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砕けた幸せ

この関係もあとひと月。


レベッカは珍しく自室にいて、荷物の整理をしていた。といっても、大切なのは箱の中の植物関係の写し本くらいだ。

実母の形見はさすがに置いてはおけない。ラルエット家に行きづらい旨をエレーヌに話して頼んだら、翌日には自室に箱が置いてあった。使用人の誰かが実家から持ってきてくれたのだろう。


(青のロゼッタを大切にしてくれるかしら)


レベッカは平民街に自分が出ていった後のことを思った。

きっと実家の義母はかんかんに怒るだろう。そしてヴァレリアン公爵家に抗議し、謝罪はおろか、なぜレベッカを逃がしてしまったかと逆に問い詰めに来るだろう。


(でもクレマンさんや、シャルル様なら大丈夫だわ。きっと)


クレマンは非常に優れた家令で貴族の振る舞いや家の取り仕切り方だけでなく、法律にも詳しかった。それに、シャルルにいたってはその道の専門家である。ふたりとも冷静な人間だ。逆に、婚約者が逃げてしまったことを理由に違約金をぶんどってしまうかもしれない。

勢いに押されて義母のいいなりになる不安はない。

それでも、きっと迷惑をかけてしまう。


(ごめんなさい)


レベッカは描きかけだった青いロゼッタのスケッチをそっと撫でた。

この絵が完成する頃には、このヴァレリアン公爵家での生活は終わってしまう。


(楽しかった……)


傷ついた鳥が羽を休めるように、ただただ穏やかに過ごしたこの公爵家での数ヶ月は、確かにレベッカの体と心を癒やしていた。

栄養失調気味だった頬も丸みを帯びて、血色がよくなり、あかぎれや逆剥けが目立っていた手も傷が無くなった。

食べ物や服といった物も有り難かったが、伯爵家の令嬢であるにもかかわらずこれまで労られた経験がほとんど無かったレベッカは、使用人たちに世話を焼かれることが人一倍嬉しかった。


(クレマンさんやクロエ。ジャン、エレーヌ、ローラ、庭師の皆さん、レオ爺……たくさんの人が私を気にかけてくれた)


胸に込み上がる感謝の気持ちにレベッカは目を閉じた。


(実家には帰らない、絶対に。お義母様とエミリーの言いなりにこのまま生きていくなんて、おかしいわ。おかしかったことに気が付かなかった。これからは私は私の着たい服を着て、したいことをするわ)


そうはっきりと思えるようになったのは、このヴァレリアン公爵家で世話になった人たちのおかげだ。

自分を大切にしていいのだ、と今まで忘れていた当たり前のことを思い出せた。


(仕事を探して、平民になって、大変なこともあるだろうけど、この思い出を糧に生きていこう)




すると、階下からガタガタと物音が聞こえた。

いつも静かなヴァレリアン公爵家には珍しいことだ。



レベッカはふと、スケッチの途中だったロゼッタの絵を見た。

シャルルの幸せを願って、あの青いロゼッタを咲かせていこう。

そうしていつか、少しでもこの日々を、シャルルが懐かしんでくれたらいい。




部屋の扉がノックされた。


「レベッカ様? いらっしゃいますか。開けますよ」


エレーヌが早口に言った。

珍しく深刻な顔をしている。


「シャルル様が暴漢に襲われました。今、診療所へ……」


ぐらり、と眼の前の景色が歪んだ。


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