伯爵邸
「それにしても驚きだったな。まさかあの公爵がレベッカを……」
伯爵にとってもレベッカの婚約は意外だった。
だが、自分が父親らしい役割を果たしたことを誇りに思っていた。
「これでレベッカにも十分なことができたな」
レベッカの捨て身の作戦が上手くいったことにほっと胸を撫で下ろしていたのは伯爵の方だった。
「正直に言うと、あの子をもてあましていたからな」
「ええ。我が儘放題で困ったものでしたけど、あの娘にも役立つモノがあって幸いでしたわ」
したり顔で夫人は言った。
「生まれながらの男好きなのでしょう。シャルル公爵はああいう娘が好きなのですね。いえ、好みはすきずきですけれど……ええ、いいのですわ。おさまるところにおさまったのかもしれません」
しかし、数日後。
公爵邸からの通知が届いたとき、ラルエット夫人は驚きと失望と怒りに打ちのめされた。
「なんですの!? これは! ふざけていますわ!」
一 ヴァレリアン公爵 シャルル・ド・リューブルにレベッカを嫁がせること
一 結婚式などのお披露目は行わないこと
一 そのため、ラルエット家への支度金は用意しない。公爵邸にて生活の世話をするのであしからず
一 後日、使用人が荷物を引き取りに行くので用意しておくこと
夫人は伯爵の目の前に通知書を叩き付けた。
「支度金が無い!? ありえません」
「とは言っても、結婚式をしないというのが前代未聞だからな」
「どうしてあなたは他人事のようにおっしゃるのです!?」
「ま、まあ、レベッカのためを思えば……」
「公爵家の財産がいくらあるかご存じなの!? あのヴァレリアン領の領主ですのよ! それなのに支度金が無いなどと……ふざけています」
夫人にとっては、完全に計算外だった。
「エミリーの聖女試験の選抜への準備を始めなければならないのに……!」
「聖女試験はそんなに金がかかるのか?」
「また貴方は他人事みたいに……! 魔力だけでなく、何か秀でたものがないと聖女にはなれないのよ! エミリーの才能を伸ばすために、優秀な家庭教師を雇わないといけませんわ。それに誰に見られても恥ずかしくない素晴らしいドレスも! エミリーのご機嫌をとるためにアクセサリーの一つも買ってやって……ああ、あの恩知らずのレベッカのせいだわ」
夫人は派手に塗り上げた爪をぎりぎりと噛みしめた。
「どうにか抗議をしてください、貴方!」
「無茶を言うな、相手は公爵家だぞ」
「だからといって……」
伯爵家の議論をよそに、その頃。
公爵家に滞在したレベッカは、そんなことはつゆ知らず、公爵家の生活を満喫していた。