公爵夫人見習いの決意
ヴァレリアン公爵家に戻る頃には、日がとっぷりと暮れていた。
馬車が着くなり勢ぞろいしていた屋敷の使用人たちは、主人の無事を心から喜んだ。
「全く、お前たちは心配性だな。そこら辺のごろつきにやすやすとやられたりはしない」
と言いながら、シャルルは満更でもなさそうに照れ笑いしていた。
「さあ、忙しい日だったな……夕食を食べよう」
と誘うシャルルにレベッカは首を振った。
「私は先に休みます」
と、レベッカは言った。
部屋で一人になりたかった。
ローラは軽食を用意してくれた。
レベッカはサンドイッチのピクルスを食みながら思った。
(エミリーがシャルル様を狙った……)
義理の妹の性格は熟知している。
自分の意のままになるまで喚き続けるような子だ。
そして、それが今まで通ってきた。
(でも、今回ばかりは許せない)
レベッカはこれまで怒りの感情を放棄してきていた。
それは諦めであり、助けのない実家で身を守るための術でもあった。
だが、シャルルはそんなレベッカを救ってくれた。
そのシャルルを、しかもその日の食べ物にも困っている弱者を金で買うような卑劣なやり方で、害しようとしたのだ。
レベッカは怒っていた。
これまで形見の宝石を取られても、悪評をまかれても、罵られても、家族だからと縁を優先して我慢してきた。嵐のように、今だけ耐え切れば新しい日々がいつか来るように思っていた。
だが、シャルルは傷つけられそうになったのだ。
レベッカはサンドイッチのハムを静かに噛み砕いた。塩味が舌にじわりと広がった。
(エミリーを許さない)
レベッカは決意した。
誰もいない静まりかえった部屋で、レベッカは顔を上げてろうそくの黄色い火をじっと見つめた。
(私はたった今から家族を『選ぶ』。最後にたった一人になったとしても、平民になったとしても、シャルル様を狙ったエミリーにだけは負けない)
シャルルを守り切ってみせる。
レベッカはローラを呼んだ。
食器を下げてもらうついでに、幾つかのことを頼むつもりだった。