幼児と幼児の初恋模様
レベッカとシャルルは、そのロゼッタを契機として何度も顔を合わせるようになった。
ある日、運悪く、レベッカの実家からの使者がやってきた。婚約後、一切の金銭の援助がないことへの不服の申立だった。忠実なエレーヌは「申し訳ないが、夫妻は庭でお取り込み中であるので」と一蹴した。
それを機に、レベッカと公爵が昼間から『秘密の花園』で『何かをしている』という噂が国中を駆け巡った。
下品な悪女と鞭打ち公爵という組み合わせに嫌悪を示す人々もいれば、透明感のある天使じみた淑女と美しく仕事一徹の判官との組み合わせに疑念を抱く者もいた。
どちらにせよ、彼らの存在は国中に衝撃をもたらし、憶測と噂話が飛び交うのは避けられなかった。
真相は明らかではなかったが、彼らの存在だけで周囲を魅了し、憶測と疑念が膨らむのは仕方のないことだった。
仕立屋のスタッフが口々にレベッカの艶やかさや華やかな上品さを褒め称えたので、噂はさらに過激になった。
立っているだけで絵になる二人の姿のイメージは、国中の人々にとって謎めいて魅力的なものとなり、国中に広がる様々な憶測は、二人の秘密の関係についての謎を深めるだけだった。
噂や他人の視線を気にせず、レベッカとシャルルは庭や東屋で時間を共にし、美しい花々を愛でる喜びを楽しんでいた。自然の美しさに囲まれ、心地よい静けさの中で互いに特別な瞬間を共有していた。
久々の休日の午後。
東屋のレベッカは自分の膝にシャルルの顔を横たえて、目元にハーブと一緒に蒸したタオルを乗せて、耳の横をマッサージしていた。
寝不足がたたってくまが目立つシャルルに、こんなリラックス方法があるのだと実家から取り寄せた写し本を見せながら力説すると、シャルルは一瞬考えこんで、何かに屈したように
「頼む……」
と言ってきた。
レベッカはシャルルの耳を優しく引っ張った。心地よさそうにシャルルが息を吐く。
「気持ちがいい……」
しみじみと呟く。意外にも素直な反応にレベッカは微笑ましくなって言った。
「こんなことでよければ、昼でも夜でも癒やして差し上げます」
「よッ……夜も?」
「ええ。いつでもマッサージいたしますよ。それに、ハーブの蒸しタオルも」
「だよな」
「あら、ご不満ですか?」
「いやっ問題ない。全く問題ないぞ。全く」
「シャルル様の精神年齢は14歳くらいには成長なさったと思うんだ」
「あら、どうして?」
「いや、男としての勘かな……」
「なによそれ」
使用人たちは、厨房の陰から東屋を眺めて、小声で話し合った。
「なんというか……幼児が大好きな幼児に出逢った〜って感じ」
というのがエレーヌの率直な感想だった。
シャルルは天然だったが、レベッカは無自覚だった。
美男美女が互いの思慕に気付かず、緩やか過ぎる恋を育てている様を使用人一同は悶えながら隠れて見守っていた。
「もう私限界……こんなの何万年かかるのよ……どうして手も繋げないのよシャルル様……子どもだってそれくらいできるわ」
「書面上ではあと二ヶ月もすれば二人は正式に夫婦だ」
「おかしいわよ……私、シャルル様とレベッカ様が好きだからこそ、これはキツいわ……今すぐ飛び出していって両思いなんだから早くくっついちゃいなさいよって二人をもみくちゃにしたい……」
「そんなことをしたら停職か解雇ですよ、エレーヌ」
「分かってるわよ!」
そんな外野は意にも介さず、日常は続くかに思えた。
そして一ヶ月が経ち、東屋にレベッカが何の緊張もなく入れるようになった頃。
婚約の残り時間は一月となっていた。
この偽装した幸せは永遠には続かない。
そして、平穏はある日突然、粉々に砕け散った。