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密談

レベッカがすやすやと眠りについた頃。

応接室には何人かの使用人が集まっていた。


「さて、皆の意見を聞きたい」


ヴァレリアン公爵こと、シャルル・ド・リュースバーグはあたかも司法の場でするように、落ち着き払って使用人たちへ投げかけた。


「婚約を求めている感じには見えませんでしたね」

と、いうのはジャン。


「いえ、演技をしている可能性だってございますよ」

先ほどまで湯浴みや寝間着の支度をしていた、メイド長のクロエが反論する。


「少なくとも身体の凸凹に関しては噂通りの『宿命の魔女』そのものでした。あの豊満なお胸! そしてくびれた腰! コルセットがなくともこう、出ているところはボンッと出ていて」


ンンッとジャンが居心地悪そうに咳払いをする。

老齢の執事、クレマンが口をはさんだ。


「しかし、応接間では引き裂いたドレスの裾をちょっとでも伸ばそうと引っ張って、体の線を隠そうとしてらっしゃいました。魔女という噂を聞きましたが、魔力はちっともないようですし……嫌な感じはしませんでしたねぇ。あれは本当に噂通りの『悪女』なのでしょうか。別人では?」


公爵が言う。

「いや、確かにレベッカ・ラルエット本人だ。私自身、先月の王室のパーティで彼女を見ている」


クロエが眉をひそめた。

「あのパーティーでも何人かの令嬢に危ない目に遭わされそうになられていたでしょう。ジャンが気付かなければ大事になっておりましたよ。もっと危機感をお持ちになって下さいませ、坊ちゃま」


「公爵を襲爵してもう五年も経つのだ……坊ちゃまはやめてくれ」


「何を言われますか。坊ちゃまはわたくしたちにとっては永遠に坊ちゃまでございます! 旦那様と奥様に託された大切な坊ちゃまなのですよ」


興奮のあまり泣き出しかけたクロエを、クレマンが、まあまあ、と宥めた。

「ほら、クロエ。少し肩に触れますよ……息を吸って。落ち着きましたか? ともかくレベッカ様の様子次第ですな。坊ちゃまの害になる者であるならば、何か屋敷に仕掛けるでしょう」

「ええ。もしくは坊ちゃまご自身に」


シャルルは頭を抱えそうになる。

いつまでもこの父親の代からの使用人たちは自分を坊主扱いする。

自分だってもう成人してしばらく経つのに、彼らにとってはまだオムツがはずれたくらいにしか思っていないのだろう。


「今日は俺がシャルル様のお部屋を警備します」

ジャンが名乗り出た。

自分を主人として敬ってくれる貴重な使用人だ。


ヴァレリアン公爵シャルルは、自身の外見について理解していた。

裁判官という仕事柄、恨みを買ってしまうこともあり、意図して冷たい表情を繕っていたら、嗜虐癖ドエスの気があると噂されるようになった。


この外見ゆえに、幼いときから老若男女問わず、言い寄りが酷かった。

誘拐されそうになったことも一度や二度ではない。


だからこそ、今回のレベッカの訪問は不可解だった。

どこかの貴族から一方的に取り付けられそうになった婚約を断ることも日常茶飯事だ。

思いあまった令嬢が館に突撃することも、侵入しようとしていたこともあった。

しかし、あの令嬢はいったい何なのだろう。


「あれは何をしていたのだ?」

ひとりごちたシャルルの疑問に、クレマンが答えた。


「ロゼッタを接ぎ木していたのでしょう。門の外でしたので私も気付きませんでしたが、どうやら折れていたものがあったようです」

令嬢は花に詳しいのかもしれない。


「そういえば、花売りになると言っていた」

「花売り……ですか」

「ああ。だが、あの様子ではおそらく本当に花を売るだけだと思っているな」


花売りというのは、スラムの近くの路上でよく見られる。

裕福そうな人物を見つけては花を買ってくれと頼むのだ。

子どもであることが多いが、年頃の女性であることもある。

その場合は、『花』だけでなく、女性自身のことも買ってくれという意味になる。

つまりは街娼のようなものだ。


クロエが言った。

「失礼ですが坊ちゃま」

「だから坊ちゃまと呼ぶのは……」

クロエは華麗に無視を決め込んだ。


「あのレベッカという女性ですが、どういう素性かは存じ上げませんが、見た目だけでいえば坊ちゃまと同類です。つまり」

「……引き寄せるんだな、虫けらのような奴らを」

「そういうことです。あの卑猥なドレスを着こなせるというだけでも驚きでしたが……プロポーションの見事さ。ご本人に自覚はないようですが、あのお胸もお尻も凜としたお顔立ちも相まって、花売りなんてした暁には勘違いした男共に取り囲まれますよ」


シャルルはため息をついた。

とりあえずは様子を見てみるしかない。


「レベッカ嬢にはしばらく滞在してもらおう。彼女がこのまま街に出たとしたら、ラルエット家がなぜ逃がしたのかと乗り込んでくるだろう。それは面倒だ」


「でしたら坊ちゃま」

とクレマンが言った。


「坊ちゃまはやめろ。クレマン、何かいい考えがあるのか」

「本当に婚約されればいいのです」

「は?」


「そもそも縁談が届いていた娘さんです。話し合ってみたら気があったとか何とか言って、婚約すれば良いのです。そうすれば伯爵家の面目も立つというもの。怒り心頭で乗り込んでくることもないでしょう」

「ちょっと待ってくれ、俺は婚約など」

「もちろん婚約は書面上のものです。数ヶ月後に籍を入れて結婚するようにしておき、最終的には婚約を破棄するのです」


クレマンは続けた。

「いいですか、こうすればあちらのお嬢様が公爵家から街に出て平民になろうとも、どこに逃げようとも、我々に責任はありません。『婚約者が勝手に公爵家から逃げ出した』ということになります。その時点で婚約は破棄、結婚はなし、嫁ぐ予定の花嫁が居なくなってしまったということで、勿論賠償も伯爵家持ちです」


クレマンは口元をほころばせたが、目は笑っていなかった。


「しつけのなっていない駄犬のような貴族はどこにでも居りますからねえ。見極めていかねばなりません」



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[一言] 公爵普通にいいやつやーん
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