったのだろうが、幼き彼には常に恐れが先行していた。
時に躾としての暴力もあったからだろう。
普段の教育は家庭教師が行い、一般的なマナーだけを実母ガルーダが教える。それは幼子に向けるものとは違い、成人に否、憎き者に教えているかのような気迫が窺えた程だ。
楽しい筈の食事でさえ、気を張る動作に様相が変わる。
食器の音をたてれば短鞭が、汁が跳ねれば叱責が食卓を舞う。
普通ならば過剰すぎる教育に、サザフィーの父グリルが止める所だが、彼はこの本邸にいることが殆どない。グリルの愛人で、男爵令嬢サイア・シンスティナの邸に入りびたりである。
貴族が愛人を持つことは、大っぴらにはしないものの一般的に許されてはいる。彼の行為も黙認されていたが、サザフィーが生まれてから数年経た頃、ガルーダに思いもかけない事実が告げられた。
実は愛人サイアの弟は彼女の子であり、グリルの息子だと言うのだ。
「な、何を言っているんですか? 冗談ですよね?」
ガルーダは、グリルに詰め寄り仰視した。
それに対する答えを、彼は顔を逸らして本当だと言うのだ。
「だってサイア様の弟は7歳で、貴方は今23歳。その時はまだ、成人前ではありませんか。サイア様は貴方より2つ年下で…… まさか……」
ガルーダは頭が真っ白になった。
愛人だって大概なのに、既に子がいるなんて。
私の子のサザフィーより、5つも上でそれも男児………
成人前にそんな行為を成した夫…………
1つだけでも酷いのに、何てことなの!?
到底、思考が追いつかない。
「ああ、若気の至りと言っても許されないな。だから僕は彼女と結婚しようとしたが、僕の親は許さなかった。僕のせいで今後も彼女は嫁げない。その償いに生涯彼女に援助をしていくと決めている。そのことは彼女の両親も僕の両親も合意した。今さら済まない、こんな話をして。だけど貴女が彼女に危害を加えようとするから……彼女は僕の息子の母だと、明かしておこうと思ったのだ」
申し訳なさそうに言う彼は、真っ青な顔をしていた。
夫グリルは眉目秀麗で知性高く、剣技の腕前も認められる優れた人物だ。それに驕らず優しくて人当たりも良い。
そんな憧れの人物との結婚に、どれだけ私が嬉しさで高揚したことか。なのに、こんな事実があったなんて……
私の生家は侯爵家であるも、私は美しい姉とは違い普通の容姿に人並みの知性。突出した特技等もない。自慢できるのは努力をすることだけ。
当時の私は、グリル様の結婚は神様からの奇跡だと思い、お礼を捧げ祈り倒したのに。結局は知る人は知っていて、手を触れなかったということなのね。
グリルの愛人サイアは、男爵家の出身だ。その姿は美しく、幼い時より複数から婚約を打診されてきた。しかし喘息で脆弱なことで全てを断っていた。何れ成長し丈夫になれて機会がありましたらと言って。目映い金髪に、碧い瞳の妖精のようなか弱さ。本当に、人ならざる者ではと噂されていた。
グリルは、幼い時から美しい彼女を渇望し、そして彼女も彼を愛したそうだ。
そして、さらに美しく成長した彼女に侯爵家より婚約の打診がきた時、グリルは勢い余って一線を越えてしまった。それを知ったサイアの両親は、理由を伝えて侯爵家に平に謝罪し断りを告げた。幸い婚約打診の話は外に漏れておらず、特に罰されることや慰謝料もなく終わりを告げた。
そこから暫くは、サイアは再び喘息が悪化したと言って、外に出ることを止めていた。健康な状態ならば、再び縁談が来てしまうだろうから。もし断れない婚姻でも、純潔をなくした令嬢が嫁げばすぐにばれてしまうだろう。血筋がものを言う世界だ。婚姻前に違う男に体を赦す貞操観念がない女等、離縁されるか蔑ろにされるだけだ。不幸にしかなれない。夫が気づかない可能性に賭けるのは危険すぎる。
サイアの父サムは、サイアにもグリルにもこれからの人生について、2人が取らなくてはならない道を説いた。血の尊さと伝統を重んじる、有力伯爵家アンタルカ嫡男としての責任をグリルに。例え何処かの養女になったとしても、アンタルカ家には受け入れられないであろうことをサイアに。グリルには、サイアを愛人にでもするのかと詰め寄れば、そんな日陰の身には出来ないと言う。そして自らも、侯爵家から除籍して平民になることも、男爵家に婿に入ることも出来ないと認めた。
その言葉でサイアも、ショックを受けながらも別れを覚悟したのだ。
そう、サイアの両親、特にサムは2人を責めなかった。
何れサイアを、貴族ではなく商人にでも嫁がせようとしていたからだ。元々平民寄りの爵位だから、可笑しいことではない。
大商人ならば、妻が仕事に就かないこともあるだろうし。
もし高位貴族に嫁ぐなら、他の釣り合いの取れる家に養女に出した後は、殆ど会えなくなるだろう。それよりよっぽど良いと思い始めていた頃だった。
純潔のことを除いても、野心のない両親はそう思っていたのだ。
愛娘とグリルの恋は実らなくても、良い思い出にはなるだろう。お互いに好きあっていた同士だが、大人になれば分別もつく筈。所詮結ばれない運命なのだから。
サイアの両親が悔やんだのは、子供だと思っていたグリルが行為に及んだことだった。貴族だから閨教育はされていても、まさかと思っていた。このことはグリルの両親には話さず、2人は自然に離れていく筈だった。
でも………………
その行為で、子が宿ってしまったのだ。
せっかく2人が、前向きになったと言うのに。
サイアの両親が気づいた時には、手遅れだった。
元々細身で目立たない体型と、別れのショックで籠りきりになっていた娘。
サイアが異変に気づき、泣きながら両親に相談した時には、産むことしかできない状態だった。
此処までくれば、グリルの両親にも話さなければならない。
アンタルカ伯爵家の血を継ぐ者を、宿してしまったのだから。
堕胎したなら墓まで持っていく話だが、産まれたなら隠せないだろう。例えサイアの母マチルの子としても、両親どちらにも似ず、グリルにそっくりならば憶測を呼んでしまうだろうから。
サイアを残し、サイアの両親とグリルは、アンタルカ伯爵家を訪れた。
グリルの両親は妊娠の報告に困惑を隠せなかった。
特に母ジーニは、不機嫌さを隠さずに眦を決していた。
両親共にグリルに分別があり、不貞等を起こさないと信じていた。無駄に優秀だっただけに、裏切られ愕然としていた。
おおよその予測としては、婚約を希望している話だと思っていたから余計だろう。
「グリル、貴方はまだ16歳なのよ。未成年が子を作るなんて、何てことを!」
既に母は、怒りを隠さなかった。
父のレビンは、どうにか堕胎できないか問うてきた。
未婚で未成年……これがどれだけの醜聞になるか。
それならば、子をなかったことにできればと考えたのだろう。
残念ながら、その選択肢は既に実行できない。
そしてグリルは訴えた。
「僕が悪いんだ。彼女に侯爵家から婚約の打診が来て、侯爵家と婚約を結べばもう断れないと思って。頭に血が上ってしまって、気づいたら止まらなくて………」
それでもグリルの両親は、黙って話を聞いてくれた。
「その時、サイアとも話し合ったんだ。きっとアンタルカ伯爵家はサイアを受け入れられないだろうと。もし妊娠のことがなくとも、古くからの高位貴族の血を守る為に、新興貴族との結婚はできなかっただろうと。そして僕も今の生活を棄てられないから、別れようとしたんだ。でも……僕の勝手な行為で、彼女の身動きを出来なくしてしまったんだ。………だから、どうか彼女を殺さないでください。お願いします」
グリルはその言葉の後に、床に伏して土下座をした。
母は貴族らしい考えの人だ。
邪魔になる下位貴族ならば、平気で打ち捨てる人だ。
……………勿論、秘密裏に。
でも原因は自分にあるのに、それはあんまりじゃないか。それに彼女には僕の子がいるのだ。
レビンから見れば、今は懸命に頼んでいるように見える。だがそれでも、グリルの何もかもが甘いとしか感じられなかった。
仮に私達に婚約や結婚を断られたとしても、子を成す程好きなら一度でも相談するべきだっただろう。何度でも機会はあったのだ。恐らく反対されると思い、侯爵家の婚約打診が来た時に咄嗟に行為に及んだのだ。サイアはお前の所有物ではないのに。我が息子ながら、なんて勝手なのだろう。
サイアが被害者なのは納得できる。
兄妹のように常に一緒だったのだ。
こんな行為をするとは予測できなかった筈。
だから大人が気をつけるべきだったのだ。
それはこちらにも、あちらにも非があるということ。
グリルは1人息子だから廃嫡されないと思っているし、あわよくばサイアを妻にと目論んでいるのが透けて見えた。土下座も気持ちは伝わるが必死さが足りない。第一に平民になっても、もしくはシンスティナ男爵に婿入りしても結婚するとは言わないのだ。
『そんな覚悟のない者に、我が家門は渡せない』
そう考えたのが解ったのか、ジーニは首を横に振った。
『まだ結果を出すのは早い』と言うように。
そしてジーニからの提案は、そこそこに厳しいものだった。
1つ。当初貴方達が考えていた通り、産まれた子供はシンスティナ男爵夫妻の子として届け出を出す。
2つ。サイアは妻にはせず、愛人として契約を結ぶ。
これによりサイアは、他家に嫁ぐことができなくなる。
愛人手当ては、グリルが当主になるまでは、グリルの扱える資金(支給されるお小遣い)より捻出する。
不足しても、伯爵家の資金からは渡さない。
3つ。産まれた子は、何れ我が伯爵家の目の届く貴族に養子に出す。決して自分達が親だと名乗らぬように。
4つ。グリルには、歴史ある家門の令嬢と政略結婚をさせる。
一切の好みなどは聞かない。どうせ今の好みはサイアなんだろうから、聞いても意味がない筈。
5つ。伯爵家の次期当主は、ある時期が来るまでは決めない。
これからのグリルの振る舞いを観察し、それによっては親族から当主を出すかもしれない。勤勉に励むように。
ジーニが述べた5つの項目を、執事が書き取り書面に起こす。
過不足ないか問われるも、グリル達は何も言うことはできない。
第一思考が纏まっていない。
その場でも、身分を捨てて結婚するとは言わなかった。
ジーニもレビンも、こちらに従うだけの様子に随分と落胆していた。
その書面を3つ作成し、グリルとサイアの両親へサインを促す。
3つの書面にサインを記した後、1つをグリルに、もう1つはサイアの父に渡した。
「これからサイアさんの母マチル夫人も、家に籠り出てこないようにしなさい。然るべき時が来れば、我が伯爵家より医師を手配します。絶対に周囲に気取られてはいけませんよ。……でもそうね、可能ならば、喘息の療養と言うことで別荘に行く方が良いわね。メイドは伯爵家の者が着いて行きますわ。勿論、医師も一緒に。明日の早朝に馬車を出します。準備をしておきなさい」
「あ、明日ですか?」
「そうよ、何か?」
「いいえ、滅相もないことです。ありがとうございます、母上」
「これでも私、かなり譲歩致しました。金も人材も場所もね。貴方達は素直に従いなさい。良いですね」
「寛大な御慈悲ありがとうございます。早速準備致します」
「本当に申し訳ありません。ありがとうございます」
ジーニは、テーブルに置いていた扇を開き扇ぎ出した。
パタパタパタと。
サイアの両親は青ざめて、床から顔を上げられない。
グリルも、思っていた展開とは差異があり過ぎて固まっていた。
『まずい、このままでは伯爵家を継げない可能性もあるのか?』
思惑が交錯するなか、ジーニがパチンと扇をたたんで声を掛けた。
「荷物の準備があるでしょう? そろそろお戻りになられたら?」
「はい、失礼いたします」
「失礼いたします」
シンスティナ男爵夫妻は、礼をしてからそそくさと場を去っていく。
そこに残されたグリルは、蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。
「グリル、明後日に婚約予定の令嬢と会いますよ。ヨルンキム侯爵家のガルーダ嬢よ。貴方と違って身持ちが堅くて、礼儀正しい方よ。くれぐれも醜聞を晒さぬように」
声は軟らかだが、内容は辛辣だった。
思わず声が出掛けたグリルだが、すぐに口を閉じる。
「身持ちって、そんな…」
口に出そうとした言葉は、父の視線で遮られた。
「グリルよ。優秀な人材は腐るほどいる。お前はたまたまこの家に生まれたから、継承順位が高いだけだ。お前でなくてはならない理由などはない。俺は先程、お前を廃嫡するつもりだった。そこをジーニに救われたんだぞ。後はないと思え」
黒髪で碧眼の、いつもにこやかな表情の父。アルカイックスマイルに見えないように優しい声音で、警戒されず人の懐に潜り込む特技を持つ。実はつり目で睨まれれば心底恐ろしいのだが、誰もそれには気づかない。それを知るのは唯一母だけだろう。ちなみに母は、赤髪とつり目の緑眼できつい印象だが、竹を割ったような男気のある性格である。
父に最後通告を受け、僕は覚悟を決めて婚約の場に挑んだ。
そこにいたのは決して美しくはないが、不細工でもない3つ年下の令嬢だった。素朴な笑顔は年齢相応で、僕の一言一言に頬を染めていた。向日葵みたいな黄色い髪に、化粧で隠しても見えているそばかす。オレンジの瞳だけは綺麗だと思った。
「綺麗な瞳ですね。夕日みたいだ」
「ありがとうございます。それだけが唯一の自慢なんです」
彼女ならサイアのことも、許してくれるんじゃないか。
優しそうな否もっと下衆に、簡単に御せる感じの令嬢ではないかと。
それからグリルは常にガルーダを誉め、いつも彼女を優先していた。彼女もグリルを信じて、共にいたいと考えていた。確かな幸せを感じていたのだ。
そうして成した結婚は、ガルーダがサザフィーを出産してから一変した。
「仲間と呑んで来るから遅くなるよ。先に寝ていてよ」
それを信じていたガルーダだが、意地の悪い友人は何処にでもいるものだ。知りたくない噂を耳に入れに来る。舞踏会にお茶会に、いろんな場所で。
「あらぁ、貴女大丈夫なの? グリル様ったら愛人宅に入り浸りじゃないの。精々離縁されないように気をつけてね」
「あの愛人って、有名なのよ。幼い時からの付き合いなんですって。美人よね、スタイルも良いし」
「グリル様ったら常に隣にいて、彼女に男性を近づかせなかったのよ。それなのに身分違いだから、結婚しないで愛人にしたの。彼女だって相当の覚悟よね」
「本当よ。私なら普通に嫁ぐわね。日陰者呼ばわりなんて嫌だもの。未婚なんだから、今からでも嫁げるわよね」
「愛、なのかしら?」
「まあ、素敵。結ばれぬ愛なのね」
「そんな二人を引き離さないガルーダ様って、優しいわ」
「本当ね。私には無理よ」
「そうよね、私もよ」
ガルーダだって、グリルの噂なら知っていた。
でも婚約してからのグリルは、常に傍にいてくれ優しく微笑んでくれた。
だからもし恋人がいても、別れてくれたんだと思っていた。
それなのに………………
こんな、皆が声高に騒ぐほど派手に行動していると言うの?
ただの愛人じゃなくて、恋人だとでも言うの?
じゃあ、私は夫の何だと言うの?
悲しくて辛くて、実際にグリルに聞いてみようと思ったガルーダだが、夜間に帰り朝早く出仕する夫はなかなか捕まらない。そしてようやく、夜間に帰宅した夫を捕まえて話をすることにした。
「お帰りなさいませ、グリル様。何度も執事長に、お話しする時間を取って欲しいと伝言を頼みましたが、聞いていらっしゃいましたか? 今日こそ是非、お願いします」
微酔いで気分良さげな顔から、ガルーダの言葉を聞き不機嫌さを隠さなくなったグリル。
「そんな顔してどうしたの? 緊急ですか?」
明日は休みで、出仕しない筈だ。
出掛けてしまうかもしれない明日より、今の時間で確かめよう。
冷静さを心がけて、息を吐いてからゆっくりと話し出す。
「貴女の愛人のことについてです。毎夜遅いのは、シンスティナ男爵邸に寄っているのですよね。友人達に聞いたので、噂ではなく事実だと確認は取れています」
「それで、どうしたの? 問題あるの?」
悪びれる様子はなく、平然としているグリル。
酔っているから気が大きくなった訳ではない様だ。
でも今しか時間が取れないなら、怖くても聞くしかない。
「その愛人とはいつからなんですか?」
「いつからとか、必要?」
「はい、必要です。教えてください」
「ずっと、前からだよ」
「何年くらいですか?」
「初めてあったのが4歳だから、19年かな?」
「えっ」
ガルーダは硬直した。
友人が言っていた、身分違いの悲恋の相手“サイア様”に間違いない。
でも今は私が妻なんだから、もっと家庭を優先させて貰わないと。
サザフィーだってまだ2歳だし、父親が必要な時期だわ。
もし怒鳴られても、伝えなければ。
そう思っているガルーダに、信じられない声が降ってくる。
「我が伯爵家の跡継ぎはサザフィーがいるし、教育は家庭教師と君がいるだろ? 僕は仕事をすれば、外に愛人がいても問題ないだろ? 文句も言わず、美しくもない女と結婚したんだ。これぐらい許してよ」
へらへらと笑うグリルは、悪気なんて感じていない。
酔っていることで、触れてはいけない逆鱗に触れていることにも。
傍にいる初老の執事長は、声も出せず青ざめている。
彼は視線をグリルに送るも、気づく気配はない。
「解りましたわ、貴方のお気持ち。ではお休みなさいませ」
踵を返しその部屋を去るガルーダは、サザフィーの部屋を訪れた。
「私には、もうこの子しかいない。元より王宮の仕事以外は、私と執事長に領地経営の他、全てを丸投げなのだし。もうあの人のことはいらない。もういい!………もういいのよ」
すやすやと眠るサザフィーの顔を見ながら呟くと、サザフィーの顔に水滴が落ちてくる。気づかなぬうちに泣いていたのだ。
手で口を塞ぎ、声を殺してサザフィーのベッドサイドに踞る。
「はぁあ、あぁ、ふぐっ……」
止めどなく溢れる涙が収まった時、これからはもう泣かないと心に決めたのだ。
その日からガルーダは、夫と会えば挨拶を交わすだけとなった。
夜遅く朝早い夫に、態々生活を合わせる必要はない。
そう思えば、寧ろゆっくり起きて早く寝ることに、罪悪感もなくなった。
(どうせ夫からすれば、綺麗でもない女との完全なる政略結婚。跡継ぎもいるし、外で遊ぶくらい何が悪いのだと言っていた。私も最初は好意を持っていたわ、素敵な人だって。でももう本音を知ってしまえば、好意なんて簡単に薄れるものなのね)
執事長だけが、すれ違う2人を心配していた。
侍女やメイドは何も言わないが、影では噂話に花が咲く。
そんな時にグリルが愛人のサイアを連れて、観劇を見に来ていたと噂になった。演目は悲恋の物語だと言う。
女性達は嘲りと同情、男性達は概ね容認だ。
「妖精姫はいつ見ても綺麗だな」
「ああ。あの美貌だもの、見せびらかしたいだろう」
「仕方ないよな」
「まあ、誰でも愛人くらい、普通にいるだろ?」
「こんな目立つ所に連れてくるなんて」
「妻を馬鹿にしてるわ」
「ガルーダ様、注意しませんと!」
「注意しても、駄目だった? そうなの。それは……」
「貴女ももっと、夫を繋ぎ止めるように努力をなさい。化粧とか工夫して」
「まあ、それほど変わらないか」
「あの愛人は、確かに美しいわ。でも歳を経れば、誰でも容姿は落ちるわよ。妻の地位は家の結び付きですから、揺るがないわよ」
「せめてもう1人産みなさい」等々………
極めつけは、ガルーダの美しい姉ネージュの言葉だ。
態々、アンタルカ伯爵邸に訪ねて来て責めるのだ。
「もっと夫の手綱を握らなきゃ。私なんて愛人を作らせたことなんてないわよ。子供も3人もいるし、今お腹に4人目もいるのよ」
実の妹にもマウントを取る姉。
でもガルーダは知っている。
姉と姑の仲が最悪だと言うことを。
そのうっぷんを、私にぶつけていることも。
「そうね。心配してくれてありがとうございます」
こう言わないと納得しないから、面倒なので否定等をしない。
この点だけを見れば、ガルーダの義両親は優しく善良だ。
もしかせずとも、サイア様のことを知っているのだろう。
それが後ろめたさだとしても、気づかいはありがたかった。
今のガルーダに、気を許せる人は少ないのだ。
実の両親は、決して離婚を許さないだろう。
きっと愚痴さえ否定される。
「お前のような、美しくない娘を娶ってくれたのだ。姉とは違うのだからと」
姉は恋愛結婚で子爵家へ嫁いだ。
侯爵令嬢として、また美しくちやほやされた為、我慢が利かず我が儘な部分がある。歳を経ても変わらないので、義両親は閉口しているだろうし、夫も……… まあ、子だくさんなら仲は良好なのだろう。
そして姉は、伯爵家に嫁いだ私に張り合いたがる。
自分の方が幸せだと感じたいのだろうか?
確かに私は一度絶望した。
けれどもう、それを乗り越えた今、夫に何も思わない。
完全な無である。
子だくさんなのは羨ましい点はあるが、夫はもう触れてこないだろうし、義務でされるなら触れて欲しくない。出産は痛みも辛いし命がけだ。サザフィーを任せられない状態で、無理はしたくないのが本音だから。
これからの私は、サザフィーを立派な伯爵家の後継ぎにすることだけに注力するの。子供の時は辛くとも、きっと感謝してくれることを信じて進むのよ。
(そして、サザフィーより年上の息子がいるという部分の続きに戻るのだが)
夫に何も期待しなくなったこの頃。
愛人のサイア様がならず者に襲われそうになったらしい。
夫はそれを私のせいだと断定した。
私はそれに対し「夫に興味の欠片もないのに、何故その愛人なんかにお金や手間をかけるんですか?」と、言い返した。
夫は少し怯み「えっ。痩せ我慢ではなく、本当に?」と、傍らの執事長の顔を見ると頷く彼。
「ええ、仰る通りです。奥様は最早嫉妬等されてません。護衛付きで外出されても、怪しい場所に出向いたりしてませんし、快適に過ごされています。今の生活に波風を立てることは、ありえません」
言い切る執事長。
そして「あのー」と、言いづらそうに手を挙げるガルーダ。
やっぱりお前かと思ったグリルだが、もしかしたら私の両親かもと言われる。
「えっ、なんで?」
「かもなので断定は出来ないですが、グリル様の噂は天井知らずです。きっと噂を面白おかしく聞かされ、父が怒ったのではないかと。家の実家、有り余るお金と高すぎる矜持で有名で。まあでも生きてますし、実害ないのですよね。今回のはきっと脅しですわ。今後は、あまり目立たないことをお勧め致しますわ」
「あくまでも可能性ですし、両親じゃない場合も考えた方がよろしいかと。調査しても仮に父なら、子飼の輩を使いますので足が着きませんわね。まあ調べて解らないなら恐らくは」
息継ぎして一気に語ったガルーダは、スッキリした顔をしていた。
そして未成年で子供がいた醜聞には、さすがに驚いたそうだ。
ガルーダの父に知られたら、サイアが消される可能性濃厚なので、絶対漏洩するなと伝えられた。
最早、お前はどちらの味方なんだ。
本当にお前じゃないんだな?
「私の望みは、平和に子育てすることです」
そう言ってカーテシーをし、さっさと部屋から出ていった彼女。
調査の結果は、ガルーダの言った通りだった。
騎士団でも冒険者ギルドに調査依頼しても、手がかり1つ見つけられない。
人相をはじめ、会話にも特徴も残さないプロの仕事だった。
それ以来グリルは、目立つ逢瀬は止めたようで、噂も更新されないのだった。
「やっぱり平和が一番ね」
なんて暢気にガルーダが呟く頃、庭に咲く花を摘んで走ってくるサザフィーが転んだ。
慌てて駆け寄るガルーダだが、こちらから起き上がらせはしない。
「大丈夫? 怪我はないの?」
「いたいの、おきれないよぉ。おこして。えーん」
泣きながら起こしてとねだる息子に、ガルーダは優しく伝える。
きっとメイド達なら、すぐに手を貸しているだろう。
まあ使用人だもの、それが普通よね。
でも…………
「自分で起きてみて。ゆっくりで良いから」
「やだやだ、できない」
「どうして?」
「みんなおこしてくれるよ。どうしておかあさまは、してくれないの?」
サザフィーは不思議そうに、じーっとガルーダを見詰めた。
「そうねぇ。きっとお母様の小さい時に、誰も助けてくれなかったからね。だから自分でいつも立ち上がったわ。そうしていくことで、何でもできるようになったわ」
「だれもいなかったの?」
「そうよ。メイドや侍女は、私のお母様やお姉様に付いていたから。回りに誰もいなかった。転んだまま、泣いたままでじっとしていたら、お腹が空いてきてお家へ戻ったの。そうしたらね、怪我をしたこととドレスを汚したことを怒られたの」
「え? どうして?」
「さあ、どうしてかしら? 誰も心配してくれないのよ。その時に私は、きっと貰われてきた子供なんだと思ったの。だからいつか此処から出ていくんだから、自分で何でもしていこうと思ったものよ」
「おかあさまは、よそのこだったの?」
「いいえ、その家の子だったみたい。でもその時から、何でも自分で考えるようになれたから、大人になれば良かったこともあったわ」
「ぼくは、このいえのこ?」
「そうよ」
「おかあさまは、どうしておこしてくれないの?」
「それはね、貴方ができると信じているからよ。助けないのではなくて、信じて見守っているのよ。もし貴方の骨が折れていて、自分で立てなければ、すぐに助けるわ」
「ほんとう?」
「ええ、本当よ」
「ぼく、おきてみる」
「ええ、頑張って」
立ち上がったサザフィーを見て、抱き締めるガルーダ。
「よく頑張ったわね。すごいわ」
「うん。なんともなかった」
この時にはもう、サザフィーは泣き止んでいた。
代わりにガルーダが泣きじゃくった。
「おかあさま、どっかいたいの?」
心配顔の息子に、ガルーダは首を横に振る。
「貴方が頑張ったから、嬉しいのよ。それに私の心配までする良い子で。うぐっ、うっ」
「なでなでしてあげるから、なきやんでね」
「うん、ありがとう。私の天使」
何てこともあったのに、大人になったサザフィーは忘れていた。
今日はたまたま、夢を見て思い出したのだ。
「ああ。お母様の家は、姉ばかり可愛がっていたんだっけ。やっとあの時のことが理解できた」
当時のことを知る老執事から聞いた話によると、
母の両親は、美しい姉ばかりを構い甘やかしていた。
教育やマナー教育も嫌がれば無理をさせなかったようで、礼儀が出来ていないことで、高位貴族からは遠巻きにされていたんだそう。
そんな中で出会った、美形で筋肉ムキムキの子爵令息と恋に落ちて結婚したそうだ。
両親からすれば、侯爵家で美貌の長女なら王家も狙えると思っていたんだろう。しかし蓋を開ければ、高位貴族は遊び人くらいしか彼女を相手にしない。彼女だとて貞操を気にする知能はあり、下位貴族であるも見目が良い今の夫で妥協したのだ。その夫が彼女を好きなのは事実だから。
母は器量が良くないから、政略結婚をさせられたと思っているけど、実際は可愛らしい女性で人気もあったらしい。ただ母の姉が美形過ぎただけで、隣にいれば霞んだのだろう。
その代わり、知性・礼儀・教養等の全てに於いて習得している才女として有名で、婚約の釣書も多かったそうだ。母は極端に自己評価が低くて気づかなかったのだろう。ただその時期、母の兄(次期侯爵家当主)が小豆相場で失敗し、多額の借金を背負ってしまった。それを狙ってアンタルカ伯爵夫人が、母の婚約を打診したそうだ。借金返済と、さらに10年の援助金も約束して。だからどんな醜聞が僕の父に有ろうと、離縁は反対されたんだろう。
そしてそれを知らされていない、母とその姉。
母の兄は勿論知っているので、影ながら彼女に援助をしていた。
母とは10歳程年が離れていて、第二王子の側近として留学に出ており、家には戻ることが少なかった。
だが、家に戻れば姉妹平等に愛しく接していたそうだ。
一時、第二王子の婚約者候補にも挙がっていた母だが、姉の素行が悪い為に取り下げられたのだった。
ちなみに、グリルの愛人を脅したのもこの兄だ。
何と言っても第二王子の側近なので、王子が勝手にアドバイスしてくる。なので、「それじゃあお願いします」「任せろ」的なフットワークである。
母の姉は、自分がいろいろやらかしているのを気づかず仕舞いで、昔のように母を下に見ている。そして突っかかってくるようだ。子を産んでも崩れなかった体も、年齢には勝てず今は太って昔とは変化しているようだ。
今はもう、両親からはちやほやされず義両親にも苦言を呈され、本当は自ら気づいている変化に目を背けている母の姉。子供と夫を大切にしているので、回りもしょうがないなと許してくれているのだ。母もその口なのだろう。
よく考えて見れば、私が叩かれた短鞭もゴムで、叱責と思っていた言葉も普通の注意だった。あの頃は優しい母が常に当たり前で、指導モードの母が怖かっただけなのだろう。
反抗期で抵抗した時に、しこたま怒られた印象が怖くて、さらに母に苦手意識を持ってしまっていた。母としてもここで失敗したら、父と同じに(妊娠騒動とかを)やらかすだろうと思って必死だったのだと今なら思う。
そして亡くなった妻は政略結婚だけど、僕が少し憧れていた人だった。物静かな優しい人で、この家にはない人種だった。
そうして結ばれた僕と妻ドニミだが、アデルが10歳の時に死んでしまった。馬車の事故だった。
それから僕は落ち込んで、忘れ形見のアデルを見るのが辛くて、昔の記憶と結びつけ、苦手でもしょうがないと思うようにして遠ざけた。
娘からすれば、どんなに残酷だったことだろう。
母は死に、父は拒絶した。
そんな弱った僕に近づいてきたのが、侍女のニイダだ。
酒に酔ってベッドに寝ていたが、気がつくと横に裸の彼女がいた。
記憶がないから何とも言えないが、確かに僕に抱かれたと言う。
彼女には娘がおり、愛人でも良いからここに住ませて欲しいと頼まれた。彼女は生家は男爵で、離縁してからここに勤めたと言う。あまりに憐れに話す為、庇護欲がわいてしまった。
妻にも愛人にもできないが、娘がいるならここに一緒に住んでも良いと許可をした。
酒のせいなのか、その場を適当に放置し、深く考えないことが後の禍根となった。出来れば過去に戻って、自分をぶんなぐりたい気分だ。
その後気持ちを切り変えるのと、酒浸りの日々を断つ為に領地へ赴いた。すると、僕が領地へ行きっぱなしだった3年の間に、ニイダが女主人を気取りやらかしていたそうだ。
「自分は伯爵様のお手付きになり、次期伯爵夫人だ」と偽ったそうだ。その証拠に子もここで暮らす許可がでたのだと。
成る程、知らない者が聞けば事実と思うだろう。
まずは侍女やメイドを下につけて、当時私に避けられていたアデルの部屋を離れの薄暗い部屋に移した。
そしてアデルの部屋と持ち物をニイダの娘マリに与えた。
執事長や執事もそれを見ていたが、注意はしなかった。
それを黙認だと思ったニイダとマリは、働きもしなくなり主のいない家で自由に過ごした。
時折マリはアデルの部屋に来て、良さげな物を物色して部屋を荒らしていく。アデルは怒りもせず嵐の去るのを待つ。
こんなアデルも最初は抵抗した。
「やめて、お母様の形見を触らないで!」
「煩いわよ、嫌われている娘の癖に」
投げつけられた花瓶が、アデルの頭を直撃し昏倒した。
「私は悪くないわ、この女が離さないから」
慌てて駆け寄る執事長が、アデルを抱えあげ別室に移動し手当てをした。
「アデル様、申し訳ありません。もっと早く介入すべきでした。なにぶん大奥様より、この程度のことは自分で片付けさせろ、手を出すなと言われておりまして」
目が覚めたアデルは、何事もなかったように頷く。
「お婆様の指示ならしょうがないわ。気にしないで。ただ、お母様の形見が売られることがあれば、買い戻して欲しいの。頼めるかしら?」
「勿論で御座いますとも。それと監視もつけます。油断すればあやつらもボロを出すでしょう」
仄暗い笑みを浮かべる老執事のこんな顔は初めて見た。
「じゃあ、お願いね。それと私のお小遣いで、鍵付きの丈夫な大きいトランクと毛糸と編み棒を買ってきて欲しいの」
「畏まりました。早急に手配します」
執事長が部屋から去った後、アデルの手は震えていた。
(何だか知らないうちに、前世の記憶が戻ってるわ。怪しまれなくて良かった。でもこれから先も、虐げられて強くなると誓ったと言えば乗り切れそうね。取りあえずの淑女教育は済んでいるし、お婆様からのお迎えの手紙も届いているし、私は茶番に付き合うことにするわ。令嬢って動かないから、体が鈍るのよね。マリの言う通りに、暫くメイド仕事で体を鍛えるわよ」
そう言ってアデルは、執事長達が止めるのも聞かぬままメイドを始めた。当然家電のない生活は、炊事・洗濯・家事・掃除の全てが重労働だ。最初は失敗ばかりの、でもお嬢様のアデルにどう接して良いか解らないメイド達。
しかし変わらず、懸命にメイド勤めをしようとする姿に、心を打たれた。
『お嬢様のお遊びと思っていたけど、何か事情があるんだろう。もしかしたら、ニイダが再婚したら、この娘は本当にメイドにされるのかも? 既にその準備段階なのかしら? 実の娘なのになんて不憫な……』等の憶測も飛び交っていたことは、アデルは知らない。
それからはメイド仲間としてバシバシしごかれ、時々は褒められるようにもなった。
荒れた手に、クリームを塗ってくれる人もいた。
お礼を言うと、嬉しそうに微笑んでくれた。
まるで娘のように、接してくれる人も出てきた。
家事を熟なすアデルを見て、ニイダとマリ親子も満足げだった。
この邸で、一番力のあるのは私達よと嘲笑って。
サザフィーが領地へ行って、もうすぐ3年になる。
アデルはガルーダと約束していた。
13歳は学園に入る歳だ。
学園には、ガルーダの住む北東部の家から通える所に行くことにしている。
王都は中央部に位置する為、当然に引っ越すことになる。
この邸を去るということだ。
既に親権放棄されているようなアデルは、望めば親族に引き取りを希望できるのだ。実はもう3年前からガルーダに呼ばれていたアデル。
アデルは前世の記憶が戻る前は、すぐにガルーダの元に行こうとしていた。でも記憶が戻ってからは、ちょっと悪戯心でここに留まっていたのだ。
メイドの経験をしたり、体を動かしたかったのもあるけど。
今後の家の心配もあったのよね。
お父様なら、きっと乗り越えられると思うけど。
ガルーダから聞いた話では、後継者候補はたくさんいるそうなので、御家断絶と言うこともないようだ。
ガルーダお婆様は、お爺様が亡くなった後、しがらみのない北東部で商会を開いていた。商才があったことと、お婆様のお兄様の援助によりスムーズに行えたらしい。
幼いサザフィーお父様の教育を終えてからは、王都でケーキ屋等を手掛けていたそうだ。それを知ったお婆様のお姉様や両親が、お金の無心に来たそうで、お兄様にしょっちゅう怒られていたそう。
「あの人達は、労働の喜びを知らない可哀想な人だったから」
そう言うお婆様は、忙しいけど楽しかったと言う。
そんな中で、グリルお爺様と愛人のサイアさんの息子さんが、約束通りに18歳で養子に行き、もしかしたらこのまま暮らせると思っていたサイアさんは体調を崩してしまったそう。
「姉ちゃん悲しまないで。男爵の息子の俺が、良い所に貰われるんだから。詳細は話せないけど、とても良い人なんだ。だから悲しまないで。元気でね、姉ちゃん」
「ああっ、そんな。もう会えないなんて、嫌だよ。うわーん、やだー、行かないでー」
縋りつくサイアを残して、両親とグリルにも挨拶をして去っていく息子ルヴァン。
馬車の窓から空を見上げ、ポツンと呟いた。
「俺は知ってた。本当は姉ちゃんの子だって。グリル様が父親だって。でも結婚もしないで、こんな後ろめたい関係俺なら嫌だ。ちゃんとした家庭を作りたいから、もうさよならだ。元気でね、父さん母さん」
サイアは悲しみで生気をなくし、流行り病であっさり亡くなった。看病していたグリルも病に罹り、伯爵邸に戻ってから数日で亡くなった。
いつも家にいない人物だったが、亡くなった後は何となく悲しかったガルーダ。でも泣き叫ぶ程の感情はなかった。
そのうちに爵位をサザフィーが継いで結婚もして、しがらみのない北東部ビズリーダに来たのだ。ずっと雪を見たかったガルーダの夢の1つは叶った。
お婆様と激似の私は、生まれた時からお婆様のお気に入りだ。
時々私とお婆様のお兄様に会う為に、この地に来てくれていた。
手紙のやり取りは、毎月していた程だ。
そしてもうすぐ、13歳。
鍵付きのトランクには、100品の毛糸で編んだ衣類が入っている。セーター・マフラー・手袋・靴下等、素人作品でも寒いので需要があると聞いた。
さすがに、全部をお世話になる気はない。
いくら養女になるとはいえ、学園はお金がかかるもの。
でも今の私には、3年間メイドで過ごした技術があるわ。
お役に立って見せますとも。
お婆様はきっと止めないと踏んでいる。
前世の記憶がない時も好きだったけど、戻った後は全力で好き。
こんな自立してて、面白い人いないわ。
早く会ってお話したい。
私の胸は希望に溢れていた。
残してきた執事長がちょっと心配だけど、彼はもうあの邸の影の主だから、連れてこれないよね。お婆様は会いたかったかもしれないけれど。
あと1つ、100品の衣類を作る時に願掛けしたの。
100作品できるまでにサザフィーお父様が戻って来て、ちゃんと謝ってくれたら伯爵家に留まろうと思ってたの。
でもそれも無駄だったみたい。
101作品目は、お父様にお別れの贈り物を作ったの。
暖かい王都でも、年末は肌寒いからレッグウォーマーをね。
黒髪で碧眼のお父様の色でゼブラ模様にして。
「この世に誕生させてくれて、ありがとうございます
お世話になりました
お元気で
アデルより」
アデルが北東部に着いて1月程後、サザフィーが王都の伯爵邸に戻って来た。
本当の妻と娘のように、亡き妻ドニミとアデルのドレスを来て、自分を出迎えるニイダとマリ母子。
「旦那様、お帰りなさいませ」
「お帰りなさい」
その満面の笑顔に眩暈のするサザフィー。
「何だ、その服は?」
「お気に召しませんか? では好みの服を買いそろえましょう」
「私も欲しいです」
2人とも確かに幸薄そうな美人顔だが、執事長からの依頼で2人を尾行していた者から、その図太い性根は知らされていた。
2人を泳がして2年後くらいの時、生家の男爵家に訪れてこう言ったそうだ。
「酒に酔いつぶれた伯爵様に乱暴された振りをしたら、娘も伯爵邸で暮らして良いと言われた。医者を呼んで性交の痕跡を調べることもしないんだから、心配して損したよ。醜聞になるのがよっぽど嫌なんだね。お陰で楽して暮らせているよ」
犯罪者のような娘の口振りに、男爵夫妻は驚愕した。
「何してるのあんたは。すぐに謝って戻っておいで。こんなことばれたら、マリだって死罪になるよ」
そんな母に向かって、ニイダは言う。
「心配しなくても大丈夫だって。本当はお金を少し貰って済ます気だったのにさ。チョロいったらないよ。あはははっ。そのうちに伯爵が戻って来て、妻になれなくても愛人にでもなれば贅沢させてあげるからね」
「なんてことを! もうお前とは縁を切る。マリを置いてさっさと出ていけ」
すごい剣幕で怒る父だが、ニイダは動じない。
「あ、そう。じゃあね。マリはどうする?」
「お母さんと行くわ。貧しいのはもう嫌なの。じゃあね、お爺ちゃんお婆ちゃん」
「ああ、何てことだ。きっと罰が下る」
「ああ、マリはまだ11歳なのに。可哀想に」
もうどうしようもないと、泣き濡れる2人だった。
「あの女の親はマトモだな。このことも報告しないと」
そう呟いて、再び尾行を開始する調査員だった。
声を荒げたサザフィーは、ニイダとマリに証拠を突きつけた。
「お前達が生家で話したことで、証拠は得ている。お前の父母も証人だ。言い逃れできんぞ」
顔面蒼白のニイダは、言葉を紡げず口を震わせた。
マリもまずい状況だというのは、理解していた。
「あ、ゆ、許してください。出来心なんです。物を売ったお金は返しますから」
「私はここに住んで良いと言われただけよ。でも勝手なこともしました。ごめんなさい」
「……………………………………」
震えながら頭を下げるが、許されることはない。
その様子にニイダの父が土下座して、許しを乞う。
「申し訳ありません、伯爵様。私の教育が悪いのです。弁償ならば爵位を売ってもしますから、命だけは。どうか命だけは助けてください」
男爵の必死な様子に、起き上がるように手を差し伸べるサザフィー。
「頭を上げてください。貴方は領主として評判も良いし、他の子供達も勤勉で真面目だ。貴方に問う責任はない。それに殺したりはしないよ。これは私の試験みたいなものだから」
優しく声を掛けられて、泣きそうなニイダの父。
「ありがとうございます」
でも、試験って何?
ますます混乱する父だった。
「お前達がしたことと言えば、仕事の放棄と伯爵家の物品を売り捌き、それと私と関係を持ったと虚偽の吹聴。一番駄目なのが娘アデルへの虐待だな」
「ひぐっ。申し訳ありません。調子に乗りました」
「怪我をすると思わなかったの。ごめんなさい」
本来ならば伯爵家息女に、男爵家の娘ごときがこの仕打ち。
許せるものではないのだが。
「お前達、死ぬまでアデルに感謝しろよ。アデルは面白かったから気にするなと言ってきた。だからそれ以外で罰を与えることにした。生活に困っているからと言っても、主の寝台に入り込むのは不敬だ。下手をすれば切り殺されているぞ。だから罰は………」
そして2人は、南西部の修道院に送られた。
この修道院の周りは蛇や野性動物の宝庫で、主にハブ酒やら猪の薫製を販売し活動資金に当てていると言う。教会なのにね。
自給自足が原則の場所だ。
勿論毒虫も多数で、薬も作成している。
どちらかと言うと、冒険者ギルドみたいだね。
そう何を隠そう、ここは強制施設で名前が修道院みたいな場所だ。
でも、ギルドより修道院の方がイメージ良いでしょ?
あ、やること同じなら変わらない?
まあでも、一応朝晩お祈りはするし、教会の掃除、修道女達のシーツや衣類の洗濯、食事作り等をするし。
なんと言っても、シスターの服が着れるんだよ。
もうシスターじゃない。
まあニイダもマリも毎日悲鳴あげてたんだけど、さすがの順応性で半年後には即戦力に成り上がっていた。
「お母さん、籠からマングース放つわよ」
「OK。トングは持ったわ。出して!」
マングースがコブラを追いかけ、その前で待ち構える。
首根っこを掴みヒョイと瓶に突っ込む。
これに酒を満たせば、食費2か月分の商品の出来上がりだ。
「「イエーイ!」」
そんな2人も、ここまで来るのは(本人達には)長かった。
何度も蛇に噛まれ血清を打ち、痛みでのたうち回り、熱を出してうなされた。死の恐怖と立ち向かった。
今ではやまかがし(蛇の種類)等、素手である。
昔は毒はないと言われていたが実はある。
それでももう、この母子にはやまかがしの毒程度は効かないのだった。何より母子の素早い動きは、蛇より素早いのだ。
「お母さん。私はアデル様に酷いことしたのに、あっさり許してくれた。本当に良い人だね」
「ああ、本当だ。足を向けて寝られないね」
もうすっかり改心して、感謝する母子だった。
きっと自分に自信もついたんだろうね。
そして娘に捨てられたサザフィー。
レッグウォーマーを頬に当て、今夜も泣いていた。
「娘なら、いつまでも待っていてくれると思ったんだ。ごめんよー」
いつかアデルとガルーダの気が済めば、きっと会えるでしょう。
それまで頑張るしかない。
そしてニイダのハニトラの始末は、内容は及第点だが、対応が遅いと不合格だったそう(勿論判定はガルーダ)。
そしてアンタルカ伯爵家には、分家から養子が来る。
その子はルヴァンの息子だった。
ルヴァンは北東部の子のいない子爵の養子に入り、懸命に学びその地に受け入れられた。
気心が知れた恋愛結婚ができ、幸せに暮らしていた。
ガルーダにも認められ、商会の一部を任されて利益もあげている。
伯爵家の後継者を探していると、ルヴァンの優秀な末子が立候補した。王都に憧れがあると言う。
これも何かの縁だと承諾した。
奇しくも伯爵家本流の、グリルの血筋がここに戻ったのだ。
「人生は、何があるか解らないわね」
「お婆様の言葉は厚みがありますわ」
「そう? 私の宝は、気の合う孫に会えたことね」
「本当にそう思ってます?」
「ああ、思ってるよ。後もう少し、毛糸編みの精度があがると、高値が付くんだけどね」
「はい。頑張ります」
「ふふふっ、冗談よ。可愛い子ね」
いや、本音よね。もう~やってやるわよ!
北の女は、今日も姦しいのだった。
ガルーダがサイアを襲った疑いをかけられた時、実家が有り余る金があると言っていましたが、それはグリルの母ジーニから送金されていたお金です。ガルーダ自身は、その事実は知りません。ずっとお金があるのに、お金に汚い親だと思っていました。
誤字報告ありがとうございました。
大変助かります(*^^*)
4/21 0時 日間ヒューマンドラマランキング 36位でした。ありがとうございます(*^^*)
4/21 8時 日間ヒューマンドラマランキング(短編) 23位でした。ありがとうございます(*^^*)
今までランキング入りしていない作品でした。突然読んで貰える機会が来て、とても嬉しいです(^-^)/
14時、なんと15位でした。ヤッター( ≧∀≦)ノ ありがとうございます。22時に13位でした。Σ(*゜Д゜*)びっくりです。読んでくださり、ありがとうございます(^_^)/♪♪
4/22 9時 日間ヒューマンドラマランキング(短編)で、なんと10位に! 数日前は、閲覧数なんて10人以下だったのに。本物にありがとうございます(^○^)♪ 20時、まさかの9位でした。ありがとうございます(^_^)/~~♪♪♪
4/23 10時 日間ヒューマンドラマ(短編)ランキング8位でした。ありがとうございます♪♪\(^_^) 読んでくれている方が多いので、嬉しいです♪
20時 7位になってる。おー!すごい♪ ありがとうございます(^o^)/♪♪♪
やっぱりハブvsマングースが、令嬢にはヘビーで良かったのでしょうか? すいません、喜びの駄洒落でした♡