義母イザベラ
レベッカの義母イザベラは借金を重ねていた。
(あの変態公爵が金を出し渋るなんて! 誤算だった!)
試験というのは金がかかるのだ。
イザベラは娘のエミリーの聖女就任を信じていた。というより、娘に魔力があると分かってから、それは決定事項だった。
(エミリーが聖女にさえなれば、全てがうまくいく。これまで散々、あの前妻の娘に苛々させられてきたけれどそれも終わり! あの娘は変態公爵家の慰み者になりうちとは縁が切れた。あとは、聖女エミリーの実母としての誇り高い地位! 立派に育て上げた良き母親としての心構えも考えておきましょう)
エミリーが聖女になるように、イザベラは社交界にこれまで根回しをしてきた。
義理の娘のレベッカはいいスパイスになってくれた。
男が好むプロポーションの良い若い体や、前妻の雰囲気が感じられる面持ちは見ていて苛々したが、あの娘をヴァレリアン公爵家に嫁がせて正解だった。
変態公爵家の慰み者と、その不徳の姉の存在とは対比的に、清らかで心優しく美しい聖女エミリー。
(完璧な構図だわ)
イザベラはにんまりと笑いながら、ゆっくりとティーカップを傾けた。
少しぬるい。
「ちょっと。もう少し熱いのが良いのよ、わたくしは。気がきかないわね」
「申し訳ありません」
見慣れないメイドにイザベラは片眉をあげた。
(ああ、サラを辞めさせたのだったわ)
使い勝手の良いメイドだったのに残念だ。あれはあろうことか、イザベラの持つ中で最も価値のあるディアマンを始めとする宝石を幾つか盗もうとした。
まさか宝石箱を開けようとしている最中に出くわすなんて、サラも下手を打ったものだ。
(無欲に見えたけど、ああいうのが一番たちが悪いのね。とんだ泥棒猫だったわ)
背中をずいぶん鞭で打ちすえて解雇した。長年勤めさせてやったのに恩を仇で返すとはこのことだ。
(まあいいわ。メイドはもっといいのがいる。なんせこれから聖女の実家になるのだから、恥ずかしくないように一流を揃えないとね)
聖女就任のためのドレスもあつらえなければならない。エミリーは当然として、母親も注目を集めるに決まっている。
(赤がいいかしら、それとも紫?)
イザベラはドレスの色に考えを移した。あとひと月もすれば、エミリーとイザベラの晴れ舞台だ。
金は娘が聖女になれば、国から付与される。要はあとひと月、乗り切ればいい。
(エミリーよりも魔力の高い令嬢はいない)
イザベラは社交界の伝手を駆使して、エミリー以上の存在はいないと確信していた。
(あとひと月。あとひと月!)
ティーカップに収まるぬるい琥珀色の液体に、口角を上げたイザベラの顔がぼんやりと揺れた。